生前、病だらけだった母親の病歴。
病名や症状は時系列ではないが、病気ばかりの自分の不安も含めてメモ。
(なお、40代半ばより前の、若い頃の疾病などは、
本人から聞かされたかもしれないが、私は記憶に残っていない)



◎50歳前(48か49の頃)◎

心房中核欠損症 心房中隔欠損症 の手術で3~4か月入院。








◎50代前半~60代前半ぐらい◎

歯科通院多し




脳しんとう(?)で一度倒れる。
朝、出勤前の支度をしていたら、台所から「バターン!!」と大きな音がして、
びっくりして目を向けたら、母親が両目を開けたまま仰向けで倒れていた。
泣きながら何度か叫んだ。そしたら母親は我に返って目覚めた。
倒れて気を失った自覚はあったらしく、自身にも言い聞かせるように、
「だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・」と言いながら起きた。
あのとき私がいなかったら一体どうなっていたか・・・。
確かこのころは姉は結婚して実家を出ていた時で、父も宿直で会社に泊まっていた。





医者から糖尿を告げられ、塩分と糖分の食事制限。
自分用の、食事制限中の食事と、
私(と、家に居る時の父)の分の食事と両方を作っていたので、さぞかし大変だったと思うが、
私はこの時もヒトゴトで、母親の手伝いなども一切しなかった。






帯状疱疹





「カレーを食べると胸やけする」と言い、食べられなくなった。




「頭が熱い、熱い」と言い、氷水を入れたビニール袋を、
頭頂部に乗せている時がよくあった(季節失念)。





下腹部の痒み(糖尿によるもの?)




頭部を小刻みに揺らしているのを何度も見た。
本人に自覚はないようで、
私が「また揺れてるよ」と言っても「あら?そう?」で終わっていた。
(どちらかと言うと、私の言い方はマウンティング&指摘に近かった^^;)








◎60代半ば~70代半ば◎

胆石の手術。


歯科通院も続く。


ヒザの痛み
両膝の痛みが強くなり、料理以外の家事は全て父がやっていた模様。
整形外科にも、薬を取りに父が出かけていた。

もちろん膝の状態が酷いため後に手術をしたと思うので仮病ではないだろうが、
永らく家の中のことの殆ど(子育ても全て)を押し付けられていた母からの、
父への仕返しのような気もする。










自分の身辺に気を配れなくなっている様子を何度か目にした。



両目の手術。
(前回の私の白内障の日記でも書いたけど、
母親の手術が緑内障か白内障だったのかも憶えていない)




電話で会話中に無反応な事がしばしばあった(脳梗塞が近かった?)。




注意力の低下(上記に似た感じ)



・膝の手術  → 手術成功  → 
一週間後に退院の予定 → 院内で脳梗塞発症 → 数か月後に脳梗塞で死亡



2019年10月現在

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

<自分の抱えている依存症>


・インターネット依存症(パソコン)
・糖分(飴)依存
・共依存

2018年5月初旬から、塩キャラメルを完全に断つ。
ただし、ほかの飴(ヴィックスや他の飴)は食べてます・・・(-ω-;)






メンクリに通院中。
病院では、
「気分変調症」と「不安障害」と診断されています。





十数年前に、パート先を退職し(心身ともにダメージ)、
その後、3年ぐらいは短期バイトもやりましたが、
徐々にメンタル面の悪化が著しくなり、なお一層、外出が億劫になりました。



外出の回数が減ってから、10年ぐらい経つと思います。
友人達とも殆ど交流しなくなりました。





電車に乗る頻度も、「初詣以降、半年以上経ってから乗車」
など日常茶飯事になりました。


2019年5月末より、毒父の件(詳細は「毒父」のカテにて)で、
どうしてもバスや電車に乗る回数が以前より格段に増えてしまい、
心身に、それなりにストレスが掛かっています。




我が家の固定電話のベルは鳴りません。友人たちから全く掛かってきません。
メールのやりとりも年に3~5回あるか無いかくらいです。


私が携帯を持ってないことを知る友人知人が多いと思うので、
捕まえいにくいのだろうと思ったこともありますが、
ただ単に私が他人から嫌われて疎まれているだけです。


友人知人たちの中には、過去の私が異常なぐらい長電話だったことを
しっかり記憶している人もいると思います。


そう思うと、こちらからは、なかなか掛けられません。
一発目から、「ごめん、あんまり長く話せないんだ」などの予防線を張る人もいそうなので。
(人によっては、私が電話を掛けた際に
「あ~!元気~?」
じゃなくて、
「あ~~何~?どうしたの~?」(←内心めんどくさそう)
と言う人もいます。




どんなに今の私が、長電話をしないように気を付ける人間になっていても、
友人知人の記憶の中にあるのは「昔の私」なので・・・。




そんな私ですが、2017年は少しずつ、友人との交流の回数を増やすように意識しました。


でもあまりうまくいかなかったと思います・・・。
友人との交流は、私にはまだまだ早かったのかもしれません。


交流したらしたで、また考えてしまうことも増えました。


その反動か、2018年以降は再び、人に会う回数が減りました。





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このブログは、時系列ではなく、思いつくままに書いています。


また、続けて日記を更新することもあれば、パッタリとやらなくなることもあり、とても気まぐれです。


ミスタイプで、誤字も多いです(後からコッソリw直すこともあります)。





AC自覚は2015年1月です。

日々、ACの回復に向けて何かをしているのでもなく、自助などにも行っていません。

外出は難しいので、SNSの自助に参加中ですが、いつまで続くかわかりません。



現在は、一冊の関連書籍を、ゆっくり何か月も掛けて読むくらいですが、
読了していない書籍もあるので、最近はあまり買わないようにしており、
以前読んだものを再び読んでいます。


2019年5月現在、ほぼ、沢山の文字の本は読まなくなってます。
読むのは専ら、イラスト系の書籍のみとなっています。




夫に関するカテゴリーは非公開にしていましたが、
下書き設定に変更した為ブログ上では「0」となっています。ご了承ください。
(今後も公開することはありません)



夫はアルコール依存症なので、月に一度、電車で少し先の相談センターに出向いて、
一対一のワークを受けています(出席は私のみ)。
ワークは一年間の予定なので、来年初めぐらいに終了です。


2018年1月に終了しました。




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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

書き直し:2017年10月16日


自分の記憶を辿ると、
私が最初に捕われた「依存症」は、糖分に対してだと思う。
飴にはまるようになったのが高校生から。


私が高校生の時に母親が病気で入院した。
11月か12月に入院し、正月もいなかったと思う。
(一回だけ外出許可が出て家に帰ってきたことはあったが)


蛇足だが、その、母親が一時帰宅した途端に放った言葉は、
「(家の中が)スッチャカメッチャカじゃないの!」
だった。
父親も姉も私も、掃除&片付けが嫌いだったのでビックリしたのだろう。
(そう言う母親も掃除が得意ではない)





母親の入院中、私は袋入りのミルキーを非常によく買っていた。


学校に行く途中だけだったのか、
それ以外も買っていたか忘れたが思い出せないけど、
ほぼ毎日か、または2~3日に一回×一袋を
買っていたかもしれない。


アルバイト禁止の高校で、
親の小遣いだけが全てだった自分は、
そう頻繁に飴を買えない。


なのでミルキー代は、母の入院中、
父親が2~3日ごとに生活費として家に置いてゆくお金から遣っていた。
(父親は毎日家にいない仕事だった)


父親は一回につき、
どのくらいの生活費を置いて行ってただろう・・・。
憶えてないけど、1万とか2万とかそんな感じだったろうか。

そこからミルキー代をバンバン遣っていた。


父親は、家に置いてゆく生活費のチェックをしていただろうか。
私は内心「父だったらバレないだろう」などと
馬鹿にしていたこともあったかもしれない。


本当に記憶が飛んでて詳細が不明なので自分でもモヤつく。
憶えていないことだらけ。

(ACだと、過去の嫌な記憶を無意識に押し込めてて、思い出せないことも多いらしい)。


一度ぐらいは父親に、
「なんか(お金の)減り方が早いねぇ」
ぐらいの嫌味を言われたかもしれないが、
それも思い出せない。


とにかく私は、ミルキーを買いたい放題だった。
おそらく、
”今日は買うのをやめとこうかな”
と思ったこともなかったんじゃないかと。

歯止めが効かない状態だった。


買ったミルキーは、全てを自分で食べるのではなく、
登校後にクラスメイトに配ることがメインだったような・・・。
(もちろん学校にお菓子なんて持っていってはいけないので、
校則をバッチリ違反していた・汗)


高校に入ってから、やっと特定の友達が出来て、
6人グループの中の一人だったし、
クラスの中の誰かと
揉め事を起こしているわけでもなかったんだけど、


おそらく、
初めての母親の長期入院で気持ちが不安定だったのと、
”人から嫌われたくない”
という強い気持ちが混ざり合って、
飴に突進(依存)していたんじゃないかと・・・。



今回の文章を打ちながら、

”私、家でミルキー食ってたかな・・・”

と思い出そうとした。

なんとなく、家では食ってなかったような気がした。
家でもガンガン食ってたら、
父親にも姉にも何か言われてたかもしれないけど、
言われた記憶がないので、
学校で配り切って、家では食ってなかったのだと思う。



・・・と思ったら、物凄くタイミングよく
ミルキーのCMが流れてきた(;´∀`)





過去に購入してきた物(順不同)。

●ミルキー

●フリスク

●ホールズ(レモン?)

●梅のど飴

●のどにスッキリ

●ノンシュガー紅茶茶館

●ダイエットココア飴

●キシリクリスタル (各種)

●温かしょうがのど飴

●永谷園生姜部ののど飴(販売終了)

●ヴィックスドロップチェリー
(50スティック入りのサイズばかり購入)


●生姜糖(一口サイズでキューブ型)




他にももっとあったと思うけど、思い出せるのはこれくらい。



現在は、

●塩キャラメル  
●ドライフルーツ
●落花飴 (時々)


●ヴィックスドロップ「グレープフルーツ」か「グリーンアップル」。
のふつうサイズ。
(胃のムカつき&気持ち悪い時&風邪)



その塩キャラメルは、
家に必ず、最低でも一袋をストックしており、
強迫観念が働いている(過去の他の飴も同じ)。


そういう点で、ニコチン依存症やアルコール依存症と全く同じ。





余談だけど、
20代初めぐらいの頃のデート(夫ではない)の時に、
とても具合が悪くなった時があって、
食事も喉を通らないほど調子が悪かった。
帰り道、彼の運転の車中でホールズを食べた時に、
その気持ち悪さが軽減したことがあり、
その辺りから、
”気持ちが悪くなったらミント系の飴を食べる”
というように自分の中にインプットされたんじゃないかと思う。

だから今でもヴィックスがやめられないのだと思う。

以前に書いたかどうか忘れたので重複するかも・・・(汗)。


私が20代前半で働いていた頃の話。

姉は結婚する1~2年前に、歯列矯正をした。
確か顎の骨だったか・・・・(失念)を削ったか忘れたが、
けっこう大がかりな手術もした。
(姉は手術費も自分で出した。そういう点では私と違う)


ただ、矯正中の食事は、全て母に任せていた。
(姉も私も料理が不得意)



午前中に姉の為のお弁当を作り、電車に乗って、
お昼までに勤め先にいる姉に届けるということが、
母はとても大変だったらしい(私は当時もヒトゴトみたいだった)。


ヒトゴトだけに、全く覚えてないけど、
たぶん毎日だったんじゃないだろうか・・・。
それに、固い物が噛めないので、
柔らかく作らなくちゃならないから手間もかかったんじゃないかと。


家でももちろん柔らかい食事。
正月をまたいだ矯正期間だったので、、
雑煮(餅)は食えないし、
カレーも、着色してしまうのでダメだった。


だから、父と母と私の3人とは別に、
「姉だけの食事」も母が作らなくてはならなかった。




この当時、ちょうど私も、
歯科医院に通っていて(姉とは別の病院)、
やはり噛みあわせのことで院長先生から、
”矯正したほうがいいのではないか”
という話を受けた。


歯科医院から帰ってきて、
「今日お医者さんにサ・・・。
噛みあわせのことで言われて。
矯正したほうがいいんじゃないか、って」



母は声を荒げて即答。

「いやよ、勘弁してよぉ!」



よく憶えてないが、
それに対してたぶん私は無言だったかもしれない。



毎日姉んとこへ弁当を持ってくのがストレスだったんだろうけど、
「いやよ」とかさぁ・・・。


ほんとに、心に余裕の無かった人なんだな。
思ったら、ポーーーーン!と後先考えずに
反応する(父も同様)。




そりゃ私、医者から矯正すすめられたって、
貯金もしてないバカ娘だったから、
親に負担かけるのは目に見えてたんだけども。


だから私も、母に何も言えなかったのかも?
もしお金を持ってたら、
もっと強く出ていた・・・・かな?(自信なし)


・・・・もしかして、
母の弁当作りに手を貸すどころか、
”お母さんとお姉ちゃんで頑張ってやってよ”
みたいな態度で、マジでヒトゴトだった私だから、
母が復讐で「いやよ!」って言ったのかな・・・・???
(勝手な想像)




またしても、すぐに
”もしかして私が悪かったのかな?”と、
思ってしまうACあるあるな・・・(-ω-;)





白くて歯並びのいい芸能人をテレビで見ると凝視してしまう。
「うわぁ・・・羨ましい・・・」とか。

滑舌の悪かった芸人さんが前歯を綺麗にしたのを見ては、
「あぁ・・前歯が綺麗・・・」

前歯を綺麗にした女性芸人さんをテレビで見ては、
「いいなぁ・・・白い・・・」

そのように凝視ばかりしていたからか、
テレビで前歯が少し不自然な芸能人を見かけると、
”これたぶん仮の差し歯だな・・・。
いま新しい前歯を作ってるのかも”
などと若干わかるようになってしまった。


こんなことわかってもしょうがないんだよな。
そんなことわかんなくてもいいから、
とっとと歯科医院行けよっていう・・・。



やはり、なんというかAC的に、
自分を労わらない、大事にしないってのがあるからか、
歯科医院が一番、病院の中で嫌いなのに、
特定の甘い物がやめられず、
人生で一番多く通ってお金も遣っているという矛盾・・・。


まるで自分いじめをしてる感じ。


昔は本当に歯磨きしない人間で ( ← 不潔)、
毎日何か食べたらすぐに磨くようになったのが、
この4~5年ぐらいだろうか。


ただ、特定の物(現在は一社のキャラメル)を食べた後は磨かない。
一日の摂取量が多いので、
(多い時で5個以上、少ない時で2個以内)
その都度磨くのがめんどくさいからだ。


そんなことをしているから、とうとう先日、
左上の奥歯から、3ミリくらい欠けた歯が落ちた。

何か取れた時、それが柔らかかったから、
最初食べかすかと思ったが、欠けた歯だった。


欠けた歯が柔らかいって・・・相当ヤバイのではないかと思う。
それでも歯科医院の門を叩こうとしない自分。



これも過去ログで書いたかもしれないけど、
”自分いじめ”
という点では、
黒糖の塊をガシガシ毎日かじっては、
歯科医院に行く・・・・を繰り返していた母も、
私と同じかもしれない。


”甘い物を摂取して歯を駄目にして、歯科医院に行って、
ほとぼりが冷めたらまた摂取して、また歯科医院・・・・”

という無限ループを、母と私は繰り返していた(いる)。




母は晩年、前歯は入れ歯になった。


きっと私も同じになるのだろう。


(そう思いたくない自分もいるし、現実を知りたくなくて逃げている)







2017.06.29 狡猾な母
うちの母親はズル賢かった。



先日の「サンドバッグ」と少し関連するけど、
自分の夫(私の父)と結託して、
二人揃って私を責めたり叱ったりする時もある一方、
たまに、私が思っていることを、
代弁(?)するような感じで、
父に文句まがいのことを言うこともあった。
(ただの、自身の「イライラ発散」の場合も
あったかもしれないけど)


「状況」により、
自分の都合がよくなる側にまわっていたと思う。



父の方は、
私側に付くということは皆無だった。
(なにせ10才から20代半ばぐらいまで仲が悪かったので)


私は、父が飴を、
音を立てながら食べるのが物凄く嫌いだった。
とても大きい音がしていた。
舌の上に乗せているであろう飴を、
上顎で弾いて(?)食べているのか、
「ペチャッペチャッ」と鳴らしながら食べていた。


あと、近所のことも考えずに、
演歌のレコードの音量をでっかくするのもヒヤヒヤしていた。



音量に関しては、
私は実際にぼやいてたかもしれないので、
母がそれを聞いていた可能性が高いけど、
飴に関しては母に何も言ってなかったので、
もしかしたら私の知らない間に、
”イヤだなぁ・・・” と私の顔に出ていて、
それを母が読み取ったのかもしれない。



母「お父さんって、なんで飴を、
そうやってペチャペチャ音を鳴らして食べんの?」


母「(親の寝室まですっ飛んでって)
ちょっと。お父さん、(レコードの)音!大きいわよ?」


短気な父のことだから、
そこから夫婦喧嘩になるかと思いきや、
飴の食べ方と、レコードの音量に関しては、
特にもめてなかったのが不思議。



”母が私の気持ちを代弁してくれている”
などと勝手に思い込んでいたバカな私は、
母が父を前述のように注意すると、
凄くスッキリしたのを覚えている。

”もっと言っちゃれ!言っちゃれ!”
みたいな。




私はバカだったねー。
母は、私の味方なんかしてなかったのに。
ついつい、
”父とは仲が悪いけど、母とはそこまで仲が悪くない”
と思いながら実家で生活していた私。



私を味方して、庇ってくれるような人だったら、
10歳の時の、例の父からの平手叩きの時に、
母は私を庇ってくれてと思う。

庇うどころか父と結託していた。



なんだか、ほんと、
いま思うと最悪な両親だったなぁ・・・。
せめて、一方の親がマシだったらよかったのに。








以前、なかなかやめるのが難しかったドライフルーツ


ついさっき、冷蔵庫の中に入れっぱなしにしていた、
生姜のドライフルーツを一個だけ食べてみたら・・・。


・・・・・辛い!



”こんな辛いのを毎日バクバク食ってたのか”


と自分でビックリしてしまった。


あまりの辛さに驚いたので、
たぶんもう食べない気がする。


もし食べるとしても、また何か月も先かも。
(その頃には思い切り傷んでるかも?)


・・・というか、いま賞味期限を見てみたら、
去年の9月になってたんだけど、大丈夫か?私 Σ(´∀`;)


また腹痛&激痛が来たら凹みそうだ。
(この一か月以内に2度の激痛が参上)





最終更新 2016年6月29日

以前の日記で、

テレビの向こう側の母の愚痴について書いたことがあったが、

今度は、うちの父親版。



今日、N◎Kのニュースをボーッと見ていて、ふと思い出した。


私がまだ独身で、実家に居た頃に、
父がテレビを観ながら、
母によく言っていたセリフがあった。


父 「N◎Kも、最近はもう、言い間違いが多いねぇ。」  (← ダミ声)

母 「あらそう?(または「そうなの?」等)」 (←特に何も考えてない様子で)

父 「そう。ほんとうに多い」  ( ←力を込めたダミ声)



・・・・そんなこと、どうでもよくね?


・・・ってか、
なんでその言い間違いなんちゃらって話を、
何度も言う?
私、何回か耳にしたなぁ・・・。
百回までは行かないけど、10回近くまでは耳にしたかなぁ…。


人間なんだから言い間違いくらいするよね?
それとも、N◎Kのアナウンサーは、
言葉に詰まったり言い間違いをしてはいけないのかな?


なんでああいう風に、どうでもいいことを言うんだろう?



”俺は細かくテレビを観ている”

”アナウンサーの言い間違いが多いことに気づいてる俺って凄い”

・・・ってこと?

それとも妻(うちの母親)へのマウンティング?


ほんとにバカ。
大嫌い。
性格悪すぎてヘドが出る。




あと、これは父のテレビに対する愚痴とは違うんだけど、
小さいころ、
「またこんな漫画なんか見て!(怒)」と、
よく叱られた。
姉には怒ってたかな?姉妹揃って怒られたのかな?憶えてないや・・・。


(父は、漫画もアニメもいっしょくた)



午後7時は、
アニメと野球がガチンコする確率が多かったため、
父は、仕事休みで家にいる時、
「チャンネル権は俺だ」
とばかりに威張っていた。


父が寝室に引っ込んでいて、
午後7時になっても台所にいない時は、

「シメシメ・・・(笑)」

と、アニメにチャンネルを合わせると、
野球放送があるのをしっかり記憶している父が、
寝室からやってきて、お決まりのセリフ。

「またこんな漫画なんか観て!(怒)」

そしてソッコーで野球に変えられてしまった。



アニメに対して、
おそらく勝手な固定観念があったのだろう。
頭が悪くなるとか、勉強しなくなるとか。

大した理由があるわけでもないのに、
アニメや漫画を罵倒。


何か漫画やアニメに対して恨みでもあんの?




父が宿直で家を留守にしている時は、
自由にアニメを観ることが出来たなー。
母親は、その辺りは父と違っていたらしい。
「いなかっぺ大将」を観て一緒に笑っていたし。
「ムーミン」や「キャンディキャンディ」なんかも
一緒に観ていた。


ただ、野球にチャンネルを合わせた時に、
「子供が観たいって言ってんだから、たまにはいいんじゃない?」
って言葉も言わなかったな。


そこら辺は、母はうまく渡り歩いていたのだろう。

自分が、自分の亭主の肩をもつ時と。
自分の子供をうまく取り込んで味方につける時と。



最終更新:2016年6月28日



==============================================
以前、ドライフルーツの摂取を控えているという話を書いたが、
なんとか休止中

本日7月13日、なんとか現在も摂取せずに済んでいる。
それでもまだ、
冷蔵庫の最上段に鎮座ましましている生姜のドライフルーツに、
たまに目が行ってしまうことがあるが・・・。


この、摂取しない生活が
そのまま続けばいいのだが、
たぶん、一枚でも口にしたら、
また元通りの生活に戻るだろうな・・・。


気づけば、
飴やキャラメルを食べる個数も、
心なしか減ってきたような気がする。
珍しいことだけど、
現在午後4時近いのに今日は朝から一個も口にしていない。


まぁたぶん、
こう書いておきながら、
一時間以内、いや30分以内には食ってると思うが(汗)。


==============================

2016年6月28日現在。


もう今はドライフルーツを食べていない。




きのう、ドライフルーツを販売している、
いつもの店の近くを通ったけど、
またまた、
なんとか買わずに通り過ぎた・・・・。


ふぅ~っ・・・。
でもこうやって、意識しているうちは、
まだダメなんだろうな・・・。
飲まないのを我慢したり、
吸うのを我慢している、
アルコール依存症やニコチン依存症の人と同じだ・・・・。


それに、
完全に糖分もやめてるわけじゃないしな・・。
なんとなく食べる個数が
減ったような感覚はあるが(これも「たまたま」?)、
それでも、全く食べてないわけじゃないから、

完全に脱皮できたってんでもないし・・・。


ありゃ。
これじゃ「むりやり褒める」じゃないなぁ。


やっぱり、すぐ卑下しちゃうんだねぇ・・・^^;
自己肯定感が低いからか・・・。



2015.03.01 母の糖分依存
最終更新 2016年10月24日




生活習慣が似てしまった、というところでは、
母も、今の私と全く同じで、
歯医者通院がとても多かった。


今の私が、もっとも恐れている病院は歯医者で、
様々な病院の中で、
幼少の頃から、おそらく一番多くお世話になっている病院だと思う。


歯医者通院を躊躇って、
たぶん現在まで4年ほど経つかもしれない。


通わなくちゃいけない自覚があるのを、
毎日の、一日4~5回の歯磨きで誤魔化している。
歯ブラシを、前に使っていたのとは別のに変えたり、
歯磨き粉も、
昔、自分が使っていた物の倍の値段のする物を使ったり・・・・。


お金の遣い方が間違っていると思う・・・。


悪あがきではあるんだけど、
今の私が歯医者に通っても、
おそらく物凄くお金が掛かってしまうであろうことが、
なんとなくわかるので、
どうしてもそれが怖くて通院に踏み切れない。


母の話に移ると、

私が覚えている、母がよく食べていた物は、
確か「茶玉飴」というでっかい飴だ。


その飴を食べなくなったと思ったら、
いつしか黒糖をそのままかじるようになっていた。
黒糖の塊が幾つか袋に入っているアレだ。


しょっちゅう飴や黒糖が口の中に入っているから、
ドアベルや電話が鳴った時に、 それを口から出し、
捨てるのが勿体ないから、近くにある皿だの
サランラップの上などに置いて、
用事が済んで戻ってきたら、 それをまた口に入れる・・・


…という行動も、母と私は同じだ。




私がまだ結婚前で実家にいた頃。

母は突然、
「あっ。」…と言ったとか思うと、
間髪入れずに、
「取れちゃった・・・」 と言うことが時々あった。
入れ歯だったか、元からの歯だったか、被せ物だったか。


その、
「取れちゃった・・・」 という口調の、
ガッカリ感がと口調がハンパない。
なんとなく絶望感に似たような感じの。
「とうとうやっちゃった・・・」 みたいな。


悪い習慣が同じである私は、その時の母の心境が、
イヤなくらいわかってしまう。


母は、自分の糖分摂取の習慣を、
苦しいと思っていたのだろうか。

”何かわからないけど、
何故だかわからないけどやめられない”


…という感情もあったのだろうか。



しかしながら母は、よく、
入れ歯や銀歯が取れると、
「あそこの歯医者はヘタクソ」
とか、
「あそこに治してもらった入れ歯の調子が凄く悪い」
…などと文句を言っていることも多かった。


糖分の摂取に関して、前の方の日記で、
「歯医者への依存」と書いたが、
依存対象は、歯医者ではなく、
やっぱり「糖分」そのもので、
そういうものに走る原因は、家庭環境か親子関係??


母は、実母とあまり仲がよくなかったと、
母自身が言っていたことがある。
そんなに沢山のことは話していなかったが、
あまり仲がよくなかったらしい話は2、3、聞いた憶えがある。


私も満たされてないんだろうなぁ・・・。
口さみしいのを、
しょっちゅうキャラメルと飴で埋めて、
結果的に自分の身体を苛めることになっている。


自分の身体を大事にしていない。


破壊的な行動(歯医者に限らず、いろんな病をもっていて、
病院に世話になることが多い)も、私は母そっくりだ。