2020.03.05 自分は自分?
自分が、他人のアカウントに対して「いいね」を押下した瞬間、
100単位でグーン!とカウントアップすることがある。

100単位じゃなくても、10個いきなり上がったりとか。

どちらも私には羨ましい限り・・・。

何かを発信すれば、
最小でも必ず1個は共感してもらえる人には、
わかってもらえないだろうな・・・。


「共感してもらえなくても、自分は自分」

そう思えるようになるには程遠い。



何かこう、
「お前勘違いしてんじゃねーか?」
と自分に対して思うところがあったので、
ほんの数日だったが様子見していた。


自分がどれだけ必要となんかされていないか。
他者から注目などされていないか。


今までブログランキングで、
本当に稀な事だが3位などになることがあり、
その結果を見て調子に乗っている部分が大いにあった。


そして、その順位の決まり方も、いまいちわかっていない。


私は、ブログを更新していない時でも、
一日一回限定の「ポイントルーレット」を回すことが多かった。


だからきっと、3位などになるのも、
「自分がポイントルーレットを回していたから、
たまたまその順位になっただけなのではないか?」

と思った。



・・・なのでルーレットを回すのをやめて静観していたら、


更新しないと急激に順位が下がってゆくw
・・・と同時に、解析にも殆ど結果が表示されない。





まぁ・・・ここのところ、心身ともに不安定ではある。
だからネガティブなことばかり考えてしまうのかもしれないが・・・。



どうも3~4日ぐらい前から体調もあまりよくなく、
買い出しには出るものの、他はずっと居間で寝ていたり。
録り溜めてあった番組を見るも、何度も寝落ちしてしまう。



昨晩の夕飯は、食欲が湧かなかったので食べなかった。
一昨日は残っていたシチューを食べたが、
その前日の夕飯は茶漬けで済ませてしまった。



毒父から頻繁に電話が掛かってくるのでもなく。
誰かに何を言われたというのもでなく。



更年期だからナンなのか。
それとも気候が不安定だからか。最近気温の高低差が激しいし。
我が家ではまだエアコンをフル稼働だ。
寝る時も、風量は止めて一℃上げるものの付けっぱなし。


それとも、何もストレスを受けていないと思っていても、
無意識に受けていたのか。
はっきりと理由がわからない。


幸いなのは夜は眠れていること。
これだけ。





ふと思ったんだけど、私は今まで、


「周りの人に育ててもらったから、
今度はそれを他の人のために役立てたい」


と思ったことが一度もない。


自分の親にも「育ててもらった」と思えない。


”感謝ってなんだろう?”  ・・・という感じ。
アホみたいな話だけど、本当にそう。


”ありがたいと思えたら、それが感謝なのかな?”
ということなら、
ようやく最近、夫に対して「有難い」と心から思えたことはあった。



人に感謝することすらわからない、こんな歪んだ思考を、
「ACだから」などと片づけてよいものなのか・・・。






「ブログをやってても、人の役にも立ててない」
と思ったりする。


自分を切り売りして、
自分の原家族の恥も、自分の恥も晒して書いて、
それが何になるというのだろう?


(まぁ誰も頼んでないんだけども。自分が勝手に書き始めたわけで)




あまり、自分をジャッジするのは、
自分イジメと同じだからよくないんだが、
なぜか自己否定がエンドレス・・・(-ω-;)




いいなぁ・・・。
私も写真を撮ってブログにうpしたい・・・。
そのためのスマホがあったらどんなにいいか。
しかしそれ以前に、
ヒキで殆ど外出しない自分が一体なにを撮るのかと・・・。


そして、上記の内容とは全く違う話だが、
5月初旬から塩キャラメルを食べるのをやめている。


やめて一か月ぐらいは、食べたい欲がかなり強く、
改めて「依存症だな」と思った。
脳が「美味しい」と憶えてしまっているので、
そこから離れるのが大変。
今はだいぶ慣れてきたが・・・。


ただその分、他にシフトしている物があって、
塩キャラメルよりは摂取回数が少ないが、
一袋100円の蒟蒻ゼリーの「ピーチ」「ぶどう」は必須。
(某メーカーの「蒟蒻畑」ではない)
この食品にも、がっつり砂糖が使われている(汗)。
数日口にしないことも、一応あるにはあるが、
食べる時は、それぞれの味を一気に4個ぐらいドカ食い orz


あと、メンクリ院長に、
「炭酸飲みたいなら、このメーカー」と勧められ、
セ〇ン系列から出ているゼロキロカロリーサイダー。
先日とうとう箱買いしてしまった(-ω-;)


脳がまた、
「蒟蒻ゼリー美味しいネッ!」
「ゼロキロカロリーサイダー、たまらんネッ!」
と憶えてしまったかもしれない。
ダメだこりゃ(ドリフ調)


本当は、やめて一年ぐらい経ってから、そのとき初めて、
「実は塩キャラメルを食べるのを一年前からやめてます」
と書こうと思っていたのに、
承認欲求が強いもんだから、我慢できずに書いた次第・・・。


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※2015年8月に書いて途中でやめて、
下書きのままだった日記です※



私自身も妙に感じていたおかしな行動が一つあった。


「その行動」は、
社会人になった20代前半くらいから始まっていたと思う。
特に顕著に現れてしまうのは、通勤の電車内。


そして、それは、
上着を着用する秋冬~春先のまだ寒い頃に多かった。


上着のポケットの中に突っ込んだ左手の指先が、
小型ポータブルプレイヤーの音量つまみに、
常に触れている状態。


人は、他人がイヤホンで聴いている音楽が何であるか等、
気にしちゃいないと思う。
そう思っているのに、
音量ツマミに触れる癖が治らなかった。


車内で混みあっている時には音を極力小さくする。
身体の隙間も殆どないような混雑の時は特に。


何故なら、
もし怖い人が隣に立っていて
「シャカシャカ音がうるせぇんだよ!!」
とキレられたら怖い・・・・と思っていたからだ。


だいぶ昔、車内で「音楽の音がうるさい」と言って注意したら、
相手が殴った事件があったと思う。
その一件は常に私の頭の中にあった。


なので車内で混みあっている時は、
普段以上に神経質に音量ツマミに触れっぱなしだった。


反して、音を大き目にすることも何度もあり、
それは車内があまり混んでいない時や、
ドアの脇に立っている時などだった。


自分がどんな音楽を聴いているのか、
他の人間に「聴かせたい」と思う、
おかしな強い願望があった。


承認欲求なのだろうか?
”注目を浴びたい” というような?


それにしてはちょっと病的というかナンというか・・・。


以上のような行動を、
会社勤めを辞める30代半ば頃まで続けていた。


現在は、引きこもりなため電車に乗る回数も減ったけど、
たまに乗る時は、やぱり今でも、
常に音量つまみに指先が触れている状態だ。






最終更新 2016年6月29日


ACの自覚後、時々思うことがある。


結婚当初からずっと、夫に対してこう思っていた。
”なんでこの人って、
人(私を)持ち上げたり褒めたりしないんだろう?”

あまりにも、そういった事が少ないので、
とても謎だった。


しかしACに気づいてから、
自分の親のことを洗い出してみるうちに、
夫が、うちの親と似ていることに気づいてきた。

うちの親も殆どと言っていいくらい、
私を褒めることがなかったしなぁ・・・。

夫は、自分に厳しいくせに、
自分に都合の悪いところでは酷く自分を甘やかす。

そして、自分だけに厳しいのではなく、
他者にも厳しくあたる。

特に夫は、
私に対してだけ過剰に厳しい感じをもっており、
そのことも結婚当初から謎に思っていた。

なのに夫は自分の母や姉には甘い。

自分よりも下の人間や弱い人間には厳しくあたり、
自分よりも立場(または年齢)が上の人には、
腰を低くする。



ここまで自覚がありながら、
まだしつこく夫に褒めてもらおうとしている自分がいる。

”夫に気に掛けてほしい”という感じで、
自分のした行動について言わなくてもいいことを、
夫に言うこともある。

だいたいの夫の反応は
「ふーん」
とか
「そう?」
だ。

携帯をいじってる時などは、
上の空の「あ、そう」が返ってくる。
本当に、
”あ、コリャ聞いてねーな”という、上っ面の返事。


そこまでわかってんなら、
携帯をいじってる時にも話しかけなきゃいいと思うのだが・・・(;^ω^)




どうしたって、夫から褒める言葉なんか返ってこない。
もうこの人に褒めてもらおうとしてはいけないのだ。
気に掛けてもらおうとしてもムダ。

そう思っているのに・・・。


いつまでも承認欲求が消せない。
家の中で夫の気配を消すことができない。
常に「夫の目」を気にしている自分がいる。

だから一緒に家の中にいると、
自分が徐々に疲れてきてしまうこともある。






最終更新 2016年6月29日



夫に、2か月前に、
私の発達障害の疑いの話をした際に、

「ぜーーーーーったいに違う」

と夫が言い切っていた。
(たぶんアルコールは入っていたと思う)

その「ぜーーーーったいに違う」が、
口先だけに聞こえてしまった・・・。


”脳に障害があるかもしれない私を、
認めたくない = 世話したくない&面倒を見たくないと、
思ってるんじゃないだろうか?”


・・・・と思ってしまった。
励ますつもりで「違うよ」と言っている感じには
受け取れなかったのだ。


何故なら、結婚してから今まで、
たまに私が体調不良で寝込ん際に、

”世話をする”
”助ける”
”力になる”

という態度が殆ど見えないからだ。


私が熱を出したとしても、
居間で携帯ゲームで遊ぶかテレビを見てるか、
ノートPCの前に座って「何か」をしているか、
飲酒のためにうたた寝。


私は夜中に自分で起きて氷枕の氷を入れ直す。
今まで夫から、
氷枕を変えてもらったことなど一度もない。


おじやか雑炊を作ってもらった事は何度かあったが、
調理器具は洗わない。
料理をするだけ。
(「俺が雑炊作ってやったんだから、
調理器具はお前が洗えよ」って事かな?)


この先、老いが来て歩行が困難になったりした時にも、
手伝うどころか、
ほったらかしにするんじゃないか、とも思えてくる・・・・。

逆に私のほうこそ、
この先、夫の飲酒の酷さがもっと加速して、
どうしようもない状態になった時、
そんな夫を一生面倒みるのかと考えると、
憂鬱としてくる。


ここのところ、夫が仕事から帰宅しても、
あまり気持ちが安らげない事があるし、
緊迫感も感じる事がある。


でも、それはあっちも同じに感じてるかもしんないなぁ…。
お互い様なのか・・・。


こんな夫婦関係でも、私の通院先のA院長は、
私が離婚するかどうかの話をしても難色を示していた。

院長の言うように、
離婚したら私は物凄く後悔するんだろうか?

2~3か月前から私が早寝早起きをしていることは、
夫にとっては、どうも面白くないようだ。
昨日の帰るコールの時に少し話していた夫の言葉で、
そのように感じた。

私が、
バカで、頭が悪くて、
夫のいいなりになっているほうが、
夫にとっては暮らしやすい嫁って事なんだろうか?

変化していこうとする嫁は、夫にとっては
「うるさいだけで、つまらなくてムカつく嫁」?

夫が面白く思ってなくても、
私は早寝早起きはヤメないし、
ちゃぶ台を拭くことも続けるつもりだ。

きのうの夜、
台所で皿洗いをしながら心の中で、


「なんで(さっきの帰るコールの時)あんな言い方するんだろう・・・。
私が早く寝るのが面白くねぇみたいに言いやがって。
寝る時に、
”じゃーねー♪お先に~~wwww” とか
嫌味ったらしく言ってやろうか」

・・・などと考えてしまって、
自分でウツになっていたorz 

自分でネガなことを考え、気分を下にさげてゆき、
そして頓服を服用。

バカみたいですナ……orz orz


今年、ACを自覚してから頻繁に考える。

「たぶん今の私って、
ダンナに好かれてないんだろうなぁ、
むしろ嫌われているかもしんない」

・・・ということを思ってしまう。

その原因の一つは、
AC自覚後の、私の態度にあるかもしれない。

私が、粛々と、黙々と、
ACの回復を進めてゆけばいいものを、
私自身の承認欲求や、
夫婦間の上下関係を見せつけようとして、
マウンティングな発言や態度を、
夫に対して表すことがよくあるので、
そんな私を、夫も応援する気にならないのかもしれない。

それもあって、いつだったか、
「(回復回復って)時間がかかりすぎるんだよ!!」
という嫌味と暴言になったのかもしれないとも思う。


他は、回復に失敗するのを虎視眈々と狙っていたりとか?


被害妄想は止まらない。







加筆訂正:2017年3月26日


思いつくまま書いていて、とても長いので、
長文が嫌いな方はご注意ください。






一つ前の記事を書いたあと、
長文だったからか、疲れていたらしく、
3時間くらい布団で眠った。


そして目が覚めた途端に、
先のブログで思い出せなかった、
夫とのバトルの内容を徐々に思い出してきた。


そしてまたPCの前に座ってきてしまった。


==========================================


夫は、
院長のことを「ガッカリ」と言ったが、
他にも、私の転院に関して言った。


「また(病院)変わるの?
何回(病院)変わってんだよ?
また最初から(新しい病院の人間の前で)話すんだよ?」



これは、私が過去何十年かの間に、
ドクターショッピングを何件か繰り返してきたから、
このようなことを言ったのかもしれない。



過去の私は、
上記の精神科に至るまでに、
4~5回ほど、メンクリを転々としていたと思う。


それでもがんばった。
A医院では10年がんばった。
もちろん最初から「10年通おう」と思っていたのではなくて、
気づいたら10年、
気づいたら院内カウンセリングも8年経っていた。


しかしながら、きのうの夫の発言は、
なんだか以前に言っていたことと全然違う。


3~4か月前だったか、
”転院を考えている”
ということを伝えた時、

「(もう一個の方は)カウンセリングが出来るんだし、
そっちの方が、ででむしに合ってんじゃない?」


と言っていた。




なのに、
「また最初から新しい病院で同じことを話すの?」
と詰め寄って怒った口調で言ってくるって・・・・なんなの?


矛盾してないか?



貴方は、私の転院を、
応援とまではいかなくとも、
「それでもいいんじゃない?」的に捉えていたのではなかったの?
なのに「また変わるの?」
などと言って怒ってくるって・・・????



上記の内容を、もっと端的に、
「なんかブレてんなー・・・。
言ってることが前とぜんぜん違うよ?」
・・・・と夫に言ってみたが、


「そんなことは言ってない」



・・・と反論してきた (ヽ´ω`) やれやれ・・・




これってやっぱり酒のせいか?
それとも酒のせいじゃなくて、ACによる発言のブレ?


私のことを時には味方したり、時には非難したりしと、
感情が一定しなかった、うちの母親と同じ?




また、きのうの夫の話によると、
”私が続けて通ってきた10年のプロセス”
・・・は、夫にとっては、どーでもいいことらしい。

前々から、
なんにしても「結果が全て」というような考え方のようだ。




確かに、院長先生のやり方に対し、大いに疑問も感じ、
”このまま通っていていいんだろうか?”
・・・と何度も思ったこともある。

これでも私なりに、転院に至るまでかなり悩んだ。

「自分で選択ができない人間」なのに、
選択しなくてはいけない。

更に、
「選択してよかったか、悪かったか」は、
来年になって新しい病院に通わないとわからない。




昨晩のように、
院長先生から「とりあえず」は卒業(?)した日の晩に、
あのように大きな喧嘩を、
夫とおっぱじめてしまう私だ。

これだと年内に、
あと最低でも1回か、それとも何度もか、
あるいは来年初頭の転院先の通院日まで、
どのくらいまた喧嘩をし、涙を流すのだろう。


気持ちがグーーーーーッと落ち込んでも、
もう、そうそう何度もA院長先生の所には行けないのだ。

(院長先生は迎え入れてはくれるだろうが、それだと転院する意味が無いような…)


”いちいち夫に、自分の転院のことなど、伝えなかったほうが良かったかな?”

・・・と思ったが、


ただ、遅かれ早かれ、
転院したことは夫にはいつか気づかれて、
「なんで(病院)変えたの?」
くらいの話が挙がってしまって、
また喧嘩になっていたかもしれないので、
昨晩が、そのとき(喧嘩)だった、という感じなんだろうか???


(まぁ、一度じゃ終わらない気がするけど……(ヽ´ω`)やれやれ)



ダメ押しで、夫から


「また(病院)変わるね。  
絶対に変わるね。」



・・・とも言われた(上から目線で)。



「病院また変わるね」 という言葉の中には、


「俺の言った通りになる」

「俺は一番、ででむしのことを理解している」

「俺は、ででむしのやることが読める&予測できる」



・・・という気持ちも含まれているのだろう。

(実際には理解されてないけど)



うちの母親と似ている。
これでもし私が万が一、転院を失敗して、
元の病院に戻ったとしたら、
うちの母親だったら、


「ほらね?
親のいうこと聞かないからそうなるのよ」



・・・と言って来るだろう。





うちの夫だったら、

「ほらね、やっぱり。

俺の言った通りになったじゃん」



とまた上から目線で得意気に言うのだろう。




仮に私が、
「院長先生は、”戻ってきても別にかまわない” 、って言ってたから戻ったんだよ?」
・・・と反論しても、

「でも転院した病院をやめたのは事実じゃん」

などと 「自分の意見の正当化」をするだろう・・・。





私が以前読んだ、ある専門家の方のブログに書いて会った事を思い出した。


上記のブログによると、もしかしたら、
私の夫は、
私にとって良い人ではないのかもしれない。


転院した後、私がどうなったかによって、
夫の反応が見えてくるかもしれないが・・・。


夫は私と同様、
自己肯定感が低く劣等感も強い(たぶん)。


これは私の両親も、互いにそうだった。なので普段から足の引っ張り合いをしたり、
ちょっとした発言で優劣を競っていた。



夫にとって、私の失敗は、
自分の自尊心をくすぐる為の、
道具の一つに過ぎないんじゃないかと思う。




半年くらい前だったか、
ほんの些細なことだったけど、私がやったミスを、
「フン(笑)」
と鼻で笑っていたことがあった。


私はすぐに反論したけれど、
読んだ関連書籍やブログによって、
”AC回復の足を引っ張られる場合がある”
・・・という知識を少しだけ頭に入れていたので、


”ははぁ。。。これがそういうことなのかな・・・”
と、なんとなく感じていた。



私が何かをやり、何かの行動を起こし、
それを失敗した時のほうが、
夫にとっては「自分のほうが上」と実感できる時なんだろう。


どちらかというと私がどんどんチャレンジして、
失敗してくれたほうが、有り難いんじゃないかと思う。
人を見下して馬鹿にして、自分の立場が上になることで、
ストレス発散にもなるだろう。


私がたとえ、何かをやって成功したところで、
夫は何らかのイチャモン付けてくるんだろうなぁ…。
たまに「すごいじゃん」と言うことがあるけど、
前々からそうだったが、なんだかこう…、
無理して言ってる「すごいじゃん」に感じられてしょうがなかった。
本心から言ってないような感じの。



結婚当初から、
もともと私を褒めることが極端に少ない人だし、、
褒めることを私が面白おかしくでも強要すると、

「はいはい、わかったわかった、凄いねー。ハイ終わり(笑)」

と済ます人だった。


そして、これがまた私にとって、
自分をコントロールするのが難しいことなんだけど、
どうしても、家事にしても料理にしてもなんにしても、
ちょっとしたチャレンジを始めたばかりの頃に、
それをいちいち言葉に出して
夫に言ってしまう(ご披露する)のだ。
今回の「転院の話」も、その一環かもしれない。



これを「承認欲求」という一言で
片づけてしまえばそれでおしまいだが、
これが実は今の私の、辛い毎日の中の、
大きな課題の一つだったりもする…。


これは問題な発言かもしれないが、
”こんな余計なことばかり吐き出す口なんか要らない”
・・・と思ってしまうことも数日おきに訪れる。



かと言って、
我慢して余計なことをくっちゃべらないように、
黙ったままヨーモーフェルトなどをしていると、
ちゃぶ台を挟んだ50cm向かい側で、
こっちもだまーーーーーったまま(時々口をぽかーんと開けて)、
携帯ゲームばかりしている夫に、
感じたくないイライラを感じ、
今まで何度か具合が悪くなったり、
布団で寝込んでしまったこともある。



元々の私はお喋りで、
元々の夫はあまり話さないタイプなので、
前者のほうが分が悪い。
後者は「沈黙」が慣れていると思うから、
たぶんどうでもいいし平気なのだ。


また、携帯ゲームが夫を助けてくれる(病的な意味で)。
集中してれば、私と喋らなくても辛くないだろう。


逆に私は、と言えば、
ヨーモーフェルトに集中しているつもりが、
全く集中できておらず、
夫の存在が気になってしまっていて、
集中できてないのだ。

実際に行動できてないから「たら・れば」なんだけど、
キツイ想いをして奥の部屋に行ってヨーモーフェルトをやれば、
夫のことを気にしなくなっていい効果が出るんだろうか?





「どこか」から「どこか」へ移る時は。
不安が伴うと思う。
それは、自分の活動場所を、
居間から奥の部屋へ移動するのも同じことだし、
通院先を別の所へ変えることも同じだと思う。



一番不安に感じて、
でも転院に関して決断を下した私の行動を
「そうか、頑張れよ」
というのでもなく、


「なんで病院変えたの?」的なことを言って批判する。
挙句の果てには 「また(病院)変わるよ」
などと、知ったかぶりをして言う。



いや、でも、
「そうか、頑張れよ」
なんて「爽やかな発言」をする夫であれば、
鼻から、きのうみたいな喧嘩にならないような・・・???



そういえばきのう、夫がチョロっと、

「(俺が帰省した時に)母親が、
重たいビールをヨイショヨイショと買ってくる」

・・・と言っていたのを聞いた時、
”はぁ。。。コレだもんなぁ・・・”
と改めて思ってしまった。


自分の母親が、たとえ無意識であっても、
息子の「嗜癖」を手伝う行為をし、
「嗜癖の塊」を家に買って運んでくるんだから、
どうしようもない。



ゆうべ、人のことは色々と言うんだけど、
自分の酒や煙草に関することは絶対に、
少しでも何か変化を見せようとする意思は無さそうだし、
逆に、私が嗜癖について触れると、
”話を逸らしなさんな”
と言う。



午前中も書いたのに、もう一度書いてしまうけど、
なんで私、あそこまで、
ガーガーガーガーと夫に言われなくちゃならないんだろう?


アルコールが入ると、
どうも大きな声に自然となってしまうようで、
その度に私が「声がデカイ」
とツッコミを入れるが、
また暫くすると声がデカくなっている。


ご近所にも聞こえそうでムチャクチャ恥ずかしい。



なんだか物凄く疲れたせいなのか、
いつもだったらサメザメと涙が出てくるところが、
涙が流れてこないのが、逆に怖い。

”(涙は)枯れないのか?”
・・・と前々からブログで言うことがあったが、
逆に出ないと怖くなる。


こんなに酷く、心が疲れきってるのに、
なぜ泣けてこないんだろう?



これから先も、一つ屋根の下で、
夫とどのように対峙してゆけばいいのだろう?
夫の前でわざと元気を出すのも、
なんだか違う気がするし、
かと言って、鬱々とした表情そのままにしていると、
そのうち何か(文句の一つでも)言ってきそうな気がしないでもない。



自分で物事を解決できる「力」を持っていないので、
どうしても人を頼りたくなる。
もう、面倒臭いから、
来年の初頭、新しい転院先に夫も呼ばれて、
私を含めて三者面談して、
三行半的な話を、
病院側のほうから夫にしてくれないだろうか?





いま、なんとか平常心を保ってはいるが、
ついついググッって、「ワイ**ス」「おd」で調べてしまった。


・・・まぁ、上記のやつでは昇れないことはわかった。


いちいち、夫か病院管理になるとそれもまた面倒なので頑張る。
それに私は数日後に、
久々に電車に乗って出かけなくちゃいけないところがある。
キャンセルができないわけではないが、
キャンセルするとお金をドブに捨てることになる。
それが勿体ない。



なんとか必死こいてガンバロウ・・・。






先日の早朝、またまた散歩を実行。
5回か6回目。

早朝散歩を平日の朝も実行するようになったら、
もっと大進歩だな…。

今は、とりあえず土日祝日しか実行していない。
承認欲求」も含まれてるのかもしれない。

夫が出勤中の平日に早朝さんぽをしても、
何かやりがいを感じないので、
本当に「承認欲求」なのかもしれない。

”さんぽしてますよー” 的な?

(2017年6月 少々書き直し)



主婦湿疹には、本当に悩まされた。
本当に本当につらかった。
完治はしていないが、楽にはなった。


ネットでも色々と書いてあるようだけど、
あながち、ストレスと無関係というわけではなさそうだ。


現在もしっかりストレスを抱えているけど、
主婦湿疹が出なくなった代わりに、
今は他の症状(最下方に記載)になって表れているという可能性があるかも?
(2017年5月現在も皮膚科に通院中)





医者じゃないのでわからないけど、
私の場合は、実家で親と暮らしていた時代が、
自分にとって非常にストレスで、
主婦湿疹として表れていたんじゃないだろうか。



※これはあくまでも私の場合だけなので、
ACの人で主婦湿疹に悩んでいる人が、
実家を出たら絶対に主婦湿疹が治まるというものではないと思います
。※




あと、真面目に病院に通って治そうとしなかったこと。
これも治りが遅くなった原因だと思う。
今も昔も、相変わらず、
病院にきちんと通院して治すということが出来ていない。




私の主婦湿疹は前述の通り、完全に治ったとは言えないと思う。
ただ、現在は痒みも痛みもないし、湿疹の再発もないし、
両手の内側には適度に湿り気もある。


でも、両手の外側(表皮)が、
お猿さんのようなシワシワな指だ。
両手の内側の関節も、縦ジワがうっすらとたくさん残っていてる。
特に両手の第二関節の皮が「伸びてる」という感じ・・・。



試しに片手の指を伸ばした状態で、
もう一方の手で、痛くない程度で第二関節の表皮をつまむと、
皮膚に弾力がないから、
ほぼ皮膚が、つまんだ状態のまま残る。


ぶよぶよ+固くなっている表皮、みたいな・・・。


もう、ここまでシワシワになってしまっていると、
再生はできないんじゃないかと思っているので、
別段何もしていない。


2017年5月現在も皮膚科には通っているけど、
これは主婦湿疹以外の件で通院している。
前述の通り、痒みも痛みも全くないので、
院長先生にも主婦湿疹の話はしていない。


人前でシワシワの手を出すことを、
恥ずかしく思った30代もあったかもしれないけど忘れた。
(慣れてしまったのかも?)


どうせあと10年もしたら、
主婦湿疹によるシワシワか、加齢のシワシワか、
わからないくらいになる。







●私の主婦湿疹の発症(小学生)●

小学生低学年の頃から、
学校の室内履きや外履きを家で洗っていた。
この頃にすでに炊事用手袋があったかどうかわからないが、
私は毎回素手で洗っていた。

この年齢の辺りが、
主婦湿疹の発症開始だったと思う。
いま思えば、洗濯洗剤を使った後に、
きちんと手を洗ってなかったのも原因の一つかも。
母親に「ちゃんと手を洗いなさいよ」と
言われたかどうかは思い出せない。






●中学~高校●

高校時代の主婦湿疹がむちゃくちゃ酷かった。
絆創膏を両手すべてに貼ることも珍しくなかった。

両手の人差し指から薬指まで、
計12枚(一本の指の第一関節と第二関節)、
親指を足すと絆創膏を14枚使用という時もあった。



あの当時の私の絆創膏使用量は
ハンパではなかった。


スーパーや店で買い物をする際に、
レジの人が私の指の荒れ方に気づいて、
「あら・・・大丈夫?^^;」
と言ってきたこともあった。


そのうち、どこの店で買い物をする時でも、
”今日は、右と左、どっちの手荒れがマシなほうだろう・・・”  
と気にするようになり、
その日によって、指の症状がまだマシの方の手を使って、
お金を渡したり、釣りを受け取っていた。


指の腹がカサカサしていて潤いがないので、
スーパー備え付けのビニール袋が、
なかなか開けられないことも多かった。
実は現在も、たまに開けにくいことがある。
運が悪いとキューリ売り場の前で1分近く格闘したり(-_-;)



十代の頃、ビニール袋をどうしても開けられなかったことがあって、
一回だけ、レジの人に
「すみません・・・開けられないので開けていただけますか?」
と頼んだら、
ちょっと苦笑されて開けてもらったことがあった。


対人恐怖に関連して、こういうことも自分にとってはストレスだった。
おそらく私は、自分の口で説明する頭をもってなかったんだと思う。
賢い子だったら「ちょっと手荒れで開けられなくて・・・」
と補足説明するのだろうけど、
事情を説明せずにいきなり
「開けてもらえませんか?」と言われたら、
そりゃ
”なんで開けられないかしら”
って怪訝にもなるよな・・・。




「あかぎれ」により、指が曲げにくくなるのも痛くてきつかった。
物を掴みたい時にうまく掴めず弊害となる。


若い頃、2~3軒ほど(もっとあったかなぁ・・・)の皮膚科に通った時、
院内で販売されていた、綿の白い手袋を買って、
寝る時にそれをはめる・・・というのをやってみたこともあったが、
どうしても夜中にも痒みが出てくるので、
知らない間に手袋を外してしまうことが多かった。



ある時など、朝に目が覚めて
「あれ?手袋がない」と探したら、
何故か枕の下に、
手袋ワンセットが畳んで置いてあった。
たぶん寝ぼけて手袋を外して、枕の下に入れたんだと思う。










●20代から●

社会人になってからも症状が変わることもなく。
女◎◎大病院まで、
一年くらいだったか(記憶曖昧)通院したけど治せなかった。
(たぶんちゃんと真面目に薬を塗ってなかったんだろうと思う)



あと、これはうちの母からの話だったけど、
「手を少し熱いお湯につけるとスッキリするわよ」
と言ってきたことがあった。
私が知らなかっただけで、もしかしたら母も、
湿疹か痒みなどの疾患を抱えてたんだろうか?


熱湯に手を入れると、確かにスッキリ感を得た。
スッキリ感というより
「高揚感」「幸福感」と言うほうが近いかもしれない。


私はそれから幾度となく、
熱湯に手を入れることを試してしまった。
何年くらいか忘れたけど、短くはなかったと思う。


おそらく母も、なんの根拠もなしに、
「熱湯に付けると気持ちがいい」と、私に言ってたんだと思うが、
言われたままに試してしまって、本当に私は馬鹿だ。


いまググッて読んでみても、
湿疹などに対し高温のお湯を当てると、
皮膚にも、下手すれば脳にも、
ダメージを与え兼ねない・・という記述があった。




どうしてくれよう、うちのバカ母・・・。







●結婚してから●

いつごろ気づいたか思い出せないが、
いつのまにか、指に水泡も痒みも痛みも出なくなっていた。


「あっ、そういえば私、指が治ってる!」
みたいな感じだった。



私の場合は、この、
「結婚してから主婦湿疹の症状がでなくなった」
ということすらも、承認欲求の一つとしており、
いかに、
”私は実家ではストレスに晒されてたけど、
結婚してからはこんな風に湿疹が治ったから、あなたのお陰よ♪”
という、夫へのアピールの材料にしていた。




私の場合、
「実家を出て暮らしたら、いつの間にか主婦湿疹が出なくなった」
というのは本当だ。


実家にいる頃より、実家を出た後のほうが、
水仕事なども格段に増えたというのに、
それでも痒みや痛みや水泡が出なくなったということは、
「主婦湿疹 = 水仕事が多くなるから発症する」
ではないような気がしてならない。



あとは・・・考えられるとすれば、炊事用手袋の普及。


現在も必ず、炊事手袋を使って洗い物や洗濯をやり、
素手で洗剤に触れないようにしている。
少しでも触れてしまったら、
過剰に洗うのでもないけど、
チョチョッと水やお湯でヌルヌルを落としている。


また、水仕事などで手が濡れた後に、
手袋を装着する時は、よく拭いてから手袋を装着。
(こんなこと敢えて書かんでも皆やってるよね・・・^^; )


私の場合、タオルで水気を拭いても、
まだ手がうっすらと湿っている感覚があるので
(私のようなbbaだと肌の水はけが悪いもんで・・・w)、
タオルで拭いた後に、更に、服の腰やお尻の辺りで、
チャチャッと両手の裏表を撫でつけて拭いてから、
(お煎餅の表裏を焼いてひっくり返すような感じ)
手袋をしている。



炊事手袋に水が一滴でも入ってしまったら、
面倒だけどひっくり返して乾かしてから使うか、
入ってしまった水の量が多い場合は、
勿体ないけど処分して新しい物を使うようにしている。
あとはたまに手袋の中を覗いて、
なんとなく汚れているような場合も処分して、
新しい物に取り替えて使っている。



毎日の水仕事で必ず使用するので、
使い方に気を付けていても、
いつの間にか、手袋を外した時に、
ゴムが酸化したような臭いが手に付着することがある。

または、使用済みバンドエイドのような臭いが
手につくことも。
(「使用済みバンドエイドの臭いなんて嗅いだことがない」
という方はすみません。


わたしスキです、時々嗅いじゃいます・・・w )


その場合も、勿体ないけど破棄している。
おそらく、一回、そういうニオイが付いてしまうと、
もう取れないんじゃないかと思うので。



破棄、破棄って、
ポイポイと捨てているように感じられるかもしれないけど、
なんだかんだで大体、3か月近くはもつかな・・・。

話、盛りすぎ(^-^;)
「ギリギリ3か月」ってところ。
買った手袋との相性や使用頻度の多さなどによっては、1か月ももたないこともある。
何か所かのドラッグストアーやスーパーで手袋を買い続けて、
割と長くもってくれる手袋を置いている店がわかってきたので、
買う店はいつも同じ。




右利きなので、
やはり右手の手袋がダメになる事が多く、
左手袋の表裏を逆にして右手にはめて、
頑張って炊事をしていたことも何年かあったんだけど、
どうにも使いづらくて、もう最近はそういう事をやっていない。


あと、「右手用」だったか、
右手の手袋しか入っていない物も使った事があったが、
あまり長く使えずに直ぐにダメになったので、
そういうのももう買っていない。






※不潔だけど、昔は、
水が手袋に入った時でも、平気でそのまま使用していた。
これも主婦湿疹の悪化の原因だったんじゃないかと思う。
手袋の中を覗くと黒っぽくなっていたので、
カビではないかと・・・(´д`;) 
その黒いのを見てから、
手袋の使用に気を付けるようになった※







現在は、蕁麻疹と乾癬を患ってしまい通院中。


蕁麻疹で背中が強烈な痒みに襲われて、
睡眠を何度か阻害されたことがあったから、
飲み薬だけは毎日、忘れずに服用しているけれど、
今でも、やはり、治すことに対して不真面目で、
乾癬の軟膏なども毎日きちんと塗っていないので、
ダラダラと2年ぐらい通っている。