2020.04.06 いまさら遅い
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2019.08.08 停滞
普段の生活の中で、
”今みたいな過ごし方をしていたら、いつまで経ってもACから脱却できないな”
と思うことがある。



毒父と言い合いになるのも、回復が進んでないからだと思う。
回復がある程度進んでいたら、無駄な言い合いを避けるかもしれない。
自分の発言も、ある程コントロールできるようになり、
毒父からの挑発にも乗らず、うまくかわせるのかもしれない。



きのう、たまたまたどり着いたブログがあった。
ACの方で、色々なメソッドなどを試したりして、真面目に取り組んでいる人。
かなり脱却できたらしく、更新はだいぶ前に止まっていた。



脱却できた方のブログの文章って、やっぱりなんと言うか・・・違うんだよね。
私のように毎度毎度ダラダラ書いている奴の文章と違って。





2015年1月にACに気づいてから、まだ4年。
(「まだ」というのか「もう」というのか、どっちだろう・・・)


この4年の間に、かなりの数のAC関連のブログを読んできた。
読まずにブクマしただけで終わってしまっているブログもあるが・・・(^-^;)



でもだいたい皆さん、回復に向けて真面目に取り組んでいるし、
脱却できた方も沢山いる。
カウンセラーになられた方々もいる。



私は、幾つかの書籍を読んだだけ。
瞑想もしてみたこともあったが、一か月も続かなかった。
しかもその瞑想の仕方も、正しかったのかどうかもわからない。
一応ググッて出てきたものを参考にしたが、全く自信が無い。



今は、つぼトントンの本を手元に置き、
毒父の言動に苛立った時に使うか、お腹の調子があまりよくない時に試すのみ。
(効いているかどうかも不明)



買ったつぼトントンの本の説明がザックリしすぎて、わかりにくかったりもする。
「5回トントンしながら、自分の好きな歌をハミング」と書いてあるが
”トントン5回の間のハミングって早すぎね?
2~3秒しかないのに、その間にハミングするの?
いくらもハミングできないよね?高速ハミング?”

とか。



AC関連の自助も、登録だけしててミーティングに全く参加していない。
回復の手順も 
”やりたくない” 
”面倒臭い” 
の方が先に立ってしまう。


もしかしたら、手順を踏む中で、
痛みを伴うかもしれないと思うと、二の足を踏む。




他には、
”AC専門のカウンセラーにお世話になったほうがいいのだろうか?”
と思い、何度もググッてブクマもしたが、
どこも高額で、手も足も出ない。



”AC回復よりも先に、このひきこもりから脱却する方が先じゃなかろうか”
と思ってググッてブクマしただけで満足して終わり。
こればかり。




生きづらくて嫌でしょうがないと思っている割には、
”どうせ余生も永くないしな”
と自己完結してしまう。
人によるのかもしれないが、
自分の中では、AC回復は年数が掛かるものと思ってしまっているので、
”還暦過ぎないと、だいぶ楽にならないのかな”
と考えると、ダルくてしょうがない。




水面下で足をバタバタさせてるだけで全く泳げていない奴。



2019.07.16 威嚇
2~3時間ほど前に、姉から電話があった。
毒父との電話を終えて、すぐに私に掛けてきたらしかった。



電話に姉が出たら、毒父が急に



「スーパーのビニール袋
どこにやったーーー!!!」




・・・と怒鳴ったらしい。


入院中、リハビリの先生が遅れただけで「遅い!」と言って怒った話




先週の土曜日、姉が一人で実家に行き、色々と用をこなした。
近所のホームセンターで必要な物を購入したりもした。
その時のビニール袋をどうしたのか、という話らしいのだが、


「(ビニール袋を持ってたのを俺は)見てたんだからな!!」


・・・ということも言ったらしい。
(なんだか物言いがおかしくないか??)



姉は、

「だったらその時に、
”ビニール袋つかうから、こっちに置いといて” とか言えばいいじゃん!」

と言い返したら毒父は黙ったそうだが、


ハウスクリーニングの後、
毒父が探してる物がことごとくみつからないのは、
やはり、ここ と  ここで書いた通り、私が原因だと思い込んでいるらしく、


「ででむしを叱ってやる!!」



・・・などとも姉に息巻いていたそうで、姉は


「あの子(ででむし)が一人で大掃除したんじゃないからね?!
私と、◎◎さん(ででむし夫)と 
3人で片づけたんだからね!?


と2~3回、念押ししたとのことだが、毒父が理解していない可能性があるらしい。
それで危険を感じて、姉が私に連絡してきた・・・というわけだった。




その「叱ってやる!」というセリフは、
数日前、夫と毒父の電話の際にも言っていた。
その時は、姉に対して「叱ってやる」とかナンとか言ってたらしい(夫:談)。



・・・まぁ、私ら姉妹をいつまでも子供扱いしてんだろうね。
「叱ってやる」なんて上から目線のセリフは。




私は、ここのブログで今まで散々、毒父に対して毒を吐き続けてきてるが、
怒鳴られることに対して非常に恐怖感がある。



5月中旬からの一連の、
毒父の家ん中での転倒~汚部屋掃除~毒父入院~
ハウスクリーニング~退院から今まで、
私は単独で実家に行った事がない。
必ず夫と一緒に行っている。
7月4日・5日のハウスクリーニングには一人で立ち会ったが、
毒父は6日に退院だったので、家にはいない。



実家に、父親と私の二人だけいる・・・・という状況が一度もない。
今回の一連のことだけでなく、過去にも一度も。


それはやはり心の中では毒父を恐れているからだ。


トラウマ(鉄球を投げつけられる夢)


「脅し」と「平手打ち」




・・・それにしても。
弱い者、自分より下の者に対して、
怒鳴って威嚇する性格は相変わらず。



人間が小さい。人としても大嫌い。





うちの夫に対しては、かなり好意的だと思うので、
夫に対して怒鳴るなんてことは120%ないだろう。
私の家に掛ければ、そばに夫がいるのを毒父はわかっていると思うから、
私に怒鳴って電話をするなんてことは恐らくできない。
でももしかしたら、
夫が不在の平日の日中に此処に掛けてくるかもしれない。



今日は姉が被害を受けてしまったかもしれない。
本当なら、私に直接ガミガミ言いたいところを、
電話できないもんだから姉に電話した可能性もある。



何度も書いてきていることだけど、
あの汚れまくった家の中の大掃除をした私達に、感謝の言葉を送るどころか、
「~~が無い!」と何度か騒ぎたてて、更に今回は怒号。



あの酷い家の中を片づけ(処分)しなければ、
ハウスクリーニング業者も介入できなかったということを、
何故あのバカじじいはわからんのだろうか。



それとも「全て保管して取っておけ」とでも?
そんなこと出来るわけなかろう??



もっと言えば、使用済のオ〇ツを、
ベッド下や居間の隅っこに幾つも転がしていたり、
新聞の間に挟んでそのまま・・・だった。
おそらく、置いて(捨てて)いることも本人は忘れていたと思われる。
(これって認知症じゃないのだろうか?)



こういう汚れ物も取っておいたほうがよかったかw?



何が悲しくて、大嫌いな奴の捨てた汚物を処分しなくちゃならん?
姉も夫も片づけた。



大嫌いな奴のために無理して動いて(掃除したり必要な物を買い揃えたりetc…)、
挙句の果てには怒鳴られるって・・・・。
( ↑「まだ怒鳴られてないけど雷予報」 )



こんな理不尽なことって・・・・・。



・・・というか、今回の威嚇だって、
本当に、物がなくなったことに対して怒っているのか不明。
ストレスのはけ口にしている可能性もゼロではない。
思い通りに身体が動かないことの苛立ちでストレス発散とか。



いずれにしても冗談じゃねぇな・・・。
怒鳴る方は気持ちがいいだろうよ?
モラハラか?




あんな奴の為に大掃除なんかしたくなかったが、
動かざるを得なくなったから動いたまで。
包括センターの人から
「なんとか掃除してください」的な電話が来てしまったのだから。



正直言って、電話が来なけりゃ、知ったこっちゃなかった。
ゴミの中で埋もれようが。



借金の尻ぬぐいをしても、借金した本人が改心しないのと似ていて、
結局掃除した私らの方は「やり損」。
なんの得にもならない。
ハウスクリーニング終了後3日しか経ってなくても、
もうテーブルの上がゴチャゴチャと物で溢れていたんだから。




雷予報対策として、夫が言ってくれたのは、

「もし電話が掛かってきたら、
”〇〇(ででむし夫)に聞かないとわからないので後で聞きます”
とだけ言って、電話を切っちゃって?」

だった。

「そうすれば、どんな内容の話でも、全部俺に届いてるって、
お義父さんのストッパーになるかもしれないから」

と。


有難く、その手を使わせてもらおうと思う。

2019.06.02 なすりあい
姉と私の責任のなすりあいと、老害の父親の話。



その①

姉が父親の入院先に行く前日に、私から姉に電話。

先月末入院後、父親がコルセットをすることになり、
代金の払い込みや業者さんとの話は、私が行なった。
その辺りの経緯を私が姉に説明。
「もしかしたら」看護師さんから、コルセットの使い方を
説明される「かもしれない」と言った途端に、



姉 「私が説明受けんの??!!」


この言い方なんだろね・・・。
まるで「私だけがやらされんの?」的な言い方で。

っつーか、たまたま順序が逆になっただけで、
コルセット装着後、最初に私が病院に行くなら私が先に説明を受けて、
その次は姉」というだけの話なのに。




----------------------------

その② 電話番号の言い間違いか、書き間違い



①の後、姉が父親の入院先に行った際、
「知人に、入院した旨を伝えてほしい」と、父親に言われたらしく、
その知人の電話番号を姉が書き留めてくる





病院から帰宅した姉が、
その知人に電話を掛けるも繋がらなかったらしく、
慌てた様子で私んとこに掛けてくる。


「いま、お父さんの友達に電話したんだけど、
故障だか電源が入ってないとか、3個ぐらい言ってるんだけど、
よくわけがわからなくて。
ででむしからその人に掛けてみてくんない?」



(・・・なんだ、めんどくせーな・・・。結局私が電話すんのかよ・・・)





私 「わかった。掛けてみる」 ( ← 態度に出せず、いい奴の振りをする)





掛けてみると確かに音声ガイダンスが色々と喋っている。
2回リピートすると自動的に電話が切れてしまう仕組みになっているので、
わざわざ、その知人の家に3回掛けてガイダンスを聞いて書き留めた。
(姉に、どういうガイダンスだったか詳しく説明するため)


~ガイダンスの内容~
「ネットワーク設備の故障もしくは、
通話先の通信機器が接続されていないか、
電源が入っていないため、掛かりません」


・・・・だそうで。





姉に掛け直した際の、
姉の一発目は「繋がった??!!」だった。
私がガイダンスをメモるため3回掛け直したし、そこそこ時間が掛かったから、
父親の知人と繋がったと勝手に勘違いしたのだろう。


私 「繋がらんねぇ~~・・・・」


そして姉にガイダンスの内容を伝えると
「ふーん、そうなんだ・・」
だけ。



(というか、もし逆の立場で、
「電話が繋がらない。
なんか色々と音声テープが喋ってて掛からない。
お姉ちゃん、掛けてみてくんない?」
と私が言ったとしたら、
①のように 「え~~?!私が掛けんの~~??!!」
って絶対に言ってるだろうな・・・)




次回は私が病院に行くことになっているため、
仕方なく、私が父親に、電話番号の確認をすることで話が終わり。



(めんどくせぇ・・・・結局私がやるんかよ・・・・。

てか、どういう説明をすりゃいいのか?
「ネットワーク設備が云々」
なんて説明しようもんなら、
「えぇ~~?????」って返答されるにきまってる。
この「えぇ~~???」ってのが毎回イラッとくるんだよな・・・。
「電話が繋がらなかった」と言ったら、
「そんなことないだろう??お父さん繋がってんだから」
とか言いそう)






営業時間外だったが、NTTにメールで訊いてみた(返答後日あり)。

メールを送信した後に気づく私もバカだったが、
電話番号が11桁であることに気づく。


”そういえば固定電話って10桁じゃん・・・。
父親の言い間違いか、姉の書き留め間違いじゃねーのか??”



ん~~~~~~!!!めんどくせーーーーーーっっっ!!!ヽ(`Д´)ノ





正式な電話番号がわかったとして、
父親の知人に私が掛けることになったのが嫌でたまらない。
元々、姉が言われた話だったのに、なんで私が????





----------------------------


その③


②の翌日に、電話が姉から掛かってきた。

私とて、姉から電話が入ると「一体ナニゴトか?」と思う。
特に今は父親が入院してるから尚更だ。


姉 「今さ、病院から電話があって。
お父さんが看護師さんに、
”雑誌と新聞を買ってきてほしい”って言ったらしいの」


私 「雑誌と新聞??」


姉 「そう。
F1の、モナコGPが載ってる雑誌だって。
なんか5月26日に発売してるらしくて、800円ぐらいだって。
それとスポーツ報知」


私 「F-1の雑誌って、月刊誌?」


姉 「わかんない。
新聞は、私が看護師さんに、 
”一週間分でしょうか・・・”
って聞いたら、
”一日分だけでいいと思いますよ”
って言ってた。
F1の本もさ~、そういえばこの間の大掃除の時にあったあった」


私 「きのうお姉ちゃんが病院に行った時に、
なんでお父さん言わないんだろうか?」


姉 「そうだよ~!ほんとに!
こっちも病院から電話かかってきて、何事かと思うのにさ~!」



・・・・結局、私が買って持ってゆくことになった。






つーか。



先月、入院の手続きをした際に、
一番最初の連絡は、
私の家に掛けてくるように病院で記入してあるんだが???
正直、嫌だったが仕方なかった。
私は無職だし、姉は月~金までフルで仕事だ。



父親は多分、
”新聞と雑誌を買ってきてほしい”
と、姉の家に掛けるように看護師さんに伝えたのだと思う。



なんか余計なこと言ってそう(看護師さんに)。



「下の娘(私)とは、あまり仲がよくないもんでね、
上の娘の家に掛けてください」とかなんとかwwwwwwww



言わなくてもいいようなことをペラッと言うんだよねぇ、昔から。あの人。
そんでよく母親が「お父さんったら!!」ってキレてた(苦笑)。







姉は、
「実家の最寄り駅前に書店がある」
と言っていたが、その雑誌があるかどうかわからない。
もし置いてなかったら、他の書店を探さなくちゃいけない。
というか次回、病院に行く日にそのような時間はない。




事前に、私ん家の近くの書店で買っておこうと、
5月26日発売のF1の雑誌をググッてみたんだが、



・・・・無いんだなぁ、コレが!!!ヽ(`Д´)ノ コノヤロー



本当に26日発売で合ってんのか?と思った。




私は先月の実家の大掃除の際に、書籍や新聞のエリアはノータッチだったし、
どんな雑誌かもわからない。



父親の欲してるそのF1雑誌だって、もし仮に定期購読してるとしたら、
発売日よりも前に家に届くのではないか?
父親は「26日」と思い込んでいて、
本当は発売日が26日より後なんじゃないのか?



それに「モナコGP」って言ってるけど、
月刊誌で、その特集が掲載されている本なのか、
それとも月刊誌ではなくて、
モナコGPのみを取り上げている特集本なのかもわからない。




説明がアバウトなんだよ、じじぃ!!!!
それでよく「買ってきてくれ」とか言うよな!
だいたい出版社の名前も挙げてねーのにヨ!!!









・・・・というか、本当にその雑誌読むの?
先月の大掃除で、雑誌&新聞エリアをやっていた姉から後で、
「買って読んでない雑誌がたくさんあった。袋に入ったままの。」
と聞いたぞ?



本当に読むかわからない雑誌と新聞のために、
父親に振り回されるのが、たまらなくムカつく・・・・。





しかし夫には、


「俺が先週、病院で、
”これからスーパー行きますけど、なんか本とか買ってきますか?”
って聞いた時は、
”いいです”
って言ってたよ?
それに、そんな本くらいサ~、別にいいじゃん。
後から(買ってきてほしいって)思い出したんでしょ?
お義姉さんだって、
”何か買ってくるもんある?”
ってお義父さんに聞いたかどうかわかんないじゃない」


・・・とたしなめられた・・・・(-ω-;)




ただ、
看護師さんから姉に電話があったのはおそらく日中で、
すぐ私んとこに掛けてきたのだろうから、
こっちだって
”入院中の父親に何かあったのか?”
と、一瞬ドキリとはする、一応。
嫌いな父親でも。




院内から自分で電話をかけられる状態ではないのは仕方ないが、
父親自身が掛けてくるにしても、看護師さんに頼むにしても、
日中ってのはやっぱり驚きはするのだ。
(日中以外でも驚きはするだろうが・・・)




もしかしたら看護師さんだって、
「昨日、娘さんが来たのにね」って思ってるかもしれない。





今後もこんなこと頻繁にあんのかなぁ・・・。


すんごくストレスだ。


先日久しぶりに丸一日、父親絡みの電話がない日があって楽だった。
それ以外は病院以外でも、姉でも、コルセットの業者さんでも、
父親絡みの電話が必ずあって、もう本当に嫌になる。






うちの父親を見てると、本当に 老害 だなと思う。




それと、繰り返しになるけど、
何故、父親の知人への電話も、雑誌や新聞の購入も、
私の仕事に?
二つとも姉のやることだったのに、私に切り替わっている。
うまく逃げられた???



F1の雑誌も、それらしいやつが30日発売だったので買ってきたが、
この件だって雑誌違いだったら、
買い直してまた持ってくのも私の仕事になるわけで。





なんでだ???




~*~*~*~*
追記。

③の時点で、姉と話した時に、
「電話番号が11桁だから繋がらない」
と姉に言えばよかったのに、
電話番号の件をすっかり忘れていたのは、この私です。
あーバカですねーそうですねー。
(「②の時点で「(病院での)書き間違いは無いと思うんだよな~。
何度も見返したしな~」と言っていたから、
仮に11桁の件を言ったとしても、
「間違ってない」と言い張っていたと思われ)


おととい、実家の台所を見てさすがにイラッとした。




つい一週間前に、完璧ではなくとも、流しを広々とさせたのに。
汚す人は、たった一週間で汚すんだな・・・。




そしてあの時、夫が実家のエアコンのフィルターの埃を取ったはずなのに、
なんだかエアコンが効いていないような感じで汗がダラダラ。




入院前の必要書類(事前に父親が記入したものも含めて)に、
夫が目を通しているあいだに、汚れた台所をまた掃除した(-ω-;)



そして入院に必要な下着類も、私達夫婦がやってくる前に、
父親自身で揃えたのはいいが、枚数が全然足りない。
タンスの三段目に入っていると父親に言われて開けたら、
下着類がグチャグチャにしまいこまれていた。



(あぁ・・・・。私も下着類はグチャグチャッと入れるので、
こういうところも似てしまったのか・・・・と鬱々とした)




そのグチャグチャの引き出しから、
ブリーフやらトランクスやら肌着やらをあるだけ出して、
たたみ直して袋に入れる。




そうこうしている間に10時半頃になってしまい、
病院から電話が掛かってきてしまった。
入院するはずの父親が来ないので心配して掛けてきれくれたのだと思う。




入院前に揃える物の一つとして、吸い飲みが必要となったので、
「俺が買ってくる」と夫が言ったが、
この熱気の籠った実家から出たかったので、私も一緒に行った。




帰宅した時点で11時をまわっていた。




父親の話だとタクシーが来るまで20分ぐらいかかるとのことで、
早くしないと病院自体が土曜日で午前中までだから焦る。






タクシーに無事に乗り込むも、そこに至るまで15分ぐらいかかってしまい、
建物下で待っていたタクシーの人が、
「なかなか来ないでキャンセルしようかと思いました」
と言った。


(そんなのわざわざ言うことか?
タクシー呼ぶ電話したとき、父親が言っただろ。
「車椅子なので」って。伝わってないのか?)





途中の道が混んでおり車が進まないこと多し。




病院までの車中、何故か胃の辺りが少しむかむかしてきてしまい、
ヴィックスドロップを2個消化した。
あとは常に携帯している100均の扇子を仰いでやり過ごす。





病院に着いてからは更にバタバタ。




必要書類に夫婦揃って記入したり(この日、実姉は来てない)、
ドクターからの説明を受けたり、担当の看護師さんと面会したり。




高齢のため、手術は危険ということで、
安静にして病院で過ごしてリハビリもやり、
入院は最長一か月かかるかもしれない、というドクターの話だった。


(この内容だって ↑  私の頭の中に記憶できておらず、
帰宅してから夫に聞いて書き留めた)







私が十代や二十代の頃、風邪や他の病気でどうなろうと、
看病は全て母親が行ない、父親なんて何もしなかった。




そんな人をなんで面倒みなくちゃならないんだろう?
もう着手してしまったから後には引けないが・・・・。




入院中に必要な物を、
ベッド横の物入れに収納したり色々と忙しいのに、
”いまそんな話、必要かよ?”
というような話を、ベッドに横たわりながらベラベラと話しかけてくる父親。
本当に空気が読めない人だ。







なんだかんだで結局、4時間ぐらい病院にいたことになり、
一週間前の実家の大掃除のときと同様、また一食も摂らずに過ごしたが、
心身ともに疲れていたのと、夏場のような酷暑のせいか、
食欲がわかなかった。




それでも ”何か摂らなくては” と、
我が家の最寄り駅に戻ってきてから、
店で冷やし中華を頼んだが、やはり完食できなかった。





家に帰宅したら帰宅したで、この日不在だった姉から電話が入り、
今日の入院についての話や父親の容態など、
最初は私が姉の相手をしていたが、説明がうまくできず、
途中から夫に電話を代わってもらった。




やっぱり私は、「わかったふり」をしてしまう。




昔の幾つかの職場でも同じようなことをやってきてしまったが、
人から説明を受けても、飲み込みが悪くて理解できない。
しかしわかったふりをして「はい」と言ってしまう。




ドクターからの説明を夫と二人で受けている間も、心のどこかで、


”夫が一緒に聞いてくれるから、私が聞き漏らしても大丈夫だ”


という甘えがある。





かと言って、もし夫が不在で、私一人で説明を受けた場合、
おそらく、ほんの1~2個の重要な話だけを、やっと記憶し、
その他のことはすっかり抜け落ちてしまうのだろうと思う。
(よっぽど録音したほうがいいかもしれないが、そんな機器はもっておらず・・・)







翌日、また姉に電話をした。




病院が辺鄙なところにあり、
私ん家から実家に行くよりも更に遠いところになるので、
バス停の場所や、どの駅から出ているバスなのか、
何行きのバスなのかなどをググるための時間が必要で、
それで改めて姉に電話をしたのはいいが、


姉が
「私も調べたからもう大丈夫だよ」

と言うわけでもなく、

「そのバス停から病院までどのくらいかかるわけ?」

などと半ば詰問のように聞いてきた。




私も初めて行った病院だし、
なにより行きは実家からタクシーで行ったし、
帰り道はイレギュラーで、たまたま来たバスに乗ったため、
うまく説明ができない。




また、病院側に電話をしてバス停のことを聞いたのは夫だったが、
病院側からの応答がアバウトで、
バス停から病院まで徒歩でどうやって来るのかなどの詳細な説明がなかったらしい。




こっちがしどろもどろになると、そこにつけこんで、
態度が豹変するのが私の姉。




しまいには
「・・・なに言ってんだかわからない」  ← 富澤たけしか?
と言われ、


「地図のURLを送りたいからメルアドを教えてほしい」と言えば、



「あー・・・・。いいや。自分で調べるから」


と。



(だったら最初っから自分で調べろよ・・・・。
更にメルアドも教えたくねーとは嫌な奴だな・・・・。)







電話を切ったら切ったで、夫からはダメ出し。




知っていたよ。
私が姉と電話で話している横で、
”またそんなこと言って・・・”
な感じで呆れていたのを。




今の姉妹の間柄(姉が妹の私を小馬鹿にしたり、
自分より弱いものを攻撃する感じ)にしたのは、
私にも原因があるとかなんとかクドクド話し始めた(-ω-;)







疲れた。
冗談じゃねーよ・・・・。
頭まわんねーわ。




それに、包括センターの人や、
ケアマネージャーさんや、
病院の人たちや、
こんなにたくさんの人と、一週間のうちに話すのも久しぶりで、
キャパがオーバー。






「みんなやってます」
「みんな大変です」
ってのは違うと思う。




個人個人の「大変さ」は全く違うものなので、
ここから上は大変、
ここから下はそうでもない
と括れない。






普段の私の生活に入り込んできた、異質(父親の入院と世話)なもの。




耳は遠いし、
そのくせ自分の話だけはしたくてベラベラ勝手にしゃべる。
父親が、耳が遠いと必ず
「えぇ~?」
というので(この「えぇ~?」ってのがイラつくんだよな・・・)
こちらが少し大き目な声で話せば、
病室の隣のベッドの人から「うるせぇ」と小声で言われる。




次回はもう半分ぐらい筆談だな。
レポート用紙を買っていかなくちゃ。





疲れんなー・・・。
不安しかない。




持ちこたえろ、自分。









メモを持参し、カウンセリングでダーーッと話した。

食事会の件で一番多く時間を割いた(多くと言っても30分カウンセリングなので短時間)。



話しているうちに、相手のカウンセラーに、
父に関する愚痴を話す自分を拒絶されているような、
父の愚痴を話す自分がだんだん悪い人間に感じられてきて、
初めて、このカウンセラーの前で泣いてしまった。


以前8年間お世話になったカウンセラー(女性)の話を引き合いに出し、


「私が、 ”父には早く●んで欲しいんです”  と言ったら、その先生は、
 ”それでいいんですよ” と肯定してくれました。」

と言うと、

「肯定して欲しいですか?」と切り返された。


現在のカウンセラーは70代ぐらいの男の先生。
うちの父親の方がだいぶ上だろうけど、
年齢的に近いから、庇いたかった&同情したかったのだろうか。


私の考えすぎ・下種の勘繰りかもしれないが、
口調がいつものように柔らかではなく、責められている様な気持ちにもなった。
「責められている様な気がします」
と言ったら、
「そうですか」
と一言で終わった。


「(お父さんは)不器用な人なんだな、という風には受け取れませんか。」
と聞かれたので、
「・・・それは無理ですね・・・今はダメです・・・」
と答えた。



不器用な人だけで片づけられるもんじゃない。
親との亀裂に関してはカウンセラーに話してきているが、
まだ、ここのブログに書いている内容の5分の1も話していないので、
うちの両親がどんだけ酷かったかというのを、
カウンセラーがまだ知らなくて、こういった「不器用な人発言」になるのだろうか?




逆に言えば、不器用な親だったら、子供に何をしてもいいのか?という話になる。




余談だが、不器用で許されるのは高倉健だけだ(当時のコマーシャルの話)。












先日テレビで、津川雅彦さんと朝丘雪路さんのお別れ会を観た。
娘さんが「世界一のお父さんとお母さんでした」と言っていた。



私だって、そんな風に胸を張って言えたらどんなにいいか。



でも、うちの両親が私にしたことを、そう簡単に許すことはできない。
ここのブログで書き殴っている、両親から受けた言葉の数々や態度、
私を守るどころか、親同士で結託して私を責めたり、
理由をちゃんと聞かず、酒の勢いで、頬に痣が残るぐらい平手で叩いたり、
父親からの現在の不快な態度や言葉を、そう簡単には流せない。



父親自身に、
「自分が悪いことをしたのだろうか」
などという気持ちが、まるで見えてこないところも腹立たしい。



いつだって自分が正しい。
間違っているのは周りの人間。
子育てからして(母親に押し付けてたから)責任転嫁がデフォ。



今年、近県の自分の妹宅に招待されて一泊したらしいが、かなり歓迎された模様。



あの父親のことだ。

「ででむしはホント、どうしようもなくてね。私ん家にも全く来ないんだよ。
本当にも~~~。
お母さんは一体どんな子育てしたんだろうか」


くらい言ってそう。


誰が行くか、あんなゴミ屋敷の実家。
空気中に漂ってる塵や細かいゴミなんかを吸ったら、こっちの具合が悪くなりそう。





「親のことを大事にしろ」
「育ててもらって、親のことをアレコレ言うのは間違ってる」
という思考が蔓延してる。



もし、「ででむしはホントに云々~」などと、マジで父親が妹宅で喋っていたとしたら、
周りから同情されるのは父親で、

「あらーーー。ででむしちゃん、そりゃ駄目だねーーーー」

などと悪者にされるのは私のほう。

『年老いた親のことを大事にしない、最悪な娘』
で終わり。



こんな理不尽な事ってあるだろうか。
自己憐憫が止まらない。




読む人の中には、「許さなくていいんですよ」と思う人もいるかもしれない。

「許さなくていい」
でもその先、私はどうするのか。




許さない先には何があるのだろう。



私はいつも、ただただ恨み節で終わっている。




カウンセリングで、親のことを話すのがなんだか嫌になってきた。
どうせ一発目の通院から、
「ACについてはこちらではわかりませんので」とはっきり言っていたメンクリだしな・・・。


話したとしても、またカウンセラーのことを疑ってかかりそう・・・。
”本当は、こう思ってたんじゃないだろうか”
とか、
”あんな風に言ってたけど本心では気分を害したのでは・・・”
とか。


最終更新 2016年6月28日


◆赤の他人の服装を上から下まで舐めるようにじろじろ見る ◆◆

母と私の二人だけ、
或いは、家族みんなで外出した際に、
たまたま、母の近くに居る人(街中や電車内など)で、
「母の固定観念から外れている人」がいた場合、
その人のことを、
上から下までじろじろと不躾に見ていたのを、
何度か近くで見たことがある。
そのたびに、
”お母さんまたやってる・・・” と思った。



◆人の服装をじろじろ見るくせに、自分は他人からの視線に敏感?◆

母はやたら、自分の身なりに神経質だった。
他人から見られることを極端に意識しすぎて、
逆に、「人をじろじろと見る」ことで、
「防衛」していたのかもしれない(????)。

何かのヨタ話の中で、だいぶ昔に母が、、
「あそこのスーパーのレジの人(人たち)って、
お釣りを返してくる時に、チラッと客を見るわよ」
と言っていたことがある。

やはり、人の視線には敏感だったようである。



◆人や物への値踏み◆

「高い物 = 質のよい物 =高い物を人にあげる」
…という勝手な固定観念。

また、「高学歴 = すごい人」
という固定観念ももっている。

髙いモンが好きなら、それは勝手だが、
他者にもそれ(見返り)を求める。


これは父についても同じ。
冠婚葬祭では、
「自分からのお返しは、相手より金額が上の物」
と決めているらしく、私に豪語していた。
その金額も、「少し上」ではなくて、
「かなり上」の物を買うらしかった。

しかし、自分がした事の「見返り」を強烈に求めるので、
お礼の電話が来なかったり、
お礼の品などが、
自分が送った金額の物より明らかに下回っていた場合は、
愚痴や文句を言う。
(私が愚痴のゴミ箱役にさせられる)


父は年賀状や挨拶などもそうで、
相手からのリアクションがないと不機嫌になる。

または、
「自分はいつも三が日に年賀状を送ってるのに、
あっちはいつも10日頃に届いてくる」
などと電話で私に文句を言っていたことがある。


この、年賀状に対する考え方が、
私も全く同じだったことに昨年気づいて、
超きもちわるかった…。
伝染病でもないのに、
どうしてこのような考え方まで父親に似てしまうのか。
もう嫌で嫌でしょうがない。





◆土産やプレゼントにケチをつけたり文句を言う。素直に喜ばない◆

母は、私たちから贈ったお菓子に対して、
「届いたわ、ありがとう」とお礼の電話をしてくるものの、

「でもなんだか聞いたことないメーカーね(苦笑)」
などと言う。

母にとって、
ブランド品が質の良い物であり、
自分の知らないブランドは、「全て三流品」なのだ。

そんなえらそうなことを思ってたって、
母は世界の全てのブランド名を知っているわけではないと思うのに。


また、私たち夫婦が、
旅行で土産(だいたいいつも食べ物)を送っても、
「ちょっとしょっぱかったわ~」とか、
必ず文句を言う。
「甘かった(甘すぎた)わ~」とも言う。


もうクソ面倒になったので、
そのうち夫婦で旅行をしても、
何も送らなくなった(食べ物以外でも)。


うちの親は、人に対する猜疑心が物凄く強いのだ。
だから娘から貰ったお土産にでさえも、
つまらない疑心暗鬼を抱く。

「これを食べたら糖分過多になる」

「これを食べてしまったら塩分過剰になる」

・・・なんて、変なこだわりを抱いているだけで、
ものすごく神経に健康に気を付けているとか、
ストイックにダイエットをしているとか、
身体を鍛えているわけでもない。


もらったお土産の味に文句があったとしても、
貰った時の「ありがとう」
のひとことだけで済ませておけばいいんじゃないの?


食べ物を棄てることはいけない事だと思うけど、
娘に気遣って無理矢理食べてもらわなくても結構だ。
それで、味について文句を言われるのは、
たまったもんじゃない。


ただ、繰り返しになるけど、
食べないなら食べないで、
貰った時ぐらいは「どうもありがとね」
ぐらいで済ませておけばいいんジャマイカ?


うちの親は、
自分の娘に対してさえも不信感をもつのだ。
人を信じられないから、
人から貰った物も信じられないし、
いつも被害者意識が強いから
「これを食ったせいで身体に悪くなったらたまらない」
などと勝手に思い込み、
土産を送った側に対しても素直に喜べない。


或いは、
「素直に喜んだら、自分が相手に負けたような気になる」
とでも思ってるんだろうか?


これはうちの夫も似たようなところがあって、
私が何かしても、後からイチャモンを付けることがある。
うちの親ほどではないが、
「一言申し添えたい」という癖があるようだ。









2016.04.12 ばか親(父)
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最終更新 2016年7月4日


(とても長文です。ご注意ください。)



うちの実家って、一般的に見ても、
そんなに裕福な家庭じゃなかったんだろうなと思う。

「学校行かせてもらえてたんでしょ?!」
「雨風しのげるだけの、狭くてもちゃんとした家があったんでしょ?!」

・・・という反論を持つ人は、
たぶんこのブログを読んでないだろうと思うので書いてしまおう。


父は父なりに懸命に働いていたとは思う。
「宿直」と、「家に居る」が、
2~3日ずつぐらい入れ替わる生活をしていた。

ただ、そういった仕事のサイクルのため、
母に子育てを押し付けていた事は間違いない。
(母の死後、父本人が
「お母さんに子育ては全部任せてたわけなんだよ」
などと平気で私に言うくらいだから)


父が、酒を飲みたいが為に突然会社を休んで家にいた
・・・ということは(たぶんだけど)無かっただろうと思う。
その点は、うちの夫とは違うかな・・・。

(わからないよ?確かじゃないけど。
幼少期の記憶が幾つもすっ飛んでるから
「たぶんそうだろう」というだけで、
もしかしたら本当に飲酒目当てで休んでたかもしれないし)。



私の実家は、
とーーーーーーーーーっても狭かった。
築◎十年の古い団地。

6帖と4帖半と、
丸くてデカい食卓テーブルを置いたら、
ほぼスペースがなくなるほどの小さい台所と、
風呂場とトイレと玄関。ベランダ。


子供部屋なんてナシ。


いちおう私ら姉妹が寝てた部屋が6帖だけど、
その6帖に、姉妹の勉強机が一つずつと、アップライトピアノが一台。
押入れがあり、二人分の布団を押し込んでいる。

私ら姉妹が寝る時に、
6帖に布団を敷くと部屋は一杯一杯。
ピアノのペダルの部分に、
布団の下の方が触れるか触れないかぐらいだった。


姉が嫁いだ後、
姉が小学生から遣っていた机は破棄したので、
スペースが結構あきそうだったのに、
何故か、引きだしが5個ほどついた平ダンスが
デデデーーーン!・・・・・と登場した。


それは新しく買ったタンスだったが、私のではない。
殆ど母の物で、若干父の物が入っていたくらい。
(いちいち引き出し全部あけて確認はしてないけど、
私の物は全く入れてなかったので、
両親専用のタンスであることは自ずとわかった)


そのタンスのために、
私が寝る&自分の時間を過ごす6帖が
狭くなっていた(姉が嫁いだから、
実質私だけの部屋になるはずだったのに・・・)。


母親は掃除しろだのナンだのうるさかったなぁ・・・。
自分こそ洋服の管理もできてなかったくせに・・・。
根本的に片付けも苦手だったのに、
自分の娘には口うるさく掃除掃除とうるさく言ってきて・・・。


4帖半は両親の部屋(寝室)だったが、
セミダブルのベッドが一個あり(両親の)、
他は背の高い箪笥が一個(これは殆ど
父の背広やらが入っていたと思う)、
引き出しが幾つかある1m20cmくらいの平ダンスが一個、
あと、確かカラーボックスも1個か2個くらいあったかな。
もう一個くらい小さ目の収納ボックスもあったかも
(父の雑誌やレコードがギューギューに入ってたと思う)

もーーーとにかく、
その4帖半も狭くてギッチギチだった。



一戸建ての家に住んでる同級生や、私の友達数人なんかは、
「自分の部屋にテレビがある」
とか、
「・・・え?うち、テレビ三台ぐらいあるよ?」
とか、
「うちは一個一個の部屋にエアコンあるから・・・」
とか。


みんな、「え??なんで???」という感じで返答するのだった。


私からしてみたら、ハッキリ言って羨ましかった。
一家に、テレビが三台あるなんて、
考えられなかった。


実家は、エアコンもテレビもVHSデッキ(当時)も、
全て一台ずつしかない家だった。

エアコンも、とっくに周りの家などは
当たり前のようにあったのに、
確か本当にだいぶ経ってから
「やっと買った」という感じだった。


だからそれまでは、
夏は、ずーーーーーーっと扇風機と、
冬は灯油ストーブのみ。

エアコンをやっと買った理由は、
母は何度も「飼い猫のため」と言っていた。


エアコンを買うのに、何か理由が必要だったのか?
なんなんだ?うちの親は。
「猫が可哀想なんだもの」
とか、
「猫が暑そうで」
とか
「猫が寒そうで」
とか。

そんなことばかり母は言っていた。


ちなみに私は、動物の中で猫が一番好きだ。
だから、
「猫のためにエアコン買ったのが変」
「猫のために電気カーペットを買ったのが変」
と言っているわけじゃなくて、

「うちも、必要だからとうとう買ったわーーー」
…と言えばいい話じゃないのか?

猫を理由に、
エアコンや電気カーペットを買った、と
電話で話すうちの母親に、
いつも笑って返していた私だったが、
いま思えば本当に謎だ。

何故、母にとって、エアコンや電気カーペットを買うのに、
いちいち「理由づけ」が必要だったのだろう?


ほんとうに、
うちの実家があまり裕福ではなかったのは、
何が原因だったのだろう。



浴びるほど酒ばかり買っていたという父でもなさそうだし、
母親が幾ら洋服を買ってると言っても、
収納できるにも限度がある。


なんであんな狭い団地に
住まなくちゃならなかったんだろう?
うちの実家だけじゃなく、
当時、あそこの団地に住んでいた人はみな、
「狭い」
と思いながら過ごしていたんだろうか???


昨年読んだ本の何処かに書いてあったが、
親と過ごしていて、心が満たされている人は、
たとえ金持ちじゃなくても、「心が満たされている」ので、
何も不自由を感じない


・・・というようなことが書いてあった。


私は満たされていないので、
申し訳ないが、
あの団地住まいを「良かった」などと全く思えていない。
私が死ぬまでの間に、
何か考え方が変わるかもしれないが、
現時点では「全く」だ。
いい思い出が殆どない。


姉が昔、私に言っていたことがある。
「アンタか私のどっちかが男だったら、
こんな狭い家で、
男女の兄妹が一緒に暮らすのは無理だから、
サッサと二人のうち、どっちかが独立していたかもね」と。

そして、なんであんな狭い団地だったのに、
姉が嫁いで出て行った後に、
私もサッサと家を出て、
一人暮らししなかったんだろう???


・・・そう自問しても、
もう過去にも同じようなことを書いているので、
正直しんどいが、


精神的にも経済的にも
自立できていないバカ娘(私)が、
一人で暮らせるわけがないのだった。


私には、
6帖間と台所を仕切っている、
アコーディオンカーテンの開閉の権利すら、
あまりなかったかもしれない。

閉める権利があったのは、着替える時ぐらいだったと思う。


私が実家に居た、二十代の半ばすぎまで、
父親から(母からも)、
私のプライバシーが殆ど保たれていない状態の中で、
私は過ごしていた。


台所の食卓で父は、
いつも変な身体の向きでテレビを見ていた。
左に顔を向ければテレビ。
右に顔を向ければ、
自分の50cm横に6帖。

私が6帖で何をしてても、
全ての行動が父に見られてしまう環境だった。


たまに、「着替えるから」と言って、
アコーディオンカーテンを閉めて、
「しめしめ…」と5分以上そのままにしていると、
カーテンの向こう側の食卓テーブルから、

「なんで閉めてんだーーーーー」

・・・と父のダミ声が聞こえてくる。


また、扇風機にしても、
灯油ストーブにしても、エアコンにしても、
全て6帖に置いたり設置してあったので、
アコーディオンカーテンを閉めてしまうと、
台所の食卓にいる父も母も、
暑かったり寒くなったりしてしまうせいで、


私が着替えと称して、
アコーディオンカーテンを閉めていると、
また5分ほど経ってから、

「なんで閉めてんだーーーーー」

「おい、暑いぞ」

「なんで閉めたままにしてんだ。寒いじゃないか」



・・・という父の声が、
アコーディオンカーテンの向こうから聞こえてくる。


そこで私の、
ほんの一瞬の「父からの監視の遮り」は終わってしまう。



プライベートもヘッタクレも無し!!!!
地獄だった!!!!!


”常に親に見られている”
という圧迫感があった。

父が宿直で留守の時だけは、
私が「たまに」アコーディオンカーテンを閉めても
母は何も言わなかったが、
ただ、飼い猫を理由にして、

「あんた、アコーディオンカーテン閉めるのはいいけど、
この子(猫)たちが通り抜けできなくなるから、
少し開けるわよ」


と言って、常に猫が出入りできるくらいの
隙間を作っていた。


猫は身体が柔らかいんだから、
アコーディオンカーテンの下側から
自由に出入りして抜けていけるのに。


確か、そう反論したこともあったと思うが、
「(猫が)可哀相じゃないの」
とかナンとか言い返されて終わりだったと思う。

あの隙間から、
たまに母は、6帖に一人でいる私が何をしているか、
監視していたような気がする…。

”気がする”
と書いたのは、
私は、うちの父と母からの「監視」や「視線」から逃れるために、
6帖にいる時は、
両親に背を向けて座っていたからだ。
本を読む時でも。

自分の仕事が休みの日に、
父が家に居る日がガチンコしてしまった時は、
6帖で小さいテーブルを引っ張り出して、
背を向けて座って、
そこで友達に手紙を書いたり、
ワープロでドット絵を打って遊んでいたり、
ヘッドホンをして音楽を聴いていた。


しかしそれで
私のプライバシーが保たれているわけじゃなく、
実家の6帖は、母が洗濯物を干すために
ベランダへ出る時の通り道となっており(4帖半からだと狭くて
ベランダに出られない)、


私がプライベートな手紙を書いている時でも、
「ちょっと入るわよ」
という母の声と同時に、私の横を通り抜けて行くので、
私が「何をしているか」は、母に丸見えだったと思う。


やっぱり私はバカだった。
今さら「たら・れば」を言っても仕方ないが、
やっぱりサッサと家を出るべきだった。