2020.03.26 進歩なし
隣人がご挨拶に来た。


前回大失敗したので、今回は頑張ろうと、
2年前の近隣からの挨拶の話

ドアを開けた直後に、
「どうも、お待たせしました~!」
と笑顔で出ることができたが、そんなものはほんの一秒ほどで終わった。


お相手がお名前を名乗り始めた途端に緊張が走り、真顔になってしまい、
顔がひきつるのが自分でわかった。


こういうのって相手にはバレバレなんだろうな・・・。


またしても
「変な人だったね・・・」
「なんかヤバそうじゃね?」
と思われてるかもしれない・・・。


泣きたい・・・orz orz orz




前回から今回まで、
進んで外に出たり、人と会ったりしているわけじゃないのに、
「今回は笑顔で対応しよう」
と思うのが大きな間違いで。
そんなこと出来ると思っている自分が図々しい。



ゲームの、自分の最大HPが「1」のくせに、
「500」のことをやろうとしているのと同じかもしれない。




あまり自分をジャッジするのはよくないのだが、
どうしても卑下してしまう。


来月中旬頃に、
またしても二軒の病院に連れていかなくちゃならない・・・。
今度は胃腸科と泌尿器科。



泌尿器科では、3か月に一度ホルモン注射をしてもらっているが、
ローテーションの問題で、いつも夫がその病院に連れて行っていた。
姉と私は初めて。



その注射は毎回7~8千円かかってるのだが、
果たして本当に必要なのかどうかは謎。
毒父は、医者に対して盲目的なので、
勧められるままに注射をしてもらっている可能性もなきにしもあらず。





また4~5時起きだろうな。
疲れるな・・・。



一週間に一度の頻度で通院同行してるわけじゃないし、
端から見たら「なんでそんなんで疲れるの?」かもしれないが。



「大変さ」は、人それぞれ違うので・・・。





【水島 広子】
怒りがスーッと消える本 - 対人関係療法の精神科医が教える - 




【石原加受子】
離れたくても離れられない人との距離の取り方




【長岡 秀貴】
ライン - 限界なんて飛び越えちまえ! - 




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100分de名著:「人生の意味の心理学  アドラー」




【西橋康介】
対人恐怖症に本は効果がないと主張するカウンセラーがあえて書いた対人恐怖症の本




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【宮尾益知】
女性のADHD(健康ライブラリーイラスト版)




【平松 類】
その白内障手術、待った! 受ける前に知っておくこと




【pha (ふぁ)】
しないことリスト




【るるてあ】
・コウペンちゃん 

・もっと!コウペンちゃん 

・とっても!!コウペンちゃん 

・コウペンちゃんのやさしくなることば

・コウペンちゃんアルバム




【えちがわのりゆき】
ほわころくらぶ 




【もくもくちゃん】
・優しい人には優しい出来事がありますように。 

・きょうちゃん




【森川綾女】
・たたくだけ! 心と体の不調がすっきり つぼトントン




【橋本ナオキ】
会社員でぶどり 1・2・3巻



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新型コロナウイルスの感染を避けるため、
毒父を病院に連れて行かずに家で待機させ、
夫と私の二人で、
いつもの胃腸科内科と、電車を乗り継いで補聴器店へ行ってきた。



それでも朝5時起床。
(化粧をしなければあと3~40分は多く眠れるのだが・・・)



まず毒父のいる実家へ行き、
保険証と診察券とお薬手帳と財布と補聴器を預かる。
再びバスに乗って駅まで戻り、駅前の胃腸科へ。



代理で処方箋を貰いに出向くことを事前に病院に報せていたためか、
受付で診察券を出したら2~3分もしないで呼んでもらえ、
処方箋を渡された(はやっっ!)。



いや~~~。
早くてラクだなぁぁぁぁ(ノ∀`)うれしなき
いつもこんなだったらいいのに・・・。
毒父を連れて行き、血液検査だの尿検査だの問診だのと色々あると、
いつも確実に2時間待ち。






調剤薬局で薬を貰い、次は補聴器店。
30分ほどで綺麗にしてもらえた。



この補聴器店は、私は行くのが初めて。
駅から店までの道順などを私も知っておいたほうがいいという話になり、
今回、夫に教えてもらうのも兼ねて出かけた。



補聴器はだいたい3~4か月単位で壊れている。
前回夫が補聴器を店にもっていったのは昨年の12月だった。
(壊れるというか、どうも耳垢が詰まっているようなのだが・・・)



その12月の時に夫から店員さんに、

「義父本人から補聴器を郵送でお店まで送らせていただいて、
清掃・調節などをしていただいて返送してもらうことは可能ですか?」

と聞いたところ、対応できると言っていたそう。



一日のうちで、病院に行ったり、
店に行ったりとあちこち動くのも大変なので、
出来れば郵送でやってもらいたいとも思う。
確かに店までの行き方を教えてもらいはしたけれど・・・。


(ただ、発送はヘルパーさんに郵便局からお願いしないと駄目だが、
毒父が一人で補聴器の箱詰めなど出来るかが謎)



そうでないとキリがない。
日常は補聴器任せで、「聞こえりゃいい」という感じ?
自分の耳のメンテナンスなどほったらかし。
(高齢で手元もおぼつかないだろうし、あまり耳の中をいじりたくないのだろう)



でもその度に補聴器が壊れて店に持って行って・・・となるとしんどい。
しかもわざわざ一度、毒父の家まで行って補聴器を預かり、
それから店へ・・・となるので手間だ。





甦った(?)補聴器と、薬を持って実家に戻る。




この日の前日に、ケアマネさんからメール。
デイサービスでの帰宅時間に関する毒父からの要請(というか文句?)の話と、
「いつ車椅子から歩行器に変えてもらえるのか?」
という、これも毒父からの文句&ワガママに関する内容。


今年の1月6日(月)の、毒父の通院同行の日記では書かなかったが、
実はこの1月6日、毒父が四つん這いに転倒した。



1月6日、病院の診察が全て終わり、姉と私は、
畳んで病院の出入口に置いていた車椅子を広げたりしていた。



目と鼻の先の調剤薬局に、

「お父さん先に行ってるね」

と毒父が歩き出した際 ( ← 性格が、超せっかち)
姉も私もすっかり油断してしまい、そのまま一人で行かせてしまった。



姉と私は調剤薬局の方角に背を向けていた形だったため気づかず、

「ぉぉ~ぃぃぃ~~(おーい)」

と、か細い毒父の声が聞こえて、姉と私は慌てて駆け寄った。



毒父が

「ベルトの後ろを持って持ち上げてくれ」

と言い、私はそこを掴んで引き上げ、姉は前から毒父を支えて起こそうとしたが、
立ち上がるまで1分ぐらい掛かったかな・・・。
高齢のジジイでも70キロ超えてたら、そりゃ重いよ・・・orz orz orz



骨折などはしておらず、左ひざを少しすりむいただけで済んだ。
手持ちのバンドエイドを貼っておわったからよかったようなものの・・・。
この件では私も本当に痛感した。
まだまだ毒父は一人で外出などは無理だと。



これが毒父の現状。
なのに本人に自覚がなく

「歩行器ガーーー歩行器ガーーーー」

とケアマネさんやデイサービスの人にアホなことを言う。




家でのリハビリも全くやらず、
テレビばかり観て、甘いもの食べて、揚げ物も食べて、バクバク食べて、
食べて、食べて、食べて・・・・。
「俺はもう一人で外出できる」
と過信する。
1月6日、胃腸科の院長先生に、
「一年間で12キロ痩せたんですね」
と言われたぐらいで調子に乗る。




この「調子に乗る」というのが、毒父の場合は非常に危ない。
ますます過信してゆく。
(12キロ減では足りないんだよ多分・・・)




四つん這いに倒れた詳細はケアマネさんにメールで伝えてある。



あんな状態では、デイサービスの理学療法士の人が、
毒父に歩行器を使わせることを了承するわけがないのだ。



しかも散髪店に、無断で単独外出した件もある。
過去記事:怒鳴り合い





あの調子だと、

「一人で歩行器を使って外に出ては駄目ですよ」

と周りから言われても、
言われたことを聞かずに一人で外に出そうだ。



現段階では、毒父の独断では、
外出できない&誰かが必ずついていなければ駄目だということを、
毒父本人がわかっていない。
(わかっているかもしれないが、それを認めたくない。
「外出する・しないは俺が決める」と思っている)




今回、出先から実家に戻ってきた際、
前述のケアマネさんからのメールの内容をかみくだいて、
夫が毒父に説明した。
私はそばで静観していた。




私が話すと、事態をややこしくするかもしれないのと、
毒父に優しく諭すことができないので、
険悪な雰囲気になる可能性もあるためだ。



それに毒父は、私の言うことなど耳を貸さない(私を下に見ているので)。



けれど、夫の話すことは「聞こう」という姿勢を見せる。
(それでも、耳の痛い話や面倒な話になると、
相槌をしなくなったり、
「えぇー。えぇー」
「あぁ。あぁ。」
しか言わなくなったり、
補聴器の聞こえの悪さを盾にして聞こえないふりをする節がある)



夫も仕事上、色々な人と対話をしているので、
毒父が話を聞き入れていない状態の時は、
「見ていてなんとなくわかる」という。




はぁーーーー。
たいそう面倒なジジイだよ!全員集合! 




おわり! (急に??)





2020.03.05 自分は自分?
自分が、他人のアカウントに対して「いいね」を押下した瞬間、
100単位でグーン!とカウントアップすることがある。

100単位じゃなくても、10個いきなり上がったりとか。

どちらも私には羨ましい限り・・・。

何かを発信すれば、
最小でも必ず1個は共感してもらえる人には、
わかってもらえないだろうな・・・。


「共感してもらえなくても、自分は自分」

そう思えるようになるには程遠い。



2020.03.03 ひとづきあい
ときどき
「第一印象」
について考えてしまう。
それは何故か、台所で立って、
料理や皿洗いなどをしている時に思い浮かぶことが多い。



そういう点で言えば、
あの時の、越してきたご近所からの挨拶時の私は「0点」。
おそらく私の印象は最悪だったろうなと思う・・・。




・・・と思っているのは私だけで、
実はそうでもない?
被害妄想が強くてメンヘラだから、そう思ってしまうだけなのだろうか。




いくら私が、

「あの時の私は変でした」

「あの時の私はおかしかった」

と叫んだところで、人には届かない。





逆に、過去に私が、

「あいつって最悪」

と感じた人間に関して、当事者が

「あの頃の私はこうだったけど、今は違う」

と言ったとしたら、
私はそれを信じるのか?
いや、信じないし、「信じたくない」と思うだろう。
私に勝手に「最悪の烙印」をつけられた相手は、
永遠に私の中で「最悪」のまま。







第一印象の話とは違うが、


・小学3年の時にいじめてきたクラスメイトの男子二人。
・同じく小学3年の時に総スカンにしたクラスメイト全員。
・庇いもしなかったその時の担任。
・小学4~6年の時の担任。
・頬を(軽く)叩いたり、左手の甲にアザが残るほど叩いたピアノ教室の先生。
・姉と一緒になっていじめてきた隣の兄弟。
・中学の時に「特に」いじめてきたクラスメイトの男子。
・私を肩叩きした会社の上司( ← ダメ社会人だったので自業自得だが)

(・・・・・etc。思い出せないだけで他にも多数いる)




・そしてうちの親。
・余計なことを親に言った母方の叔母。
・実家に来るといつもおせっかいしてきた叔母。
・「猫がいるから」という理由だけで結婚式に来なかった叔父。



これらの人々の行為を水に流せる?




流せるわけがない。




じゃあ、他者が私を今でも嫌いと思っていたとしたら、
仕方なくそれを受け入れなくてはならないのだろうか。
学生時代と、社会人になってからと、
インターネットが普及してからのネット友達を含めたら、
私と喧嘩別れした人が沢山いる・・・・(-ω-;)




やはり、ACによくあるらしい「白黒思考」なのか、

「嫌い」か「好き」

しかない。

殆ど、

「最初の頃は仲が良かったのに、段々険悪になってサイナラ」

・・・というパターンが多い。
とても極端すぎる。
中間として、
「細々と緩く長く交流する」
ということができないのだろうか。





もしかしたら、自分の友達との付き合い方が歪んでて、

「最初は仲が良かった」

というのも、実はそうではなくて、
上下関係が確立していて自分が下の立場だったとか、
相手に迎合していたとか、様々に絡んだものがあり、
「段々険悪になってサイナラ」というのも、
「なるべくしてなったこと」なのかもしれない。



上下関係でいうと、いつも私は「下」だと思う。



先日も別件で、そう思った。
音楽の趣味関係で30年以上の付き合いのある友人で、
以前から頻繁にメールをしあっていたが、
ここ十年ちょっと、友人の仕事や生活が忙しく、
メールの間隔があいてきていた。
私も以前は頻繁に送っていたが、今は年に5回あるかないか。



そして、

「私は、この人からのメールに対して、返事をしなかったことは多分ないな・・・」

と思った。

でもこの十数年の間、相手からスルーされることは時々ある。

上下関係が出来てるんだなと思った・・・。

相手は、

”私がスルーしても仲は続く”

と思っているかもしれない。

だけど私は怖いので、返事をスルーすることができない。
スルーしたら相手が拗ねて、交流が終わるような気がする・・・。






「緩く長く」で言えば、年賀状だけの付き合いの、
例の高校時代の友人4人もそうなるのだと思うが、
それも疲れてきているということは、
もう私は4人と、年賀状の付き合いもやめたいということなのだろうか。
普段から全く、電話もメールもしあわないような状態で、
二十数年も会わないで、
果たして友人と言えるのだろうか。





いつまでもしがみついていないで、
次に行けばよいのかもしれないが、
普段から家に引きこもってばかりいる自分は、
この4人以外とのクラスメイトとの付き合いも全くないので、
4人との交流を絶ったら、学生時代からの友人は一人もいなくなる。




メッキが剥がれた、
「学生時代からの友人」というメダルのようなものを、
首にぶらさげていたいだけなのだろうか。




大袈裟なのかなぁ・・・。
考えれば考えるほど沼地にはまっていくようだ。



買い物がしんどい。
買い物リストがないと買い物できない自分を恥ずかしく思うので、
いつもコソコソとメモを覗き見しながら店内をまわる。




以前から何度か書いている話なのだが、
店内で献立を思い出しながらの買い物ができないので、
その日のスーパーの安売りの物を買う・・・という買い物方法がとれない。



これはやはり発達障害なのだろうか。



いつも事前に、3週間分ぐらいの献立を半日ぐらいかけて作る。
3週間経ったら、また次の3週間分・・・というように。




そして、作った献立に則って買い物リストを作る。
そのメモを見ながらでないと買い物ができない。



なのでメモを家に忘れたり(よくやる)、
ポケットに入れたつもりが何処かで落として紛失(たまにやる)すると、
少しパニックになることもある。



”スマホに書いて持ち歩けば楽だね?”

・・・と自分でも思うが、
私はガラケーすら持ってないので。 ← 毎度卑屈





買い物リストは、出先のスーパーで無駄に色々と歩き回らないように、
例えば最初に野菜を買ったら次はタマゴ売り場、
次は調味料、次は肉売り場・・・というように店内の並びを思い出しながら、
効率的に回れるように書く。



(そのくせ、リスト以外の余計な物も多く買うのだが・・・。
また、店内で突然、
「あ!あれストックが無かったかも?」と思い出して買うが、
帰宅したらストックがまだあったりして・・・・)






外出前の買い物リストを2~3回、書き直すことが稀にある。
買い物リストはだいたい3~4日ぐらい前から作り出す。


料理の途中で、
「あ!もうそろそろ小麦粉なくなるわ!」
と思い出したら紙に書き(そこで書かないと後で思い出せなくなる)。



「あー。これストックもう無いわ、買っとかなくちゃ」
と、ふとした時に気づけば書き加えて。




すると徐々に買う物の量が増えてきて、
殴り書きなのをもう少し綺麗な字で書き直したりもする。



これが功を奏して、
何度か書き直しすると脳裏に残っていることがある。



そのため買い物リストを紛失しても、
なんとか思い出せて買い物ができたことが数回あった。



つい先日もそういうことがあり助かった。
メンクリに行く日の買い物の個数は特に多く、
そのメンクリの近所のデパートでしか買えない物もあるので、
思い出せてよかった。
それでも2~3個思い出せずに洩れてしまったが・・・。






そんな自分の、ある日の買い物リスト
(買った当日に使う物または、冷凍ストックする物含む)


【野菜】
なす
エリンギ×2個
アスパラ×2束
ブナピー
玉ねぎ×2個
サラダセット(大根ほか)×2袋
もやし・ニラ・キャベツ等の野菜セット×1袋
レタスセット×2袋

【ほか】
生芋こんにゃく
つぼ漬け
パン粉
グリーンピース缶
パセリ(瓶)1本&詰め替え
高野豆腐
サラダ油(揚げ物用)
オリーブオイル(通常用)
チョリソー×2袋
牛肉(サイコロステーキ用)×3パック




-------
この日、買い物リストになかったのに買った物。
(若干の強迫観念&外出したくないから買い溜め)


カップ焼きそば×2個
カフェインレスコーヒースティック5本入り×1箱
ココアカロリー4分の1×1箱
レトルトカレー×2箱
ふりかけ×1袋
かつおぶし×1袋
切り餅×1袋
納豆(ミニ4個入り)×1個


売られているひき肉の賞味期限が近いものばかりだったため、
また後日外出して買いに行った。








これだけの量の物を買うと、
当然スーパーの買い物かごは山盛り状態。
自転車で持ち帰る時もとても重い。
気を付けないとよろける。




毎日買い物に行ける人は違うのだと思うが、
自分の場合はそうではないので、
2~4日分の食材をまとめ買いして、
一週間に最低2回、多くて3回しか外出しない。




一週間の外出が3~4回だった10年ぐらい前は、
やはり一回の買い物の量がもうちょっと少なかったと思う。
事前の献立作りも4日分ぐらいしか作らなかった。




でもその分、鬱々とした気分が4日おきぐらいに訪れる。
”あぁ、また献立考えなきゃ・・・”
というような。




その、鬱々とした気分が4日おきに訪れるのが嫌で、
3週間ほどまとめて一気に献立を作るようになったのか
自分でもあまり覚えていないが、いつのまにか増えていた。



(作成した献立は、この4~5年分ぐらい保管してある。
この献立群が非常に重要で、現在の献立を考える時の参考にしている)





鬱々とした気分は4日おきには訪れなくなったが、
3週間おきに訪れるのは変わらない。
しかも前述のように、献立を仕上げるまで半日かかる。
うんざり・・・。
現在はそういったことはないが、
以前、献立作りの途中で体調不良になり寝込んだこともあった。




以前書いた話だが、かかりつけの美容師さんに、
献立が半日かかる話をしたところ、

「夏休みの宿題を一気に最初にやっちゃうのと同じですね」

という、至ってポジティブな言葉を貰った。



その言葉を時々思い出すものの、
やはり献立を3週間分も考えるのは、とてもしんどい。




こんなこと、10年先もやるつもりなんだろうか・・・。
3週間分考えるのも、今よりもっとしんどくなるだろう・・・。
それに体力の問題で、買い溜めしてもそれを持って帰れない。
今はなんとか自転車任せで持ち帰ってこられているが、
そのうち自転車にも乗れなくなる日がくるだろう。




毎日その日の食事の分だけスーパーで買って帰ってくるのが、
一番望ましいと思う。



ひきこもりには難しい課題。




40分程度で出来上がった。

ネット検索で辿り着いたページの作り方が非常にわかりやすく、
バレンタイン以外ではお菓子を全く作らない自分でもなんとかできた。
日付変更線を超えた0時過ぎ(1月14日)に、
ちゃぶ台に置く予定(この時間帯は、だいたい夫は
居間でうたた寝ぶっこいている)。

ここ数年のバレンタインは、
某メーカーの、材料などがセットになった物で作っていたのだが、
近年、その種類が変わり映えしなくなってきたというか、
私が作れるセットの種類が限られてきた(´∀`;)
そうすると「また昨年と同じ物になってしまう・・・」
ということで今年は違う物を作ることにした。

・・・とかナンとか言って、つい2週間ぐらい前までは、
”デパートでお煎餅を買って済まそうかな・・・”
などと思っていた( ̄ー ̄;)
(そもそも夫は普段から甘い物を全く食べない。
食べられないわけではないが日常的には食べない)

来年はお煎餅にしようかな・・・( ̄▽ ̄;)あせあせ


------------

先日からの件は全く解決に至っておらず。

思い出してしまう間隔は少しだけ空いてきたものの
どうしても拭いきれず浮かんでくる。

カウンセリングで話してみたが、
私から見ている4人と、4人が見ている私とでは、
温度差があるのではないかと思い至った。

・・・・と殊勝なこを言ったところで、
サッサと忘れられるわけではないのだが・・・。


先日から書いている、メールの返事がこない友人の話。



この友人Aは、ただひとり、
うちの毒母が亡くなったことを喪中はがきで報せた時、
明けて1月中に私に電話をくれた人でもある。
正直うれしかった。



それでも、友人Aは友人Bと海外旅行に行ったこともあるが、
(確か一回ではなかったように思う)私は後付けで知った。



カネがないと思われのか(どうせ本当にカネなんか無いし)、
誘ったら迷惑を被られると思ったのか(性格悪いしね)、
せっかくの旅行が台無しになると思われたのか(そうかも)。




20代後半の頃、友人Aと私と、友人Aの後輩(私と顔見知り)の
計3人で出かけたスキー一泊旅行で、
友人Aと後輩が、まるでタッグを組むように仲が良く、
後輩が私を小馬鹿にする発言を繰り返していたことで私の怒りが増し、
帰りの列車に乗り込んだ時に、その後輩を怒鳴りつけた経緯があった。



列車の発車ぎりぎりまで、友人Aと後輩が駅構内の土産屋に籠っていて、
慌てて二人でホームに戻ってきた途端に、その後輩が、
「座席って何番~~?」
と、友人Aに言ったのか私に言ったのか知らないが、
ぎりぎりまで過ごしていて自分の席番も確認できていなかったことで、
私がカッ!となってしまったのだった。



瞬間湯沸かし器みたいにカッ!となるところ、実家にいる誰かとそっくりだね~~






そんな経緯があるんなら、
そりゃ海外旅行なんて、もっと誘われないわなーーwwwww






友人AとBと私を含め、
高校の仲のいいもん同士の5人グループだった。
中学3年の時点で特定の友達が一人もいない状態で卒業した自分に、
初めてできた友人たちでもある。



そんな5人ではあるが、
20代前半の頃だったかみんなで国内一泊旅行に出かけた時、
列車の座席(二人掛け)で一人余ってしまうことや、
遊園地に行っても、また誰か一人余ってしまうことで、
なんとなく帰りは5人ともギクシャクしていたのを思い出す。



どのくらい会ってないだろう?
もう20年弱ぐらい経つかもしれない。



現在は年賀状のやりとりのみ・・・・・・となっているのは私だけで、
友人A・B・C・Dの4人の中で会ったりしてることもあるのかも。



実は4人のうち、今年の年賀状が来ない子が一人いる。
来ない理由はわからないが、
元旦以降、2~3日に一度は思い出してしまう。
私が友人Aに年明けにメールしたのも、実はその件だった。
「あの子から年賀状来てる?」みたいな感じで。
そのメールの返事も来ないというわけだ。



一挙に2人から音信普通・・・。



また、前述の友人Bの電話番号が今もわからない。
2019年に喪中はがきが来て、そこで引っ越しした事を知ったが、
電話番号の記載がなかった。
もちろん今年届いた年賀状にも書かれていない。



下種の勘繰りで、
私に教えたくないから記載しなかったのかも・・・と思ってしまう。



20代の頃から、この友人Bには、
悩みがある度に長電話をしていたしな・・・。
この友人Bからアドバイスを貰っても、
私は悩みをダラダラと吐き出したいだけなので、アドバイスされても受け入れないのだ。
「でも・・・」
「だけど・・・」
ばかりで。



そりゃ、人をゴミ箱扱いしてれば、
煙たがって電話番号を教えてもらえないかもな~wwww




そのうち、長電話ばかりしていることで、疚しさがあったからか、
電話をかけて一発目に、あちらのお母さんが出ると緊張感が走った。
口調に抑揚があまりないのだが、
被害妄想で、”お母さんもしかして怒っているのでは?” と毎回思っていた。



(それでも長電話をやめず、「毎回」悩み相談してたのね・・・ )

馬鹿



この友人Bに、暑中見舞いを出そうと思っている。
そこで
”差し支えなければ電話番号を教えてほしい” 
と書こうと思っているのだが・・・・。




・・・ってか、まだ1月なのに、7月まで待てるのか?自分。



それにもしスルーされたら・・・・??
される可能性だってゼロではないわけで・・・・。



考えてみれば、友人4人全員の携帯番号も知らない。
知っているのは固定電話のみ。


このご時世、固定電話番号をもたない人もいる。
引っ越しした友人Bも携帯の番号しかもってないかもしれない。


それじゃ、ますます教えたくないかも・・・。


こんな迷惑千万な奴に携帯番号なんか教えたら、
掴まえようと必死に電話してきそうでイヤなんじゃないかと思うのだ。
(もちろんそんなことはしないが、
友人Bが知っているのは、長電話魔だった頃の私だ)





疲れた。


疲れる。


スッキリしたい。