★皮膚科通院


今月5日(月)に行ってきて、
2週間分の飲み薬と塗り薬を貰った。


そして今日行ってきた。


今日は血液検査をしてもらい、結果が今週末に出るという。





私の皮膚の故障は多い。


・乾癬(膝、肘)

・蕁麻疹

・足の親指の爪が分厚い(入院中に亡くなった母親に似てるな・・・)

・足の指全体の爪が肌に食い込んでる感じ

・両手の爪が時々欠ける

・両手の親指の爪だけが黒っぽい

・稀に顔に吹き出物

・稀に口角炎

・稀に顔に粉瘤

・今は特に痒みもないので放置してるけど、
主婦湿疹の後遺症(?)でシワシワになっている両手の指




これだけ幾つも、
皮膚のトラブルを抱えているというのは、
身体のどこかがおかしくなってるんじゃないかということで、
血を調べてもらった。



昨年末まで2~3年通っていた皮膚科では、
血液検査をしてもらったか忘れてしまったけど・・・。



そして、その病院から、
何故今の病院に転院したかは、
伏せておこう・・・。



「今度こそ真面目に」と思っても、
続けて通えるかどうかの自信もない。



今の地域に住み始めて十数年経つけど、
皮膚科は今の病院で、確か5~6軒目。



ドクターショッピングばかりだ。



5~6軒も行ってると、
もうさすがに、別の皮膚科を探すのも困難。



病院の診察券だけが無駄に溜まってゆく。





今日、皮膚科から帰宅して、
”あぁ・・・面倒臭い・・・”
と思ってしまったのは、
今夜からまた、
家で血圧を計る必要が出てきたからだ。

婦人科の先生からの指示により、
昨年4月から血圧を計って、
結局三か月しか続けられなかった。




でも仕方ない。
皮膚科の先生が
「血圧を見たい」と言っているのだから。



先生に血圧手帳(ノート)ももらった。



それによると、
以前、家で計っていた頃のノートとは違って、
朝・晩、それぞれ、
「2回ずつ計って、その平均値も計算しなくてはならない」





ううっ・・・。

めんどくせーーーーーーー!!(;w;)


(先生、ごめんない、ごめんなさい)



2016.06.22 病院めぐり
【大変長文乱文です】
最終更新 2016年6月25日


胃カメラの後、寝込んだことを、
一つ前の日記に書いた。


あの日記の二日後に、今度は耳鼻科に行った。
熱は下がったものの、
鼻づまりだけがよくならず(くしゃみ、鼻水は殆ど完治)、
唾を飲み込むと、左耳の中で、
ボコッボコッと音がしていたからだ。



お薬手帳を見ながら時系列で記載。
【5月からの通院のまとめ】

そもそも最初の発端は、
「エビリファイ終了」
の辺りに書いた、
4月中の慢性的な吐き気によるものが最初だった。


しかし、エビリファイをやめて暫くしても、
なかなか胃のむかつきが取れないので、



5月9日に胃腸科に行き、薬をもらった。
この時に、院長に、
「胃カメラ、一年ぶりなのでやりましょう」
と薦められてしまい、予約を入れた。



5月18日には、いつもの皮膚科



5月24日の夜に、左目に急激な痒み。
一分くらい痒みが止まらなかった。
鏡を見たら、左目の白目の下半分が、
(たぶん擦り過ぎで)真っ赤だった。


翌朝に目やにが溜まっていなかったので、
結膜炎ではなかった。


でも少し赤みが残っていたので、
かかりつけの眼科に行った。
(たぶん半年以上ぶりぐらい)

そしたら運悪く、この曜日は全休に変わってしまっていた。


慌てて近くの調剤薬局を探し、
この日の曜日にやっている眼科を調べてもらった。


そしたら、その眼科で、
また「眼圧が髙い」と言われた・・・。
(3年くらい前に別の眼科で言われたのと同じ)


あと、母親が緑内障の手術 をし、
脳梗塞で亡くなったことも問診票に書いたので、
それも院長は気になっているらしかった。
眼底検査をすることになり、「例の目薬」を入れてもらう。
【訂正】緑内障かどうか覚えていない。白内障だったかもしれない。





5月29日に胃カメラ 
胃カメラをやる前の日記

「胃カメラの後、寝込む」の日記



胃カメラの翌日に、
風邪とほぼ同じような症状が出て数日寝込んだ。
そして5月30日に内科。



6月1日はいつもの精神科


6月3日は、いつもの皮膚科


冒頭に書いた通り、
鼻が治らなかったので、同日6月3日に耳鼻科




6月7日頃から胃酸過多が出始め、
6月8日は終日、口の中が酸っぱくて辛かった。
掛かり付けの胃腸科は予約制だが、あまりにも辛いので、
急患で診てもらいたく、
6月9日の朝イチで出かけた。


また、この時の診察で、
5月27日より、一日の排尿回数をメモっていることを伝えた。


もっと前に胃腸科の先生に言えばよかったのかもしれないが、
胃のむかむかの方が気になっていたので、
頻尿の事はとりあえず横に置いておいた感じだった。


以前の検査でγ-GTPが少し高いことが、
院長先生は気になっていたようで、
「腎臓に何かあった場合も数値が高くなることがあります」
と言っていた。
(私は酒は殆ど飲まないし、飲まないでも過ごしていられる)


なので「腹部エコー」をしてもらう事になり、予約を入れた。


胃腸科での尿検査でも異状がなかったが、
私からの「残尿感がある」という訴えが気になっていたらしい先生は、
◎◎駅前の泌尿器科の受診を薦めた。



翌日6月10日に眼科で視野検査。
結果、視野検査では特に異状はないが、
「前回の眼底検査との結果が合わない」とか、
そんなようなことを院長が言っていたと思う。


そのため、
来月7月にも眼底検査、
また、8月にも、
今度は別の視野検査の予約を入れられてしまった。




眼科の後、病院のはしご。
胃腸科の院長から薦められた泌尿器科へ行く。
5月27日からメモっている排尿の回数のメモを持参。
また、「胃腸科から通院を薦められた旨」を告げる。


その病院で、
検尿と、簡単なエコー検査をしてもらったが、
菌もなく特に異状はなし。
「ベタニス」という薬を一か月分もらった。
一か月後にまた受診ということで予約を入れてもらった。




6月15日 いつもの精神科。

カウンセラーは、
この度の病院めぐりの話をよく聞いてくれたし、
「病院に行って調べてもらう方が重要なんだけど、
でもそれの方が逆にストレスになってるね」
と言っていた。

あと、眼科の院長に、
「(目が)寄ってる寄ってる」と言われた事も話した。


カウンセラーに、
掛かり付けの眼科に転院した方がいいかどうか相談すると、
「もしアレなら院長先生に相談してみたら?
専門の病院は、原因となる”そこ”しか視ないし、
(メンタル関係かどうか)総合に診るのは院長先生だから」
と言われた。


しかし精神科の院長は・・・・

「身体に色々と異変が出て、病院に行って、
不安なのはよくわかるんですが、
それをこちらに聞かれても正直困ってしまいます」



・・・と言った。



結局、眼科の転院はしないでおくことにした。
かかりつけの眼科のほうが気が楽だったが、
また最初から、眼底検査だの視野検査だのと、
お金が掛かってしまうことも気がかりだったので。






6月16日は胃腸科で腹部エコー。

病院出発前の自宅にいる時点で、
すでに6回も排尿してしまっていたため、
出発一時間前に水を1リットル飲んだ。

それがすぐに排尿を促してしまった為か、
病院に到着した頃には、漏れそうで大変になった。

あんな想いをしたのは初めてだ。
本当にもう
「我慢ができない」
「我慢してるのが苦痛」
という感じだった。


エコーの検査結果は、この日のうちに出たのだが、
異状なし。


ただ、院長は診察時に私に告げなかったが、
院長の目の前の端末に(私のカルテやデータが打ち込んである)、


「機能性ディスペプシアの疑い」


・・・と表示されていた。


「機能性ディスペプシア」(アステラス製薬のHP)




胃カメラも異状なし、
エコーも異状なしと来ると、
もう、院長先生としては「手を尽くした」という感じなのだろう・・・。
胃酸過多の事に関しても、
「あんまり深く考えないほうがいいんじゃない?」
と言われてしまったし、
頻尿の事に関しても、
「水分、摂りすぎてる、って事は、ない?」
とも言われてしまった。


私が、「いや、そんなに摂ってる自覚は・・」
と答えると、
「だいたい何リットルくらい?」と言われてしまった。


正直、自分が一日平均、
どの程度飲んでいるかわからない・・・。
リットルで示せと言われても・・・・。


それでも私が懸命に答えようとしていると、
先生の相槌が
「はい、はい、はい、はい」という、
まるでサンドウィッチマンのネタにもあるような、
「うん、うん、うん、うん」みたいな感じだった。
「答えを急かされる」というか・・・・。



胃酸過多ぐらいで、急患で行ったのは、
神経質すぎたのかなぁ・・・。
私は辛かったから行ってしまったんだけど・・・。


「気にしないほうがいいんじゃない?」
と言われてしまったことで、
今後は、胃酸過多ぐらいで、
診てもらいにくくなってしまった気がする・・・。
(胃酸過多になる確率が高い自分)


行ってもまたどうせ、昨年と同じで、
「胃カメラやりますか?」
「エコーやりますか」
のコースになるのかもしれないし・・・・。




胃腸科の先生から、
「サジ投げ」(????)のような対応をされたことで、
凄く不安になってしまった。
また、頻尿も相変わらずだし、
毎日幾度も腹部を圧迫して尿意があって不快なので、
胃腸科の翌日に、
急遽、件の泌尿器科に行ってきた。



しかし結局、別の薬を出されるわけでもなく、
「ト◎レに行きたくなったら、5分10分、我慢してみてください」
と言われただけで終わった・・・・。



それから我慢はするようにしている。
排尿の回数も、一日10回以下になってきた。
(女性の場合だけかもしれないが、一日平均で7~8回らしい)


5月27日以降の排尿の回数のチェックでは、
10回とか12回、15回なんて日もあった。


そこから比べたら、
一日10回以下になったのは喜ばしいことかもしれないが、
お手洗いに行くのを我慢しているだけであり、
相変わらず腹部の圧迫感もあって、
お手洗いに行けばいつでも
排尿(少量でも)できるような感じなので
今も悩みの種である。


近々外出する予定があり、電車に長く乗る。
目的先でも拘束時間が長く、お手洗いに行くのが難しい。



どうしたものか・・・。
まったくスッキリしない・・・。
残尿感が消えない。



私の身体って、いったいどうなってるんだろう・・・。



病院めぐりも、もう疲れたな・・・。
「自業自得・自己管理が出来ていない自分が悪い」と、
言われてしまえばそれまでだけど・・・・。



こう、毎日とか、
一日おきとか病院に出かけていると、
待合室で人がたくさんいる中で、じっとしていたり、
眠くもないのに目をつむって寝たふりをしてみたり、
とても精神的にも疲れる・・・・。


引きこもりだからなおさらだ。


とりあえず今週は病院に全く行く用事が入ってないので
なんとか精神的には楽だ。





2016.01.22 精神科通院歴
(以前の中身から書き換えました)



初めての精神科通院は20代後半で、
勤め帰りから通いやすい病院を探し、
週一ぐらい通った(あまりよく憶えていない)。
もちろん通院の事は親にも誰にも言わなかった。


半年ぐらい通っただろうか。
もうそれも思い出せない。



通った原因は憶えているが、
それは今でも、自分の汚点と思っているのと同時に、
消してしまいたいくらいの嫌な出来事なので、
たぶん奥に押し込めてしまっているのだと思う。
こういうのも掘り起こさないと、ACの回復は見込めないのだろうか?
だったら嫌だなぁ・・・(-_-;)




でも、たった半年とは言え、
精神科に通いながらも仕事を続けていたので、
いま考えると、よく勤めをやめなかったなぁと思う・・・。
昔のほうがガッツがあったんだろうか。
(「若さ」で乗り越えられたのかな)



過去に、一時間一万円のカウンセリングを受けた事があったが、
やはり一か月で4万というのは、とても家計を圧迫していた。
そのため一年間で終了した。

自助ミーティングに通うも、こちらも一年で行かなくなった。
時々休むことはあったけれど、
それでもまぁ一週間に一回、よく通ったとは思う。
現在のほうが、週一の外出もキツイかも(汗)。




過去に、精神科のドクターショッピングを、
3回ほどやっている。


今じゃ考えられないが、
以前は精神科の薬にも抵抗があり、
指示された薬をちゃんと飲まない事も多かった。



そのため、

「それじゃあ通っても意味がないしね・・・」

というようなことを、院長先生に言われてしまい、
通院が途中で終わったこともあった。


でも結果的に、この院長先生のところでは、
その後10年間お世話になった。


この先生の病院内で、
一名の先生がカウンセリングをやっており、
ここでも8年お世話になった。
保険内で済み、安かったので有難かった。
たぶん、カウンセリング代が高かったら、
こんなに8年も通い続けられなかったと思う。。


物事が続けられない、好きなことしか夢中になれない自分が、
初めてやり通したことかもしれない。



過去に、メールカウンセリングもやっていただいたことがある。
それぞれ違う、二名の先生にやっていただいたけれど、
うち、一人の先生からは、匙を投げられてしまって失敗に終わった。



最後に、何故、
10年間もお世話になった精神科から、今の精神科に転院したのかと言うと、
確か過去ログに書いたかもしれない(書いてなかったらすいません^^;)。


ただ、通院9年目に入った辺りから、なんとなくボーッと、
”もしかしたら別のところに移ったほうがいいのかな”
ということを考え始めていた。




それで、現在の精神科との相性はどうかというと・・・。
2016年1月から通っているので、
現時点(2019年10月)で約3年8か月お世話になっているけど、
まだ相変わらず手探り中。
色々と思うところはあるけど、
でももう別の所への転院はさすがに疲れるかな・・・。
年齢の面でも肉体的な面でも、もうしんどい。



精神科以外の通院に関しては、別カテゴリーに書いています。



終わり。

2016.01.06 初診
最終更新 2016年7月4日


転院先の初診(B医院のB院長先生)。
一回目だし、まだこれからだとは思うのだが…。


まぁ・・・正直いうと不安で一杯。

以前書いたこの件について も院長先生に話したけど、


「治らないんですよねぇ…」
と言われた ( ̄_ ̄|||)


・・・・そんなアータ・・・。
しょっぱなから「治らない」って・・・。
身もふたもないじゃないの・・・orz 


薬も、
「100あったら、30くらいまでしか効かない」

・・・と言われた。


それでも、処方されないと困ってしまうので、
処方してもらったけど、
去年までお世話になってたA医院から出された薬と、
全く同じであった・・・。



あと、この件についてもハッキリ言われた。

「アダルトチルドレンに関してはわからないので」

と。


何処かで読んだけど、
精神科の、ACに対する認識って、
日本だけなのかわからんけど、相当、低いみたいだな・・・。

去年までのA医院のA院長もそんな感じだったし・・・。


なんか・・・転院先では、
以前よりお金も掛かってしまいそうだし、
行かなくても済むものなら本当は行きたくないな・・・。
お金が勿体ない。


でもたぶん、今の自分は、全くそれは無理だと思う。
精神面が非常に不安定だから。


先が長いな・・・。
60、70になっても通うつもりなんだろうか自分・・・。

(そんな歳まで生きていたら、の)



・・・・書き忘れてた。

B医院でB院長先生の診察前に、
30~40分程度のカウンセリング(?)をやってもらったんだけど、
学歴や職歴とか、
どの病院に行ったことがあるとか、
入院歴はあるかとか、
色々と聞かれたりした。

でもそれって、A院長先生が私の前で、
PCを打ちながら紹介状を作成している時に、
学歴や職歴を時々軽く聞いてきてて、
確かにそれら打ってたと思う。

紹介状に書いてある内容を、
なんで敢えて聞いてきたんだろう?
その時間がとても勿体なく感じたのは私だけ?



最終更新 2016年7月4日


先日も少しだけ触れたこと

で、非常に困っている。


早く来年の初旬になりたい。
早く転院先で相談したい。
相談してもどうにもならない可能性もゼロじゃないけど、
とにかく病院で話したい。
話して、症状を少しでもいいから緩和させてくれる薬があれば
処方してほしい。


精神的にヤバくなりそう。


来年こうしたいとか、ああしたいとか、
ここで書いたところで、
いつも私は「口だけで実行が伴わない」から。


どうせ来年も同じことの繰り返しだと思う・・・。


あした、ブログを書けるかどうか、
書く時間もあるかどうかわからないので、
年内は一応これでおしまいm(_ _)m



加筆訂正:2017年3月26日


思いつくまま書いていて、とても長いので、
長文が嫌いな方はご注意ください。






一つ前の記事を書いたあと、
長文だったからか、疲れていたらしく、
3時間くらい布団で眠った。


そして目が覚めた途端に、
先のブログで思い出せなかった、
夫とのバトルの内容を徐々に思い出してきた。


そしてまたPCの前に座ってきてしまった。


==========================================


夫は、
院長のことを「ガッカリ」と言ったが、
他にも、私の転院に関して言った。


「また(病院)変わるの?
何回(病院)変わってんだよ?
また最初から(新しい病院の人間の前で)話すんだよ?」



これは、私が過去何十年かの間に、
ドクターショッピングを何件か繰り返してきたから、
このようなことを言ったのかもしれない。



過去の私は、
上記の精神科に至るまでに、
4~5回ほど、メンクリを転々としていたと思う。


それでもがんばった。
A医院では10年がんばった。
もちろん最初から「10年通おう」と思っていたのではなくて、
気づいたら10年、
気づいたら院内カウンセリングも8年経っていた。


しかしながら、きのうの夫の発言は、
なんだか以前に言っていたことと全然違う。


3~4か月前だったか、
”転院を考えている”
ということを伝えた時、

「(もう一個の方は)カウンセリングが出来るんだし、
そっちの方が、ででむしに合ってんじゃない?」


と言っていた。




なのに、
「また最初から新しい病院で同じことを話すの?」
と詰め寄って怒った口調で言ってくるって・・・・なんなの?


矛盾してないか?



貴方は、私の転院を、
応援とまではいかなくとも、
「それでもいいんじゃない?」的に捉えていたのではなかったの?
なのに「また変わるの?」
などと言って怒ってくるって・・・????



上記の内容を、もっと端的に、
「なんかブレてんなー・・・。
言ってることが前とぜんぜん違うよ?」
・・・・と夫に言ってみたが、


「そんなことは言ってない」



・・・と反論してきた (ヽ´ω`) やれやれ・・・




これってやっぱり酒のせいか?
それとも酒のせいじゃなくて、ACによる発言のブレ?


私のことを時には味方したり、時には非難したりしと、
感情が一定しなかった、うちの母親と同じ?




また、きのうの夫の話によると、
”私が続けて通ってきた10年のプロセス”
・・・は、夫にとっては、どーでもいいことらしい。

前々から、
なんにしても「結果が全て」というような考え方のようだ。




確かに、院長先生のやり方に対し、大いに疑問も感じ、
”このまま通っていていいんだろうか?”
・・・と何度も思ったこともある。

これでも私なりに、転院に至るまでかなり悩んだ。

「自分で選択ができない人間」なのに、
選択しなくてはいけない。

更に、
「選択してよかったか、悪かったか」は、
来年になって新しい病院に通わないとわからない。




昨晩のように、
院長先生から「とりあえず」は卒業(?)した日の晩に、
あのように大きな喧嘩を、
夫とおっぱじめてしまう私だ。

これだと年内に、
あと最低でも1回か、それとも何度もか、
あるいは来年初頭の転院先の通院日まで、
どのくらいまた喧嘩をし、涙を流すのだろう。


気持ちがグーーーーーッと落ち込んでも、
もう、そうそう何度もA院長先生の所には行けないのだ。

(院長先生は迎え入れてはくれるだろうが、それだと転院する意味が無いような…)


”いちいち夫に、自分の転院のことなど、伝えなかったほうが良かったかな?”

・・・と思ったが、


ただ、遅かれ早かれ、
転院したことは夫にはいつか気づかれて、
「なんで(病院)変えたの?」
くらいの話が挙がってしまって、
また喧嘩になっていたかもしれないので、
昨晩が、そのとき(喧嘩)だった、という感じなんだろうか???


(まぁ、一度じゃ終わらない気がするけど……(ヽ´ω`)やれやれ)



ダメ押しで、夫から


「また(病院)変わるね。  
絶対に変わるね。」



・・・とも言われた(上から目線で)。



「病院また変わるね」 という言葉の中には、


「俺の言った通りになる」

「俺は一番、ででむしのことを理解している」

「俺は、ででむしのやることが読める&予測できる」



・・・という気持ちも含まれているのだろう。

(実際には理解されてないけど)



うちの母親と似ている。
これでもし私が万が一、転院を失敗して、
元の病院に戻ったとしたら、
うちの母親だったら、


「ほらね?
親のいうこと聞かないからそうなるのよ」



・・・と言って来るだろう。





うちの夫だったら、

「ほらね、やっぱり。

俺の言った通りになったじゃん」



とまた上から目線で得意気に言うのだろう。




仮に私が、
「院長先生は、”戻ってきても別にかまわない” 、って言ってたから戻ったんだよ?」
・・・と反論しても、

「でも転院した病院をやめたのは事実じゃん」

などと 「自分の意見の正当化」をするだろう・・・。





私が以前読んだ、ある専門家の方のブログに書いて会った事を思い出した。


上記のブログによると、もしかしたら、
私の夫は、
私にとって良い人ではないのかもしれない。


転院した後、私がどうなったかによって、
夫の反応が見えてくるかもしれないが・・・。


夫は私と同様、
自己肯定感が低く劣等感も強い(たぶん)。


これは私の両親も、互いにそうだった。なので普段から足の引っ張り合いをしたり、
ちょっとした発言で優劣を競っていた。



夫にとって、私の失敗は、
自分の自尊心をくすぐる為の、
道具の一つに過ぎないんじゃないかと思う。




半年くらい前だったか、
ほんの些細なことだったけど、私がやったミスを、
「フン(笑)」
と鼻で笑っていたことがあった。


私はすぐに反論したけれど、
読んだ関連書籍やブログによって、
”AC回復の足を引っ張られる場合がある”
・・・という知識を少しだけ頭に入れていたので、


”ははぁ。。。これがそういうことなのかな・・・”
と、なんとなく感じていた。



私が何かをやり、何かの行動を起こし、
それを失敗した時のほうが、
夫にとっては「自分のほうが上」と実感できる時なんだろう。


どちらかというと私がどんどんチャレンジして、
失敗してくれたほうが、有り難いんじゃないかと思う。
人を見下して馬鹿にして、自分の立場が上になることで、
ストレス発散にもなるだろう。


私がたとえ、何かをやって成功したところで、
夫は何らかのイチャモン付けてくるんだろうなぁ…。
たまに「すごいじゃん」と言うことがあるけど、
前々からそうだったが、なんだかこう…、
無理して言ってる「すごいじゃん」に感じられてしょうがなかった。
本心から言ってないような感じの。



結婚当初から、
もともと私を褒めることが極端に少ない人だし、、
褒めることを私が面白おかしくでも強要すると、

「はいはい、わかったわかった、凄いねー。ハイ終わり(笑)」

と済ます人だった。


そして、これがまた私にとって、
自分をコントロールするのが難しいことなんだけど、
どうしても、家事にしても料理にしてもなんにしても、
ちょっとしたチャレンジを始めたばかりの頃に、
それをいちいち言葉に出して
夫に言ってしまう(ご披露する)のだ。
今回の「転院の話」も、その一環かもしれない。



これを「承認欲求」という一言で
片づけてしまえばそれでおしまいだが、
これが実は今の私の、辛い毎日の中の、
大きな課題の一つだったりもする…。


これは問題な発言かもしれないが、
”こんな余計なことばかり吐き出す口なんか要らない”
・・・と思ってしまうことも数日おきに訪れる。



かと言って、
我慢して余計なことをくっちゃべらないように、
黙ったままヨーモーフェルトなどをしていると、
ちゃぶ台を挟んだ50cm向かい側で、
こっちもだまーーーーーったまま(時々口をぽかーんと開けて)、
携帯ゲームばかりしている夫に、
感じたくないイライラを感じ、
今まで何度か具合が悪くなったり、
布団で寝込んでしまったこともある。



元々の私はお喋りで、
元々の夫はあまり話さないタイプなので、
前者のほうが分が悪い。
後者は「沈黙」が慣れていると思うから、
たぶんどうでもいいし平気なのだ。


また、携帯ゲームが夫を助けてくれる(病的な意味で)。
集中してれば、私と喋らなくても辛くないだろう。


逆に私は、と言えば、
ヨーモーフェルトに集中しているつもりが、
全く集中できておらず、
夫の存在が気になってしまっていて、
集中できてないのだ。

実際に行動できてないから「たら・れば」なんだけど、
キツイ想いをして奥の部屋に行ってヨーモーフェルトをやれば、
夫のことを気にしなくなっていい効果が出るんだろうか?





「どこか」から「どこか」へ移る時は。
不安が伴うと思う。
それは、自分の活動場所を、
居間から奥の部屋へ移動するのも同じことだし、
通院先を別の所へ変えることも同じだと思う。



一番不安に感じて、
でも転院に関して決断を下した私の行動を
「そうか、頑張れよ」
というのでもなく、


「なんで病院変えたの?」的なことを言って批判する。
挙句の果てには 「また(病院)変わるよ」
などと、知ったかぶりをして言う。



いや、でも、
「そうか、頑張れよ」
なんて「爽やかな発言」をする夫であれば、
鼻から、きのうみたいな喧嘩にならないような・・・???



そういえばきのう、夫がチョロっと、

「(俺が帰省した時に)母親が、
重たいビールをヨイショヨイショと買ってくる」

・・・と言っていたのを聞いた時、
”はぁ。。。コレだもんなぁ・・・”
と改めて思ってしまった。


自分の母親が、たとえ無意識であっても、
息子の「嗜癖」を手伝う行為をし、
「嗜癖の塊」を家に買って運んでくるんだから、
どうしようもない。



ゆうべ、人のことは色々と言うんだけど、
自分の酒や煙草に関することは絶対に、
少しでも何か変化を見せようとする意思は無さそうだし、
逆に、私が嗜癖について触れると、
”話を逸らしなさんな”
と言う。



午前中も書いたのに、もう一度書いてしまうけど、
なんで私、あそこまで、
ガーガーガーガーと夫に言われなくちゃならないんだろう?


アルコールが入ると、
どうも大きな声に自然となってしまうようで、
その度に私が「声がデカイ」
とツッコミを入れるが、
また暫くすると声がデカくなっている。


ご近所にも聞こえそうでムチャクチャ恥ずかしい。



なんだか物凄く疲れたせいなのか、
いつもだったらサメザメと涙が出てくるところが、
涙が流れてこないのが、逆に怖い。

”(涙は)枯れないのか?”
・・・と前々からブログで言うことがあったが、
逆に出ないと怖くなる。


こんなに酷く、心が疲れきってるのに、
なぜ泣けてこないんだろう?



これから先も、一つ屋根の下で、
夫とどのように対峙してゆけばいいのだろう?
夫の前でわざと元気を出すのも、
なんだか違う気がするし、
かと言って、鬱々とした表情そのままにしていると、
そのうち何か(文句の一つでも)言ってきそうな気がしないでもない。



自分で物事を解決できる「力」を持っていないので、
どうしても人を頼りたくなる。
もう、面倒臭いから、
来年の初頭、新しい転院先に夫も呼ばれて、
私を含めて三者面談して、
三行半的な話を、
病院側のほうから夫にしてくれないだろうか?





いま、なんとか平常心を保ってはいるが、
ついついググッって、「ワイ**ス」「おd」で調べてしまった。


・・・まぁ、上記のやつでは昇れないことはわかった。


いちいち、夫か病院管理になるとそれもまた面倒なので頑張る。
それに私は数日後に、
久々に電車に乗って出かけなくちゃいけないところがある。
キャンセルができないわけではないが、
キャンセルするとお金をドブに捨てることになる。
それが勿体ない。



なんとか必死こいてガンバロウ・・・。






2015.12.08 夫婦バトル
最終更新 2017年3月26日


(一応、修正&削除などはしましたが、
話がアチコチ飛んでると思うので、
とても読みづらいかもしれません)




どこから書き始めたらいいのだろう・・・。
いま頭の中がとっちらかっているので、
理路整然と書けないかもしれない。


昨日は久々の夫婦バトルで、
おそらく2~3時間はドンチャカやってかもしれない。


私が腹が立った事柄は、
きのうのバトル内では色々あったが、
今はどうしても頭が上手く回らないので、
あまりよく思い出せない。


きのうは夫が帰宅したのが午後7時少し前で、
私が、通院先での話を、
ほんの数秒、夫に話してから、
そこからバトルに発展した。
でも何がきっかけでバトルに変化したのかは
思い出せない。


遡って、きのうの昼間、
院長先生の診察を急きょ受けに行き、
診察中、3~5回くらい落涙した。


そして家に帰ってきて、
診察室での事を思い出して、一人で落涙して、


そして今度は、
夜に夫とのバトルでも落涙。




きのうのバトルの最中に、
夫は、おそらく4~5本の発泡酒を空けていた。


夫は、結婚当初からそうだが、
激しい口喧嘩の場合、
より一層アルコールが進むみたいだ。


昔、外食中に口喧嘩になった際に、
いつも以上にアルコールをオーダーしているところを、
目の当たりにしたことが何度かある。
怖いくらいに目が虚ろな時もあった。
呂律も回らなかったりとか。


一度だけ、喧嘩の途中で、
夫が怒って飲食店から出て行ったこともあった。



バトル中に、当て付けから夫に対し、
「生きることを降りたくなる」
と泣きながら言ったところ、
「じゃあそうすればいいじゃん」
と返ってきた。


直後、
「でも泣く人はいるだろうねぇ・・・」
とも返ってきた。


余計な話だが、
ただいまブログを打ちながら、
さっき作ったばかりの、
シソワカメをまぶしたオニギリを食っている。


”ダンナに 「降りたらいいじゃん」と言われたから、
ODでもやってみるか・・・”


などとよからぬことを思っている傍らで、
何故ハラが減るんだろう?



バトルの最中に、

”もう院長先生と会えるのは今日が最後だったのに、
診察が終了した日の夜に、
ダンナとこんなに大喧嘩しちゃってどうしよう・・・”
と思った。



私が夫に、
「メシを作るのは当たり前だと思ってるでしょ」
と訊いたら、
「当たり前だと思ってるよ」
と答えてきた。


「じゃあ聞くけど、
ででむしだって同じこと思ってんじゃないの?」
俺が働くのが当たり前だと思ってんじゃないの?」


と聞いてきたので、
「うん」
と答えた。


お互い様。
救いようのないバカ夫婦。




あと、私は、
A院長先生には10年もお世話になったし、
やはり擁護したい気持ちはある。

夫は、
今夏の診察室での三者面談の事を思い出してか、
院長のことを「ガッカリだ」と言ったり、
「あいつ」呼ばわりしたり。


医者全般を信用していない、
医者が嫌いだ、と主張するのは勝手だが、
自分の妻が世話になった医者ですらも、
頭ごなしに否定するとは、なんだろう?


”医者が嫌いだ”
と言っておけば、
下手に病院に行って、
酒をやめざるをえなくなったり、
煙草をやめなくちゃならなくなる確率は減るわな。


攻撃は最大の防御。




ああ、そうだ思い出した。
喧嘩の内容。
一つだけ思い出したので書いておかなくちゃ。


きのうの夜9時頃だったか、夫のほうから、
「もう食べよう。もう9時になっちゃったよ」
と言われた際に、


私は食いもんを摂る気にもなれなくて、
「私は今日はいいや」
と言ったら、


いきなり
「いいよ、もう。明日からメシ作らなくていい」
と逆ギレした。


「そんな、無理して作ってもらなくても結構だよ」
とも。


私が少し慌てる様子が楽しかっただろうな。
私が動揺するのをわかってて言ったのだろう。
子どももいない専業主婦の自分は、
料理を作ることぐらいしか価値がないしな。



でもまぁ、私の言い方も問題で、
「今日はいいや」と言ってしまうと、
相手からしてみたら、
「メシを出さないことでやり返されてる」
という発想になるのだろう。


(・・・というか、
絶対に私の心の中にも、
”メシ出さねーからな”
という上から目線があったと思う・汗)。


「私は今日はいいや」
じゃなくて、
「これから味噌汁あっためる。でも私はいいや」
とかナンとか言えば、
夫からみたら、自分のメシは用意してもらえるので、
怒りに発展はしなかったのかもしれない。


・・・・え?
食べたきゃ、自分の分ぐらい自分で支度させろ、って?


作るんでもなくて、レンジでオカズを温めて、
味噌汁の入った鍋を温めるだけなんだけど、
未だにレンジの使い方も覚えない(覚えようとしない)、
自分の食べた皿すら下げない人なんで、
自分で支度するのは無理ですナー。。。


課題は多し。



バトルの後、
私は午後10時過ぎには先に布団に入った。
布団に入ってまたボロボロ泣くかと思ったが、
よほど喧嘩で疲れていたのか、
5分以内には眠りに落ちていたと思う。




院長先生に、
”来年1月に、転院先の予約を入れた”
という話をした。


私 「今日、紹介状を書いてもらったら、
   もうこちらに来ちゃ駄目ですか?(ヽ´ω`)」


先生「そんなことないよ~。明日でも明後日でも構わないよ^^」


私 「向こうの病院がもし合わなかったら、
   こっちへ戻ってきちゃダメですか?( ノω-、)」


先生「いいよ~。でもあんまり、戻ってくる患者さんはいないかなぁ。
   実は一年に、2~3人くらい、あちらに移る人はいます。
   でもみなさん戻ってはこないね^^」

 
私 「その方々は、私みたいな10年こちらにお世話になった、とか、
   通院が長い方々ですか?」


先生「いや、数年かな?」



私 「今日を年内最後の診察にしようかと思ったんですが、
   やはり不安なので、年内にもう一回くるかもしれません」

と話した。



院長先生に
「10年、よく頑張りましたね^^」
と言ってもらえた。


ボロ泣きしながら、
「10年もお世話になったので哀しくて。。。。」
と言った。


診察室を出たあと、
すぐ傍のソファーに座って、
暫く沈んでいた。






2015.12.05 焦燥感
最終更新 2016年10月24日


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さいとうメンタルクリニックのブログより




読んでいて絶望的な気持ちになった。

ACの回復は、
私の想像以上に大変かもしれない・・・。


こんな自分でも、
”一体これから先どんだけ年数が掛かるんだろう”
と何度も思うし、
”私、8年も頑張ってカウンセリングを受けたけど、まだあんの?
一体どれだけ進まなくちゃならんの?
今みたいな重苦しい毎日を、あと何年、何十年続けんの?”

・・・と、その度に気分が落ちているのも感じている。

将来を悲観して、生きるのを降りたくなる時もある。

私なんて、年齢からして、
おそらくあと30年も生きられない。
母親は逝ってるし、父親なんてもう80を過ぎている。


父が逝った場合、
私の不満や怒りなどはどうなるんだろう?


よっぽど重病を抱えない限り、
大きな自然災害と遭って死なない限り、
20年は生きるのかもしれないが、
こんな今みたいな毎日を
これから先20年も続けたくないんだけども・・・。


それとも、本に書いてあったように、
親を憎む自分を赦す?
(まだ実際にできてないけど・・・・)


あの父親に何を言ってもダメだろう。
全く同情はしないが、うちの母親も、
あの人が夫で相当大変だったことだろう。
あのじじいに何を言ってもダメなことがもうわかっているから、
私の不満も怒りもぶつけられない。


冒頭のリンクによると、
やはり「引き寄せ」はあるんだな・・・。

私が、
ACである可能性の高い夫と出会って結婚したのも、
”なるべくしてなった”
のかもしれない。


やっぱり転院しかないか・・・。
転院して、その新しい病院で、
新しいカウンセラーと対面カウンセリングをするしか道がないか・・・。



転院したところで、
転院先がとりたててACの回復に携わってなければ、
回復もへったくれも無い。
(ACについて理解のある病院は、そう多くないみたいだし・・・)










2015.11.22 転院に悩む
最終更新 2016年7月5日


数か月前から、精神科の転院のことで悩んでいる。



物事を長く続けられない私が、
今までできたことの、たった三つのうちの一つが、
精神科の院長先生に10年お世話になっているということ。
(院長先生お一人で、全ての患者を診ている)


10年も通院していると、なかなか離れにくい。
私に関することの殆どは、
この10年間で院長先生に話していると思うので、
気分的にとてもラクというのも大きい。


あと、この通院先は予約制ではないので、
先日のように、自分の調子が悪い時にも、
突発的に行って診てもらうことができる。
(そのぶん待合室では長く待つこととなるが…)。


ただ・・・先日の診察の後、
1日ばかり少し考えてしまった。

”やっぱり私、候補に挙げてある病院に
転院したほうがいいのかな・・・” 
と。


この「候補に挙げてある病院」については、
2~3か月前に、院長先生に、
”転院を考えています”
ということで病院の名前を挙げてあった。


そしたら翌月の診察で、院長先生のほうから、
私が診察室に入って開口一番に、
転院の話を始めた。
”あれからよく考えたんだけどね・・・” みたいな感じで。


でも私も、あの時から現在までの2~3か月の間、
生活面でも、夫とのことでも、相変わらず色々とあり、
”いま精神状態が不安定な時に転院するのは怖い”
と院長先生に告げて、転院を先延ばしにしていた。


・・・しかし、やっぱり考えてしまった。


なので、その候補として挙げてある病院に
思い切って電話をしてみた。
今のところ初診の予約は、
一番近くても来年の1月初旬以降しか空いていない、
との事だった。


「でももし転院しないのであれば、診察の取消しもできますよ^^」
と言ってもらえたので、とりあえず予約だけ入れてもらった。

この病院にもカウンセリングのシステムがある。
ただ、いま私が通っている通院先とは違って、
カウンセリング料金が多少かかる。
よくある、1万とか3万とか、とんでもない金額ではないが…。


私は10年間、院長先生にお世話になっているけど、
本当に「ツーカーだったのか?」
・・・と考えると、そうでもないような気がする・・・。

この10年の間で、
”もう別の病院に変えずに、このままでもいいかな・・・”
と思えてきたのは、
ようやくこの4~5年くらいだと思う。
”こなれてきた” というか・・・。


最初の通院の頃から4~5年の間は、
”本当にここの病院に、
この院長先生にお世話になってていいのか?”
と何度も思った。


・・・なんか・・・なんて言ったらいいのだろう。
私もブレてるのに、
人のこと言えないかもしれないけど、
患者さん全員を、院長先生一人で診ているから
あまり細かいケアが出来ないのか、
こと細かく記憶していないのかどうかわからないんだけど、
”なんだか・・・以前と言っていることが違ってる…?”
と感じることが何度かあった。


ただ、私が、
”やっぱり、ここから転院したほうがいいのかな・・・”
と強く思ったきっかけは、
今夏に夫と一緒に診察室に入った時だと思う。


通院10年目でやっと、
夫を診察室に連れて行くことができたのに、
せっかく3人で診察室にいるのに、
殆ど、「これ!」という決定打の話が持ち上がらなかったというか・・・。


別に、
「ご主人、お酒と煙草を少し控えたほうがいいですね」
なんてことも言わないし・・・。
そればかりか、診察室に入った冒頭から、
「(今日は僕は)ご主人の診察をするわけじゃないので・・・」
なんて言い出してしまうし・・・。


夫も調子に乗ったのか、院長を目の前にして、
「ぼく、依存って言葉が大嫌いなんですよ」
なんて言い出す始末だし・・・(院長も無言)。

↑この「依存って言葉だいきらい」っての、
私にも2~3回、言ったことがある。
「否認の病」そのもの。




あと、先日の診察で院長先生に、
「(ご主人の過去は)水に流したほうがいいよ」
と言われたりとか、
私が「夫は、夜中から朝方まで、
居間で一人で何をしてるか全くわかんないんですよ。
もしかしたらエロサイトでも見てるのかもしんないですが、
浮気だってチャットでしようと思えばできますしね?」
と言ったら、

「騙されてやんなさい」

と言われてしまった。



なんだかサー・・・。
「私のほうが」変えることばかりで、
相手(夫)は変えるところが何もないの?

私だけ我慢か?
人を変えようたって無理なのかもしれんけど、
私だけが考えや行動や態度を変えんの?

あっちに変える必要はないの?
それを促す人は誰もいないの?

もう本当に悲しくなってしまった。
診察室から帰宅した後。


自己の肯定を、
自分でしなくちゃいけないのかもしれんけど、
院長先生からも同意を得られないなんて、
寂しくて仕方ない。


”誰もわかってくんないや・・・”
と思ってしまった。


それとも・・・いまの私じゃ、
どこの病院に行っても同じかな・・・・(-ω-;)