2020.03.03 ひとづきあい
ときどき
「第一印象」
について考えてしまう。
それは何故か、台所で立って、
料理や皿洗いなどをしている時に思い浮かぶことが多い。



そういう点で言えば、
あの時の、越してきたご近所からの挨拶時の私は「0点」。
おそらく私の印象は最悪だったろうなと思う・・・。




・・・と思っているのは私だけで、
実はそうでもない?
被害妄想が強くてメンヘラだから、そう思ってしまうだけなのだろうか。




いくら私が、

「あの時の私は変でした」

「あの時の私はおかしかった」

と叫んだところで、人には届かない。





逆に、過去に私が、

「あいつって最悪」

と感じた人間に関して、当事者が

「あの頃の私はこうだったけど、今は違う」

と言ったとしたら、
私はそれを信じるのか?
いや、信じないし、「信じたくない」と思うだろう。
私に勝手に「最悪の烙印」をつけられた相手は、
永遠に私の中で「最悪」のまま。







第一印象の話とは違うが、


・小学3年の時にいじめてきたクラスメイトの男子二人。
・同じく小学3年の時に総スカンにしたクラスメイト全員。
・庇いもしなかったその時の担任。
・小学4~6年の時の担任。
・頬を(軽く)叩いたり、左手の甲にアザが残るほど叩いたピアノ教室の先生。
・姉と一緒になっていじめてきた隣の兄弟。
・中学の時に「特に」いじめてきたクラスメイトの男子。
・私を肩叩きした会社の上司( ← ダメ社会人だったので自業自得だが)

(・・・・・etc。思い出せないだけで他にも多数いる)




・そしてうちの親。
・余計なことを親に言った母方の叔母。
・実家に来るといつもおせっかいしてきた叔母。
・「猫がいるから」という理由だけで結婚式に来なかった叔父。



これらの人々の行為を水に流せる?




流せるわけがない。




じゃあ、他者が私を今でも嫌いと思っていたとしたら、
仕方なくそれを受け入れなくてはならないのだろうか。
学生時代と、社会人になってからと、
インターネットが普及してからのネット友達を含めたら、
私と喧嘩別れした人が沢山いる・・・・(-ω-;)




やはり、ACによくあるらしい「白黒思考」なのか、

「嫌い」か「好き」

しかない。

殆ど、

「最初の頃は仲が良かったのに、段々険悪になってサイナラ」

・・・というパターンが多い。
とても極端すぎる。
中間として、
「細々と緩く長く交流する」
ということができないのだろうか。





もしかしたら、自分の友達との付き合い方が歪んでて、

「最初は仲が良かった」

というのも、実はそうではなくて、
上下関係が確立していて自分が下の立場だったとか、
相手に迎合していたとか、様々に絡んだものがあり、
「段々険悪になってサイナラ」というのも、
「なるべくしてなったこと」なのかもしれない。



上下関係でいうと、いつも私は「下」だと思う。



先日も別件で、そう思った。
音楽の趣味関係で30年以上の付き合いのある友人で、
以前から頻繁にメールをしあっていたが、
ここ十年ちょっと、友人の仕事や生活が忙しく、
メールの間隔があいてきていた。
私も以前は頻繁に送っていたが、今は年に5回あるかないか。



そして、

「私は、この人からのメールに対して、返事をしなかったことは多分ないな・・・」

と思った。

でもこの十数年の間、相手からスルーされることは時々ある。

上下関係が出来てるんだなと思った・・・。

相手は、

”私がスルーしても仲は続く”

と思っているかもしれない。

だけど私は怖いので、返事をスルーすることができない。
スルーしたら相手が拗ねて、交流が終わるような気がする・・・。






「緩く長く」で言えば、年賀状だけの付き合いの、
例の高校時代の友人4人もそうなるのだと思うが、
それも疲れてきているということは、
もう私は4人と、年賀状の付き合いもやめたいということなのだろうか。
普段から全く、電話もメールもしあわないような状態で、
二十数年も会わないで、
果たして友人と言えるのだろうか。





いつまでもしがみついていないで、
次に行けばよいのかもしれないが、
普段から家に引きこもってばかりいる自分は、
この4人以外とのクラスメイトとの付き合いも全くないので、
4人との交流を絶ったら、学生時代からの友人は一人もいなくなる。




メッキが剥がれた、
「学生時代からの友人」というメダルのようなものを、
首にぶらさげていたいだけなのだろうか。




大袈裟なのかなぁ・・・。
考えれば考えるほど沼地にはまっていくようだ。



先日から書いている、メールの返事がこない友人の話。



この友人Aは、ただひとり、
うちの毒母が亡くなったことを喪中はがきで報せた時、
明けて1月中に私に電話をくれた人でもある。
正直うれしかった。



それでも、友人Aは友人Bと海外旅行に行ったこともあるが、
(確か一回ではなかったように思う)私は後付けで知った。



カネがないと思われのか(どうせ本当にカネなんか無いし)、
誘ったら迷惑を被られると思ったのか(性格悪いしね)、
せっかくの旅行が台無しになると思われたのか(そうかも)。




20代後半の頃、友人Aと私と、友人Aの後輩(私と顔見知り)の
計3人で出かけたスキー一泊旅行で、
友人Aと後輩が、まるでタッグを組むように仲が良く、
後輩が私を小馬鹿にする発言を繰り返していたことで私の怒りが増し、
帰りの列車に乗り込んだ時に、その後輩を怒鳴りつけた経緯があった。



列車の発車ぎりぎりまで、友人Aと後輩が駅構内の土産屋に籠っていて、
慌てて二人でホームに戻ってきた途端に、その後輩が、
「座席って何番~~?」
と、友人Aに言ったのか私に言ったのか知らないが、
ぎりぎりまで過ごしていて自分の席番も確認できていなかったことで、
私がカッ!となってしまったのだった。



瞬間湯沸かし器みたいにカッ!となるところ、実家にいる誰かとそっくりだね~~






そんな経緯があるんなら、
そりゃ海外旅行なんて、もっと誘われないわなーーwwwww






友人AとBと私を含め、
高校の仲のいいもん同士の5人グループだった。
中学3年の時点で特定の友達が一人もいない状態で卒業した自分に、
初めてできた友人たちでもある。



そんな5人ではあるが、
20代前半の頃だったかみんなで国内一泊旅行に出かけた時、
列車の座席(二人掛け)で一人余ってしまうことや、
遊園地に行っても、また誰か一人余ってしまうことで、
なんとなく帰りは5人ともギクシャクしていたのを思い出す。



どのくらい会ってないだろう?
もう20年弱ぐらい経つかもしれない。



現在は年賀状のやりとりのみ・・・・・・となっているのは私だけで、
友人A・B・C・Dの4人の中で会ったりしてることもあるのかも。



実は4人のうち、今年の年賀状が来ない子が一人いる。
来ない理由はわからないが、
元旦以降、2~3日に一度は思い出してしまう。
私が友人Aに年明けにメールしたのも、実はその件だった。
「あの子から年賀状来てる?」みたいな感じで。
そのメールの返事も来ないというわけだ。



一挙に2人から音信普通・・・。



また、前述の友人Bの電話番号が今もわからない。
2019年に喪中はがきが来て、そこで引っ越しした事を知ったが、
電話番号の記載がなかった。
もちろん今年届いた年賀状にも書かれていない。



下種の勘繰りで、
私に教えたくないから記載しなかったのかも・・・と思ってしまう。



20代の頃から、この友人Bには、
悩みがある度に長電話をしていたしな・・・。
この友人Bからアドバイスを貰っても、
私は悩みをダラダラと吐き出したいだけなので、アドバイスされても受け入れないのだ。
「でも・・・」
「だけど・・・」
ばかりで。



そりゃ、人をゴミ箱扱いしてれば、
煙たがって電話番号を教えてもらえないかもな~wwww




そのうち、長電話ばかりしていることで、疚しさがあったからか、
電話をかけて一発目に、あちらのお母さんが出ると緊張感が走った。
口調に抑揚があまりないのだが、
被害妄想で、”お母さんもしかして怒っているのでは?” と毎回思っていた。



(それでも長電話をやめず、「毎回」悩み相談してたのね・・・ )

馬鹿



この友人Bに、暑中見舞いを出そうと思っている。
そこで
”差し支えなければ電話番号を教えてほしい” 
と書こうと思っているのだが・・・・。




・・・ってか、まだ1月なのに、7月まで待てるのか?自分。



それにもしスルーされたら・・・・??
される可能性だってゼロではないわけで・・・・。



考えてみれば、友人4人全員の携帯番号も知らない。
知っているのは固定電話のみ。


このご時世、固定電話番号をもたない人もいる。
引っ越しした友人Bも携帯の番号しかもってないかもしれない。


それじゃ、ますます教えたくないかも・・・。


こんな迷惑千万な奴に携帯番号なんか教えたら、
掴まえようと必死に電話してきそうでイヤなんじゃないかと思うのだ。
(もちろんそんなことはしないが、
友人Bが知っているのは、長電話魔だった頃の私だ)





疲れた。


疲れる。


スッキリしたい。






2019.12.23 怒鳴り合い
「情報共有」として、
ケアマネさんが送ってくれたメール内に、

”毒父が一人で杖をついて散髪に行ってしまっていた”

と書いてあった。


あれだけ、うちの夫も私も姉も、

「一人で杖を使って外に出ない」

「もし一人で外に出て倒れて、誰にもみつけてもらえなかったらどうするの」

「頭でも打ったらどうする」

「一人で外に出て怪我でもして入院となったら周りの人間が大変」

・・・と言っているし、
ケアマネさんやヘルパーさん、デイサービスの方々も、

「まだ一人で外には出られないんですよ」

「理学療法士さんからのOKが出てないからダメですよ」



と伝えているのに。






毒父の言い分は、

「バスに乗ったとかじゃなくて、近くの店に行っただけなんだから!!」

「お父さんが自分で、大丈夫だと思って外出したんだからいいんだよ!!」


挙句の果てには、今月15日に、
私が家の中に貼ってきたA4の紙(「家のリハビリ無しでは
外に出て歩けるようになりません」と書いた紙)に対して、

「家の中に、あんなもんベタベタベタベタ貼るんじゃないよ!!
”こんなもの貼ってて嫌がらせしてるの?”って笑われたよ!!!」


私:
「誰にだよ!」

毒父:
「誰が言ったか言わないけどな!!」




お前が紙に書いてないと忘れちゃうから書いて貼ってたんだけど。

だったらちゃんと家でリハビリやれよ。

相変わらず
「デイサービス(火・木のみ)でリハビリやってるんだから!」
と言うしね。
一週間に2回だけのリハビリで歩けるようになったら苦労しねーけどなーーー。









他にもたくさん怒鳴り合いをした。
10分ぐらい電話で話していたと思うが、その9割が怒鳴り合い。


電話の冒頭、私が

「お父さんサ、一人で杖使って外に出たんだって?」

とフツーーーーーーに言うと、

毒父:
(情報が)早いねぇーーー。誰から聞いたの?

私:
ケアマネさんからメールでね。

毒父:
電話で聞いたの?

私:
いや、だから、メールでね。

毒父:
あぁそう。メール。


私:
お父さんサ、一人で外出して転倒でもしたら危ないよ?


・・・と言うと、前述のように、


毒父:
バスに乗ったとかじゃないんだよ?!!散髪しに行っただけなんだから!!


・・・と切れだした。




私:
いやだからサ・・・・そういう問題じゃないんだよ!!
何度言えばわかるのかな?!!
バスに乗ってないからいいとか、そういうんじゃないんだよ!!



毒父:
お父さんが、自分で大丈夫と思って外に出たんだから!!!




・・・・これの繰り返し。





もっと喋ったけど(でも10分ぐらい)内容が細かく思い出せない。


やはり怒鳴り合いというのは脳みそにもとてもよくないのかもしれない。


とても、とても疲れた。
ぐったりだ。

しかし毒父も疲れてるだろう・・・・・・・という気配りなぞしない。






私は今日の毒父との怒鳴り合いの中、心臓がバクバクし、
上唇も下唇もカピカピに乾いてきて、喉も痛くなってきた。


やはり毒父は今も十分、DV気質が残っている。
80代のジジイのくせに物凄い勢いで何度も怒鳴っていた。
私よりも大きな声を出さないと言い負かせないと思ったのか、
かなりな大声だった。



今回も、電話じゃなければ私は応戦できなかった。
これからもそう。
毒父の目の前で今日と同じ会話ができるかと自問すると、ゼロだ。


今年の7月にもこういうことがあり、
私は幼少期のトラウマから毒父を恐れていることを痛感した。





年の瀬も押し迫っている時に、
なんでこんな不快な想いをしなくてはならないのか・・・。




年明け6日から、胃腸科と眼科の通院同行が入っているが、
姉と私が行くか、夫が単独で行くか、まだ全く決まっていない。



それよりも毒父の奴、
今年の10月頃におせち(お重)を頼みやがって(凄くしつこかった)、
無理やり、姉と私ら夫婦を年明けに来させようとしてしまった。
こっちも断れなくて行くことになっている。



しかし今日みたいな怒鳴り合いをして、
10日後ぐらいにシレッとして「おめとうございます」の挨拶?


おそらく毒父は、今日、私に怒鳴った事などすっかり忘れ、
平気な顔してお重をバクバク食うのだろう。




正直な気持ちは、行きたくない。
年明けから不快な顔など見たくない。




早く消えてくんねーかな・・・・。
あんな奴の世話なんかマジでしたくないのに・・・・。






またしても、クソめんどくさい話をもってきた、うちの毒父
どこまで周りの人間を巻き込んだら気が済むのか?
この件についてケアマネさんからも二度も電話が掛かってきた。


ケアマネさんの話によると、
姉と私の二人で8月・9月に毒父を連れて行った胃腸科の先生に、
毒父が毎年(?)お菓子をあげているらしいのだ。



それを今回もやりたいと言っているらしい。
何故10月なのかと言うと、院長先生の誕生日が10月とかナンとか。



そのため、いつも買っている店でお菓子を発注し、
翌日そのお菓子を受け取りに再び店に行き、
帰りに胃腸科に立ち寄って先生にお菓子をあげたいと。



・・・と簡単に書いているが、
過去ログにもあるように、毒父を何処かに連れてゆくのは物凄く面倒で大変。
早朝5時起きで自分の家を出て、毒父の住む実家まで行くが(午前8時過ぎ到着)、
眠さもあったり、
デブの毒父を車椅子を押してゆくことももちろん大変なのだが、
それ以上に、精神的重圧がハンパない。
(その辺りの詳細は、8月24日と9月14日の通院同行に記載)





・・・・ってか、また散財かよ・・・。
なんでそうやっていろんなものを買うクセが止まらないのか?
マジで買い物依存症?
自分の口座の残高が少ない自覚がないの?




正論をぶつけても通じない相手(毒父)なら、
ACである私は、このバカな父親に対して、どういう態度を取ったらいいのか?
「毒父とコンタクトを取らない&会わない」という選択肢「以外」で。



たぶんだけど・・・先方の病院も、

「もう本当にいいですから(^-^;)」

って言ってると思うんだよね・・・。




それを、あの毒父が

「いやいやいやいや!!お世話になってますから!!!!」

とか、あのダミ声でゴリ押ししてるんじゃなかろうか?




あの毒父が人に物をあげる時は、必ず「見返り」を求める。
しかし相手から見返りがなかった場合、


「礼の電話もよこさない!」
「お返しをしてこない!」


・・・とキレて、贈るのをやめる。



そんな他愛もない理由で贈るのをやめてしまう。
そういう人なのだ。


「自分が他者に物を贈る」という行為に陶酔しているのだろう。
「俺っていい人?」と思いたいだけ。





つい最近の話だと、9月の、
毒父の姪っ子夫婦からの、お酒の贈り物に対するお礼の件。


確かに、姪とそのご主人は、毒父に対して、
一回もお礼の電話もしなかったらしいので少し問題かもしれないが、
それをさしひいても。


姉の話によると、


「いつもR子(毒父の実妹)がお礼の電話を掛けてくるだけで、
C子(姪とご主人)から一度も連絡がない。
もう(酒は)贈らない!」


・・・とブチ切れていたという。


一年に三度も、それを何年か続けて贈り続けたらしい(姉:談)。


・・・いったいそれだけでいくら使ってるんだ?あの毒父。
※後からわかった話だが、一回に合計3万ぐらいの酒を買って贈っていたらしい。
それを一年に三度 = 9万。
しかも一年間だけでなく数年続けていたらしい。※





贈り物だけでなく年賀状に関しても、相手からの見返りを求める。
それは過去ログでも触れたことがあるが、また書いてしまおうwww


毒父が私に、

「いつも三が日に届くように送っているのに、
毎年10日過ぎに送ってくる奴もいる」


などと言っていたことがあり、それを聞いた時にとてもおぞましく思った。
何故なら以前の私が、毒父と全く同じ考え方の持ち主だったからだ。


”なんでこっちは三が日に届くように送ってんのに、
いつもあの人の年賀状は三が日が過ぎてから届んだろう?”


”こっちはいつも年賀状に肉筆コメントを入れてんのに、
この人いっつもコメント無しだなー・・・”


・・・などなど。




こういうところが 「ACの連鎖」 なんだなと思った・・・。
恐ろしい・・・・。



8月と9月の通院同行の、それぞれの往復のタクシー乗車時もそうだったが、
運転手さんに料金を渡す時に、故意に札を渡し、

「お釣りはいいですから」

と言う。
(事前に夫からその手の話を聞いてあったので「あぁコレか」と思った)



見栄っ張りなのだ。


通院だってこれで終わりなわけではなく、
毒父が死ぬまで恐らく続くかもしれないのに、
その都度、わざと札を渡して「お釣りはいいです」なんて言っていたら、
いったいタクシー代だけでどんだけ散財することになるのか??


そこんとこわかってるのか?毒父よ!!





病院への贈り物の話に戻るが、
どうやら夫が毒父と電話で話したところによると、
贈っているお菓子は、一万円の桐箱のカステラらしい。


・・・・どうしてそこまでする?
一万円のお菓子って・・・・貰う相手の気持ちを考えたことがあるか?
受け取る相手が恐縮してしまうことを考えたことがあるか?



私が受け取る側だったら、どうしたらいいのだろうと思う。
そんな一万円もする桐箱のカステラを毎年貰って。



私だったら逆に怖い。
”この人なにか裏があるんじゃないだろうか”
と思うかも(私の性格上)。



”そこまでされる憶えあるかな?”
なんかも考えるかもしれないなー・・・・。



相手が受け取って戸惑うような物を贈るのはどうなのだろう?
「そんなことまでしなくていいのに・・・・(-_-;)」
と相手に思わせてしまう贈り物ってどうなのか?



そんな贈り物を受け取るよりも、
毒父が、その胃腸科に行かなくなること、
症状が緩和して、通院しなくてもよくなること、
そっちのほうが、病院の先生が望んでいることではないだろうか。



毒父の場合、その贈り物を贈ることによって、
「今後もお世話になりますからよろしく」
と病院に対して言っているのと同じだと思う。


”一万もする桐のカステラを贈ってんだから、ちゃんとよく診てくれよ?”

・・・と暗に行っているのと同じだと思う。




本当にいい加減にしろよ・・・・・(炎の音・ゴゴゴゴゴ)
怒りしか湧いてこない。
お金の遣い方がおかしいから、口座残高も怪しいものになっているし。
あのジジイ、老後は一体どうするつもりだったのだろう?
自暴自棄にでもなってんのか?






最近、自分の体調が思わしくないことについて、
カウンセラーの先生に、

「もしかしたら、お父さんの件で、
あなたの体調に表れてきてるのかもしれないね」

と言われた。


「人によって(ストレス関係の体調不良が起きる時期は)
半年後とか、2週間後とか、まちまちですか?」

とカウンセラーに聞いたら、

「そうですね」

とも言っていた。




なので、8月と9月の、
毒父の通院同行の件が、自分が思う以上に心に重くのしかかり、
最近の体調に表れてしまうのも不思議なことではないのかもしれない・・・。



先月は膀胱炎だったが、
今度は婦人科系の調子がちょっと悪いので今週末に予約を入れた。



カウンセリングで、


「毒父が病院の先生にお菓子をあげたいと言い出した。
せっかく先月14日に2か月分の飲み薬をもらえたため、
今度の通院同行は11月になるはずだったのに、
また今月に行かなくてはならなくなるかもしれない」


という話をしたら、カウンセラーが、


「(お父さん)わがままですね」

と言っていた。




何かこう、
「お前勘違いしてんじゃねーか?」
と自分に対して思うところがあったので、
ほんの数日だったが様子見していた。


自分がどれだけ必要となんかされていないか。
他者から注目などされていないか。


今までブログランキングで、
本当に稀な事だが3位などになることがあり、
その結果を見て調子に乗っている部分が大いにあった。


そして、その順位の決まり方も、いまいちわかっていない。


私は、ブログを更新していない時でも、
一日一回限定の「ポイントルーレット」を回すことが多かった。


だからきっと、3位などになるのも、
「自分がポイントルーレットを回していたから、
たまたまその順位になっただけなのではないか?」

と思った。



・・・なのでルーレットを回すのをやめて静観していたら、


更新しないと急激に順位が下がってゆくw
・・・と同時に、解析にも殆ど結果が表示されない。





まぁ・・・ここのところ、心身ともに不安定ではある。
だからネガティブなことばかり考えてしまうのかもしれないが・・・。



どうも3~4日ぐらい前から体調もあまりよくなく、
買い出しには出るものの、他はずっと居間で寝ていたり。
録り溜めてあった番組を見るも、何度も寝落ちしてしまう。



昨晩の夕飯は、食欲が湧かなかったので食べなかった。
一昨日は残っていたシチューを食べたが、
その前日の夕飯は茶漬けで済ませてしまった。



毒父から頻繁に電話が掛かってくるのでもなく。
誰かに何を言われたというのもでなく。



更年期だからナンなのか。
それとも気候が不安定だからか。最近気温の高低差が激しいし。
我が家ではまだエアコンをフル稼働だ。
寝る時も、風量は止めて一℃上げるものの付けっぱなし。


それとも、何もストレスを受けていないと思っていても、
無意識に受けていたのか。
はっきりと理由がわからない。


幸いなのは夜は眠れていること。
これだけ。





ふと思ったんだけど、私は今まで、


「周りの人に育ててもらったから、
今度はそれを他の人のために役立てたい」


と思ったことが一度もない。


自分の親にも「育ててもらった」と思えない。


”感謝ってなんだろう?”  ・・・という感じ。
アホみたいな話だけど、本当にそう。


”ありがたいと思えたら、それが感謝なのかな?”
ということなら、
ようやく最近、夫に対して「有難い」と心から思えたことはあった。



人に感謝することすらわからない、こんな歪んだ思考を、
「ACだから」などと片づけてよいものなのか・・・。






「ブログをやってても、人の役にも立ててない」
と思ったりする。


自分を切り売りして、
自分の原家族の恥も、自分の恥も晒して書いて、
それが何になるというのだろう?


(まぁ誰も頼んでないんだけども。自分が勝手に書き始めたわけで)




あまり、自分をジャッジするのは、
自分イジメと同じだからよくないんだが、
なぜか自己否定がエンドレス・・・(-ω-;)




普段から、ブログで口汚く毒父のことを罵っていると、
ここで書いている内容そのままの話し方で、
ででむし夫に毒父の悪口を吐き出すことがあるが、
昨日もそうだった。


そして夫にたしなめられた。


「それはちょっと言い過ぎなんじゃない?」
と。


私は黙ってしまったが、心の中では認めてなかった。



・・・くっそー!
なんでだよぅ( ノω-、)





いや、少しはわかってるんですよ。
わかっているが、
毒父から受けるストレスの発散は止められない。



■毒父の悪口を吐いてばかりいると、わたしの心身に悪い。


■<毒父の悪口  → 私がででむし夫に吐く>

<毒父が生前の妻の悪口を、私たち娘に吐く>


・・・・・・構造が全く同じ






少なくとも今年の5月以前は、自分の家での毒父の話題は極端に少なかった。



それは、電話も殆どしないし(あっちからも掛かってこない)、
一年に一度会うぐらい(それすら私は嫌だったが)だったからだ。
そこに至るまで(落ち着くまで)は、それなりに大変だったが・・・。



ただ5月以降、毒父の環境が大幅に変わったため、
私も、嫌でも関わらなくてはいけなくなったのは、
これまで書いてきた通り・・・。



それに、家での毒父の話が極端に少なかったと言っても、
私の心の中から完全に切り離せたわけではないので、
その点では過去も今も変わらない。



でも、なにより、
「話さなくて済む」
「不快な想いをしなくて済む」
というところでは、5月以前は快適だったと思う。



しかし5月以降、途端に不快指数が増えた。
(読んできてくださっている方にはわかるかもしれない)


ブログでは99%、毒父の話ばかりになった。
毒母カテゴリーの日記の数を超えてしまった。




幸いなことに、先日の通院同行で、
胃腸科の先生から処方される薬の日数が変わった。
これまで3週間分だったのもが、2か月分になった。
血液検査の結果も、そのためにわざわざ通院するのではなく、
電話で問い合わせをするだけでいい、と言われた。



先日ここで、ヘルパーさんに頼みたいとは書いたが、
姉と私が今後、一度も通院同行しなくて済むようにはならないだろう・・・。



通院は胃腸科だけではない。
前立腺がんのための通院もあるし(おそらく来月10月中)、
頻繁ではないが、入れ歯や歯垢取りのための通院もあるかもしれない。



今後、毒父が再び入院するかもしれないし、そうなったらもっと大変かもしれない。


(うーん・・・?
毒父から電話が掛かってこない&病院にお任せできるという点では、
もしかしたら今よりは楽か?
入院して大変になるのは金銭問題か・・・)



もし半身不随になったら、本当に今よりもっと過酷・・・。
一人暮らしをさせるわけにはならなくなり、
私たち夫婦や、姉の暮らしまで変わってしまうかもしれない。
考えるだけでおぞましい・・・・。



悲観的になってしまう。
毒父のことを考えてるとネガな事しか浮かばない。
(嫌いなんだからポジな事が浮かばないのは当たり前か・・・)



関わり合いが以前のように極端に少なくなることはなく、
ゼロになる時は、毒父が逝った後だ。
(ただし、逝った後の部屋の片づけが、これまた大変そうだし、
「頭にくる置き土産が沢山ある」と、また怒りが爆発するかもしれない)




ゼロになるまで何年かかるんだろう?
明日?
あさって?
半年後?
一年後?
三年後?
・・・もしかして十年後?  ← 冗談じゃねーよ!




通院に同行しても、それが当たり前という態度をされ、
上から目線で指図。
一回の同行中、上から目線の発言が何度もある。



言葉で、上から踏みつけにされている。
我慢ならない。



やはり怒りは止まらない。



過去に、


>回復がある程度進んでいたら、無駄な言い合いを避けるかもしれない。
>自分の発言も、ある程度コントロールできるようになり、
>毒父からの挑発にも乗らず、うまくかわせるかもしれない。


・・・などと書いたけど、無理無理。
私そんなところまで到達してないから。



なんなんだろなー。私の人生。

2019.08.08 停滞
普段の生活の中で、
”今みたいな過ごし方をしていたら、いつまで経ってもACから脱却できないな”
と思うことがある。



毒父と言い合いになるのも、回復が進んでないからだと思う。
回復がある程度進んでいたら、無駄な言い合いを避けるかもしれない。
自分の発言も、ある程コントロールできるようになり、
毒父からの挑発にも乗らず、うまくかわせるのかもしれない。



きのう、たまたまたどり着いたブログがあった。
ACの方で、色々なメソッドなどを試したりして、真面目に取り組んでいる人。
かなり脱却できたらしく、更新はだいぶ前に止まっていた。



脱却できた方のブログの文章って、やっぱりなんと言うか・・・違うんだよね。
私のように毎度毎度ダラダラ書いている奴の文章と違って。





2015年1月にACに気づいてから、まだ4年。
(「まだ」というのか「もう」というのか、どっちだろう・・・)


この4年の間に、かなりの数のAC関連のブログを読んできた。
読まずにブクマしただけで終わってしまっているブログもあるが・・・(^-^;)



でもだいたい皆さん、回復に向けて真面目に取り組んでいるし、
脱却できた方も沢山いる。
カウンセラーになられた方々もいる。



私は、幾つかの書籍を読んだだけ。
瞑想もしてみたこともあったが、一か月も続かなかった。
しかもその瞑想の仕方も、正しかったのかどうかもわからない。
一応ググッて出てきたものを参考にしたが、全く自信が無い。



今は、つぼトントンの本を手元に置き、
毒父の言動に苛立った時に使うか、お腹の調子があまりよくない時に試すのみ。
(効いているかどうかも不明)



買ったつぼトントンの本の説明がザックリしすぎて、わかりにくかったりもする。
「5回トントンしながら、自分の好きな歌をハミング」と書いてあるが
”トントン5回の間のハミングって早すぎね?
2~3秒しかないのに、その間にハミングするの?
いくらもハミングできないよね?高速ハミング?”

とか。



AC関連の自助も、登録だけしててミーティングに全く参加していない。
回復の手順も 
”やりたくない” 
”面倒臭い” 
の方が先に立ってしまう。


もしかしたら、手順を踏む中で、
痛みを伴うかもしれないと思うと、二の足を踏む。




他には、
”AC専門のカウンセラーにお世話になったほうがいいのだろうか?”
と思い、何度もググッてブクマもしたが、
どこも高額で、手も足も出ない。



”AC回復よりも先に、このひきこもりから脱却する方が先じゃなかろうか”
と思ってググッてブクマしただけで満足して終わり。
こればかり。




生きづらくて嫌でしょうがないと思っている割には、
”どうせ余生も永くないしな”
と自己完結してしまう。
人によるのかもしれないが、
自分の中では、AC回復は年数が掛かるものと思ってしまっているので、
”還暦過ぎないと、だいぶ楽にならないのかな”
と考えると、ダルくてしょうがない。




水面下で足をバタバタさせてるだけで全く泳げていない奴。



つい10分ほど前になるが、
うちのくそじじいから電話があった。


「ダンナ(ででむし夫)、いま、帰ったからね?

も~~~今日は、色々とやってくれてねぇ。
ほんとに助かりました。
ありがとね。


・・・・・ほんとにねぇ。
ダンナじゃないとできないよ?」



・・・だって。

「できないよ?」の、
「よ?」にアクセントが付いてたw


「いま、ダンナ、帰ったから(家を出たから)」
「ありがとね」
で終わらないのが、うちの毒父。


「ダンナじゃないとできないよ?」  =  「お前じゃ無理だな?」


って事か?


はいはい、そうですかw
それは悪うござんしたw
小馬鹿にしてくれてありがとうwwwww


今日、実家に行かなかった私に対し、
罪悪感を抱かせようって魂胆が見え見え。


なんで家で休んでいて、
不快な目に遭わなくちゃいけないんだろう?
毒父の電話を切った後から、胃の辺りのゴニョゴニョが止まらない。
つぼトントンやらなくちゃ・・・(-ω-;)


休むったって、
午前中いっぱいは家の中のことをやっていた。
掃除機かけたり買い出しに行ったり。


だから私は、必要以上に小さくなることはない。



献身的にやっている人(ででむし夫)がいるのに、
こういうことを言うのはどうか?と自分でも思うが、
正直な気持ちなので仕方がない。
5月中旬から毒父に関わっているが、
今まで何度か、逝ってくれることを心の中で呟いている。
実際に数日前にも、そういったことをブログで書いたけれども。



私が以前、お世話になったカウンセラーに、
「●んでほしいと思ってます」と言った時、
そのカウンセラーは、
「それでいいんですよ」
と言ってくれた。
否定されなかったことが、とても嬉しかった。



今度は私が私を肯定しなくては。
私が肯定してあげなかったら誰が肯定するのか。



メモを持参し、カウンセリングでダーーッと話した。

食事会の件で一番多く時間を割いた(多くと言っても30分カウンセリングなので短時間)。



話しているうちに、相手のカウンセラーに、
父に関する愚痴を話す自分を拒絶されているような、
父の愚痴を話す自分がだんだん悪い人間に感じられてきて、
初めて、このカウンセラーの前で泣いてしまった。


以前8年間お世話になったカウンセラー(女性)の話を引き合いに出し、


「私が、 ”父には早く●んで欲しいんです”  と言ったら、その先生は、
 ”それでいいんですよ” と肯定してくれました。」

と言うと、

「肯定して欲しいですか?」と切り返された。


現在のカウンセラーは70代ぐらいの男の先生。
うちの父親の方がだいぶ上だろうけど、
年齢的に近いから、庇いたかった&同情したかったのだろうか。


私の考えすぎ・下種の勘繰りかもしれないが、
口調がいつものように柔らかではなく、責められている様な気持ちにもなった。
「責められている様な気がします」
と言ったら、
「そうですか」
と一言で終わった。


「(お父さんは)不器用な人なんだな、という風には受け取れませんか。」
と聞かれたので、
「・・・それは無理ですね・・・今はダメです・・・」
と答えた。



不器用な人だけで片づけられるもんじゃない。
親との亀裂に関してはカウンセラーに話してきているが、
まだ、ここのブログに書いている内容の5分の1も話していないので、
うちの両親がどんだけ酷かったかというのを、
カウンセラーがまだ知らなくて、こういった「不器用な人発言」になるのだろうか?




逆に言えば、不器用な親だったら、子供に何をしてもいいのか?という話になる。




余談だが、不器用で許されるのは高倉健だけだ(当時のコマーシャルの話)。












先日テレビで、津川雅彦さんと朝丘雪路さんのお別れ会を観た。
娘さんが「世界一のお父さんとお母さんでした」と言っていた。



私だって、そんな風に胸を張って言えたらどんなにいいか。



でも、うちの両親が私にしたことを、そう簡単に許すことはできない。
ここのブログで書き殴っている、両親から受けた言葉の数々や態度、
私を守るどころか、親同士で結託して私を責めたり、
理由をちゃんと聞かず、酒の勢いで、頬に痣が残るぐらい平手で叩いたり、
父親からの現在の不快な態度や言葉を、そう簡単には流せない。



父親自身に、
「自分が悪いことをしたのだろうか」
などという気持ちが、まるで見えてこないところも腹立たしい。



いつだって自分が正しい。
間違っているのは周りの人間。
子育てからして(母親に押し付けてたから)責任転嫁がデフォ。



今年、近県の自分の妹宅に招待されて一泊したらしいが、かなり歓迎された模様。



あの父親のことだ。

「ででむしはホント、どうしようもなくてね。私ん家にも全く来ないんだよ。
本当にも~~~。
お母さんは一体どんな子育てしたんだろうか」


くらい言ってそう。


誰が行くか、あんなゴミ屋敷の実家。
空気中に漂ってる塵や細かいゴミなんかを吸ったら、こっちの具合が悪くなりそう。





「親のことを大事にしろ」
「育ててもらって、親のことをアレコレ言うのは間違ってる」
という思考が蔓延してる。



もし、「ででむしはホントに云々~」などと、マジで父親が妹宅で喋っていたとしたら、
周りから同情されるのは父親で、

「あらーーー。ででむしちゃん、そりゃ駄目だねーーーー」

などと悪者にされるのは私のほう。

『年老いた親のことを大事にしない、最悪な娘』
で終わり。



こんな理不尽な事ってあるだろうか。
自己憐憫が止まらない。




読む人の中には、「許さなくていいんですよ」と思う人もいるかもしれない。

「許さなくていい」
でもその先、私はどうするのか。




許さない先には何があるのだろう。



私はいつも、ただただ恨み節で終わっている。




カウンセリングで、親のことを話すのがなんだか嫌になってきた。
どうせ一発目の通院から、
「ACについてはこちらではわかりませんので」とはっきり言っていたメンクリだしな・・・。


話したとしても、またカウンセラーのことを疑ってかかりそう・・・。
”本当は、こう思ってたんじゃないだろうか”
とか、
”あんな風に言ってたけど本心では気分を害したのでは・・・”
とか。


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