やれやれ・・・。

先日の腹痛への不安は杞憂で終わった。


本当に良かった。
次回の通院同行も腹痛になりませんように・・・なむなむ(-人-)





腹痛とは全く無関係な話だが、
27日の通院同行で一番びっくりしたのは、
私が実家最寄りのバス停に到着する直前、車内から外を見ていたら、
バス停の少し手前で毒父と姉がすでに待っていたこと。



”・・・・ゲッッッ??もういる!!( ̄▽ ̄;)!



・・・と思った。



一体どこまでせっかちなん・・・?(-ω-;)




別段、私は遅れて到着したわけでもなんでもなかったが、このパターンは初めて。




以前、夫が通院同行に出かけた際、実家の玄関を開けたら、
玄関先で椅子に座りすでに靴を履いて待っていた毒父がいた、という話は
聞いたことがある。




着替えや動作(玄関先まで一人で出てくる&靴を履く)の時間を考えて、
相手(夫)を待たせないように準備しているのは悪いことではないが、
まぁ、迎えに来た人間からしてみたらびっくりするよね。
座敷童のように待ってたらサ・・・・。





以前にも書いたが、毒父は法事の待ち合わせは一時間も前に来るし、
少し遠くの墓参りに姉と毒父と私ら夫婦で出掛けた時も、
半年も前からガイドブックを買っていた。




とにかく、気持ちが悪いほどのせっかち。




待ち合わせに遅れないようにすることはいいことだけど、
自分が早く来すぎているのを棚にあげ、
「遅いなあ」
と機嫌が悪くなったり、
他者にも「早く来るのが普通だろ?」的な勝手な固定観念をもつのが始末が悪い。




いつだったか、夫が通院同行に出かけた際にも、
夫は実家到着に間に合うように家を出たにもかかわらず、
私の家に毒父が電話をかけてきて、
「お宅のダンナ、何時ごろ出た?まだ来ないんだけど」
などと抜かしたこともあった。





待ち合わせって、時間の5~10分前が通常なんじゃなかろうか?
会社やバイトの面接なんかでも、あまり早く行くと先方からの印象がよくないとか、
昔、面接のやり方について書かれた本に書いてあったような。






確かに現在の私も、
人との待ち合わせは殆どないにしても(ヒキで交流がないため)、
通院同行に向かう途中で何が起きるかわからないので(腹痛や尿意など)、
30分ぐらい早めに家を出て、実際に何か「事」が起きた時に、
”あ~少し早めに出発しといてよかった~(´д`;)”
と思うことが結構ある。


※実は27日の朝も、家を出て5分ほど経ってから財布忘れに気づき、
走って家まで戻った(-ω-;)
余裕をもって出たので電車の時間には余裕だった







もっと気持ち悪いことに、
20代前半ぐらいの私は毒父の悪癖をキレーーーーーーイに踏襲していて、
人との待ち合わせにも、かなり早く行くのがデフォだった。
もちろん当時の自分が、毒父を踏襲しているなどと気づくはずもない。





話は戻るが、バス停で降りた私は毒父と姉と共に、
道路を渡って反対側のバス停に移動。
こうして私は、到着してすぐにUターンして駅まで戻ることに。
そして駅から徒歩で胃腸科 → 電車に乗って泌尿器科へ。





本当は実家でお手洗いを済ませようと思っていたが、
はぁ~よかった~事前に駅のお手洗いに行っておいて。
まさかすぐUターンするとは思ってなかった。








あと、相変わらず自分の怒りや感情をコントロールできない毒父を改めて感じた。
これは老いとかではなく昔から。




泌尿器科の薬を貰う為に調剤薬局へ行ったが、半地下にあり毒父は階段を降りられないので、
姉と毒父は外で待ち、私だけ薬局へ入った。
中はエアコンが効いていたが、換気の為に自動ドアを開けてあった。




中のソファで待っていて1分ぐらいだろうか、外から毒父の大きな声が聞こえてきた。
明らかに怒り声。

「冗談じゃないよ!」

と言っている。
最初、姉が何か言われているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
薬局はそんなに大きくないため、
おそらく薬剤師の人にも聞こえていたんだじゃないだろうか。




過去ログでも書いたが、
家族で外出した時の電車やバスの中、それ以外のところでも、
カッとして平気で大きな声を出す。
主に夫婦喧嘩。
周りの人がじろじろ見ていようがお構いなし。




毒父だけでなく、応戦する毒母も負けじと大きな声を出していた。
大きな声を出すほうが「上」だと夫婦揃って思い込んでいるから、
とにかく相手を言い負かしたいwwww


私は、じろじろ見ている周りの人のことを小さい頃から恐れていた。
大きな声を出す親が本当に嫌いだった(今も)。
人の視線が今でも気になって仕方がないのは、この時の名残だと思っている。





何が原因で怒鳴っていたのか気になって仕方なく(wwww)、
後で駅のホームで電車を待っている時に姉に聞いてみた。





私:
「さっきサ・・・私が薬局で薬もらってたじゃない?
外からお父さんのデカい声が聞こえてきたけど、あれナニ怒ってたの?(苦笑)」


姉:
「ああアレ?(苦笑)
なんかさ、どの病院かわかんないけど、
この駅の近くで以前、お父さんが一人で通院したことあったんだって。
2回ぐらい通ったらしいんだけど、
自分は早く来てんのに、後から来た人が先にどんどん呼ばれて行ったもんだから、
『冗談じゃないよ!こっちは早く来てんだよ!!』
って怒鳴ったんだって。
お医者さんがびっくりしてたとかなんとか(苦笑)。」



私:
「・・そんなことで?(苦笑)バカみたい・・・」



姉:
「・・ねぇ?(苦笑)。
なんでいちいちそんなことで怒るんだろうね?
『すみません、早く来てるんですが呼ばれてないんですけど』
でいいと思わない?」





病院で待たされた時の嫌な思い出話をしながら、また怒りが沸き上がってきだのだろう。
ほんとに呆れるぐらい短気で恥ずかしい・・・・。
(・・・というか思い出話は後付けで、
怒りを放出したかったのが先だろうと思われる。
何故放出したかったのか想像するに、この時点で11時頃になっていて、
朝メシは食っただろうが要するに空腹でイライラしてきたとか、
下らないことだと思う)






毒父を連れて行っている胃腸科なんかもそうだが、
一般外来と、予約済の検査の患者さんとでは呼ばれる順番が前後している。
自分だって胃カメラの予約時は外来の人より早く呼ばれてるだろう??





他者への不信感
自己肯定感が低い
プライドが高い


自分の順番がなかなか呼ばれない


病院側が故意に自分をスルーしているのか?



スルーされている自分が我慢ならない





怒る方(自分)は立場が上、怒られるほうが立場が下と思い込んでいる。




常に、人との関係を「上か」「下か」で推し量っている。




おそらくだが、お医者さんがびっくりしたとき毒父は気持ちがよかったはずだ。
しかし単にアンタが「要注意人物」だと病院側に思われたであろうことを自覚しよう。
(無理だろうけど)






いつも怒りがマグマのように溜まっているのだろう。
しかしもうあんな高齢ではマグマの元凶が自分の親だと気づかず死んでゆくだろう。




こっちだってアンタら毒親のせいで何十年分ものマグマが滞留している。




アンタが定期的に怒りを放出したくなることなど知ったことではないので、
怒鳴るようなことでもないようなことで怒鳴って、不快な空気をまき散らすなよ。
すんげー迷惑。




何か月か前に、ケアマネージャーさんやデイサービスの人に、
半ば脅すようなことを言ったようだが、いい加減にしろよ?



老害。







よほど空腹だったのか、
餃子店のチラシをじーっと眺めてたりとか、ほんとにいいご身分だよ・・・・。




(・・・というか前の週も同じ店に夫が連れてっただろう?なんでそんなに食いたいのか?
最初っから大量に買うことを想定してあったのか、
餃子&白米&オカズを沢山入れられるだけのスーパーのビニール袋(大)と、
更にそれを入れられる大きめのエコバッグを持参していた。
前週付き添って、実家で一緒に少しだけ食事した夫の話によると、
一度に食べる量は少ないが、残った分を冷蔵庫に入れて、
何日かに分けて食っているらしい。
和●の宅配弁当はどうしたよ?
食ってねーなら宅配代が勿体ねぇな)






だいたい10時台になると待合室で
「あぁーー。腹減った・・・」と言う。
それも一度だけではなく何度か言う。
食べ物のことばかり考えて卑しい。


そんなこと言ってんのアンダだけだよ。
高齢の人でも皆一人で来院して、じっと黙って順番待ちしてるんだ。






・・・はぁ~~次の通院同行は8月だな・・・。
現時点では7月は予定が入ってないが、高齢だし何が起きるかわからない・・・。




毒父が逝くまで負荷がかかるなんて最悪・・・。
メンタルが擦り切れる・・・。










たまに思うことは、
この頭の悪さで、よくここまで生きてこれたなと。


人との雑談も苦手だし、
もしタクシーの運転手さんから、
”政治や世の中のことを話題に出されたら・・・(汗)”
と思うこともある。


”こんな頭の悪いBBAが居たって、なんらおかしくないじゃないか?”


・・・そう開き直れたらいいのだが・・・。


でも、以前にも書いたかもしれないが、
世の中全体に流れている固定観念は強固。


”歳を重ねている = だいたいの一般常識は知っている”


だけど私自身が、その固定観念に縛られている。
知らないことは恥だと思ってしまう。


”だったら今からでも遅くないから知識を入れればいいじゃないか”


もう一人の自分が言うが、
こちら側の自分は「めんどくさい」で終わらせてしまう。



2020.06.08 同然
「人が本当に亡くなった事になるのは、人の記憶から消えた時」


生きてても、
忘れ去られているなら
同じことだと思う。




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2020.03.05 自分は自分?
自分が、他人のアカウントに対して「いいね」を押下した瞬間、
100単位でグーン!とカウントアップすることがある。

100単位じゃなくても、10個いきなり上がったりとか。

どちらも私には羨ましい限り・・・。

何かを発信すれば、
最小でも必ず1個は共感してもらえる人には、
わかってもらえないだろうな・・・。


「共感してもらえなくても、自分は自分」

そう思えるようになるには程遠い。



2020.03.03 ひとづきあい
ときどき
「第一印象」
について考えてしまう。
それは何故か、台所で立って、
料理や皿洗いなどをしている時に思い浮かぶことが多い。



そういう点で言えば、
あの時の、越してきたご近所からの挨拶時の私は「0点」。
おそらく私の印象は最悪だったろうなと思う・・・。




・・・と思っているのは私だけで、
実はそうでもない?
被害妄想が強くてメンヘラだから、そう思ってしまうだけなのだろうか。




いくら私が、

「あの時の私は変でした」

「あの時の私はおかしかった」

と叫んだところで、人には届かない。





逆に、過去に私が、

「あいつって最悪」

と感じた人間に関して、当事者が

「あの頃の私はこうだったけど、今は違う」

と言ったとしたら、
私はそれを信じるのか?
いや、信じないし、「信じたくない」と思うだろう。
私に勝手に「最悪の烙印」をつけられた相手は、
永遠に私の中で「最悪」のまま。







第一印象の話とは違うが、


・小学3年の時にいじめてきたクラスメイトの男子二人。
・同じく小学3年の時に総スカンにしたクラスメイト全員。
・庇いもしなかったその時の担任。
・小学4~6年の時の担任。
・頬を(軽く)叩いたり、左手の甲にアザが残るほど叩いたピアノ教室の先生。
・姉と一緒になっていじめてきた隣の兄弟。
・中学の時に「特に」いじめてきたクラスメイトの男子。
・私を肩叩きした会社の上司( ← ダメ社会人だったので自業自得だが)

(・・・・・etc。思い出せないだけで他にも多数いる)




・そしてうちの親。
・余計なことを親に言った母方の叔母。
・実家に来るといつもおせっかいしてきた叔母。
・「猫がいるから」という理由だけで結婚式に来なかった叔父。



これらの人々の行為を水に流せる?




流せるわけがない。




じゃあ、他者が私を今でも嫌いと思っていたとしたら、
仕方なくそれを受け入れなくてはならないのだろうか。
学生時代と、社会人になってからと、
インターネットが普及してからのネット友達を含めたら、
私と喧嘩別れした人が沢山いる・・・・(-ω-;)




やはり、ACによくあるらしい「白黒思考」なのか、

「嫌い」か「好き」

しかない。

殆ど、

「最初の頃は仲が良かったのに、段々険悪になってサイナラ」

・・・というパターンが多い。
とても極端すぎる。
中間として、
「細々と緩く長く交流する」
ということができないのだろうか。





もしかしたら、自分の友達との付き合い方が歪んでて、

「最初は仲が良かった」

というのも、実はそうではなくて、
上下関係が確立していて自分が下の立場だったとか、
相手に迎合していたとか、様々に絡んだものがあり、
「段々険悪になってサイナラ」というのも、
「なるべくしてなったこと」なのかもしれない。



上下関係でいうと、いつも私は「下」だと思う。



先日も別件で、そう思った。
音楽の趣味関係で30年以上の付き合いのある友人で、
以前から頻繁にメールをしあっていたが、
ここ十年ちょっと、友人の仕事や生活が忙しく、
メールの間隔があいてきていた。
私も以前は頻繁に送っていたが、今は年に5回あるかないか。



そして、

「私は、この人からのメールに対して、返事をしなかったことは多分ないな・・・」

と思った。

でもこの十数年の間、相手からスルーされることは時々ある。

上下関係が出来てるんだなと思った・・・。

相手は、

”私がスルーしても仲は続く”

と思っているかもしれない。

だけど私は怖いので、返事をスルーすることができない。
スルーしたら相手が拗ねて、交流が終わるような気がする・・・。






「緩く長く」で言えば、年賀状だけの付き合いの、
例の高校時代の友人4人もそうなるのだと思うが、
それも疲れてきているということは、
もう私は4人と、年賀状の付き合いもやめたいということなのだろうか。
普段から全く、電話もメールもしあわないような状態で、
二十数年も会わないで、
果たして友人と言えるのだろうか。





いつまでもしがみついていないで、
次に行けばよいのかもしれないが、
普段から家に引きこもってばかりいる自分は、
この4人以外とのクラスメイトとの付き合いも全くないので、
4人との交流を絶ったら、学生時代からの友人は一人もいなくなる。




メッキが剥がれた、
「学生時代からの友人」というメダルのようなものを、
首にぶらさげていたいだけなのだろうか。




大袈裟なのかなぁ・・・。
考えれば考えるほど沼地にはまっていくようだ。



40分程度で出来上がった。

ネット検索で辿り着いたページの作り方が非常にわかりやすく、
バレンタイン以外ではお菓子を全く作らない自分でもなんとかできた。
日付変更線を超えた0時過ぎ(1月14日)に、
ちゃぶ台に置く予定(この時間帯は、だいたい夫は
居間でうたた寝ぶっこいている)。

ここ数年のバレンタインは、
某メーカーの、材料などがセットになった物で作っていたのだが、
近年、その種類が変わり映えしなくなってきたというか、
私が作れるセットの種類が限られてきた(´∀`;)
そうすると「また昨年と同じ物になってしまう・・・」
ということで今年は違う物を作ることにした。

・・・とかナンとか言って、つい2週間ぐらい前までは、
”デパートでお煎餅を買って済まそうかな・・・”
などと思っていた( ̄ー ̄;)
(そもそも夫は普段から甘い物を全く食べない。
食べられないわけではないが日常的には食べない)

来年はお煎餅にしようかな・・・( ̄▽ ̄;)あせあせ


------------

先日からの件は全く解決に至っておらず。

思い出してしまう間隔は少しだけ空いてきたものの
どうしても拭いきれず浮かんでくる。

カウンセリングで話してみたが、
私から見ている4人と、4人が見ている私とでは、
温度差があるのではないかと思い至った。

・・・・と殊勝なこを言ったところで、
サッサと忘れられるわけではないのだが・・・。


先日から書いている、メールの返事がこない友人の話。



この友人Aは、ただひとり、
うちの毒母が亡くなったことを喪中はがきで報せた時、
明けて1月中に私に電話をくれた人でもある。
正直うれしかった。



それでも、友人Aは友人Bと海外旅行に行ったこともあるが、
(確か一回ではなかったように思う)私は後付けで知った。



カネがないと思われのか(どうせ本当にカネなんか無いし)、
誘ったら迷惑を被られると思ったのか(性格悪いしね)、
せっかくの旅行が台無しになると思われたのか(そうかも)。




20代後半の頃、友人Aと私と、友人Aの後輩(私と顔見知り)の
計3人で出かけたスキー一泊旅行で、
友人Aと後輩が、まるでタッグを組むように仲が良く、
後輩が私を小馬鹿にする発言を繰り返していたことで私の怒りが増し、
帰りの列車に乗り込んだ時に、その後輩を怒鳴りつけた経緯があった。



列車の発車ぎりぎりまで、友人Aと後輩が駅構内の土産屋に籠っていて、
慌てて二人でホームに戻ってきた途端に、その後輩が、
「座席って何番~~?」
と、友人Aに言ったのか私に言ったのか知らないが、
ぎりぎりまで過ごしていて自分の席番も確認できていなかったことで、
私がカッ!となってしまったのだった。



瞬間湯沸かし器みたいにカッ!となるところ、実家にいる誰かとそっくりだね~~






そんな経緯があるんなら、
そりゃ海外旅行なんて、もっと誘われないわなーーwwwww






友人AとBと私を含め、
高校の仲のいいもん同士の5人グループだった。
中学3年の時点で特定の友達が一人もいない状態で卒業した自分に、
初めてできた友人たちでもある。



そんな5人ではあるが、
20代前半の頃だったかみんなで国内一泊旅行に出かけた時、
列車の座席(二人掛け)で一人余ってしまうことや、
遊園地に行っても、また誰か一人余ってしまうことで、
なんとなく帰りは5人ともギクシャクしていたのを思い出す。



どのくらい会ってないだろう?
もう20年弱ぐらい経つかもしれない。



現在は年賀状のやりとりのみ・・・・・・となっているのは私だけで、
友人A・B・C・Dの4人の中で会ったりしてることもあるのかも。



実は4人のうち、今年の年賀状が来ない子が一人いる。
来ない理由はわからないが、
元旦以降、2~3日に一度は思い出してしまう。
私が友人Aに年明けにメールしたのも、実はその件だった。
「あの子から年賀状来てる?」みたいな感じで。
そのメールの返事も来ないというわけだ。



一挙に2人から音信普通・・・。



また、前述の友人Bの電話番号が今もわからない。
2019年に喪中はがきが来て、そこで引っ越しした事を知ったが、
電話番号の記載がなかった。
もちろん今年届いた年賀状にも書かれていない。



下種の勘繰りで、
私に教えたくないから記載しなかったのかも・・・と思ってしまう。



20代の頃から、この友人Bには、
悩みがある度に長電話をしていたしな・・・。
この友人Bからアドバイスを貰っても、
私は悩みをダラダラと吐き出したいだけなので、アドバイスされても受け入れないのだ。
「でも・・・」
「だけど・・・」
ばかりで。



そりゃ、人をゴミ箱扱いしてれば、
煙たがって電話番号を教えてもらえないかもな~wwww




そのうち、長電話ばかりしていることで、疚しさがあったからか、
電話をかけて一発目に、あちらのお母さんが出ると緊張感が走った。
口調に抑揚があまりないのだが、
被害妄想で、”お母さんもしかして怒っているのでは?” と毎回思っていた。



(それでも長電話をやめず、「毎回」悩み相談してたのね・・・ )

馬鹿



この友人Bに、暑中見舞いを出そうと思っている。
そこで
”差し支えなければ電話番号を教えてほしい” 
と書こうと思っているのだが・・・・。




・・・ってか、まだ1月なのに、7月まで待てるのか?自分。



それにもしスルーされたら・・・・??
される可能性だってゼロではないわけで・・・・。



考えてみれば、友人4人全員の携帯番号も知らない。
知っているのは固定電話のみ。


このご時世、固定電話番号をもたない人もいる。
引っ越しした友人Bも携帯の番号しかもってないかもしれない。


それじゃ、ますます教えたくないかも・・・。


こんな迷惑千万な奴に携帯番号なんか教えたら、
掴まえようと必死に電話してきそうでイヤなんじゃないかと思うのだ。
(もちろんそんなことはしないが、
友人Bが知っているのは、長電話魔だった頃の私だ)





疲れた。


疲れる。


スッキリしたい。






2020.01.23 澱み
先日のブログで、

”カウンセリング中に、カウンセラーが横を向いており、それを言えなかった”

という話を書いたが、


昨日のカウンセリングで、非常に言いづらかったが頑張って伝えてみた。


カウンセラー自身は全く「そのこと」を覚えていなかったらしく、


「・・ああそう・・(笑)。
”話を聞いてないんじゃないか?” って思っちゃったの?ごめんね?」


と微笑みながら優しく答えた。




カウンリングの終りにも、


「今度からは、”よそ見してんな?” と思ったら、遠慮なく言ってください」


と穏やかに答えてくれた。




伝えてよかった。

少しスッキリした。





・・・なのに、相変わらずモヤモヤが消えない。
2日に一度ぐらいは思い出してしまう、友人から届かないメールの返事。


”メール自体を読み込んでないかもしれない”

などとも思ったりもする。



私はガラケーも使ったことがない化石な奴だから、
今のネット事情(パソコン以外)に凄く疎くてわからないのだが、
今どきの人々は、メールなんて使ったりしないのだろうか。
もしかしてLINEでやりとり?


”だったらなんで、2018年の年賀状にフリメのアドレス書いてたんだろうなぁ・・・”


とか思ったり。
ただの気まぐれ?
やり取りしたいから書いてたんじゃないの?


・・・というか、そもそも、そのフリーのメアド、その子のものなんだろうか?
年賀状には肉筆で書かれていたけど、
もしかして本人のものじゃなくて旦那さんのメアドとか?



”蔑ろにするような人間とは縁を切ったほうがいいのだろうか”


・・・と思う反面、


”メールに気づいてないのかもしれない”


・・・と否定する自分もいる。






返事をよこさないのは、私が嫌われているという証拠なのかもしれない。



嫌われていることを受け入れたくないために、
必死で他の理由を考えているのかもしれない。






2020.01.16 ネガ思考
十数年前HPを持っていた時、日記のページで、
敢えて

”暗いことを書かずに明るい内容のみの日記を書く”

という課題を自分に与えて実行してみたことがあったが、
一か月も続かなかった。

”暗いことしか書きたくない”

のに、その逆をやるもんだから、辛くてしょうがなかった。


Twitterでも試してみたことがあったが、やはり一か月ももたなかった。


何故、
”明るい内容だけを書こう”  
と無理やり頑張ろうとしていたかというと、

”目にした人が暗い気分になるかもしれない”

と思ったからだった。




今も、それは変わらない。


だからと言って、ここのブログで、
これから明るいことだけを書こうとは思わない。


どうせできっこないからだ。





暗い気分になりたくない人は来ないだろう。
毒をまき散らしているこんな所へは。