姉と私で今月中旬に行く予定だったが、
予定が変わり、明日の4日(土)に夫が行なうことになった。
姉と私は、日付未定だが来月に、胃腸科と、おそらく眼科にも連れてゆく。





1日(水)の夕方に毒父から電話があり、開口一番、
「今日いなかったね」
だって。





なに?その言い方・・・。
罪悪感でも抱かせようっての?
しかも私ずっと家にいたし。




というか、仮にいないとなんなの?
いちいちお前に、外出する旨を伝えなくちゃいけないのか?




「今日ずっといたけど」
と答えたが、それを聞き入れるわけでもなく、
違う話題をベラベラベラベラ勝手に喋り出したので、
面倒だから
「はい・・・。はい・・・・。それで?」
と突き放すように返答した。





毒父は、娘が電話に出なかった理由を聞きたいわけではなく、
娘に「いなかったね」と嫌味を言えればそれでいいのだ。
だからこちらの話を聞くこともなく別の話題に移ったのだ。




本当に腹立たしい人間だ。




そして毒父は、
「そういうワケだから、〇〇さん(ケアマネさん)に電話しといて?」
と勝手に話を締めた。




しかし毒父がベラベラベラベラ喋っていた内容は、
すでにケアマネさんと私たち夫婦との間で進んでいる話であり、
毒父が知ったのは一番最後。




「この話はすでに、ケアマネさんとうちのほうでわかってる内容だから、
別にケアマネさんに連絡する必要ないです」
と事務的に答えた。





毒父との電話を切った後に不審に思い、
着信履歴を見たが、毒父宅からの表示はなかった。




自分が、いつも正しい。
自分が間違い電話をすることなど微塵も想像できないアタマ。
そして勝手に「娘が留守or電話に出なかった」と思い込み、
「いなかったね」と嫌味。




毎回、電話してきても、
「いま大丈夫?」
とか
「話して平気?」
と言うこともない。
いきなり一方的にマシンガートークをスタート。
このマシンガントークだって、高齢だし滑らかに喋るわけじゃないのだが、
「あのねーーーーー」
「そんでねーーーーー」
などと話が回りくどくてイライラしてくる。




人との会話に飢えている様子が電話の態度に表れている。




しかし私はお前の「寂しさを吐き出すゴミ箱ではございません!」(大前春子さん風)




ちなみに昨晩夫が毒父に電話をし、通院日変更の提案をした際にも、
また同じ内容をベラベラベラベラ喋っていたらしく
(声がでかいので受話器越しに聞こえてくる)
夫が「あ、はい。(すでに)知ってます」と答えていた。




この時の電話で「右目右目」とまだ言っていたらしく、しつこい。
いい加減あきらめろ。




左目の白内障の手術は失敗し、見え方がよくなるどころか、
逆に左目の、元からある病気が悪さしてるのか、
見え方が悪化しているらしい(本人の話)。




これで右目も白内障の手術をして、もし失敗したらどうするんだ?
右目だって、左目とは別の他の病気を抱えてるんだぞ?
そのままにしていたほうがいいとは思わないのか?




夫も昨晩、
「申し訳ないですが、お義父さん・・・。
もう右目の手術はしないほうがいいと思います。
万が一、右目の白内障の手術をして、左目と同じように失敗したら、
今度は両目が見えなくなりますよ?」」
と言っていた。




・・・というか夫は毒父に、上記と同じような話を今まで4~5回してるんだが、
その時は

「あぁ・・・。あぁ・・・。ハイ。」(なんとなく生返事?)

とわかったフリをしていながら、
納得してないんだな。
だから同じことを何度も言うんだ。





白内障手術をしたのに、左目の見え方が悪くなったことで、
毒父は院長に一言申し添えたいらしい。
だからたぶん冒頭のように、
5月に眼科にも連れていかなくてはならないだろう。
めんどくさ・・・・。




・・・・というか、病院側を責められないよね。
承諾書も書いてるし。
アンタは、自分の女房(私の毒母)と自分の実妹(私の叔母)が
白内障の手術が成功したから、

「俺も成功する、見違えるように見えるようになる」

などと、病院に対して過度な期待をしたんだろうけど。
「成功するかどうかは人によって変わる。必ず成功するとは言えない」
という返答をこちらがする前に、
勝手に一人で予約を入れてしまった。
「(手術にあたっては)娘さんたちに聞いてください」
と言われていたのに。




やめときゃよかったんだよ、左目の白内障手術。




それでもあの毒父のことだから、
「自分で選んで手術をしてこういう結果になった」
とは思わないんだろうな。




「手術を失敗した医者が悪い」とでも思ってるんだろう。




・・・というかサ。
そもそも1日(水)に電話をよこした時に、
「今、世の中が(新型コロナウイルスで)危ないから、
病院に行くのどうしようかーーー」
ぐらい言わないの?




「いなかったね」
じゃなくて、
真っ先に言うのはそれだろ?!






アンタって「必ず病院に行く」が前提になってんね。
雨が降ろうが槍が降ろうが行こうとするんだね。
同行するこっちのこと、なんも考えてないね。
同行させたら感染させてしまうかもしれないとか考えないの?
ってか、自分も感染するかもしれないとか、
自分が他人にうつしてしまうかもしれないとか思わないの?




いい加減「病院大好き」をやめろ。




あんな毒父のために通院同行して、
夫か姉か私がコロナウイルスに感染して、
万が一死んだら、
洒落になんねぇな・・・。



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2020.01.06 午前4時台起床
今朝、4時20分起き・・・・(-ω-;)
5時50分頃、家を出発。

毒父の通院同行の予定(2020年1月)


早朝で辺りが暗く寂しいので、
夫も出勤がてら、一緒に駅まで歩いてくれた。



電車のホームに到着する頃にようやく、うっすらと夜が明けてきた。


実家に7時15分頃到着。姉と待ち合わせ。


胃腸科で2時間。
眼科で2時間半、待たされた。


自分の家に戻ってきた時には午後3時近かった。



・・・ぐったり・・・orz orz orz



人口と、病院の数が比例していないんだと思われ。
また、どちらの病院も先生一人でやっているためか、
捌ききるのに時間が掛かるようだ。



それにしても毎回の毒父の通院同行で思うけど、
いつ呼ばれるかもわからない状態でずっと待つって苦痛だな・・・。
それは自分の通院の時にも経験があるが・・・。


順番の書かれた紙を発券してくれるとか、
あと何人ぐらい待っている人間がいるのか一目でわかる電光掲示板とか、
そういうものを作ってくれればいいのに。




胃腸科も眼科も、次回は3月に通院予定。



相変わらず毒父のことで、不快な想いをしたことが多々あるし、
”いい加減にしてくれよ” と何度も思ったりもしたが、
今日はくたびれているのでおしまい。


後日改めて書くかもしれないし、書かないかもしれないし・・・。





2019.12.23 怒鳴り合い
「情報共有」として、
ケアマネさんが送ってくれたメール内に、

”毒父が一人で杖をついて散髪に行ってしまっていた”

と書いてあった。


あれだけ、うちの夫も私も姉も、

「一人で杖を使って外に出ない」

「もし一人で外に出て倒れて、誰にもみつけてもらえなかったらどうするの」

「頭でも打ったらどうする」

「一人で外に出て怪我でもして入院となったら周りの人間が大変」

・・・と言っているし、
ケアマネさんやヘルパーさん、デイサービスの方々も、

「まだ一人で外には出られないんですよ」

「理学療法士さんからのOKが出てないからダメですよ」



と伝えているのに。






毒父の言い分は、

「バスに乗ったとかじゃなくて、近くの店に行っただけなんだから!!」

「お父さんが自分で、大丈夫だと思って外出したんだからいいんだよ!!」


挙句の果てには、今月15日に、
私が家の中に貼ってきたA4の紙(「家のリハビリ無しでは
外に出て歩けるようになりません」と書いた紙)に対して、

「家の中に、あんなもんベタベタベタベタ貼るんじゃないよ!!
”こんなもの貼ってて嫌がらせしてるの?”って笑われたよ!!!」


私:
「誰にだよ!」

毒父:
「誰が言ったか言わないけどな!!」




お前が紙に書いてないと忘れちゃうから書いて貼ってたんだけど。

だったらちゃんと家でリハビリやれよ。

相変わらず
「デイサービス(火・木のみ)でリハビリやってるんだから!」
と言うしね。
一週間に2回だけのリハビリで歩けるようになったら苦労しねーけどなーーー。









他にもたくさん怒鳴り合いをした。
10分ぐらい電話で話していたと思うが、その9割が怒鳴り合い。


電話の冒頭、私が

「お父さんサ、一人で杖使って外に出たんだって?」

とフツーーーーーーに言うと、

毒父:
(情報が)早いねぇーーー。誰から聞いたの?

私:
ケアマネさんからメールでね。

毒父:
電話で聞いたの?

私:
いや、だから、メールでね。

毒父:
あぁそう。メール。


私:
お父さんサ、一人で外出して転倒でもしたら危ないよ?


・・・と言うと、前述のように、


毒父:
バスに乗ったとかじゃないんだよ?!!散髪しに行っただけなんだから!!


・・・と切れだした。




私:
いやだからサ・・・・そういう問題じゃないんだよ!!
何度言えばわかるのかな?!!
バスに乗ってないからいいとか、そういうんじゃないんだよ!!



毒父:
お父さんが、自分で大丈夫と思って外に出たんだから!!!




・・・・これの繰り返し。





もっと喋ったけど(でも10分ぐらい)内容が細かく思い出せない。


やはり怒鳴り合いというのは脳みそにもとてもよくないのかもしれない。


とても、とても疲れた。
ぐったりだ。

しかし毒父も疲れてるだろう・・・・・・・という気配りなぞしない。






私は今日の毒父との怒鳴り合いの中、心臓がバクバクし、
上唇も下唇もカピカピに乾いてきて、喉も痛くなってきた。


やはり毒父は今も十分、DV気質が残っている。
80代のジジイのくせに物凄い勢いで何度も怒鳴っていた。
私よりも大きな声を出さないと言い負かせないと思ったのか、
かなりな大声だった。



今回も、電話じゃなければ私は応戦できなかった。
これからもそう。
毒父の目の前で今日と同じ会話ができるかと自問すると、ゼロだ。


今年の7月にもこういうことがあり、
私は幼少期のトラウマから毒父を恐れていることを痛感した。





年の瀬も押し迫っている時に、
なんでこんな不快な想いをしなくてはならないのか・・・。




年明け6日から、胃腸科と眼科の通院同行が入っているが、
姉と私が行くか、夫が単独で行くか、まだ全く決まっていない。



それよりも毒父の奴、
今年の10月頃におせち(お重)を頼みやがって(凄くしつこかった)、
無理やり、姉と私ら夫婦を年明けに来させようとしてしまった。
こっちも断れなくて行くことになっている。



しかし今日みたいな怒鳴り合いをして、
10日後ぐらいにシレッとして「おめとうございます」の挨拶?


おそらく毒父は、今日、私に怒鳴った事などすっかり忘れ、
平気な顔してお重をバクバク食うのだろう。




正直な気持ちは、行きたくない。
年明けから不快な顔など見たくない。




早く消えてくんねーかな・・・・。
あんな奴の世話なんかマジでしたくないのに・・・・。






視線恐怖発動。


昨日、白内障の術前検査で、
毒父を連れて行った眼科の診察室で、
またジロジロとこっちを見ている人が何人かいた。


処方箋を待つ間の薬局でも、私たち家族を見ている人がいた。



もう本当に辛い。



もちろん、毒父の話し声が大きいというのも、
ジロジロと人から見られる原因の一つかもしれないが、
毒父だけのせいではないと思う。





この国は、


「親を大事に」


「子どもは年老いた親の世話をするのが当たり前」


「養ってもらった恩も忘れて」



という、
偏った固定観念が蔓延していると思うので(たぶん)、



”親のほうに問題がある”


とは受け取ってもらえず、


私達姉妹のような人間は、病院でも薬局でも針のむしろとなる。






例え、毒父の物言いが上から目線でムカついたとしても、
怒りを抑えて「普通に受け答えする」のが、
良しとされるのだろう。




とは言え、殆ど自制が効かないが(私の場合)。




だからジロジロと人に見られる。




世の中の一般常識や固定観念に、いつも自分は負けてしまう。











「今日サー、病院の待合室で変な家族がいてサ・・・」


「イヤだわねぇ・・・自分の父親なのにあんな口調(態度)で」


「なんだろ?あの二人。娘かしら。」


「父親が診察室に入ってる間に、
待合室で父親の悪口ばっかり言ってるババァが二人いた」





・・・・などなど、
各ご家庭で酒の肴、話のネタにされている可能性あり。




我が家は恥さらし家族。





今年の8月、
毒父を眼科に初めて連れて行った日、
毒父が診察室に入っている間、
隣の部屋で姉と座り、約10~15分ずっと毒父の悪口を言っていた。



姉も私もひそひそ話をしていたが、
もしかしたら看護師さんに聞こえてたかもなぁ・・・。









昨日、眼科に連れて行ったから、
もう年内は、
姉と私の付き添いは終わりだと思っていたのに、
毒父の白内障手術(手術当日は夫が同行)の翌日、
術後診察のために、また眼科に毒父を連れて行かなくてはならなくなった。




11/9に眼科から貰った紙には、
「手術の翌日もご来院ください」など、一言も書かれてなかった。


「最初から書いといてくれよ~~。゜(´⊃ω⊂`)゜。」


・・・という感じ・・・・。






昨日、眼科の待合室はそんなに混んでいなかったし、
午後3時半からの予約を待たずに午後3時に到着したし、
最初の検査で呼ばれたのも午後3時15分頃だったのに、
全ての検査が終わるまで、結局トータルで2時間近くかかった。




私が自分の家を出たのは昼の12時半だったが、
自分の家の最寄り駅に帰って来て、
スーパーで買い物をして自宅に到着したのは午後7時半頃だった。




もう本当にぐったり・・・。
身体も心も。




手術の翌日にも、
また毒父を連れて行かなくちゃならないと知ったので
更にぐったり・・・。









眼科を出る頃に、何故か毒父の機嫌が悪くなり、
隣の薬局に着いて、毒父が問診票を書き終えると、


「ほらっ!」


などと声を荒げて問診票を差し出し、


”問診票を受付に持っていけ”


という態度。





人前じゃなかったら、

「その言い方なに?」

と言い返したかった。





薬局のお手洗いに入り、出てくると、
待合室で座って待っていた一人の女性が、
私たち家族をずっと見ている。



”なんだろ、あの人、こっちばかり見てる・・・・”
(それが冒頭の「薬局で見ていた」の人)





そしてタクシーで毒父宅に到着し、
姉がポストの郵便物を見に走って行った。
私は車椅子の毒父を乗せたまま、ほんの少し段差が超えられず、
逆向きになって引っ張り上げたところ、



「デイサービスの人なんか、
ほいっ!と上げるよ?」

(車椅子正面から段差を超える)



と、またお決まりの「こきおろし」。



はーそうですか。
デイサービスの人は凄いですねー。



・・・・・だから何?



車椅子が仮に10~15キロだったとしたら、
テメーを乗せてて合計83~88キロだ!
重いんだよ!!


車椅子の上に、ボーリングの玉を幾つか乗せてるような感じ。






ブチ切れた私は、


「比較しないでくれる?!
私はそういう職業の人じゃないんだけど!!
何回同じこと言わせんだよ!」



毒父反応なし。


「こういうこと言うから、付き添いたくないんだよ!」


またしても反応なし。






エレベーターに乗ったら乗ったで、

「さっきの(タクシーの)運転手さん、怖かった!ハンドル、これだよ?これ」

とジェスチャー。




姉も私も声を揃えて

「知らないよ!」

「免許もってねーし!」




好き勝手にベラベラ喋りやがって。



病院の待合室で待っている間も、
暇でつまらないのか相変わらず話しかけてくる。
しかも唐突に。
私たち姉妹も、毒父も、
3人とも何分間も黙ってたのに、いきなり話しかけてくるのだ。


「もう、尿瓶使ってない。前は一晩に7回も8回も行ったけど。」

とか。


黙って頷くだけにとどめた。




またあの「F-1速報」を、姉に買ってきてくれと頼んでいたらしく、
診察待ちの間、姉が近所の書店に買いにでかけた。
本は売り切れだったのだが、毒父はそこで話が終わらず、
「HONDAがどーのこーの」
と興奮気味に私に話してきた。


姉と私。
「知らないよ~!F1のことなんてわかんないし!」





あとやっぱり、凄く自分勝手なので、
姉と私が会話してても、お構いなしに話しかけてくる。


人が会話してんの理解できないの?




あと、今回の通院に限らず、
自宅から病院までの往復のタクシー車中でもベラベラ。
こっちが黙ってても一人で喋ってる。
「そうか、右か」
「この道を行くんだな」
などなど。



運転手さんにお任せするんではなく、
必ず道順を指定。
どこどこの道をどう行ってくれとか。
いかにも
「俺は詳しい」と言わんばかりの。



何を敵意むきだしにしてんだか。
自分の過去の職業をマウンティングの材料に使う、哀れな毒父。





毒父を実家に戻した後、
「ありがとう」
「助かったよ」
「遅くまで悪かったね」
なども一言も言われない。




こんな毒父だから、
病院への付き添いなんてやりたくないんだよ。



やるだけ無駄だし、
自分の身体にも心にもダメージが残るだけで、
いいことなど何一つもない。



昨日の夕飯は、
いつもより白米を山盛り(通常茶碗半分ぐらい)にして、
スーパーで買ってきたばかりの
「誘惑のふりかけ」
をガーーーーーッッッ!!とぶっ掛けてガリガリ食った。



イライラが食欲に出てる・・・(´∀`;)






普段から、ブログで口汚く毒父のことを罵っていると、
ここで書いている内容そのままの話し方で、
ででむし夫に毒父の悪口を吐き出すことがあるが、
昨日もそうだった。


そして夫にたしなめられた。


「それはちょっと言い過ぎなんじゃない?」
と。


私は黙ってしまったが、心の中では認めてなかった。



・・・くっそー!
なんでだよぅ( ノω-、)





いや、少しはわかってるんですよ。
わかっているが、
毒父から受けるストレスの発散は止められない。



■毒父の悪口を吐いてばかりいると、わたしの心身に悪い。


■<毒父の悪口  → 私がででむし夫に吐く>

<毒父が生前の妻の悪口を、私たち娘に吐く>


・・・・・・構造が全く同じ






少なくとも今年の5月以前は、自分の家での毒父の話題は極端に少なかった。



それは、電話も殆どしないし(あっちからも掛かってこない)、
一年に一度会うぐらい(それすら私は嫌だったが)だったからだ。
そこに至るまで(落ち着くまで)は、それなりに大変だったが・・・。



ただ5月以降、毒父の環境が大幅に変わったため、
私も、嫌でも関わらなくてはいけなくなったのは、
これまで書いてきた通り・・・。



それに、家での毒父の話が極端に少なかったと言っても、
私の心の中から完全に切り離せたわけではないので、
その点では過去も今も変わらない。



でも、なにより、
「話さなくて済む」
「不快な想いをしなくて済む」
というところでは、5月以前は快適だったと思う。



しかし5月以降、途端に不快指数が増えた。
(読んできてくださっている方にはわかるかもしれない)


ブログでは99%、毒父の話ばかりになった。
毒母カテゴリーの日記の数を超えてしまった。




幸いなことに、先日の通院同行で、
胃腸科の先生から処方される薬の日数が変わった。
これまで3週間分だったのもが、2か月分になった。
血液検査の結果も、そのためにわざわざ通院するのではなく、
電話で問い合わせをするだけでいい、と言われた。



先日ここで、ヘルパーさんに頼みたいとは書いたが、
姉と私が今後、一度も通院同行しなくて済むようにはならないだろう・・・。



通院は胃腸科だけではない。
前立腺がんのための通院もあるし(おそらく来月10月中)、
頻繁ではないが、入れ歯や歯垢取りのための通院もあるかもしれない。



今後、毒父が再び入院するかもしれないし、そうなったらもっと大変かもしれない。


(うーん・・・?
毒父から電話が掛かってこない&病院にお任せできるという点では、
もしかしたら今よりは楽か?
入院して大変になるのは金銭問題か・・・)



もし半身不随になったら、本当に今よりもっと過酷・・・。
一人暮らしをさせるわけにはならなくなり、
私たち夫婦や、姉の暮らしまで変わってしまうかもしれない。
考えるだけでおぞましい・・・・。



悲観的になってしまう。
毒父のことを考えてるとネガな事しか浮かばない。
(嫌いなんだからポジな事が浮かばないのは当たり前か・・・)



関わり合いが以前のように極端に少なくなることはなく、
ゼロになる時は、毒父が逝った後だ。
(ただし、逝った後の部屋の片づけが、これまた大変そうだし、
「頭にくる置き土産が沢山ある」と、また怒りが爆発するかもしれない)




ゼロになるまで何年かかるんだろう?
明日?
あさって?
半年後?
一年後?
三年後?
・・・もしかして十年後?  ← 冗談じゃねーよ!




通院に同行しても、それが当たり前という態度をされ、
上から目線で指図。
一回の同行中、上から目線の発言が何度もある。



言葉で、上から踏みつけにされている。
我慢ならない。



やはり怒りは止まらない。



過去に、


>回復がある程度進んでいたら、無駄な言い合いを避けるかもしれない。
>自分の発言も、ある程度コントロールできるようになり、
>毒父からの挑発にも乗らず、うまくかわせるかもしれない。


・・・などと書いたけど、無理無理。
私そんなところまで到達してないから。



なんなんだろなー。私の人生。

今回も色々と言ってくれましたよwwwww


ほんっっっっとに頭くるわ、アイツ。



-------------------------

病院の帰りに、

「本屋に寄るから」

と言い出した。



探し物の本は、姉か私に頼めばいいものを、
何も言わなかったので、仕方なくそのまま車椅子を押して店内へ。




入ってすぐに、探し物の本の棚めがけて

「右!(に進む)」

「左!(に行く)」

とエラそうに指示。




探し物の本も、

「F1 GP」

とだけしか言わないので、
店先に並んでいた本には、そういったタイトルの本がなく、
店員さんがわざわざ探すことになってしまった。




少し時間が掛かりそうなので、


「邪魔だから店の外に出るよ」

と毒父に告げて、車椅子ごと店の外に出した。



姉は個人的に探している本があったらしく店内にいたが、
私は毒父と一緒に店の外にいた。


そしたら1~2分ほど経ってから、


「(店内の)中にいなくていいの?!(店員の声が)聞こえんの?!」


とうるさい。


「店員さんが今、端末で調べてるから!」


と言ったら黙った。
やれやれ・・・・。





そして、店員さんが探し出した本は、「F1速報」だった。


「この本でいいかどうか本人に表紙を見せてきてもいいですか?」

と、いったんその本を受け取り、店の外のくそじじいに聞いたところ、
この本だった。


「タイトル違うじゃん!店員さん、F1 GPってタイトルで探してたよ?!」


と言っても、だんまりで何も言わない。


自分が間違えて言ったくせによ・・・。




・・・・っていうか。
くそじじいが入院中に「買ってきてくれ」と言ってた本も「F1 GP」で、
私が自宅でPCでググッっても、「F1 GP」なんて本はなくて「F1速報」しかなく、
仕方なくそれを買って入院先に持って行ったら、この本で合っていた。


シマッタな~~。
私もすっかり本の正式なタイトルを忘れてたな~~(-ω-;)
憶えてたら、

「F1 GPじゃなくて、F1速報って本なんじゃないの?」

って言えたし、店員さんにも余計な手間かかせることなかったなぁ・・・。



・・・というかサ。
そういう本ばっかり買ってるから家の中に溜まってゆくんじゃねーの?
5月末からの汚部屋掃除の時に、新聞も雑誌も書籍も山ほどあった。
もうそれは、ゴミ捨て場まで何往復かしなけりゃならないほどの数だった。
買うだけ買って、定期的に捨てないからこうなるんだよな。



高齢で、捨てに行くのがままならないかもしれないという考えもあったが、
あの山ほどの量はたぶん、
動くのがままならなくなる「前から」そのまま放置していたと思われる。
じゃなければ、あんな量になるわけがない。



それになんだよ?
あの「右!」「左!」ってのは。



姉も

「なんだろ?あの指図。
店員さんに本を頼む時もサ、
”~~っていう名前の本なんですけど”
って言うんじゃなくて、
”F1 GP!”
とだけ。
”です” とか ”ます” とか言えないのかね~~」


と言っていた。





車椅子の話になるが、過去に夫が単身で2~3回通院同行した際に、
「駅前のファミレスに入ろう」
などと言っていたらしい。


しょっちゅう、食い物のことばかり考えてて卑しいから、
家に帰って食べるまで待てず、外で済まそうとしたかったらしい。



・・・・なんだろう?
なんというかサ~・・・・。
確かに、
”車椅子の人は中に入っちゃいけないの?”
って話になってしまうので難しいが、
もう少し、うちの毒父には遠慮がほしいと思ってしまう。



本屋さんの店内だって、
車椅子一台通ると通路は一杯一杯だし、
通りながら、他のお客さんに「すみません・・・」と言うのは私。
毒父は何も言わない。



前回の通院同行の時だって、
待合室の椅子を譲ってくれた他の患者さんに礼も言わない。



人としてどうなんだろう?






本屋を出た後、更に毒父の毒矢が放たれた。
駅に向かって車椅子を押してたら、



「この先、どうやって行くか覚えてるか?この間も来たよな?」


・・・って言った。



性格ワルっっっ!!




”俺は覚えてるぞ?
さぁ、どうやって駅の反対側へ行くんだ?”



って言ってるのと同じだ。
どうしてこういう風に、底意地の悪い言い方をするのか?





姉がすかさず、

「何?それがどうしたの?(笑)
階段の横にエレベーターあるじゃない」


と言って事なきを得た。

(姉、つぇぇーな・・・^^; )




実は私は全く憶えていなかった。
(前回の通院同行の際、そこの駅前付近の車椅子を押していたのは姉だった)



姉が言わなかったら、
毒父に、また「エサ」を与えてしまうところだった。
マウンティング材料のエサ。







「エサ」 と言えば。


前述の

「この先どうやって行くか覚えてるか?」

の件だが、毒父があのように言ってきたのは、
車椅子を押しながら病院の外に出た直後に私が、


「・・・(どっちに進むんだっけ?)右だっけ?左だっけ?」


と言ってしまったためではないかと思われる。



そのとき毒父は、

「右でしょ!?見ればわかるでしょ?!」

などと言った。



私は

「わかるわけないじゃん!」 「いちいち覚えてるわけないじゃん!」

と反論したが、この一件で毒父が私のことを、


”コイツはあまり道を覚えていないな”


と判断したのであろう。



一瞬でも、弱みを見せたらアウト。
そこをうまく突かれてしまう。
くやしい。







あと、話は前後するが、
院長先生の診察後、毒父が血液検査をすることになり、
いったん診察室を出て、廊下で車椅子を停めて、そこで姉と立って待っていた。
処置室がすぐそこだったし、その廊下がいいと判断したからだ。



待合室は目と鼻の先だが、ここの病院は混んでいて、
それなりの数のソファがあっても埋まる感じだった。



普通、看護師さんが、


「じゃぁ◎◎さん、血液検査しますからこちらへ」


って言うものと思うんだけど、
何故か毒父は、受付から声が掛かると思っているらしく、


「あっち(ソファが並んでる方)にいないと(呼ぶ声が)聞こえないだろ?」


などと2~3回言っててうるさかった。



ソファのある場所には受付しかないんだから、
処置室のあるこっち側にいたほうがいいんだよ、 バーーーカ。



(予想通り、50cm横の処置室のドアが開いて、
中から出てきた看護師さんが毒父に、
「◎◎さーん、採血しましょうねーーー」と声をかけていた。)




・・・・ってかサ。
さっきも似た様なことを書いたけども、
場所によって、車椅子を停められるところも限られてくるんだよ。
それなりのスペースがなくちゃ停められないんだよ。




前回の通院の時も、診察が終わって廊下にいたら、


「(呼ぶ声が)聞こえないからソファの方へ行かなくていいの?!」


と強い口調で言っていて、本当にうるさかった。



前述の本屋でも似たようなことを言ってるし。









検査も終わり精算も終えて、
「ありがとうございましたー」
「お世話になりましたー」
と言って自動扉を出た途端に、



「ストップ!ストップ!ストップ!ストップ!」


と言いやがった。


これ、前回の通院の時も同じことを言っていた。



要するに、
財布やらお薬手帳やらを仕舞いたいから、
「ストップ!」
と言っているらしいのだが、


そんなに強い口調で言う必要あるのかな。



私らも、毒父が財布やらをバッグにしまった後に
自動扉を出ればいいのだろうか。
そこら辺の気遣いがない?


なんか、トロトロトロトロやってっから、
他の患者さんに邪魔なんじゃないかと思って、
サッサと病院を出なくちゃ・・・って思ってしまうんだよな。






本当は、ケアマネさんに話すようなことじゃないんだけど、
通院同行は本当にもうキツイので、
ヘルパーさんが同行してくれるように一応契約だけ結んでいるので、
せっかくだから利用したほうがいいのかなと思っている。



ただ、それに対して夫がどういう反応を示すかだなぁ・・・。
出来ればあまり頼みたくないような感じだし・・・。
契約を結んだ割には、ちゃんとした料金をわかっていないのだが(汗)、
病院~自宅間の移動は契約料金に含まれるが、
院内の待合室でヘルパーさんが待っている間は自費となってしまう。





姉が言っていたが、
毒父を病院に連れていく数日前から、少し気分が沈むと言っていた。



私も、数日前からの膀胱炎が悪化してしまった。
今回の毒父の通院同行の2日前から、急激に膀胱の痛みが強くなり、
その日の夜に、本当にうっすらだけど血尿が出てしまった。
通院同行前日には美容院の予約も入れてあったんだが急遽キャンセルし、
近所の内科で飲み薬をもらってきた。
痛みはだいぶ緩和したが・・・・。



ストレスが原因か?と思ってしまう・・・。


2019.08.29 上か下か
先日の毒父病院同行の日記   で書き忘れたこと。


病院の待合室にいる時。
たまたま、毒父の隣に座っていたのが私だったので、
話しかけられてしまったが、


毒父 「診察室に入ったら、 ”いつもお世話になってます” って言うんだよ?」

でで 「・・・・(-_-メ)  当たり前じゃん」 



まぁ、確かに50過ぎていても、あり得ないほど子供だけども、
言われなくても解っていることを、敢えてああやって言われると、
当たり前だがカチン!と来る。


完全に子ども扱いだしバカにしている。



あの毒父は、自分の現状を受け入れていないのだろう。
自由に動けない自分が嫌で仕方がない(たぶん)。
おむつをしていたからいいようなものの間に合わないこともあるらしい。
高すぎるプライドをへし折られる日常なのだろう。


どうにかしてプライドを保っていたいので、
娘に対して上から目線で物を言ってマウンティング。


思考が、
「上か下か」
しかない。


くだらない・・・。



2019.08.24 身体も心も
予想通り。



しかも実家に着いたら、

「眼科にも行きたい」

と言い出す始末。
今朝、片目が見えなかっただのなんだの。
目薬をしたら治っただのなんだの。
ゴチャゴチャゴチャゴチャうるさい。


さらには、

「眼科、行ったほうがいいかな」

と人に訊いてくる。




えーーー??!!
今日、胃腸科だけじゃないのーー??!!
眼科もだって??
冗談じゃねーよーーー!!




こころの叫び






「行ったほうがいいかな」
って・・・・。

もしここで、今日行かなければ、
また別の日に誰かが連れて行かなくてはならなくなる。


そして今日行かなければ、また
明日だの明後日だのに、
我が家か姉に電話して、

「片目がサーーーーーーーうんぬんかんぬん」



・・・などと、

”俺、不安で堪らないんだよどうしてくれるアピール”

をするのだろう。




とてもとてもとてもとてもとても嫌だったが、眼科にも連れてゆくしかない・・・。



うーーーーーー!!
お昼ごろには家に帰りたかったのにーーーー!!゚(゚´Д`゚)゚。







かなりガッカリしながら、仕方なく家を出発。



心配していた、家の出発方法(車椅子操作方法ふくむ)は、
無事にクリアできた。


タクシーの乗車も、なんとかできた。


ラクだったのは、
足台を毒父が自分で、たたんだり出したりしていたことと、
車輪のロックも、たまに自分でやることがあったので、
その点は助かった。



問題は、それ以外。




私が車椅子を押していて、姉がサポートしていた時、
病院の自動扉を開けるだけなのに、


「ほら!◎◎!(姉の名)」


と声を荒げていた。



開けてもらうだけなんだから、カッとする必要がどこに?


あの言い方・・・。
もう少し低姿勢になれないのか?






他には、
自分だけが理解していることを主語も無しに言うので、
こっちは 「はぁ???」  となった。


胃腸科から眼科への移動の際、
私は眼科の場所はわからないが、毒父は知っていた。



「カンカンカン!と音がしたら行くんだよ?!」


※行く  ← どっちの方向へ進むのか言わない

※カンカンカン  ← 踏切のこと



私が車椅子を押しつつ右折しようとしたら、


「違う違う!向こうに渡んの!!」




だったら最初っから

「踏切が鳴ったら、その隙に向こう側に渡って」


・・・・って言えばいいのでは?



なんでいつもああやって
エラそうなの???








挙句の果てには、これも予想通りな言葉を言い放ってきた。


「◇◇さん(ででむし夫)は上手だよ」


「■■さん(デイサービスの人)上手だよ」




だからなんだ????!!!





すかさず姉。

「当たり前でしょ!あっちはそういう職種だよ?!」






どこまでも、私ら姉妹を
コケにしたいようだな。




そのくせ、自分が待合室で黙ったままでいるのが辛いのか、
くだらないことを話しかけてくる。
こっちが持参した書籍を読んでいても話しかけてくる。


「お父さん、いま、コレよんでるから」

と言ったら、ようやく話しかけてくるのをやめた。





しかし、そのあとも折に触れて、ベラベラベラベラ話しかけてくるので、
途中から寝たふりをした。
(姉は何度か船を漕いでいた)



ベラベラ喋ってんの、お前だけだよ。周りはみんな静かだ。






今日は検査で、朝メシを食わないまま病院に来たせいか、
午前10時前ぐらいから、

「腹が減った」

とうるさい。




その後も何度となく、
食い物がらみの話をしてくる。

「病院から帰ったら駅の何処何処で食べる?」

とか(これについては2~3回言っていた)。




その度に、姉も私も、首を横に振ったり、

「今日は食べないで帰る」

と言っているのに、人の話を聞きゃしない。



とにかく自分が、腹が減りすぎて仕方ないので、食い物がらみの話をしたがる。



お前と少しでも一緒の時間を過ごしたくないから、
私達は食べずに帰りたいんだよ。
それがわからんか?






それに、

こっちも5時起きで!!

なんも食ってねーんだよ!

お前だけじゃねーんだよ、食ってねーのは!!

(もっと言えば、姉は4時起き)




姉は私よりだいぶ前に実家に到着し、
私が事前に送ってあった紙を見ながら、
車椅子の操作方法を確認していたらしい。





さんざん人を下に見ておきながら、
その下に見た相手を更に利用しようとする。
自分の空腹を紛らわしたいので、その話を聞いてくれる相手として。






だいぶ前に書いたけど、
母親の入院先に行った時も同じ。
私たち夫婦が到着して、まだ10分も経ってないのに、
先に病院に来ていた毒父は、腹が減ってしょうがないのか、

「もう帰るよ」

と言い出した。
こういったことが2~3回あった。
私たちが

「えっ?いま来たばっかりなのに?!」

と言っても聞き入れず。
ACに気づく前の話なので、私は言い返しもせず、毒父に従ってしまった。





食い意地が張ってる上に、
今日も言いたい放題、やりたい放題。




いくら娘相手でも、
「暑い中、付き合ってもらっている」っていうアタマがないの?



・・・まぁ、そういうことをぶつけても無駄か。
だからああいう仕上がりになってるわけで。



病院内で、人に席を譲ってもらっても、
その人に「ありがとうございます」も言わない。
言うのは姉と私だった。



イヤだねー。
よく生きてきたね、ああいう性格で、80過ぎまで。




雨が降らないからよかったようなものの暑い日だった。
そして大嫌いな人間の付き添いで。



帰宅も午後3時だった。
もうグッタリだ。



もう付き添いは御免だ。






ひとつ前の日記で、

医者じゃない人(ででむし夫)に、症状の見解を求めようとする、
毒父の話を書いた。
(ただ自分が安心したいだけのワガママ)



優しくするとつけあがる。


ででむし夫が、毒父の話を聞くタイプなので、
依存心が強いうちの毒父は、べったりもたれかかる。


夫が断りにくいかもしれないのを、毒父が利用している感じがする。



以前ブログのどこかで書いたが、
毒母が亡くなってしばらくしてから、
毒父からの電話が多くてウンザリしたことがあった。
まだ私が、自分がACだと気づく前のことだったが、
それでも私は昔から父を嫌いだったため、本心は電話に出るのがいやだった。
でも断り切れなくて仕方なく対応していた。



多い時で、一日に4回も掛かってきたこともある。
電話を切って30分後にまた掛かってくることも幾度かあった。



私もその当時、今よりもっと体調が安定してなかったため、
電話で喋るのすら辛い時もあった。
特に、胃がむかむかする時などは誰とでも話すのがきつい。



私の体調が安定していないことは、毒父には伝えていたが、
それでもお構いなしに電話を掛けてくる。



以前、電話に出た途端に、
「(体調は)大丈夫なの?
お父さん、朝おきたら、
いつも、ででむし大丈夫かな~って思ってんだぁーー」


と言われた事があって、そのとき私は、

”うそばっかり・・・・。口ばっかりだな”

と思った。



本当に心配してんなら、電話の回数を抑えることぐらいしそうなのに、
自分が底なしの寂しさに耐えきれなくて(本人自覚なし)、
「自分ガー」「自分ガー」で電話攻撃をしてくる。




さすがの私も辟易しはじめ、
一回目は仕方なく電話に出るが、嘘も方便で、

「私このあと出かけるから、電話かけても取れないからね?」

と言い、複数回の電話の予防線を張る様になった。



そのうち何度か、電話がきても出なかった。



ある時などは、電話に出るのが面倒で居留守を使い、
少ししてから掛け直して、

「ト◎レで踏ん張ってたんだよ」

と嘘をついたことがあったが、


「お前、夜にするの?」

と言われたのを凄くよく覚えている。
まだACに気づいていなかったから、
それが毒父の歪んだ固定観念だと解るのは
それから暫く経ってからのことだった。





私の他者への対応も、とても毒父に似てしまっていて、
永らくうちの固定電話のベルが鳴らないのも、
昔の友人や知り合いには、
私が電話魔であること、
話が長くてくどいこと、
それらがインプットされているからだと思う。


「あの人にとっつかまったら大変」
と思われるからだと思う。


メールが来ないのも同じで。
「あの人のメール長文で凄く嫌だ」
と思われているのだろう。
現在のブログでも変わらず長文であるwwwwwwww




毒父も、
私の家か、姉の家に電話するしか、話し相手がいないのだと思われる。


入院時にお見舞いに来てくれた方も数名いたが、
本当に好かれてるのか謎で・・・。


あの毒父はマジで、人付き合いがうまくいってねーなと端から見てて思う。
入院時のリハビリの先生に対する態度も問題だし、
プロ野球の事務所に試合結果に対しての、
クレーム電話を掛けるとか、やってる事がいちいちおかしい。





人付き合いとは別の話だが、
生前、毒母が「やめときなさいよ」と制止しているにもかかわらず、
気になって体温計で熱を測ってしまい、
結果を見て「あぁ・・・・・」と余計具合が悪くなるタイプ。


怒鳴り散らしたり大声を上げる割には、気が小さい。
というか、そういう人は、気が小さいのだろう。
大きく見せようとして虚勢を張る。



囲碁も将棋もやったことがなく、そういったお仲間がいない。


両手の痺れの話だって、
いちいち、ででむし夫に聞いてもらおうとせず、
誰か仲のいい知人に電話を掛けて話を聞いてもらえば、
それで済んでしまう可能性だってある。


昔の勤め先の同僚の方々かわからんが、
汚部屋掃除をした時に、かなりの数の集合写真をみつけた。
”よくいろいろと出かけてんなー”
と思った。


あれだけ色々な所に出かけて、行楽地などでの集合写真も沢山あって、
誰も毒父に連絡してくる人はいないのだろうか?


・・・まぁ、いないから、我が家か姉に掛けてくるのか。


見栄を張るのでだれかれ構わず奢った可能性もある。
(それで自分の首を絞めて、現在の口座残高になった可能性も?)



人とうまく付き合えないから、カネで人を縛っておこうとする。


そして、カネや物をあげて、
相手からの見返りを求めるという身勝手な人間なので、
何かしてあげても周りがワイワイ自分を持ち上げてくれなければ、
”なんだアイツら!”
などと怒ってお付き合いはそのまんま・・・になることもあるかもしれない。



毒父の実妹の娘夫婦(3人で同居)が、お酒が好きだということで、
毒父が一年に3回ぐらい、数年続けて、お酒を送っていたらしい(姉:談)。
私も、汚部屋掃除の時に、送り状を2枚ほどみかけた。


合計金額も書いてあり、何万・・・ということもなかったが、
1~2万だったような記憶がある(送り状は捨ててしまった)。


そして、これも姉からの話だが、
お酒を送っても、今まで一度も、
その実妹の娘夫婦からお礼の電話一本も来たことがないという。
いつも毒父の実妹が代わりに電話をかけてきているという。
それで、
「もう送らない!」
と毒父が怒っていたらしい。



馬鹿みたい。






夫も、
「一回も電話しないのは礼儀として、どうかと思う」
と言っているし、私もそれは「うーん、そうだよな・・・」とは思うが、


勘のいい人なら、

「なんでこんなに毎年、一年に3回も送ってくるんだろう?」

と逆に怪訝に思うかもしれない。
(ただ、それが、お礼の電話をしない理由にはならないが・・・)


それに、
毒父が一年に3回送っているとすると、
一年に3回も、
「ありがとうございます」と毒父に連絡が必要で、
それも面倒臭いだろう。




人にお金や物を送って、ありがたがられるのがデフォなので、
相手からの反応がないと、
イコール、その人に「ダメ」という烙印を押すのである。


エラそうにwwwww







そして、

”自分は、いつも正しい。
周りが間違っている。”


なんで周りの人間が離れていくのか考えないアタマ。


この数年の間に、実妹の家に日帰りで行ったことがあるようだが、
一度だったのか数回だったのかわからんが、
過去、私への電話で、
毒母の悪口を何度も何度も言っていたようなのと同じことを、
実妹宅でやっていれば、
実妹はどうかしらんが(仲がいいため)、
娘夫婦は「・・・・・・・・」ってなっても別に不思議ではない。



せっかく食卓を囲んでいるところで、
亡くなった伴侶の悪口を延々と聞かせられたとしたら、
周りは堪らんな?



そういえば毒父の入院のお見舞いに行った方の一人が、
後日の電話で、
「(入院しても元気そうで)毒舌が快調で(笑)」と言っていた。


愚痴&悪口と、毒舌の境界線はどこだろう?(-ω-;)



というか私は、毒父のことを毒舌家と思ったことは一度もない。