近所・・・と言ってもそんなに近いわけではないが、
生地屋がやっと営業再開した。



手縫いのマスクに使用できる夏向けの布を見に行くべく、
メンクリに行く前に立ち寄ったが、レジが大行列だった。



なんだろう?
自分が病的な被害妄想を抱えてるからかもしれないが、
レジ並びの人たちの視線が、こっちに来ているような気がしてしまった。



生地を眺める時間もレジに並ぶ時間もないので、サッサと退散してメンクリへ。









メンクリ終了後に、もう一度立ち寄った。
この時レジは行列ではなかったが・・・・。



布をチェックしに行くのはいいが、甘く見ていたかもしれない。
あまりにも種類が多すぎる。



そして今回、
夏に装着しても涼しい生地でなければ買う意味がないのだが、
手に触れてみても、これを実際にマスクとして作った時に、
装着して涼しいのかどうかの判断ができなかった。



一体どの布を買ってよいものか途方に暮れてしまい、
15~20分ほど店内にいたが、全く選べずにまた店を立ち去った。



この店は店員が掴まえにくい。
一定数いるのだろうが、店内もそこそこ広いため、
店員を探すのだけで時間がかかってしまうこともある。
このご時世、手作りマスクのことで質問する人が後を絶たないんじゃないかと思い、
聞くのもためらってしまった。



仮に涼しい布を買ったとしても、手縫いで縫いにくい生地だったら、
お金をドブに捨てるのと同じになってしまう。



・・・というか今まで、家の中にある布をかきあつめて何枚か作ってきたけど、
「縫いやすい」と思ったことは一度もない。
それは自分が裁縫が不得意だからそう感じるのだろうか?



ミシンを持ってる人や裁縫が得意な人なら、
こんなくだらないことで悩まないのかもしれないが・・・・。



マスクの生地を探すためだけに、わざわざ私はあそこの生地屋には行かない。
行くだけで結構たいへん・・・。



行くとしたら次回のメンクリの2週間後だが、
どうせ店に行ってもまた途方に暮れて店を後にするのだろうと思う。





2020.03.03 ひとづきあい
ときどき
「第一印象」
について考えてしまう。
それは何故か、台所で立って、
料理や皿洗いなどをしている時に思い浮かぶことが多い。



そういう点で言えば、
あの時の、越してきたご近所からの挨拶時の私は「0点」。
おそらく私の印象は最悪だったろうなと思う・・・。




・・・と思っているのは私だけで、
実はそうでもない?
被害妄想が強くてメンヘラだから、そう思ってしまうだけなのだろうか。




いくら私が、

「あの時の私は変でした」

「あの時の私はおかしかった」

と叫んだところで、人には届かない。





逆に、過去に私が、

「あいつって最悪」

と感じた人間に関して、当事者が

「あの頃の私はこうだったけど、今は違う」

と言ったとしたら、
私はそれを信じるのか?
いや、信じないし、「信じたくない」と思うだろう。
私に勝手に「最悪の烙印」をつけられた相手は、
永遠に私の中で「最悪」のまま。







第一印象の話とは違うが、


・小学3年の時にいじめてきたクラスメイトの男子二人。
・同じく小学3年の時に総スカンにしたクラスメイト全員。
・庇いもしなかったその時の担任。
・小学4~6年の時の担任。
・頬を(軽く)叩いたり、左手の甲にアザが残るほど叩いたピアノ教室の先生。
・姉と一緒になっていじめてきた隣の兄弟。
・中学の時に「特に」いじめてきたクラスメイトの男子。
・私を肩叩きした会社の上司( ← ダメ社会人だったので自業自得だが)

(・・・・・etc。思い出せないだけで他にも多数いる)




・そしてうちの親。
・余計なことを親に言った母方の叔母。
・実家に来るといつもおせっかいしてきた叔母。
・「猫がいるから」という理由だけで結婚式に来なかった叔父。



これらの人々の行為を水に流せる?




流せるわけがない。




じゃあ、他者が私を今でも嫌いと思っていたとしたら、
仕方なくそれを受け入れなくてはならないのだろうか。
学生時代と、社会人になってからと、
インターネットが普及してからのネット友達を含めたら、
私と喧嘩別れした人が沢山いる・・・・(-ω-;)




やはり、ACによくあるらしい「白黒思考」なのか、

「嫌い」か「好き」

しかない。

殆ど、

「最初の頃は仲が良かったのに、段々険悪になってサイナラ」

・・・というパターンが多い。
とても極端すぎる。
中間として、
「細々と緩く長く交流する」
ということができないのだろうか。





もしかしたら、自分の友達との付き合い方が歪んでて、

「最初は仲が良かった」

というのも、実はそうではなくて、
上下関係が確立していて自分が下の立場だったとか、
相手に迎合していたとか、様々に絡んだものがあり、
「段々険悪になってサイナラ」というのも、
「なるべくしてなったこと」なのかもしれない。



上下関係でいうと、いつも私は「下」だと思う。



先日も別件で、そう思った。
音楽の趣味関係で30年以上の付き合いのある友人で、
以前から頻繁にメールをしあっていたが、
ここ十年ちょっと、友人の仕事や生活が忙しく、
メールの間隔があいてきていた。
私も以前は頻繁に送っていたが、今は年に5回あるかないか。



そして、

「私は、この人からのメールに対して、返事をしなかったことは多分ないな・・・」

と思った。

でもこの十数年の間、相手からスルーされることは時々ある。

上下関係が出来てるんだなと思った・・・。

相手は、

”私がスルーしても仲は続く”

と思っているかもしれない。

だけど私は怖いので、返事をスルーすることができない。
スルーしたら相手が拗ねて、交流が終わるような気がする・・・。






「緩く長く」で言えば、年賀状だけの付き合いの、
例の高校時代の友人4人もそうなるのだと思うが、
それも疲れてきているということは、
もう私は4人と、年賀状の付き合いもやめたいということなのだろうか。
普段から全く、電話もメールもしあわないような状態で、
二十数年も会わないで、
果たして友人と言えるのだろうか。





いつまでもしがみついていないで、
次に行けばよいのかもしれないが、
普段から家に引きこもってばかりいる自分は、
この4人以外とのクラスメイトとの付き合いも全くないので、
4人との交流を絶ったら、学生時代からの友人は一人もいなくなる。




メッキが剥がれた、
「学生時代からの友人」というメダルのようなものを、
首にぶらさげていたいだけなのだろうか。




大袈裟なのかなぁ・・・。
考えれば考えるほど沼地にはまっていくようだ。



40分程度で出来上がった。

ネット検索で辿り着いたページの作り方が非常にわかりやすく、
バレンタイン以外ではお菓子を全く作らない自分でもなんとかできた。
日付変更線を超えた0時過ぎ(1月14日)に、
ちゃぶ台に置く予定(この時間帯は、だいたい夫は
居間でうたた寝ぶっこいている)。

ここ数年のバレンタインは、
某メーカーの、材料などがセットになった物で作っていたのだが、
近年、その種類が変わり映えしなくなってきたというか、
私が作れるセットの種類が限られてきた(´∀`;)
そうすると「また昨年と同じ物になってしまう・・・」
ということで今年は違う物を作ることにした。

・・・とかナンとか言って、つい2週間ぐらい前までは、
”デパートでお煎餅を買って済まそうかな・・・”
などと思っていた( ̄ー ̄;)
(そもそも夫は普段から甘い物を全く食べない。
食べられないわけではないが日常的には食べない)

来年はお煎餅にしようかな・・・( ̄▽ ̄;)あせあせ


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先日からの件は全く解決に至っておらず。

思い出してしまう間隔は少しだけ空いてきたものの
どうしても拭いきれず浮かんでくる。

カウンセリングで話してみたが、
私から見ている4人と、4人が見ている私とでは、
温度差があるのではないかと思い至った。

・・・・と殊勝なこを言ったところで、
サッサと忘れられるわけではないのだが・・・。


先日から書いている、メールの返事がこない友人の話。



この友人Aは、ただひとり、
うちの毒母が亡くなったことを喪中はがきで報せた時、
明けて1月中に私に電話をくれた人でもある。
正直うれしかった。



それでも、友人Aは友人Bと海外旅行に行ったこともあるが、
(確か一回ではなかったように思う)私は後付けで知った。



カネがないと思われのか(どうせ本当にカネなんか無いし)、
誘ったら迷惑を被られると思ったのか(性格悪いしね)、
せっかくの旅行が台無しになると思われたのか(そうかも)。




20代後半の頃、友人Aと私と、友人Aの後輩(私と顔見知り)の
計3人で出かけたスキー一泊旅行で、
友人Aと後輩が、まるでタッグを組むように仲が良く、
後輩が私を小馬鹿にする発言を繰り返していたことで私の怒りが増し、
帰りの列車に乗り込んだ時に、その後輩を怒鳴りつけた経緯があった。



列車の発車ぎりぎりまで、友人Aと後輩が駅構内の土産屋に籠っていて、
慌てて二人でホームに戻ってきた途端に、その後輩が、
「座席って何番~~?」
と、友人Aに言ったのか私に言ったのか知らないが、
ぎりぎりまで過ごしていて自分の席番も確認できていなかったことで、
私がカッ!となってしまったのだった。



瞬間湯沸かし器みたいにカッ!となるところ、実家にいる誰かとそっくりだね~~






そんな経緯があるんなら、
そりゃ海外旅行なんて、もっと誘われないわなーーwwwww






友人AとBと私を含め、
高校の仲のいいもん同士の5人グループだった。
中学3年の時点で特定の友達が一人もいない状態で卒業した自分に、
初めてできた友人たちでもある。



そんな5人ではあるが、
20代前半の頃だったかみんなで国内一泊旅行に出かけた時、
列車の座席(二人掛け)で一人余ってしまうことや、
遊園地に行っても、また誰か一人余ってしまうことで、
なんとなく帰りは5人ともギクシャクしていたのを思い出す。



どのくらい会ってないだろう?
もう20年弱ぐらい経つかもしれない。



現在は年賀状のやりとりのみ・・・・・・となっているのは私だけで、
友人A・B・C・Dの4人の中で会ったりしてることもあるのかも。



実は4人のうち、今年の年賀状が来ない子が一人いる。
来ない理由はわからないが、
元旦以降、2~3日に一度は思い出してしまう。
私が友人Aに年明けにメールしたのも、実はその件だった。
「あの子から年賀状来てる?」みたいな感じで。
そのメールの返事も来ないというわけだ。



一挙に2人から音信普通・・・。



また、前述の友人Bの電話番号が今もわからない。
2019年に喪中はがきが来て、そこで引っ越しした事を知ったが、
電話番号の記載がなかった。
もちろん今年届いた年賀状にも書かれていない。



下種の勘繰りで、
私に教えたくないから記載しなかったのかも・・・と思ってしまう。



20代の頃から、この友人Bには、
悩みがある度に長電話をしていたしな・・・。
この友人Bからアドバイスを貰っても、
私は悩みをダラダラと吐き出したいだけなので、アドバイスされても受け入れないのだ。
「でも・・・」
「だけど・・・」
ばかりで。



そりゃ、人をゴミ箱扱いしてれば、
煙たがって電話番号を教えてもらえないかもな~wwww




そのうち、長電話ばかりしていることで、疚しさがあったからか、
電話をかけて一発目に、あちらのお母さんが出ると緊張感が走った。
口調に抑揚があまりないのだが、
被害妄想で、”お母さんもしかして怒っているのでは?” と毎回思っていた。



(それでも長電話をやめず、「毎回」悩み相談してたのね・・・ )

馬鹿



この友人Bに、暑中見舞いを出そうと思っている。
そこで
”差し支えなければ電話番号を教えてほしい” 
と書こうと思っているのだが・・・・。




・・・ってか、まだ1月なのに、7月まで待てるのか?自分。



それにもしスルーされたら・・・・??
される可能性だってゼロではないわけで・・・・。



考えてみれば、友人4人全員の携帯番号も知らない。
知っているのは固定電話のみ。


このご時世、固定電話番号をもたない人もいる。
引っ越しした友人Bも携帯の番号しかもってないかもしれない。


それじゃ、ますます教えたくないかも・・・。


こんな迷惑千万な奴に携帯番号なんか教えたら、
掴まえようと必死に電話してきそうでイヤなんじゃないかと思うのだ。
(もちろんそんなことはしないが、
友人Bが知っているのは、長電話魔だった頃の私だ)





疲れた。


疲れる。


スッキリしたい。






2020.01.16 ネガ思考
十数年前HPを持っていた時、日記のページで、
敢えて

”暗いことを書かずに明るい内容のみの日記を書く”

という課題を自分に与えて実行してみたことがあったが、
一か月も続かなかった。

”暗いことしか書きたくない”

のに、その逆をやるもんだから、辛くてしょうがなかった。


Twitterでも試してみたことがあったが、やはり一か月ももたなかった。


何故、
”明るい内容だけを書こう”  
と無理やり頑張ろうとしていたかというと、

”目にした人が暗い気分になるかもしれない”

と思ったからだった。




今も、それは変わらない。


だからと言って、ここのブログで、
これから明るいことだけを書こうとは思わない。


どうせできっこないからだ。





暗い気分になりたくない人は来ないだろう。
毒をまき散らしているこんな所へは。



2020.01.14 夢もチボーも
中学生の時に、
ほんの少し「漫画家になりたい」と思っていた。
描いてどこかに 発表 応募するのでもないのに、
丸ペンとGペンとインクだけは持っていた。



小学生の頃のお正月とか、
親族が爺さん婆さんの家に集まった時、
親戚のおじさんが酔っぱらいながら、


「おい、ででむし、なんか描け(笑)」


と言ってくるんだが、嫌ではなかった。
むしろ嬉しかったかもしれない。
(ちなみに私の両親から言われたことはない)




今でも漫画を読むのが好きなので、
細かく数えてないがおそらく100冊近くのコミックスが奥の部屋に。
これでも20年前の引っ越しの際に100冊以上、ブックオフに売ったが、
どうしても売ることができないコミックスを残した。



毒父は、

”アニメに対して何か恨みでもあんの?”

・・・と思うくらい拒否っていた。



だいぶ前にも書いたことがあったが、
毒父が自分の部屋にすっこんでる時に、
丁度午後7時になって、観たいアニメが始まり、

「しめしめ(笑)」

とチャンネルを合わせたら、毒父が部屋から出てきて、

「ほら!!!また漫画なんか観て!!」

と、私が大嫌いな、あのダミ声で一喝する。
そしてチャンネルを変えてしまってプロ野球を観る。



だから今でも私は、あまりプロ野球が好きではない。
毒父に一喝された過去を、どうしても思い出してしまう。



私が子供の頃は、
アニメの開始時刻が午後7時や7時半からが殆どだった。
なので野球のシーズンになると、どうしてもガチンコしてしまう。




毒母はアニメは嫌いではなかったと思う。
毒父が宿直で家を留守にしている時は、
毒母も姉や私と一緒にアニメを観ていたからだ。
まぁ、本当に好きだったのかどうかわからないが・・・。
好きなフリして私ら姉妹を取り込んでいた可能性もあるし。






漫画家以外に、
ほんの少しでも ”なりたい” と思ったものが無かった。



社会人になって、
自分で自由にお金を遣えるようになると、
月給もボーナスも貯めることなどなく、
好きな音楽に湯水のように遣いまくっていた。
グッズ、雑誌、イベント参加、コンサート、ファンクラブ会費・・・・。
(ちなみに有給も毎年綺麗に消化)



(いまでは、そうやってお金を遣い、有給も使いきって休まなければ、
生き抜いてこられなかったのだと思えるが・・・)






高校なんて、補習でギリギリ卒業したほどバカだし、
専門学校の卒業も危なかった。
社会人になって幾つか転職した先でも失敗ばかり。
仕事でも失敗、人間関係でも失敗。
失敗から学ばない。
次に活かすことができないのだ。





頭が悪いし、飲み込みも悪いし。
さらに性格も悪いときてる。



希望なんて何もない。
たぶん今も。



こんな自分に何ができるだろう?
(生きてればの話だが)60、70になってもメンクリに通って、薬も飲んで、
カウンセリングも受け続けるつもりだろうか?
20代から足掛け何十年なんだ?っつーの・・・。




先日のカウンセリングで、
私が話している途中、ほんの5秒ほどだったが、
カウンセラーが明らかに、
違う方角を見ていたのがとても気になってしまった。
気になったのなら
「気になるんですが・・・」
と言ったほうがいいのに、その一言が出ない。
今は落ち着いたが、
カウンセリング後の1~2日はひきずっていた。


こんな状態でいいのだろうか?






つい先日、高校時代の友人にメールを送った(3行程度)。
二日ほど経つが返事がない。
また私の悪い癖が始まってしまい、
被害妄想に陥っている。
周りから嫌われているように思えてしまう。

そう思うのと同時に、

”イヤな奴だなー”

などとも思ってしまう・・・。

”シカトするのは気分がいいだろう?”

みたいな。

”年賀状に毎年のように書いてある「会いたいね」なんて、
どうせ社交辞令なんだろう?”

とか・・・。

メールの返事がこない = 無視
と思い込む短絡的脳みそ。
実家にいる誰かさんとおんなじ。





何を書きたいのかわからなくなってきた。
最初は「なりたいもの」に関しての話だったのに、
だんだんと内容が違う方向に飛ぶ。
これもADHDが関係しているのだろうか。





2020年が始まったばかりなのに、思いっきり不安定だなぁ・・・・(´д`;)


ほんと、夢もチボーもないね・・・(古い・・・・)。





視線恐怖発動。


昨日、白内障の術前検査で、
毒父を連れて行った眼科の診察室で、
またジロジロとこっちを見ている人が何人かいた。


処方箋を待つ間の薬局でも、私たち家族を見ている人がいた。



もう本当に辛い。



もちろん、毒父の話し声が大きいというのも、
ジロジロと人から見られる原因の一つかもしれないが、
毒父だけのせいではないと思う。





この国は、


「親を大事に」


「子どもは年老いた親の世話をするのが当たり前」


「養ってもらった恩も忘れて」



という、
偏った固定観念が蔓延していると思うので(たぶん)、



”親のほうに問題がある”


とは受け取ってもらえず、


私達姉妹のような人間は、病院でも薬局でも針のむしろとなる。






例え、毒父の物言いが上から目線でムカついたとしても、
怒りを抑えて「普通に受け答えする」のが、
良しとされるのだろう。




とは言え、殆ど自制が効かないが(私の場合)。




だからジロジロと人に見られる。




世の中の一般常識や固定観念に、いつも自分は負けてしまう。











「今日サー、病院の待合室で変な家族がいてサ・・・」


「イヤだわねぇ・・・自分の父親なのにあんな口調(態度)で」


「なんだろ?あの二人。娘かしら。」


「父親が診察室に入ってる間に、
待合室で父親の悪口ばっかり言ってるババァが二人いた」





・・・・などなど、
各ご家庭で酒の肴、話のネタにされている可能性あり。




我が家は恥さらし家族。





今年の8月、
毒父を眼科に初めて連れて行った日、
毒父が診察室に入っている間、
隣の部屋で姉と座り、約10~15分ずっと毒父の悪口を言っていた。



姉も私もひそひそ話をしていたが、
もしかしたら看護師さんに聞こえてたかもなぁ・・・。









昨日、眼科に連れて行ったから、
もう年内は、
姉と私の付き添いは終わりだと思っていたのに、
毒父の白内障手術(手術当日は夫が同行)の翌日、
術後診察のために、また眼科に毒父を連れて行かなくてはならなくなった。




11/9に眼科から貰った紙には、
「手術の翌日もご来院ください」など、一言も書かれてなかった。


「最初から書いといてくれよ~~。゜(´⊃ω⊂`)゜。」


・・・という感じ・・・・。






昨日、眼科の待合室はそんなに混んでいなかったし、
午後3時半からの予約を待たずに午後3時に到着したし、
最初の検査で呼ばれたのも午後3時15分頃だったのに、
全ての検査が終わるまで、結局トータルで2時間近くかかった。




私が自分の家を出たのは昼の12時半だったが、
自分の家の最寄り駅に帰って来て、
スーパーで買い物をして自宅に到着したのは午後7時半頃だった。




もう本当にぐったり・・・。
身体も心も。




手術の翌日にも、
また毒父を連れて行かなくちゃならないと知ったので
更にぐったり・・・。









眼科を出る頃に、何故か毒父の機嫌が悪くなり、
隣の薬局に着いて、毒父が問診票を書き終えると、


「ほらっ!」


などと声を荒げて問診票を差し出し、


”問診票を受付に持っていけ”


という態度。





人前じゃなかったら、

「その言い方なに?」

と言い返したかった。





薬局のお手洗いに入り、出てくると、
待合室で座って待っていた一人の女性が、
私たち家族をずっと見ている。



”なんだろ、あの人、こっちばかり見てる・・・・”
(それが冒頭の「薬局で見ていた」の人)





そしてタクシーで毒父宅に到着し、
姉がポストの郵便物を見に走って行った。
私は車椅子の毒父を乗せたまま、ほんの少し段差が超えられず、
逆向きになって引っ張り上げたところ、



「デイサービスの人なんか、
ほいっ!と上げるよ?」

(車椅子正面から段差を超える)



と、またお決まりの「こきおろし」。



はーそうですか。
デイサービスの人は凄いですねー。



・・・・・だから何?



車椅子が仮に10~15キロだったとしたら、
テメーを乗せてて合計83~88キロだ!
重いんだよ!!


車椅子の上に、ボーリングの玉を幾つか乗せてるような感じ。






ブチ切れた私は、


「比較しないでくれる?!
私はそういう職業の人じゃないんだけど!!
何回同じこと言わせんだよ!」



毒父反応なし。


「こういうこと言うから、付き添いたくないんだよ!」


またしても反応なし。






エレベーターに乗ったら乗ったで、

「さっきの(タクシーの)運転手さん、怖かった!ハンドル、これだよ?これ」

とジェスチャー。




姉も私も声を揃えて

「知らないよ!」

「免許もってねーし!」




好き勝手にベラベラ喋りやがって。



病院の待合室で待っている間も、
暇でつまらないのか相変わらず話しかけてくる。
しかも唐突に。
私たち姉妹も、毒父も、
3人とも何分間も黙ってたのに、いきなり話しかけてくるのだ。


「もう、尿瓶使ってない。前は一晩に7回も8回も行ったけど。」

とか。


黙って頷くだけにとどめた。




またあの「F-1速報」を、姉に買ってきてくれと頼んでいたらしく、
診察待ちの間、姉が近所の書店に買いにでかけた。
本は売り切れだったのだが、毒父はそこで話が終わらず、
「HONDAがどーのこーの」
と興奮気味に私に話してきた。


姉と私。
「知らないよ~!F1のことなんてわかんないし!」





あとやっぱり、凄く自分勝手なので、
姉と私が会話してても、お構いなしに話しかけてくる。


人が会話してんの理解できないの?




あと、今回の通院に限らず、
自宅から病院までの往復のタクシー車中でもベラベラ。
こっちが黙ってても一人で喋ってる。
「そうか、右か」
「この道を行くんだな」
などなど。



運転手さんにお任せするんではなく、
必ず道順を指定。
どこどこの道をどう行ってくれとか。
いかにも
「俺は詳しい」と言わんばかりの。



何を敵意むきだしにしてんだか。
自分の過去の職業をマウンティングの材料に使う、哀れな毒父。





毒父を実家に戻した後、
「ありがとう」
「助かったよ」
「遅くまで悪かったね」
なども一言も言われない。




こんな毒父だから、
病院への付き添いなんてやりたくないんだよ。



やるだけ無駄だし、
自分の身体にも心にもダメージが残るだけで、
いいことなど何一つもない。



昨日の夕飯は、
いつもより白米を山盛り(通常茶碗半分ぐらい)にして、
スーパーで買ってきたばかりの
「誘惑のふりかけ」
をガーーーーーッッッ!!とぶっ掛けてガリガリ食った。



イライラが食欲に出てる・・・(´∀`;)






2019.10.03 対岸の火事
じじいの要望に対しては、出来るだけ叶えようとして、
色々と方法を探って現実化させようとし、
その都度、あーだこーだと、こちらに連絡してくるくせに、


じじいの家族(・・・というより私)が、
じじい本人に、ほとほと困っているという現実には
目を背けようとするんだな。


結局、利用料を払っているじじい本人と、
利用料なども全く払っているわけではない私との対応の差なのか?


はいはい、わかりましたよ。
もう話しません。


どうせ私が悪いんでしょ。
カウンセリングで話すだけでは飽き足らず、他の機関にまで話すなんて。

2019.06.05 不要
いても役に立たないし。
迷惑ばかり掛けるし。
ひきこもりを言い訳にして動かないし。

なんで生きてんだろ?
FC2のランキング参加をやめた。
前々から殆どチェックしてなかったんだが、
今日たまたま、ブログの管理画面内で目にした、
FC2のランキングが、
自分だとまず有りえない数字になっており、
物凄くビックリしてしまった。
慌ててエゴサーチしたりとか(汗)。

過去ログで、アクセスの事を
病的に気にする発言を繰り返してるくせに、
いざ、人の目に触れやすいところに行ったら、
ビクビクオドオド。

つくづく、めんどくさい奴だと、自分でも思う。