買い物がしんどい。
買い物リストがないと買い物できない自分を恥ずかしく思うので、
いつもコソコソとメモを覗き見しながら店内をまわる。




以前から何度か書いている話なのだが、
店内で献立を思い出しながらの買い物ができないので、
その日のスーパーの安売りの物を買う・・・という買い物方法がとれない。



これはやはり発達障害なのだろうか。



いつも事前に、3週間分ぐらいの献立を半日ぐらいかけて作る。
3週間経ったら、また次の3週間分・・・というように。




そして、作った献立に則って買い物リストを作る。
そのメモを見ながらでないと買い物ができない。



なのでメモを家に忘れたり(よくやる)、
ポケットに入れたつもりが何処かで落として紛失(たまにやる)すると、
少しパニックになることもある。



”スマホに書いて持ち歩けば楽だね?”

・・・と自分でも思うが、
私はガラケーすら持ってないので。 ← 毎度卑屈





買い物リストは、出先のスーパーで無駄に色々と歩き回らないように、
例えば最初に野菜を買ったら次はタマゴ売り場、
次は調味料、次は肉売り場・・・というように店内の並びを思い出しながら、
効率的に回れるように書く。



(そのくせ、リスト以外の余計な物も多く買うのだが・・・。
また、店内で突然、
「あ!あれストックが無かったかも?」と思い出して買うが、
帰宅したらストックがまだあったりして・・・・)






外出前の買い物リストを2~3回、書き直すことが稀にある。
買い物リストはだいたい3~4日ぐらい前から作り出す。


料理の途中で、
「あ!もうそろそろ小麦粉なくなるわ!」
と思い出したら紙に書き(そこで書かないと後で思い出せなくなる)。



「あー。これストックもう無いわ、買っとかなくちゃ」
と、ふとした時に気づけば書き加えて。




すると徐々に買う物の量が増えてきて、
殴り書きなのをもう少し綺麗な字で書き直したりもする。



これが功を奏して、
何度か書き直しすると脳裏に残っていることがある。



そのため買い物リストを紛失しても、
なんとか思い出せて買い物ができたことが数回あった。



つい先日もそういうことがあり助かった。
メンクリに行く日の買い物の個数は特に多く、
そのメンクリの近所のデパートでしか買えない物もあるので、
思い出せてよかった。
それでも2~3個思い出せずに洩れてしまったが・・・。






そんな自分の、ある日の買い物リスト
(買った当日に使う物または、冷凍ストックする物含む)


【野菜】
なす
エリンギ×2個
アスパラ×2束
ブナピー
玉ねぎ×2個
サラダセット(大根ほか)×2袋
もやし・ニラ・キャベツ等の野菜セット×1袋
レタスセット×2袋

【ほか】
生芋こんにゃく
つぼ漬け
パン粉
グリーンピース缶
パセリ(瓶)1本&詰め替え
高野豆腐
サラダ油(揚げ物用)
オリーブオイル(通常用)
チョリソー×2袋
牛肉(サイコロステーキ用)×3パック




-------
この日、買い物リストになかったのに買った物。
(若干の強迫観念&外出したくないから買い溜め)


カップ焼きそば×2個
カフェインレスコーヒースティック5本入り×1箱
ココアカロリー4分の1×1箱
レトルトカレー×2箱
ふりかけ×1袋
かつおぶし×1袋
切り餅×1袋
納豆(ミニ4個入り)×1個


売られているひき肉の賞味期限が近いものばかりだったため、
また後日外出して買いに行った。








これだけの量の物を買うと、
当然スーパーの買い物かごは山盛り状態。
自転車で持ち帰る時もとても重い。
気を付けないとよろける。




毎日買い物に行ける人は違うのだと思うが、
自分の場合はそうではないので、
2~4日分の食材をまとめ買いして、
一週間に最低2回、多くて3回しか外出しない。




一週間の外出が3~4回だった10年ぐらい前は、
やはり一回の買い物の量がもうちょっと少なかったと思う。
事前の献立作りも4日分ぐらいしか作らなかった。




でもその分、鬱々とした気分が4日おきぐらいに訪れる。
”あぁ、また献立考えなきゃ・・・”
というような。




その、鬱々とした気分が4日おきに訪れるのが嫌で、
3週間ほどまとめて一気に献立を作るようになったのか
自分でもあまり覚えていないが、いつのまにか増えていた。



(作成した献立は、この4~5年分ぐらい保管してある。
この献立群が非常に重要で、現在の献立を考える時の参考にしている)





鬱々とした気分は4日おきには訪れなくなったが、
3週間おきに訪れるのは変わらない。
しかも前述のように、献立を仕上げるまで半日かかる。
うんざり・・・。
現在はそういったことはないが、
以前、献立作りの途中で体調不良になり寝込んだこともあった。




以前書いた話だが、かかりつけの美容師さんに、
献立が半日かかる話をしたところ、

「夏休みの宿題を一気に最初にやっちゃうのと同じですね」

という、至ってポジティブな言葉を貰った。



その言葉を時々思い出すものの、
やはり献立を3週間分も考えるのは、とてもしんどい。




こんなこと、10年先もやるつもりなんだろうか・・・。
3週間分考えるのも、今よりもっとしんどくなるだろう・・・。
それに体力の問題で、買い溜めしてもそれを持って帰れない。
今はなんとか自転車任せで持ち帰ってこられているが、
そのうち自転車にも乗れなくなる日がくるだろう。




毎日その日の食事の分だけスーパーで買って帰ってくるのが、
一番望ましいと思う。



ひきこもりには難しい課題。




先日から書いている、メールの返事がこない友人の話。



この友人Aは、ただひとり、
うちの毒母が亡くなったことを喪中はがきで報せた時、
明けて1月中に私に電話をくれた人でもある。
正直うれしかった。



それでも、友人Aは友人Bと海外旅行に行ったこともあるが、
(確か一回ではなかったように思う)私は後付けで知った。



カネがないと思われのか(どうせ本当にカネなんか無いし)、
誘ったら迷惑を被られると思ったのか(性格悪いしね)、
せっかくの旅行が台無しになると思われたのか(そうかも)。




20代後半の頃、友人Aと私と、友人Aの後輩(私と顔見知り)の
計3人で出かけたスキー一泊旅行で、
友人Aと後輩が、まるでタッグを組むように仲が良く、
後輩が私を小馬鹿にする発言を繰り返していたことで私の怒りが増し、
帰りの列車に乗り込んだ時に、その後輩を怒鳴りつけた経緯があった。



列車の発車ぎりぎりまで、友人Aと後輩が駅構内の土産屋に籠っていて、
慌てて二人でホームに戻ってきた途端に、その後輩が、
「座席って何番~~?」
と、友人Aに言ったのか私に言ったのか知らないが、
ぎりぎりまで過ごしていて自分の席番も確認できていなかったことで、
私がカッ!となってしまったのだった。



瞬間湯沸かし器みたいにカッ!となるところ、実家にいる誰かとそっくりだね~~






そんな経緯があるんなら、
そりゃ海外旅行なんて、もっと誘われないわなーーwwwww






友人AとBと私を含め、
高校の仲のいいもん同士の5人グループだった。
中学3年の時点で特定の友達が一人もいない状態で卒業した自分に、
初めてできた友人たちでもある。



そんな5人ではあるが、
20代前半の頃だったかみんなで国内一泊旅行に出かけた時、
列車の座席(二人掛け)で一人余ってしまうことや、
遊園地に行っても、また誰か一人余ってしまうことで、
なんとなく帰りは5人ともギクシャクしていたのを思い出す。



どのくらい会ってないだろう?
もう20年弱ぐらい経つかもしれない。



現在は年賀状のやりとりのみ・・・・・・となっているのは私だけで、
友人A・B・C・Dの4人の中で会ったりしてることもあるのかも。



実は4人のうち、今年の年賀状が来ない子が一人いる。
来ない理由はわからないが、
元旦以降、2~3日に一度は思い出してしまう。
私が友人Aに年明けにメールしたのも、実はその件だった。
「あの子から年賀状来てる?」みたいな感じで。
そのメールの返事も来ないというわけだ。



一挙に2人から音信普通・・・。



また、前述の友人Bの電話番号が今もわからない。
2019年に喪中はがきが来て、そこで引っ越しした事を知ったが、
電話番号の記載がなかった。
もちろん今年届いた年賀状にも書かれていない。



下種の勘繰りで、
私に教えたくないから記載しなかったのかも・・・と思ってしまう。



20代の頃から、この友人Bには、
悩みがある度に長電話をしていたしな・・・。
この友人Bからアドバイスを貰っても、
私は悩みをダラダラと吐き出したいだけなので、アドバイスされても受け入れないのだ。
「でも・・・」
「だけど・・・」
ばかりで。



そりゃ、人をゴミ箱扱いしてれば、
煙たがって電話番号を教えてもらえないかもな~wwww




そのうち、長電話ばかりしていることで、疚しさがあったからか、
電話をかけて一発目に、あちらのお母さんが出ると緊張感が走った。
口調に抑揚があまりないのだが、
被害妄想で、”お母さんもしかして怒っているのでは?” と毎回思っていた。



(それでも長電話をやめず、「毎回」悩み相談してたのね・・・ )

馬鹿



この友人Bに、暑中見舞いを出そうと思っている。
そこで
”差し支えなければ電話番号を教えてほしい” 
と書こうと思っているのだが・・・・。




・・・ってか、まだ1月なのに、7月まで待てるのか?自分。



それにもしスルーされたら・・・・??
される可能性だってゼロではないわけで・・・・。



考えてみれば、友人4人全員の携帯番号も知らない。
知っているのは固定電話のみ。


このご時世、固定電話番号をもたない人もいる。
引っ越しした友人Bも携帯の番号しかもってないかもしれない。


それじゃ、ますます教えたくないかも・・・。


こんな迷惑千万な奴に携帯番号なんか教えたら、
掴まえようと必死に電話してきそうでイヤなんじゃないかと思うのだ。
(もちろんそんなことはしないが、
友人Bが知っているのは、長電話魔だった頃の私だ)





疲れた。


疲れる。


スッキリしたい。






2019.12.14 不快なタネ

昼の12時頃に、夫婦ふたりで家を出る。
夫は、毒父の家(毒父の白内障手術の同行)へ行くために駅へ。
ででむしは食事の買い出しの為にスーパーへ。





13時過ぎにスーパーから戻ると、
固定電話に毒父からの留守電(12時45分と12時47分の2回)あり。
(内容は後述)





②に対し、
”ナニ言ってんの?このじじい”と、
ででむし、イラついて毒父に電話。





13時30分頃、夫の携帯から家に電話が入る。
(これも、内容は後述)







-----------------------------------
毒父からの留守電の内容。




「ダンナ、何時ごろ家でたのーーー?
まだ来ないんだけどーーーー。
あとねーーーー。
タクシー(配車)の予約が、
2時50分とか言ってんだよーーー。
そんだけーーーー。」







・・・・・バカじゃないの?
なにが「そんだけ」だよ。





眼科は、
14時半厳守ってことで予約してあるけど、
うちの夫は、眼科に間に合うように、
13時半に毒父宅に到着するように、
12時に家を出てんだよ。




しかも、
12月12日(木)に、
夫が毒父に電話した時にも、


「午後1時半頃行きますので」


って言っていたし、
それはお前も聞いてるはずだよな????







なのに、
到着時間の40分も前に電話かけてきて、

「まだ来ないんだけど」

も無いもんだよ。






そのまた、
「来ないんだけど」の「だけど」が、
少々怒りが込められているというかね。


明らかに、

「おせぇじゃねーかよ、一体いつ来んだよ」

と言いたげだ。






自分の勘違い&せっかちを棚に上げ、
こちらに罪悪感をもたせるような言い方。





タクシーの配車の件だって、
さっき私がイラついて電話をかけた時に、


「タクシーが迎えに来るのが、
2時50分って言ってあるみたいなんだよ」


などと声を荒げて言っていたが、
今まで私ら夫婦は一度も、
毒父の通院同行に際しての配車予約をしたことがない。
毎回、毒父が自分で電話をして予約しているのだ。



ってかそもそもタクシー会社の電話番号も知らない。





しかしながら、

”お前ら夫婦のどっちかが、
間違えて2時50分って予約したんじゃないか?”


とでも言いたげな物言いだった。






どうせ私が、


「お父さんが間違えて2時50分って言ったんでしょ」


と言ったところで、
自分の非を認めないだろうと思ったので、



「お父さんの言い間違いか、タクシー会社の聞き間違い!!」


とだけ言った。




どうやら、
私がスーパーから帰ってくるのを待たずに、
夫の携帯にまで電話をしたらしい。
そして、
夫がわざわざ、
タクシー会社にまで電話して確認をとったようだ。




「あんまりサー!
(毒父が病院に)出かける前に、
ガチャガチャガチャガチャ言わないでくれる?
こっちも忙しいんだからサ!」



と言ったが、全く聞いておらず(聞きたくないらしく?)、



「今日ダンナが電話するから」


と唐突に言った。そして、


「そんじゃね」


と言って切ろうとしたので、


「え?なに?」


と聞き返した。


”主語がねーんだよ、何が”電話する”なの?



「何が”電話する”なの?」




夫と私との間で事前に決めていた内容は、
明日の術後の眼科通院時間が決定するのが、
今日の手術後ということになっており、
夫が今日、眼科を出た後に私に電話をくれて、
すぐにその内容を、
今度は私が姉に電話することになっている。
(姉と私が明日の眼科に同行するので)



どうやら、そのことに関しての、

「ダンナが電話するから」

という意味だったようだ。




それで終り。チャンチャン!



・・・・・と行かなかった。








④の夫からの電話の話。
少し声がムッとしている感じがする。



「あのサ、今日、眼科へもっていく、
手術承諾書と、予約時間の書いたカードが無いんだけど、
どこにあるかわかる?
お父さんさ、
それらを持ってた記憶がないって言ってて。
承諾書がないと今日の手術に行けないんだよね」



私が、


「えーーーー???(滝汗)。
えーとね、
お父さんが持ってるショッピングバッグがあるじゃん?
その中に、
透明の、ジッパー付きの袋が入ってて、
確かその中に承諾書もカードも入れてあったと思う」


と言うと、夫が、

「ちょっと待ってて」

と言った。
ガサガサと探す音が聞こえる。




「あった。これだ。
・・・お父さん、あるじゃないですか。
お父さんが書いたんですよね?コレ。」





あまり毒父に怒りの感情など見せない夫だが、
さすがに声が少し怒ってるねぇ・・・・。




間に合うように家を出発してるのに、
「まだ来ないの?」的に、
毒父から携帯にまで連絡が来た上に、
タクシー会社まで確認して、
挙句の果てには、
承諾書なんて知らないとか言われた日にゃー、
そりゃー怒りたくもなるだろう。








・・・・というか、
これが老いというものなのか?
自分で書いておいて
「記憶がない」
とかナンとか。




「書いたかもしれないが、どこかにしまってしまった」
とか言うならまだマシだが、
「記憶がない」
ってのは、
「そんなもん知らん」
と言っているのと同じだ。




自分が手術するのに、
本当に人任せな感じが匂ってくる。
必要種類が必要かどうかも覚えてなかったのか?





過去に他の病院で、
一緒に診察室に入った時なんかもそうだが、
自分の耳の聞こえ(故障気味の補聴器)も相まってか、
院長先生の話す内容を、


”・・・これ、聞いてねぇな”


って顔して座ってる。
口を開けっぱなしで、( ゚д゚)ポカーン
だ。






でも、
耳の聞こえが悪いってのは言い訳で、


「すいません、
ちょっと私、耳が聞こえづらいもんで、
もう少し大きい声で喋っていただけるとありがたいんですが」


と言うこともできるはずなのに、
私が今まで病院に同行していて、
毒父がお医者さんに対して、
そのように言っているのを聞いたことがない。




やはり依存心が強いのだろう。
誰かが一緒に診察室に入ると、
その「誰か」がお医者さんの話を聞いてくれるから、


”自分はあまり細かいことまで
憶えていなくていいか”


・・・みたいな。






そういう経緯もあったので、
11月9日(土)の胃腸科の同行の際、
毒父だけが診察室に入り、
姉と私は待合室で待っていた。





そのことを、帰宅後に夫に話したところ、


「なんで診察室に一緒に入らなかったの!ヽ(`Д´)ノ」


・・・と怒られた(汗)。




「結局、お義父さんがなんで採血したか、
なんで年明けに胃内視鏡検査をやらなくちゃいけないか、
お義父さんしかわからなくて、
こっちが全く知らないって事になるでしょ。
(医者に話を聞くのは)お義父さんの為じゃなくて、
俺たちのためなんだよ?
わからないから、病院に電話するか、
またお義父さんに電話して聞くことになるし、
二度手間になるんだよ?」」



・・・・と言われた(-ω-;)








なので、11月25日(月)の眼科通院の時は、
姉も私も毒父と一緒に診察室で話を聞いた。



そして、11月9日の件で夫に怒られたことで、

”これはちゃんと話を聞かなくてはならない”

というプレッシャーがあり、
夫の了承の元、ICレコーダーを買い、
11月25日に持参した。
(買い物ポイントが結構たまっていて ← 毒父宅の掃除機&ひげ剃り購入で
半額ぐらい安く買えた)





※私はADHDのケがあり、
飲み込みが悪くて覚えも悪いし、
白内障手術前の診察ということで、
大事な話も沢山されることが予測されたので、
どうしても録音せざるを得なかった。
(姉は私よりはマシかもしれないが、
それでもあまり事細かに覚えていないことがある)








ICレコーダーで録音したことは本当に良かった。
持参してなかったら覚えきれない内容が満載だった。



ただ、後から、
喋っている内容をテープ起こしみたいにして
書き留めていくのがかなり大変で、数時間かかった。




今後も、毒父の通院同行の際には、ICレコーダーを使っていくつもりだが、
先の承諾書や必要な書類に関しては、
毒父が自分で書いて捺印しなくてはならないので、
面倒臭いが今後は、

・当日持参の書類に明記&捺印したか、

・持って行く準備はできているか、


などなど、いちいち毒父に確認しないとダメだなと思った。





めんどくせーーーーーー!!!



・・・・全く・・・・。


どこまで世話を焼かせるのか・・・・・。



明日の眼科の通院同行で毒父宅に到着するまで、
毒父と言葉を交わしたくなかった。



「まだ来てない」とか、
「タクシーの配車時間云々」とか、
「そんな書類の記憶がない」とか。



うるせーよ。
全部お前の勘違いとミスだろうが。




途端に気分が落ちてきた。
私の日常に土足で踏み込んでくる不快なタネ。




明日の通院同行がウンザリ。
朝、何時頃起きればいいんだろう・・・。






ACの回復が順調な人ならば当然、
昼ご飯 > ブログ
になるのだろうが、
毒父への怒りを抱えたまま食事なんて摂れないのが今の自分。
午後3時となってしまったが、ようやく食事・・・・。


先日激しくキョドった件。


食事の買い出しをしようと玄関を出て、
鍵をショッピングバッグに入れていたら、
階段を上がってくる音がした。


宅配業者さん達の足音だったら、
なんとなくわかる。
急いでいるような、駆け足のような。


でも「その音」は、
そうではなかったから、
お隣か、先日引越してきた人か。


ほんの2~3秒のことなのに、
頭の中はめまぐるしく駆け巡る。


私が階段に近づいたとき、
先方は階段を昇り切ったところだった。


互いに「こんにちは」と言い、
私は先方の顔を見た。
引越してきた家の奥さんだった。


だけどすでに先方は、
廊下の方角を見ており横顔だった。
全く私を見ていなかった。
「こんにちは」の言い方も、
そっけない感じだった。


”あぁ、やっぱり、嫌がられたんだな・・・”

と思った。


沈んだ気持ちで駅までの道を歩いた。



”この間は、あんな態度をしちゃったんだから、
次回もし会ったら、
「先日は(お菓子を)ありがとうございました」
って言うぞ”


と、この数日、
何度か頭の中で浮かべていたのに。


浮かべるだけで終わり。
意気込みだけは一人前。



あれから、
「人と会うと顔がひきつる」
みたいな単語でググッてみたりもしたが、
解決には至らなかった。



いつも、

「次の時には」
「今度は」
「次回は」

と思うだけだ。


でもこれって、
本当は傲慢なのかもしれない。
「次がある」と思い込んでいるところが。


明日、なにが起きるかわからない。





人との出会いって、
やっぱり最初が肝心なんだろうか。


昔、勤めていた会社で、
社内で挨拶しても、
いつもぶっきらぼうな他部署の男性がいた。
”怖いなー(´д`;)”
と思いながらも、会えば挨拶していた。



同じ部署の同僚と、その人が飲み仲間で、
私もたまに飲みに行くようになってから、
ぶっきらぼうだったのは、
照れ屋だったから、というのがわかった。
本当はイイ奴だった。



でも、もし飲みに行く事がなかったら、
私の中で、その男性は、
「ぶっきらぼうで怖い感じの人」
で終わっていたかもしれない。


「飲み」に限定するのではないが、
話す機会がないままだと、
一発目の印象のままで、
それが「一生」だったりするのかも・・・。


第一印象の事とは違うが、
いつかの日記で書いた話だけど、
私とギクシャクした人々、
喧嘩別れした人々、
私を嫌った人々の中で、
私という人間は、一生、
「最悪な奴」のままで終わるのだろう。
「あの時の自分は、おかしかった」
と訂正しようにも出来ない。
会う事もないから。



私は今日、
「先日はありがとうございました」
の一言を言わないまま終えたので、
もうそれを言える機会を失くしてしまった。


おそらく、足音が聞こえてきた時点で、
少なからず緊張感に襲われたのだと思う。
「挨拶する」ということで手一杯で、
お菓子のお礼はブッ飛んでいたのだと思う。


でも、そんな言い訳しても後の祭り。


今日言わなかったのに、次に会った時に
「先日はお菓子をありがとうございました」
と言うのはおかしい。
「それを言うなら、このあいだじゃないの?」
と先方に思われてしまいそうだ。


相手の事を
「そっけない言い方」と言ったけど、
自分はどうだったのだろう?
被害者ぶるだけで、自分の態度は????


どうせいつものように、
低い声でぼそぼそっ・・・と
「こんにちは」
と言ったのだろうな・・・。


そういえば、つい数日前に会ったお子さん、
あそこのお家の子だったかもしれない。


その時も自分は、
明るい声で挨拶しなかったと思う。
そういうのって、
後からお子さんから親御さんに
伝わる可能性も高いよね・・・。



(覚える気がないのか、
発達障害の影響かわからないが、
人の顔を覚えられないことがある。
建物内で会えば、
ここの建物内の人だと認識できるのだが、
建物の外だと、
相手側から挨拶されない限りはわからないので、
挨拶しないままシカトこいてる事も
今まで何度もあると思う・・・。
件の奥さんの顔も、
今のところ憶えているけど、
髪型が変わっていたり、建物の外で会うと、
たぶん気づかないと思う・・・。)





( 以下、私の妄想劇場。 )

お子さん
「あそこの家のオバさんに会ったけど、
いやな感じだった。」

お母さん
「あら、やっぱりそう?
イヤねぇ。なんなのかしら?
気分悪いわねぇ?」





いつも私は、
明るい声であいさつしない。


家の近所で、
何度か会っている他の人に対しては、
そうでもないと、自分でも思う。
ぶっきらぼうでなく、ごく普通に挨拶している。
「毎日暑いですねぇ・・・」
と言うこともある(稀だけど)。



ただ、件の人が挨拶に来た時、
ドアホンに映った人を、押し売りと勘違いして、
「はい」
と、ぶっきらぼうに応答した自覚がある。


① ドアホンで、その応答。
② 玄関のドアを開けたらひきつり顔。
③ 今日の挨拶のボソボソ声&お菓子のお礼なし。


こんなことが連続で続けば、
先方の中の私の印象は、
もうダメダメだろう。


「感じ悪い。ヤな感じ。」
「なんだか危ない感じの人」
「病んでるかも」
「できれば会いたくない人」


そんな感じか・・・・。


私も、もう、
会いたくないかな・・・。
これ以上、悪い印象増やしたくない・・・。


そうは言っても、
ゴミ出しだって週に4回あるんだし、
今後も何処で会うかわからんよね・・・。



神様にお願いしよう・・・。
「これから少なくとも一年間、会いませんように」
って。


↑  そんなん無理に決まっとるやん・・・(´д`;)





フリーメールアドレスを11個もっていて、
どこのサイトに、
どのメルマガに、
どのアドレスを使用しているか
わかりやすくしようと思い、エクセルで一覧表にした。
登録先が50個近かったΣ(´∀`;)

2~3時間入力を根を詰めてやっていたら、
あっという間に夕方5時半になってて、
お米を研ぐのをすっかり忘れてましたよ。。。orz
さすがネット依存症! ( ← ヤケ )
いや、発達障害も関係あるかも。

忘れちゃうから、いつも、
少なくとも午後2時頃には研いで、
とっととタイマー入れてるんだけど、
午後1時台に、たまたま台所に居た時に、
「まだ早いかな・・・」と余裕をカマしたのがまずかった。

今後は、お昼12時頃でも研ぐことにする。

しかしながら、整理したお陰で、
改めて「もうイラネ」の解約先とか
幾つかわかってよかったかも。

2017.07.12 ひとり
”何処かで誰かと繋がっている”
という感覚が、とても薄い。
SNS上でも別段、誰ともやりとりしていないし、
例のお教室でもポツネン状態。
自助は、わけあって今は不参加。

昔は、「淋しい」という感覚がマヒしていたのか、
「ヒマだから」という感じで、
実家の母に電話した時も多かった。
しかし母がマシンガントークを繰り広げる事も多かったが。

Aさんが留守ならBさん、
BさんもいないならCさん・・・と、
次々に電話で喋る相手を探す時もあった。
まるで晩年の大原麗子のようだ(ウィキペディアより)。
(私は夜中に電話しないけども)

しかもアホみたく、電話を受けたB美に
「A子がいなくてサー」なんて言うこともあったし。
”なんだよ、A子がいないから掛けてきたのかよ・・・”
と思うだろう・・・。
私がB美でも、そう思うかもしれない。

「A子がいなくてサー」とか言っちゃう辺りも、
発達障害なんだろうかね・・・。

もう永らく、私の友人達から
電話が掛かってきていない。

友人たちに離れていかれて当然。
メールのやり取りも無し。
というかアドレスも知らない。
年賀はがきにも誰も書いてない。
(教えたくないのだろう)


調子があまりよくない。
夕飯の下準備もあるのにやる気が出ない。
そのくせPCの前には座っている。

先日、発達障害の検査結果が出た。

グレーゾーンだった。




担当者から検査結果を説明してもらった後、
院長先生の診察があった。


家に帰宅して、検査結果の紙を読み、
”・・・・あれ。これってどういう意味だろう?”
と疑問に感じた点が一つあった。

↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑

アナタは担当者の説明と医師の説明を
ちゃんと聞いてなかったんですか(´д`;)




翌週、いつもの診察だったので、
また院長先生に尋ねてみた。

私「この、”高い” というのは、
”その可能性が高い” という意味の、”高い”
と解釈していいんですよね?」

院長「そうです」

続けて院長は、

「でも、その数字と同じぐらいの人ならゴロゴロいますよ」

というような事を言っていた。

(失礼がありましたらすみません)



「自己概念の問題」って、なんだろう・・・?
私は、この「自己概念の問題」と「不注意型症状」が、
それぞれ70を超えていた。
一番数字が低かったのが「多動性/落ち着きのなさ」だった。







過去ログ「半歩」の続き


●先月受けた発達障害の検査について。

2時間みっちりの検査で、非常に疲れた。

この歳でこんなに頭を使ったのは一体どのくらいぶりか?

とにかくたくさん恥をかいた(-ω-;)
質疑応答の形で、
一般知識の問題が結構飛んできた。
この年齢なら知ってて当たり前であろう・・・な問題が多々。

まさかこんなに出されるとは思ってなかったので、
恥のかきまくり。

考えていてもどうせ解けないので、一問一問、質問を出された直後に、
「あ、すみません私、こういう問題ぜんぜんわからないので・・・」
と伝えて、
次の質問に移っていただくことが何度もあった。

逆に相手の方から、
「えーと・・それは、紙に書いてなら出来るとか、そういう意味ですか?」
と問われ、
「いえ、紙に書いてもできないので」と答えた。


道具を使っての問題のほうが、まだ解く楽しさはあった。


検査結果はまだ出ていない。


発達障害検査の様子を、
ネットでどこまで書いてよいかわからないので、
ここでおしまい。





●夫の飲酒問題の関わるワーク(一時間程度。無料)の初出席。

担当者と私の二人だけ。

予め、担当の方がプリントアウトしてくれていた物に沿って、
ワークが進められていった。

プリントの中に、
「感情には、どういった種類のものがありますか?」
「最近のあなたの感情について」
「相手に対しての感情」
という設問もあった。

怒り・喜び、哀しみetc・・・などの感情に関する名前が枠の中に書いてあって、
それに○を付けていくもの。

月に一回に行われ、ワークは全部で12回あるので、
終了はたぶん来年の2月。










2017.01.12 半歩。
新年の挨拶も特にしないまま、今年一発目の更新…。
大した内容じゃないけども(いつもの事かw)。



●今月中に発達障害の検査(予約済)。


●夫のアルコール依存症に関するワーク(一時間程度。無料)を、
月に一回受けに行くことにした(行くのは私だけ)。


●あるワークに申込みをして、実際に参加したけれど、
その一回目の参加直後に、参加中止の申し込み。

理由は、

「2015年から、ここ(このブログ)で書き殴っている内容以上の作業を、
ワークで掘り下げてやっていかなくてはいけないので、
心身共に物凄く調子が悪くなりそうな予感があって怖かった」

「そもそも前々から、
ACに関するワーク本の購入をためらっていたし、
敢えて避けていた」

「そんな風にワークに対する怖さがあったのに参加申し込みをしたなんて、
考えが甘かった」

今度はいつ参加するわからないし、何年も先かもしれないけど、
とりあえず今の自分では無理。


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読書も、この数か月すっかり、
病院の待ち時間にしかしなくなっている。

そのためページがなかな進まないけど、現在読んでいる、
「根本橘夫:人と接するのがつらい~人間関係の自我心理学~」は、
親子関係、生育環境について深く掘り下げて書いてあるし、
しかも私のような、小難しい本が苦手の人間でも
読みやすいので有り難い。


そして読んでて改めて思う。

”全く・・・ココまで生きづらくしてくれて、
一体どうしてくれるんだよ、うちの親は”



などと自己憐憫に走る。




2016.11.14 変なスイッチ
たまに、変なスイッチが入ることがある。
「何かに過剰に集中」というか、
そのことで頭の中が一杯になるというか。


今年の春頃だったか、
突然、某歌手の歌を無性に聴きたくなり、
部屋の奥からその歌手のCDを何枚か引っ張り出して、
iPodに叩き入れた。


台所で料理や皿洗い中にも聴いていた。


でもそれは2~3週間程度で終わった。
あれから半年ぐらい経ったけど、
もうその歌手の歌を聴いていない。


またいつか聴くかもしれないけど、だいぶ先だと思う。


(ちなみに、この歌手の歌は、
20代前半に非常によく聴いていた。
あの頃は今のような感じではなく、
毎日or数日おきに、2~3年ぐらい続けて聴いていた)



またある時は、
ある洋楽の歌手の歌ばかりを無性に聴きたくなったり、
その歌手の過去の経歴のようなものも
ネットで探しまくったりした。


でもこれも一か月ももたなかったと思う。


またある時は、田村正和のドラマに過剰に集中。
やはりググッたりもした。
一か月ぐらい続いたが、
ある程度満足(ホントの満たし方じゃないかもしれないけど)したのか、
現在はもうググりもしない。ドラマも観ていない。



なんだか極端なんだよな・・・。
熱しやすく冷めやすいというか。




先週の(木)に書いた、すのこDIYの件も、
似たようなことかもしれない。
きっとまた私に、変なスイッチが入ったのだと思う。


”すぐに取り掛からないと、やる気がなくなるらしい”

というようなことも書いたけど、
そのことも、この週末の金~日に、
頭の中でひっかかっていた。


”いまやらないと、また昔のように、
材料買ったのに作らずにそのままになるかも”

というような焦りがあった。



じっくり時間(日数)を掛けて作って行く
というのではなくて、
とにかくサッサと作りたい
という感じ。

(木)の日記で
「三つ目は業者さんが来るまでには
仕上げられなので諦めようと考えている」
などと悠長な素振りを見せておきながら、
実際には作る気マンマンだったのだと思う。


ただ、その作る気マンマンが、なんだか少しばかり病的で、
頭の中にこびりついて離れない感じがあった。


土曜日の日中に居間で少し昼寝しようと横になった際、
眠りに入る前の頭の中で、
すのこのことをぼんやり考えていた。


”やっぱりノコギリでカットしなくちゃ駄目か・・・。
切って並べてこうやって・・・”

・・・みたいな感じで。


よくない兆候っぽいから、

”ヨーモーフェルトでもやって切り替えてみるか?”

とは思ったものの、結局、
すのこの事でこんなに頭が一杯だから、
たぶんヨーモーフェルトを浮ついて作りそう
・・・と思って諦めた。


(以前に本で、
「ヨーモーフェルトは、”なんとなく” で作っていると、
本当に、ぼんやりしたなんとなく、な物が仕上がってしまう」
というようなことが書いてあり、なるほどと思った)



DIYは日曜の夕方に仕上がって落ち着いたからか、
今度はまた別の変なスイッチが入っている最中・・・。


録画してあったサスペンスドラマを、土曜日の夕方に見た。


そしたら、そのドラマとは全く別の、
90年代後半のサスペンスドラマのことを思い出してしまった。
一時期とてもはまった。サントラも買った。


きのうの夜辺りから、
そのサスペンスドラマのことばかり考えている。
主題歌も何度も頭の中に浮かんでくる。


そのドラマに不随する作業を、
昨晩からPCで行なっているけど、
ただでさえ低スペックのPCなのに、
思いきり負荷を掛けてしまっているから、
動きが鈍い鈍い・・・。
そして自分も多少イライラしている。



ACの回復に真面目に取り組んでいる人なら、
イライラから回避するように努めるのだろう。

もとより、自分がイライラしそうなものには
近づかないように気を付けるのかもしれない。


もしACの回復とはまた違う話だとしたら・・・。
さっき「過集中」でググッたら、ADHDがヒットしたので、
その可能性もゼロじゃないかもしれない。


とりあえず今日は一日中、
無駄なことをして無駄に時間を送っている。
夕方には食事の支度をしなくちゃならないので、
その時間までにどうしても終わらせたい。


でも件のサスペンスドラマのことも、
一か月もしないうちに頭から離れているだろうと思う。



そして次は何にはまるのか。