やれやれ・・・。

先日の腹痛への不安は杞憂で終わった。


本当に良かった。
次回の通院同行も腹痛になりませんように・・・なむなむ(-人-)





腹痛とは全く無関係な話だが、
27日の通院同行で一番びっくりしたのは、
私が実家最寄りのバス停に到着する直前、車内から外を見ていたら、
バス停の少し手前で毒父と姉がすでに待っていたこと。



”・・・・ゲッッッ??もういる!!( ̄▽ ̄;)!



・・・と思った。



一体どこまでせっかちなん・・・?(-ω-;)




別段、私は遅れて到着したわけでもなんでもなかったが、このパターンは初めて。




以前、夫が通院同行に出かけた際、実家の玄関を開けたら、
玄関先で椅子に座りすでに靴を履いて待っていた毒父がいた、という話は
聞いたことがある。




着替えや動作(玄関先まで一人で出てくる&靴を履く)の時間を考えて、
相手(夫)を待たせないように準備しているのは悪いことではないが、
まぁ、迎えに来た人間からしてみたらびっくりするよね。
座敷童のように待ってたらサ・・・・。





以前にも書いたが、毒父は法事の待ち合わせは一時間も前に来るし、
少し遠くの墓参りに姉と毒父と私ら夫婦で出掛けた時も、
半年も前からガイドブックを買っていた。




とにかく、気持ちが悪いほどのせっかち。




待ち合わせに遅れないようにすることはいいことだけど、
自分が早く来すぎているのを棚にあげ、
「遅いなあ」
と機嫌が悪くなったり、
他者にも「早く来るのが普通だろ?」的な勝手な固定観念をもつのが始末が悪い。




いつだったか、夫が通院同行に出かけた際にも、
夫は実家到着に間に合うように家を出たにもかかわらず、
私の家に毒父が電話をかけてきて、
「お宅のダンナ、何時ごろ出た?まだ来ないんだけど」
などと抜かしたこともあった。





待ち合わせって、時間の5~10分前が通常なんじゃなかろうか?
会社やバイトの面接なんかでも、あまり早く行くと先方からの印象がよくないとか、
昔、面接のやり方について書かれた本に書いてあったような。






確かに現在の私も、
人との待ち合わせは殆どないにしても(ヒキで交流がないため)、
通院同行に向かう途中で何が起きるかわからないので(腹痛や尿意など)、
30分ぐらい早めに家を出て、実際に何か「事」が起きた時に、
”あ~少し早めに出発しといてよかった~(´д`;)”
と思うことが結構ある。


※実は27日の朝も、家を出て5分ほど経ってから財布忘れに気づき、
走って家まで戻った(-ω-;)
余裕をもって出たので電車の時間には余裕だった







もっと気持ち悪いことに、
20代前半ぐらいの私は毒父の悪癖をキレーーーーーーイに踏襲していて、
人との待ち合わせにも、かなり早く行くのがデフォだった。
もちろん当時の自分が、毒父を踏襲しているなどと気づくはずもない。





話は戻るが、バス停で降りた私は毒父と姉と共に、
道路を渡って反対側のバス停に移動。
こうして私は、到着してすぐにUターンして駅まで戻ることに。
そして駅から徒歩で胃腸科 → 電車に乗って泌尿器科へ。





本当は実家でお手洗いを済ませようと思っていたが、
はぁ~よかった~事前に駅のお手洗いに行っておいて。
まさかすぐUターンするとは思ってなかった。








あと、相変わらず自分の怒りや感情をコントロールできない毒父を改めて感じた。
これは老いとかではなく昔から。




泌尿器科の薬を貰う為に調剤薬局へ行ったが、半地下にあり毒父は階段を降りられないので、
姉と毒父は外で待ち、私だけ薬局へ入った。
中はエアコンが効いていたが、換気の為に自動ドアを開けてあった。




中のソファで待っていて1分ぐらいだろうか、外から毒父の大きな声が聞こえてきた。
明らかに怒り声。

「冗談じゃないよ!」

と言っている。
最初、姉が何か言われているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
薬局はそんなに大きくないため、
おそらく薬剤師の人にも聞こえていたんだじゃないだろうか。




過去ログでも書いたが、
家族で外出した時の電車やバスの中、それ以外のところでも、
カッとして平気で大きな声を出す。
主に夫婦喧嘩。
周りの人がじろじろ見ていようがお構いなし。




毒父だけでなく、応戦する毒母も負けじと大きな声を出していた。
大きな声を出すほうが「上」だと夫婦揃って思い込んでいるから、
とにかく相手を言い負かしたいwwww


私は、じろじろ見ている周りの人のことを小さい頃から恐れていた。
大きな声を出す親が本当に嫌いだった(今も)。
人の視線が今でも気になって仕方がないのは、この時の名残だと思っている。





何が原因で怒鳴っていたのか気になって仕方なく(wwww)、
後で駅のホームで電車を待っている時に姉に聞いてみた。





私:
「さっきサ・・・私が薬局で薬もらってたじゃない?
外からお父さんのデカい声が聞こえてきたけど、あれナニ怒ってたの?(苦笑)」


姉:
「ああアレ?(苦笑)
なんかさ、どの病院かわかんないけど、
この駅の近くで以前、お父さんが一人で通院したことあったんだって。
2回ぐらい通ったらしいんだけど、
自分は早く来てんのに、後から来た人が先にどんどん呼ばれて行ったもんだから、
『冗談じゃないよ!こっちは早く来てんだよ!!』
って怒鳴ったんだって。
お医者さんがびっくりしてたとかなんとか(苦笑)。」



私:
「・・そんなことで?(苦笑)バカみたい・・・」



姉:
「・・ねぇ?(苦笑)。
なんでいちいちそんなことで怒るんだろうね?
『すみません、早く来てるんですが呼ばれてないんですけど』
でいいと思わない?」





病院で待たされた時の嫌な思い出話をしながら、また怒りが沸き上がってきだのだろう。
ほんとに呆れるぐらい短気で恥ずかしい・・・・。
(・・・というか思い出話は後付けで、
怒りを放出したかったのが先だろうと思われる。
何故放出したかったのか想像するに、この時点で11時頃になっていて、
朝メシは食っただろうが要するに空腹でイライラしてきたとか、
下らないことだと思う)






毒父を連れて行っている胃腸科なんかもそうだが、
一般外来と、予約済の検査の患者さんとでは呼ばれる順番が前後している。
自分だって胃カメラの予約時は外来の人より早く呼ばれてるだろう??





他者への不信感
自己肯定感が低い
プライドが高い


自分の順番がなかなか呼ばれない


病院側が故意に自分をスルーしているのか?



スルーされている自分が我慢ならない





怒る方(自分)は立場が上、怒られるほうが立場が下と思い込んでいる。




常に、人との関係を「上か」「下か」で推し量っている。




おそらくだが、お医者さんがびっくりしたとき毒父は気持ちがよかったはずだ。
しかし単にアンタが「要注意人物」だと病院側に思われたであろうことを自覚しよう。
(無理だろうけど)






いつも怒りがマグマのように溜まっているのだろう。
しかしもうあんな高齢ではマグマの元凶が自分の親だと気づかず死んでゆくだろう。




こっちだってアンタら毒親のせいで何十年分ものマグマが滞留している。




アンタが定期的に怒りを放出したくなることなど知ったことではないので、
怒鳴るようなことでもないようなことで怒鳴って、不快な空気をまき散らすなよ。
すんげー迷惑。




何か月か前に、ケアマネージャーさんやデイサービスの人に、
半ば脅すようなことを言ったようだが、いい加減にしろよ?



老害。







よほど空腹だったのか、
餃子店のチラシをじーっと眺めてたりとか、ほんとにいいご身分だよ・・・・。




(・・・というか前の週も同じ店に夫が連れてっただろう?なんでそんなに食いたいのか?
最初っから大量に買うことを想定してあったのか、
餃子&白米&オカズを沢山入れられるだけのスーパーのビニール袋(大)と、
更にそれを入れられる大きめのエコバッグを持参していた。
前週付き添って、実家で一緒に少しだけ食事した夫の話によると、
一度に食べる量は少ないが、残った分を冷蔵庫に入れて、
何日かに分けて食っているらしい。
和●の宅配弁当はどうしたよ?
食ってねーなら宅配代が勿体ねぇな)






だいたい10時台になると待合室で
「あぁーー。腹減った・・・」と言う。
それも一度だけではなく何度か言う。
食べ物のことばかり考えて卑しい。


そんなこと言ってんのアンダだけだよ。
高齢の人でも皆一人で来院して、じっと黙って順番待ちしてるんだ。






・・・はぁ~~次の通院同行は8月だな・・・。
現時点では7月は予定が入ってないが、高齢だし何が起きるかわからない・・・。




毒父が逝くまで負荷がかかるなんて最悪・・・。
メンタルが擦り切れる・・・。










2020.06.26 胃腸の弱さ
明朝、毒父の通院同行のために出かけなくてはならないのだが、
とても気がかりなことが一つ。
腹痛だ。




先週の火曜日の夜に強い腹痛があり、
最初は台所でなんとか料理を作れる状態ではあったが、徐々に痛みが増し、
台所とお手洗いを何度か往復するも何も無く(こういう事ががよくある。強い痛みがあっても
何も起きない)、4回目でやっと結果が出たものの、
身体の中に熱が籠っている感じで(体温計では平熱)、
保冷剤と額、氷嚢を胃の辺りにおいて布団に横になり、夜中2時ぐらいまで眠れなかった。




翌日の水曜日の朝には痛みが引いていたが、大事をとって、
急遽カウンセリングと診察を次の週に変更してもらった。




まだ治まっていなかったのか木曜日の朝の5時頃に腹痛で目が覚め、
お手洗いでピーヒャララ。




でもそれ以降胃腸が落ち着いていたので、

”はぁ・・・これで27日(土)の付き添いは大丈夫かな・・・・”

と安心していたら、
昨晩の夜にまた強い腹痛に悩まされて何度かお手洗いへ。







だいぶ前にも書いたことがあるかもしれないが、
毒父の通院同行を、身体の不調でキャンセルしたことは今まで一度もない。




もちろん、メンタルの更なる低下などは避けられないが、
常に身体の状態が安定していない自分にとって、
体調悪化でドタキャンしないというのは運がいいとしか言いようがない。
(毒父の通院同行で運など使いたくはないが・・・)






ただ一度だけ、昨年の9月に、
通院同行の数日前から 膀胱炎の兆しがあってボーコレンでやりすごしていたら、
だんだん痛みが酷くなってしまって、同行2日前に内科へ薬を貰いにいったことはある。
それでもこの時も、前日には痛みがおさまったので、なんとか当日に外出できた。







私の持病で一番きついのは、やはり腹痛。
もう10年近く続いている。




今回は短期間の間に2度起きたが、あまりこういうことは少なく、
だいたい2か月~2か月半おきぐらいに腹痛が起きる。




20代後半にチョコレート嚢胞(子宮内膜症)と盲腸の癒着で手術したが、
あの時は朝6時台に物凄い痛みで目が覚めた。
当時夫と同棲中で、いつもロフトで寝ていたのだが、
その晩は私だけ下で寝ていたので、たぶん夜中から調子は悪かったのかもしれない。




あまりの痛みで泣きながらロフトで寝ている夫に呼び掛けて、自転車で病院へ。
私は荷台に乗っていたが、
歩道と車道の段差ですら痛みで耐えられないほどで、
「段差が痛いから車道を走って」と夫にお願いした。




病院へ到着し、その日のうちにすぐ手術&入院。
入院は2週間弱続いた(盲腸のみだったらもう少し早く退院できたらしいが、
内膜症と癒着していたので少し長かった)。




仮にあの時の痛みを「10」とすると、
先週の腹痛と昨晩の腹痛の痛みレベルは「6」ぐらい。
昨晩はなかったが先週などは脂汗が出るほどで、
お手洗いに小さい扇風機を持ち込むほどだった。





今はまだ、ウンウン言いつつ汗を出しながらお手洗いで耐えているものの、
歳が60ぐらいになったらもしかしたら耐えられないかもしれない。
その度に救急車なんで呼んでいられない・・・。




本当は消化器科を一度訪れたほうがいいかもしれないのに、
そう思いながらもう2~3年経過している・・・。




とにかく、
今晩と明朝。
または明日実家へ向かう電車の中。
診察待ちの長い時間(だいたい2時間ぐらい)。
実家からの帰り道。
腹痛が起きないことを祈るばかり・・・。





毒父は過去に何度か、
12月に手術した白内障(左目)の術後の状況に関して、
電話であれこれ言うことがあるが、
先週(土)にも電話してきてうるさい・・・・。
電話に出た途端に、


「左目なんだけどーーーーー。
見えないんだよ。
点眼鏡うんちゃらかんちゃら」   ← 私は受け流していたので内容を覚えてない



「そんなことを言われてもねぇ・・・」と言ったら、
「ででむし夫クンいる?代わって?」
と言われたのでバトンタッチ。





電話を切った後、夫が

「お義父さん、”(目が見えないなら)生きてる意味がない” とか何回か言ってた」

と言った。




ヘタレで神経質な毒父なので、
”まさか馬鹿な事を考えないだろうか”
と思ってしまった時点で、私は毒父に踊らされている。





そして、どうやら自分から眼科に電話をしたらしく、
「付き添いの者と相談して、いつ病院に伺うかまた連絡します」
と受付に伝えたようで、
またきのう(15日)も電話がかかってきた。




再び「ででむし夫に代わってほしい」と言われたのでバトンタッチした。




ボキャブラリーが無いのか老いなのか、
ただただ「見えない」と繰り返すばかり
(過去に姉と私が眼科に連れて行った時にも先生にそう言っていた)なので、
どういう状況なのか夫が毒父から、ひとつひとつ聞き出していた。


(電話を切ったあと夫に、
「ほんとうはそういうことは、最初に電話を取った人が、
丁寧にお義父さんから聞き出してほしいんだけど」
と軽く嫌味を言われた・汗)





そしたら、なんのことはない、
急激に悪化したとかそういうのではなく、
ずっと続いている状況(左目が見えにくい)を、
さも「悪化したかのように」訴えているだけだった。




なにが
「生きている意味がない」なの?



大袈裟なんだよ・・・・。



土曜日に心配した自分がバカだった・・・。






ほんと、台風の目のようなもん。
両手が痺れるだの2か月ぐらいギャーギャー騒いでしつこい時があったが、
今年に入ってからサッパリ言わなくなった。




やれ、どこが悪い、
調子が悪い、
そう言えば周りが心配してくれたり気に掛けてくれるから、
毒父にとって体調不良を訴えることは、
本人はその認識はないだろうが「ワクワクすること」。




どんだけ周りを巻き込めば気が済むんだ?




よく、
「病院が混むから8時に到着したい」とも言う。
その場合だと、逆算すると私は6時15分ぐらいには家を出なくてはだめ。
いろいろと準備する時間を含めると一時間前には起床しなくてはならない。





病院ベッタリ&医者ベッタリだから、
毒父自身はたとえ片道一時間だろうと、朝が早かろうと、
病院に行くことはおそらく苦ではない。
今の身体の状態になる前までは一人で病院に行っていたわけで。
毒母の法事で、私ら夫婦&姉との待ち合わせでも、
せっかちぶりを発揮して一時間ぐらい前に到着しているような毒父だから、
たぶん病院にもかなり早い時間に行っていたのだろうと思う。







もう、めんどくせーから一人で病院に行ってくれよ・・・・。


・・・などと、言ってもしょうがないことを言ってみる。






来週末に姉と私が、
毒父を病院2軒に連れていくことになっているため、
今週末に夫が眼科に連れていくことになった。





どうせ眼科の院長先生の話なんてちゃんと聞かねーんだろうな・・・。
眼科に限らず、付き添いすると大抵そう。
補聴器の聞こえの良しあしもあるだろうが、
「あぁ・・・はい・・はい・・・」と生返事なんだよな。
”俺の代わりに聞いてくれてるだろうからイイか”
みたいな感じ。
それは毒母の入院時、担当医から話を聞いている時もそうだった。
ぽかーーーん・・・と口を開けていた。
”あ、これ、話きいてないな”
と思った。





本当に病院の先生の話を聞く気があるんなら、

「あのー・・・すいません。耳が遠いもんで、
もう少し大きい声でお願いできませんですか」

ぐらい言わんのかい?って思うんだけど???





そういうことを言いもしないくせに、
「あの先生、声が小さいんだよな」
などと人のせいにする。
アンタの耳が遠いんだっつーの・・・・。





2020.04.04 おせっかい
パソコン周りの乱雑な物をちょっと片づけていたら、
一枚のメモがみつかった。
(赤字は今日の注釈)


数年前(おそらくACと気づく前だと思う)の毒父との会話をメモしたものらしい。
過去にお世話になっていたメンクリが予約制ではなく、
診察までどのくらい待たされるか当日にならないとわからず、
食材の買い物や夕食の下準備ができなくなる可能性もあるので、
電話で「水曜日は外食にしてもらっている」という話を、
毒父にしたのだと思う。


不愉快だなぁ・・・。
なぜこんなことを言われなくちゃならんのだろう?
お節介も甚だしい。
また、「しょうがねーな、って思ってるかな」
などと急に言われたことで、
その言葉に対して冷静になれていない自分も見て取れる。


-----------------------------

でで
「(水)は夕メシ作ってない。外食にしてもらってる」



毒父
「しょうがねーなって思ってるかな」



でで
「えっ?誰が?」



毒父
「そちらの旦那」


毒父
「いっぱいサービスしなくちゃ。
おいしいものたくさん作ってさ。」  ← 余計なお世話だコノヤロー(内心)





姉と私で今月中旬に行く予定だったが、
予定が変わり、明日の4日(土)に夫が行なうことになった。
姉と私は、日付未定だが来月に、胃腸科と、おそらく眼科にも連れてゆく。





1日(水)の夕方に毒父から電話があり、開口一番、
「今日いなかったね」
だって。





なに?その言い方・・・。
罪悪感でも抱かせようっての?
しかも私ずっと家にいたし。




というか、仮にいないとなんなの?
いちいちお前に、外出する旨を伝えなくちゃいけないのか?




「今日ずっといたけど」
と答えたが、それを聞き入れるわけでもなく、
違う話題をベラベラベラベラ勝手に喋り出したので、
面倒だから
「はい・・・。はい・・・・。それで?」
と突き放すように返答した。





毒父は、娘が電話に出なかった理由を聞きたいわけではなく、
娘に「いなかったね」と嫌味を言えればそれでいいのだ。
だからこちらの話を聞くこともなく別の話題に移ったのだ。




本当に腹立たしい人間だ。




そして毒父は、
「そういうワケだから、〇〇さん(ケアマネさん)に電話しといて?」
と勝手に話を締めた。




しかし毒父がベラベラベラベラ喋っていた内容は、
すでにケアマネさんと私たち夫婦との間で進んでいる話であり、
毒父が知ったのは一番最後。




「この話はすでに、ケアマネさんとうちのほうでわかってる内容だから、
別にケアマネさんに連絡する必要ないです」
と事務的に答えた。





毒父との電話を切った後に不審に思い、
着信履歴を見たが、毒父宅からの表示はなかった。




自分が、いつも正しい。
自分が間違い電話をすることなど微塵も想像できないアタマ。
そして勝手に「娘が留守or電話に出なかった」と思い込み、
「いなかったね」と嫌味。




毎回、電話してきても、
「いま大丈夫?」
とか
「話して平気?」
と言うこともない。
いきなり一方的にマシンガートークをスタート。
このマシンガントークだって、高齢だし滑らかに喋るわけじゃないのだが、
「あのねーーーーー」
「そんでねーーーーー」
などと話が回りくどくてイライラしてくる。




人との会話に飢えている様子が電話の態度に表れている。




しかし私はお前の「寂しさを吐き出すゴミ箱ではございません!」(大前春子さん風)




ちなみに昨晩夫が毒父に電話をし、通院日変更の提案をした際にも、
また同じ内容をベラベラベラベラ喋っていたらしく
(声がでかいので受話器越しに聞こえてくる)
夫が「あ、はい。(すでに)知ってます」と答えていた。




この時の電話で「右目右目」とまだ言っていたらしく、しつこい。
いい加減あきらめろ。




左目の白内障の手術は失敗し、見え方がよくなるどころか、
逆に左目の、元からある病気が悪さしてるのか、
見え方が悪化しているらしい(本人の話)。




これで右目も白内障の手術をして、もし失敗したらどうするんだ?
右目だって、左目とは別の他の病気を抱えてるんだぞ?
そのままにしていたほうがいいとは思わないのか?




夫も昨晩、
「申し訳ないですが、お義父さん・・・。
もう右目の手術はしないほうがいいと思います。
万が一、右目の白内障の手術をして、左目と同じように失敗したら、
今度は両目が見えなくなりますよ?」」
と言っていた。




・・・というか夫は毒父に、上記と同じような話を今まで4~5回してるんだが、
その時は

「あぁ・・・。あぁ・・・。ハイ。」(なんとなく生返事?)

とわかったフリをしていながら、
納得してないんだな。
だから同じことを何度も言うんだ。





白内障手術をしたのに、左目の見え方が悪くなったことで、
毒父は院長に一言申し添えたいらしい。
だからたぶん冒頭のように、
5月に眼科にも連れていかなくてはならないだろう。
めんどくさ・・・・。




・・・・というか、病院側を責められないよね。
承諾書も書いてるし。
アンタは、自分の女房(私の毒母)と自分の実妹(私の叔母)が
白内障の手術が成功したから、

「俺も成功する、見違えるように見えるようになる」

などと、病院に対して過度な期待をしたんだろうけど。
「成功するかどうかは人によって変わる。必ず成功するとは言えない」
という返答をこちらがする前に、
勝手に一人で予約を入れてしまった。
「(手術にあたっては)娘さんたちに聞いてください」
と言われていたのに。




やめときゃよかったんだよ、左目の白内障手術。




それでもあの毒父のことだから、
「自分で選んで手術をしてこういう結果になった」
とは思わないんだろうな。




「手術を失敗した医者が悪い」とでも思ってるんだろう。




・・・というかサ。
そもそも1日(水)に電話をよこした時に、
「今、世の中が(新型コロナウイルスで)危ないから、
病院に行くのどうしようかーーー」
ぐらい言わないの?




「いなかったね」
じゃなくて、
真っ先に言うのはそれだろ?!






アンタって「必ず病院に行く」が前提になってんね。
雨が降ろうが槍が降ろうが行こうとするんだね。
同行するこっちのこと、なんも考えてないね。
同行させたら感染させてしまうかもしれないとか考えないの?
ってか、自分も感染するかもしれないとか、
自分が他人にうつしてしまうかもしれないとか思わないの?




いい加減「病院大好き」をやめろ。




あんな毒父のために通院同行して、
夫か姉か私がコロナウイルスに感染して、
万が一死んだら、
洒落になんねぇな・・・。



来月中旬頃に、
またしても二軒の病院に連れていかなくちゃならない・・・。
今度は胃腸科と泌尿器科。



泌尿器科では、3か月に一度ホルモン注射をしてもらっているが、
ローテーションの問題で、いつも夫がその病院に連れて行っていた。
姉と私は初めて。



その注射は毎回7~8千円かかってるのだが、
果たして本当に必要なのかどうかは謎。
毒父は、医者に対して盲目的なので、
勧められるままに注射をしてもらっている可能性もなきにしもあらず。





また4~5時起きだろうな。
疲れるな・・・。



一週間に一度の頻度で通院同行してるわけじゃないし、
端から見たら「なんでそんなんで疲れるの?」かもしれないが。



「大変さ」は、人それぞれ違うので・・・。





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新型コロナウイルスの感染を避けるため、
毒父を病院に連れて行かずに家で待機させ、
夫と私の二人で、
いつもの胃腸科内科と、電車を乗り継いで補聴器店へ行ってきた。



それでも朝5時起床。
(化粧をしなければあと3~40分は多く眠れるのだが・・・)



まず毒父のいる実家へ行き、
保険証と診察券とお薬手帳と財布と補聴器を預かる。
再びバスに乗って駅まで戻り、駅前の胃腸科へ。



代理で処方箋を貰いに出向くことを事前に病院に報せていたためか、
受付で診察券を出したら2~3分もしないで呼んでもらえ、
処方箋を渡された(はやっっ!)。



いや~~~。
早くてラクだなぁぁぁぁ(ノ∀`)うれしなき
いつもこんなだったらいいのに・・・。
毒父を連れて行き、血液検査だの尿検査だの問診だのと色々あると、
いつも確実に2時間待ち。






調剤薬局で薬を貰い、次は補聴器店。
30分ほどで綺麗にしてもらえた。



この補聴器店は、私は行くのが初めて。
駅から店までの道順などを私も知っておいたほうがいいという話になり、
今回、夫に教えてもらうのも兼ねて出かけた。



補聴器はだいたい3~4か月単位で壊れている。
前回夫が補聴器を店にもっていったのは昨年の12月だった。
(壊れるというか、どうも耳垢が詰まっているようなのだが・・・)



その12月の時に夫から店員さんに、

「義父本人から補聴器を郵送でお店まで送らせていただいて、
清掃・調節などをしていただいて返送してもらうことは可能ですか?」

と聞いたところ、対応できると言っていたそう。



一日のうちで、病院に行ったり、
店に行ったりとあちこち動くのも大変なので、
出来れば郵送でやってもらいたいとも思う。
確かに店までの行き方を教えてもらいはしたけれど・・・。


(ただ、発送はヘルパーさんに郵便局からお願いしないと駄目だが、
毒父が一人で補聴器の箱詰めなど出来るかが謎)



そうでないとキリがない。
日常は補聴器任せで、「聞こえりゃいい」という感じ?
自分の耳のメンテナンスなどほったらかし。
(高齢で手元もおぼつかないだろうし、あまり耳の中をいじりたくないのだろう)



でもその度に補聴器が壊れて店に持って行って・・・となるとしんどい。
しかもわざわざ一度、毒父の家まで行って補聴器を預かり、
それから店へ・・・となるので手間だ。





甦った(?)補聴器と、薬を持って実家に戻る。




この日の前日に、ケアマネさんからメール。
デイサービスでの帰宅時間に関する毒父からの要請(というか文句?)の話と、
「いつ車椅子から歩行器に変えてもらえるのか?」
という、これも毒父からの文句&ワガママに関する内容。


今年の1月6日(月)の、毒父の通院同行の日記では書かなかったが、
実はこの1月6日、毒父が四つん這いに転倒した。



1月6日、病院の診察が全て終わり、姉と私は、
畳んで病院の出入口に置いていた車椅子を広げたりしていた。



目と鼻の先の調剤薬局に、

「お父さん先に行ってるね」

と毒父が歩き出した際 ( ← 性格が、超せっかち)
姉も私もすっかり油断してしまい、そのまま一人で行かせてしまった。



姉と私は調剤薬局の方角に背を向けていた形だったため気づかず、

「ぉぉ~ぃぃぃ~~(おーい)」

と、か細い毒父の声が聞こえて、姉と私は慌てて駆け寄った。



毒父が

「ベルトの後ろを持って持ち上げてくれ」

と言い、私はそこを掴んで引き上げ、姉は前から毒父を支えて起こそうとしたが、
立ち上がるまで1分ぐらい掛かったかな・・・。
高齢のジジイでも70キロ超えてたら、そりゃ重いよ・・・orz orz orz



骨折などはしておらず、左ひざを少しすりむいただけで済んだ。
手持ちのバンドエイドを貼っておわったからよかったようなものの・・・。
この件では私も本当に痛感した。
まだまだ毒父は一人で外出などは無理だと。



これが毒父の現状。
なのに本人に自覚がなく

「歩行器ガーーー歩行器ガーーーー」

とケアマネさんやデイサービスの人にアホなことを言う。




家でのリハビリも全くやらず、
テレビばかり観て、甘いもの食べて、揚げ物も食べて、バクバク食べて、
食べて、食べて、食べて・・・・。
「俺はもう一人で外出できる」
と過信する。
1月6日、胃腸科の院長先生に、
「一年間で12キロ痩せたんですね」
と言われたぐらいで調子に乗る。




この「調子に乗る」というのが、毒父の場合は非常に危ない。
ますます過信してゆく。
(12キロ減では足りないんだよ多分・・・)




四つん這いに倒れた詳細はケアマネさんにメールで伝えてある。



あんな状態では、デイサービスの理学療法士の人が、
毒父に歩行器を使わせることを了承するわけがないのだ。



しかも散髪店に、無断で単独外出した件もある。
過去記事:怒鳴り合い





あの調子だと、

「一人で歩行器を使って外に出ては駄目ですよ」

と周りから言われても、
言われたことを聞かずに一人で外に出そうだ。



現段階では、毒父の独断では、
外出できない&誰かが必ずついていなければ駄目だということを、
毒父本人がわかっていない。
(わかっているかもしれないが、それを認めたくない。
「外出する・しないは俺が決める」と思っている)




今回、出先から実家に戻ってきた際、
前述のケアマネさんからのメールの内容をかみくだいて、
夫が毒父に説明した。
私はそばで静観していた。




私が話すと、事態をややこしくするかもしれないのと、
毒父に優しく諭すことができないので、
険悪な雰囲気になる可能性もあるためだ。



それに毒父は、私の言うことなど耳を貸さない(私を下に見ているので)。



けれど、夫の話すことは「聞こう」という姿勢を見せる。
(それでも、耳の痛い話や面倒な話になると、
相槌をしなくなったり、
「えぇー。えぇー」
「あぁ。あぁ。」
しか言わなくなったり、
補聴器の聞こえの悪さを盾にして聞こえないふりをする節がある)



夫も仕事上、色々な人と対話をしているので、
毒父が話を聞き入れていない状態の時は、
「見ていてなんとなくわかる」という。




はぁーーーー。
たいそう面倒なジジイだよ!全員集合! 




おわり! (急に??)





2020.01.06 午前4時台起床
今朝、4時20分起き・・・・(-ω-;)
5時50分頃、家を出発。

毒父の通院同行の予定(2020年1月)


早朝で辺りが暗く寂しいので、
夫も出勤がてら、一緒に駅まで歩いてくれた。



電車のホームに到着する頃にようやく、うっすらと夜が明けてきた。


実家に7時15分頃到着。姉と待ち合わせ。


胃腸科で2時間。
眼科で2時間半、待たされた。


自分の家に戻ってきた時には午後3時近かった。



・・・ぐったり・・・orz orz orz



人口と、病院の数が比例していないんだと思われ。
また、どちらの病院も先生一人でやっているためか、
捌ききるのに時間が掛かるようだ。



それにしても毎回の毒父の通院同行で思うけど、
いつ呼ばれるかもわからない状態でずっと待つって苦痛だな・・・。
それは自分の通院の時にも経験があるが・・・。


順番の書かれた紙を発券してくれるとか、
あと何人ぐらい待っている人間がいるのか一目でわかる電光掲示板とか、
そういうものを作ってくれればいいのに。




胃腸科も眼科も、次回は3月に通院予定。



相変わらず毒父のことで、不快な想いをしたことが多々あるし、
”いい加減にしてくれよ” と何度も思ったりもしたが、
今日はくたびれているのでおしまい。


後日改めて書くかもしれないし、書かないかもしれないし・・・。





2019.12.23 怒鳴り合い
「情報共有」として、
ケアマネさんが送ってくれたメール内に、

”毒父が一人で杖をついて散髪に行ってしまっていた”

と書いてあった。


あれだけ、うちの夫も私も姉も、

「一人で杖を使って外に出ない」

「もし一人で外に出て倒れて、誰にもみつけてもらえなかったらどうするの」

「頭でも打ったらどうする」

「一人で外に出て怪我でもして入院となったら周りの人間が大変」

・・・と言っているし、
ケアマネさんやヘルパーさん、デイサービスの方々も、

「まだ一人で外には出られないんですよ」

「理学療法士さんからのOKが出てないからダメですよ」



と伝えているのに。






毒父の言い分は、

「バスに乗ったとかじゃなくて、近くの店に行っただけなんだから!!」

「お父さんが自分で、大丈夫だと思って外出したんだからいいんだよ!!」


挙句の果てには、今月15日に、
私が家の中に貼ってきたA4の紙(「家のリハビリ無しでは
外に出て歩けるようになりません」と書いた紙)に対して、

「家の中に、あんなもんベタベタベタベタ貼るんじゃないよ!!
”こんなもの貼ってて嫌がらせしてるの?”って笑われたよ!!!」


私:
「誰にだよ!」

毒父:
「誰が言ったか言わないけどな!!」




お前が紙に書いてないと忘れちゃうから書いて貼ってたんだけど。

だったらちゃんと家でリハビリやれよ。

相変わらず
「デイサービス(火・木のみ)でリハビリやってるんだから!」
と言うしね。
一週間に2回だけのリハビリで歩けるようになったら苦労しねーけどなーーー。









他にもたくさん怒鳴り合いをした。
10分ぐらい電話で話していたと思うが、その9割が怒鳴り合い。


電話の冒頭、私が

「お父さんサ、一人で杖使って外に出たんだって?」

とフツーーーーーーに言うと、

毒父:
(情報が)早いねぇーーー。誰から聞いたの?

私:
ケアマネさんからメールでね。

毒父:
電話で聞いたの?

私:
いや、だから、メールでね。

毒父:
あぁそう。メール。


私:
お父さんサ、一人で外出して転倒でもしたら危ないよ?


・・・と言うと、前述のように、


毒父:
バスに乗ったとかじゃないんだよ?!!散髪しに行っただけなんだから!!


・・・と切れだした。




私:
いやだからサ・・・・そういう問題じゃないんだよ!!
何度言えばわかるのかな?!!
バスに乗ってないからいいとか、そういうんじゃないんだよ!!



毒父:
お父さんが、自分で大丈夫と思って外に出たんだから!!!




・・・・これの繰り返し。





もっと喋ったけど(でも10分ぐらい)内容が細かく思い出せない。


やはり怒鳴り合いというのは脳みそにもとてもよくないのかもしれない。


とても、とても疲れた。
ぐったりだ。

しかし毒父も疲れてるだろう・・・・・・・という気配りなぞしない。






私は今日の毒父との怒鳴り合いの中、心臓がバクバクし、
上唇も下唇もカピカピに乾いてきて、喉も痛くなってきた。


やはり毒父は今も十分、DV気質が残っている。
80代のジジイのくせに物凄い勢いで何度も怒鳴っていた。
私よりも大きな声を出さないと言い負かせないと思ったのか、
かなりな大声だった。



今回も、電話じゃなければ私は応戦できなかった。
これからもそう。
毒父の目の前で今日と同じ会話ができるかと自問すると、ゼロだ。


今年の7月にもこういうことがあり、
私は幼少期のトラウマから毒父を恐れていることを痛感した。





年の瀬も押し迫っている時に、
なんでこんな不快な想いをしなくてはならないのか・・・。




年明け6日から、胃腸科と眼科の通院同行が入っているが、
姉と私が行くか、夫が単独で行くか、まだ全く決まっていない。



それよりも毒父の奴、
今年の10月頃におせち(お重)を頼みやがって(凄くしつこかった)、
無理やり、姉と私ら夫婦を年明けに来させようとしてしまった。
こっちも断れなくて行くことになっている。



しかし今日みたいな怒鳴り合いをして、
10日後ぐらいにシレッとして「おめとうございます」の挨拶?


おそらく毒父は、今日、私に怒鳴った事などすっかり忘れ、
平気な顔してお重をバクバク食うのだろう。




正直な気持ちは、行きたくない。
年明けから不快な顔など見たくない。




早く消えてくんねーかな・・・・。
あんな奴の世話なんかマジでしたくないのに・・・・。