先日から書いている、メールの返事がこない友人の話。



この友人Aは、ただひとり、
うちの毒母が亡くなったことを喪中はがきで報せた時、
明けて1月中に私に電話をくれた人でもある。
正直うれしかった。



それでも、友人Aは友人Bと海外旅行に行ったこともあるが、
(確か一回ではなかったように思う)私は後付けで知った。



カネがないと思われのか(どうせ本当にカネなんか無いし)、
誘ったら迷惑を被られると思ったのか(性格悪いしね)、
せっかくの旅行が台無しになると思われたのか(そうかも)。




20代後半の頃、友人Aと私と、友人Aの後輩(私と顔見知り)の
計3人で出かけたスキー一泊旅行で、
友人Aと後輩が、まるでタッグを組むように仲が良く、
後輩が私を小馬鹿にする発言を繰り返していたことで私の怒りが増し、
帰りの列車に乗り込んだ時に、その後輩を怒鳴りつけた経緯があった。



列車の発車ぎりぎりまで、友人Aと後輩が駅構内の土産屋に籠っていて、
慌てて二人でホームに戻ってきた途端に、その後輩が、
「座席って何番~~?」
と、友人Aに言ったのか私に言ったのか知らないが、
ぎりぎりまで過ごしていて自分の席番も確認できていなかったことで、
私がカッ!となってしまったのだった。



瞬間湯沸かし器みたいにカッ!となるところ、実家にいる誰かとそっくりだね~~






そんな経緯があるんなら、
そりゃ海外旅行なんて、もっと誘われないわなーーwwwww






友人AとBと私を含め、
高校の仲のいいもん同士の5人グループだった。
中学3年の時点で特定の友達が一人もいない状態で卒業した自分に、
初めてできた友人たちでもある。



そんな5人ではあるが、
20代前半の頃だったかみんなで国内一泊旅行に出かけた時、
列車の座席(二人掛け)で一人余ってしまうことや、
遊園地に行っても、また誰か一人余ってしまうことで、
なんとなく帰りは5人ともギクシャクしていたのを思い出す。



どのくらい会ってないだろう?
もう20年弱ぐらい経つかもしれない。



現在は年賀状のやりとりのみ・・・・・・となっているのは私だけで、
友人A・B・C・Dの4人の中で会ったりしてることもあるのかも。



実は4人のうち、今年の年賀状が来ない子が一人いる。
来ない理由はわからないが、
元旦以降、2~3日に一度は思い出してしまう。
私が友人Aに年明けにメールしたのも、実はその件だった。
「あの子から年賀状来てる?」みたいな感じで。
そのメールの返事も来ないというわけだ。



一挙に2人から音信普通・・・。



また、前述の友人Bの電話番号が今もわからない。
2019年に喪中はがきが来て、そこで引っ越しした事を知ったが、
電話番号の記載がなかった。
もちろん今年届いた年賀状にも書かれていない。



下種の勘繰りで、
私に教えたくないから記載しなかったのかも・・・と思ってしまう。



20代の頃から、この友人Bには、
悩みがある度に長電話をしていたしな・・・。
この友人Bからアドバイスを貰っても、
私は悩みをダラダラと吐き出したいだけなので、アドバイスされても受け入れないのだ。
「でも・・・」
「だけど・・・」
ばかりで。



そりゃ、人をゴミ箱扱いしてれば、
煙たがって電話番号を教えてもらえないかもな~wwww




そのうち、長電話ばかりしていることで、疚しさがあったからか、
電話をかけて一発目に、あちらのお母さんが出ると緊張感が走った。
口調に抑揚があまりないのだが、
被害妄想で、”お母さんもしかして怒っているのでは?” と毎回思っていた。



(それでも長電話をやめず、「毎回」悩み相談してたのね・・・ )

馬鹿



この友人Bに、暑中見舞いを出そうと思っている。
そこで
”差し支えなければ電話番号を教えてほしい” 
と書こうと思っているのだが・・・・。




・・・ってか、まだ1月なのに、7月まで待てるのか?自分。



それにもしスルーされたら・・・・??
される可能性だってゼロではないわけで・・・・。



考えてみれば、友人4人全員の携帯番号も知らない。
知っているのは固定電話のみ。


このご時世、固定電話番号をもたない人もいる。
引っ越しした友人Bも携帯の番号しかもってないかもしれない。


それじゃ、ますます教えたくないかも・・・。


こんな迷惑千万な奴に携帯番号なんか教えたら、
掴まえようと必死に電話してきそうでイヤなんじゃないかと思うのだ。
(もちろんそんなことはしないが、
友人Bが知っているのは、長電話魔だった頃の私だ)





疲れた。


疲れる。


スッキリしたい。






嫌われ者万歳! ( ← ヤケ   ) の
自分だったので (・・・ん?「だった」?今もだろ?www)、
成人式など出たいと思うはずもなく。
私を嫌いな人間が、きっとウヨウヨ居たであろう・・・。
なにせ中学最後の日なんて、ほぼ一人に近かったしな・・・。


成人式の日は友達と原宿で遊んでいた。


その友達(少し年上の女性)と、

「あれ!?そういえば今日、
ででむしちゃん、成人式じゃん!?いいの?!」

「あ~~。いいのいいの(笑)」


という会話をしたのを、よく覚えている。



20年くらい昔の話。


あるイベントに一人で出かけた。
しかし、会いたくない人が何人かいたので、
結構、緊張状態で現地に出かけたと思う。


私は、端っこに立っていたが、
私の隣の人が、場所を変わって欲しい、と言ってきた。


横にずれれば、
よりステージに近くはなるので、
「あっ、いいですよ」と言って、場所を交代した。


私と場所を交代したからか不明だが、
開演ギリギリまで、私とよく喋ってくれた。


会いたくない人達は、確かにいたが、
その人と話せることにより、安心感が湧いた。


そこでおそらく無意識に私から、
「ベッタリ感」が出ていたのかもしれない。




途中、休憩時間があり、
当時の私は喫煙者で、
その人も喫煙者だったため、
喫煙所でも楽しく会話しつつ過ごした。



私としては、
仲良く(?)話せていたと思っていたのだが、
帰りの「事件」(そんな大袈裟な・・・?)で、
そう思っていたのは私だけだったのか・・・と、
思い知る。




イベントの帰り、
最寄駅まで一緒に歩いていたのだが、
周りは大変な人でごった返していた。



ほんの、一瞬のことだった。
ふと振り返ると・・・・その人がいなかった。



”あれ????!!!!”



少し大きめな雑貨店なども近くにあったので、
その中に入って行ってしまったのかと思い、
店内を探したがいなかった。


辺りをぐるぐる移動して探してみても、
やはりいなかった。




仕方ないので、一人で帰った。


家に到着して、
イベント中に教えてもらっていたメルアドへ連絡してみた。
(こういうところも人から嫌がられる所以なんだろうね)



「会社の上司に偶然会って、
急に飲みに誘われちゃて移動してしまいました。
ごめんなさい。」

(もう当時の返事は削除しているので、
なんとなくこんな感じ)




・・・・あの「一瞬」で????
ほんとに一瞬だったよ?
その5秒だか10秒だか、
そんな短時間で跡形もなく立ち去れる?
どこでもドアー「どこでもドア」でも、
もう少し時間かかるんじゃねーの?(知らない)



メールの返事を読みながら、
「こいつ嘘ついてるな」
と思った。



当然、それ以降、交流は一切ない。



どうせ、

”コイツと友達になりたくないなぁ・・・”

”タバコ吸う時まで一緒かよ”

”帰り道まで一緒?勘弁してくれよ”

ぐらい思われてたのかもしれないな。





私が探しているのを、
私からみつからない場所(死角の様なところ?)から
眺めていて、
「シメシメ」
ぐらい思ってたかもしれない。



初対面で会ったその日に嫌われた、
クソbbaのお話しでした。



出典:
「人と接するのがつらい」根本橘夫
第2章 人との接し方は人生を決める P44~45




(前略)

子ども自身の持つ特性も、
どのようなストロークを与えられるかに影響します。


かわいらしい子どもは、
正のストロークを多く受けます。

(中略)


とりわけ女の子では、
容貌により幼い時期から世界が違ってしまうのです。
幼稚園でも、かわいい子には男の子が群がります。


心がまだ十分に形成されていないごく幼い時期から、
こうしたちがいが数かぎりなく繰り返されるのですから、
その積み重ねがどれほど大きな心理的影響をおよぼすか、
容易に想像できるでしょう。


また、なにか良い点があると、
ほかの点でも良いと見てしまう、
ハロー効果という現象もあります。
かわいい顔の子どもは性格も素直でかわいいと見られがちです。
そして、その見方で周囲の人は扱います。


ですから、かわいい女の子にとって、
この社会は受容的で楽しい社会と感じられます。
このために、あるがままの素直な自分を出すことができ、
明るく好ましい性格がつくられる有利な条件となります。

(後略)

---------------


私は、この本は好きなほうで、
いま三度目を読んでる途中なんだけど、
上記の容貌に関する下りは、いつも、
「なんだかなぁ~・・・」と思ってしまう。
最初に読んだとき、愕然とした憶えがある。



「可愛い子は得をします」
ってんなら、
もうどうにもならんよね・・・。



小さい頃の写真を見たって、
どれもこれも全く可愛くない。
大福みたいな顔にブタ鼻( ̄・・ ̄)
中学では、クラスの男子から
類人猿系や、恐怖映画のタイトルで呼ばれた。
(そう呼んでた奴の名前は今でも忘れない。
とにかくコイツからの苛めが一番酷かった)



そういえば、
いま、私ん家にある子供の頃の写真は、
笑ってる写真が一枚しかなく、
他は全く嬉しそうじゃない顔ばかり。
従姉妹たちと写ってる写真もそう。


ただただ、
笑顔でない普通の顔が大半で、
あとは、ふくれっつらとか、
眉毛が八の字になってたり。


姉は(割と)笑顔の写真が多い ( ← 何故だ)。



おおかた、
外出先でも親から叱られるか、
姉に意地悪なことを言われたりしたのだろう。


だから不機嫌な顔が多く、
笑ってる写真が少ないのかなと・・・。


うちの親自体が、二人揃って、
出先でも言い合いしてたくらいだし・・・。
ほんとに些細なことでも。


こんな親なんだから、
外出先では子供を叱るのは控えようなんて、
思わないだろうな。



でもこの、小さい頃の自分を、
慈しんだり、
可愛がってあげられないようでは、
いつまで経っても、
ACの回復は進まんね・・・。



中学の卒業式の日だったと思うが、
クラスの女子から手紙を手渡しされた。


過去に書いたかもしれないが、
私は中3の時に、
クラス内の、4つの仲良しグループを転々とし、
最終的に、親しい友達がいないまま卒業した。





今と全く変わらず、
人への不信感&嫌われる恐ればかりを考えており、
自分の勝手な勘違い(嫌われた、ハブにされた等)で、
グループを離れ、次のグループへ
・・・・と移動して一年を過ごした。




「防御」だったと思う。
嫌われる前に、
自分から離れる、というような。





手紙をくれた子は三人組の一人で、
確か三人ともバスケ部だったと思う。


私が加わった時には、
すでに三人は、こなれていて、
”話に入れない・・・・”
と、またしても卑屈になり、
次のグループへ移動した。



このひとつ前のグループも三人組で、
確か演劇部だったと思う。
それも全く同じような理由で離れたわけで。
”なんか入り込めないなぁ・・・”
みたいな。



三つ目のグループは、4~5人いただろうか。
それがまた皆、頭の良い女子ばかりで・・・Σ(´∀`;)
劣等生の自分は、また卑屈になってしまった。



最後のグループは二人組だったけど、
二人とも優しかった。
こんな、嫌われジプシーみたいな自分を受け入れてくれた。
でも、この人たちの仲間に入れてもらった時には、
確かもうすでに卒業が近かったと思う。



この二人組の人には、大変申し訳ないけれど、
前述のとおり私は、
「誰一人友達がいないまま中学を卒業」
と今でも思っている。



(誘われることなどゼロだけど)
同窓会も行きたくないし、会いたくない。



たとえ今の私がこうであっても、
皆の記憶の中に残っているのは、
勉学が壊滅的に出来ない、
スポーツも出来ない、
更に性格も最悪な私。



それは中学時代だけじゃなく、
小学校と高校も、
それ以降と今でも、
同じだと思う。









件の友人の手紙は、
卒業後、何年かの間はとっておいたと思う。
そしてたまに読み返しては、
涙を流していた憶えはある。



でもいつだったか思い出せないけど、
捨ててしまった。
何故捨ててしまったのだろう?
大事な手紙だと思っていたのに。






手紙の内容は、
もう、ぼんやりとしか思い出せない。
一語一句正確じゃないけど、


「自分に素直になるんだよ」


「それは、いちいち、
”いやだーーー!”
って言うことじゃないと思う」


この二つだけしか覚えていない。






人への不信感。
嫌われる恐れ。



全て自分の親の育て方のせい。



「不信感」と、
「嫌われることを恐れる気持ち」
は、そのまま私の親に向けられる。




もちろん中3の時の自分に、
そんなことがわかるはずもなかった。






前記事の追記に関して、
更に追記に書きくわえようと思ったんだけど、
やっぱり別項にしておきたかったので新記事に。




小学校高学年の時に、
私が、腰巾着みたいにくっついていた、
頭も良く、スポーツも出来る二人組の女子がいて、
この二人が、それはまぁメチャクチャ仲が良かった。


それで、「どういう時に、そうされたのか」
というのは全く思い出せないけど、
「何度もやられた」というのは、とても憶えている。


なにかっつーと、私の目の前でヒソヒソ話。
本当によくやってた。
3人の話の途中とかでも、いきなり内緒話。


私は、”(私のこと)何か悪口言ってるんだろうな”、
と思いつつ、
この二人に離れられると、喋ってくれる人(それでもあまり
会話した記憶がないけどw)がいなくなるので、
「いつも何コソコソ話してんの?」
という言葉すらも、二人に言ってなかったと思う。


あの二人が内緒話をしていた姿は忘れられない。
どっちかっつーと、内緒話を仕掛けるのは、
髪の長いほうの女子だったかな?
耳に口をもってって、コソコソコソコソコソコソ・・・・・。
そして、そのお返しに、
髪の短いほうの女子が今度はコソコソコソコソコソ・・・・。



亡くなったうちの母親は、
この女子二人組の、それぞれのお母さんのことも
あまり好きではなかったようで、
家で時々悪口言ってたなw



あんな二人組の女子とは、
学校だけの付き合いにしときゃよかったのに、
学校以外でも、あることで関わり合いがあった。



卒業写真でも、私は馬鹿みたいに、
あの二人組の女子の隣に座って映っている。

集合写真を撮る前の、ちょっとした時間の時も、
カメラマンが撮ってたみたいで、
その写真を見返すと、
私は、あの二人組に身体を近づけて、
何か話しかけているようなんだけど、

二人はシャキーンと背を伸ばして座っていて、
私のことなど清々しく無視!!wwwwwww




二人から嫌われてたのに、
私はそれを認めたくなかったんだろうね。



”嫌われてもくっついていた”

というのは、
別の同級生でも似たような話があって、
それは過去ログで書いたと思う。
しかも、それを母親に指摘されたりしてね(苦笑)。
”何々さんと、何々さんは、アンタが一緒にいるのが嫌だったみたいよ?”
とか言って。
娘が傷つくのがわからなかったんだろうか。
”私が言わなきゃ誰が娘に言ってあげられるのよ”
とでも思ったのかな?


余計なお世話だわ・・・。


どうせ、
”あんな風に同級生に嫌われてばかりいる娘をもってる私が可哀想”
”なんであの子は人ともめてばかりいるのかしら”
ぐらい思ってたんだろうな。




2017.06.27 サンドバッグ
最終更新 2017年6月27日


私が実家にいた頃、
両親は結託することが多く、
絶対に私の味方をしてくれなかった。
前にもそれは書いたけど。


私はサンドバッグ代わりにされていたのだと思う。


たぶん、うちの両親は、
当時から仲が凄くいいというわけじゃなく、
でも二人で一緒になって、私を叱ったりすることで、
仲が良くなったように錯覚してたのかもしれない。




例えば、AとBという人間がいたとして、
AとBはあまり仲が良くないのだけど、
二人の、ちょっとした会話の中で、
互いが「C」という人のことを嫌いだということがわかった途端に、
A「え?あなたもそう思ってたの?」
B「じゃあおんなじだね!」

・・・とかなんとか言って、
盛り上がることがないだろうか。
そこからいきなり仲がよくなったりとか。


嫌いな人が一緒だとわかると、話が俄然盛り上がる・・・。
よくありそう・・・(-_-;)



うちの母親が、父親に、
或いは、父親が母親に、
「ででむしの話も聞いてあげたら?」
・・・というようなことを言っているのを、 
一回も聞いたことがない。


何か私が失敗したり、やらかすと、
まず母親が怒りだして、
そこへ必ずと言っていいほど父親が「加担」する。

「そうだよ?お前が悪いよ?」

と。



穏やかそうな口調に聞こえるが、とんでもない。
いつもの、私が大嫌いなダミ声で、
強い口調で言うのだ。



母親と私のやりとりを、
ちゃんと聞いてるわけでもないのに(酒が入ってるし)、
自分の感情に任せて、
「お前が悪い」と言っているような、そんな感じがあった。


当時の私も、
”ちゃんと話を聞いてないで、ただ横から口出ししてるな・・・”
と何度も思ったことがある。


姉が嫁ぎ、
両親と私の3人で暮らしていた時のほうが、
「お前が悪い」
とか言われる回数は多かったんじゃないかと思う。


10才の頃から、父親と仲が悪いんだから、
私の味方なんて父親がするわけないわな。
これ幸いとばかりにガミガミ言っていたのだろう。



私が家を出りゃよかったんだよね・・・。
それならまだ傷も浅くて済んだかもしれない・・・。


でも自分に全く自信がなかった。
自信が無いのは今もそうだけど、
経済面も精神面も全く自立できていない。
この状態は20代の頃から変わらない。


母親には、そんな私の弱点を把握され、
足元も見られていたかもしれない。
”この家から出て一人暮らしなんかできっこないわよ”
と思っていただろうに、
「一人暮らしでもしたら?」と何度か言っていた。
白々しい・・・。


うちの夫も、うちの母親と考え方が似てるかもしれない。
”あいつは貯金ゼロだし、
俺と別れたら暮らしていけないだろうな”
みたいな・・・。



20代当時の自分と、今の自分とを比較して、
たった一つ、クリアできているとすれば、料理だろうか。
(完全なクリアではないけど。
作るのが精一杯すぎて、汚料理だし・汗)


私が20代の頃に、
「一人暮らしの自信がない」
と思った一番の中心は、
ただただ「料理」だった。

経済面だって、
貯金もしてないし、1人暮らしなんて全く無理な状態なのに、
何故か私の頭の中に一番強くあったのは、
「料理が殆どできない」であり、
それが私の死活問題だった。






私が男だったらなぁ・・・。
母親に加担した父親に対して、
「横からうるせーんだよ!黙ってろ!!」
とか言って、
「なんだと?!」などと言われようが、
逆にブッ倒してたかもしれないけど、
短気な父親に対して強く言えなかった、あの頃の自分・・・。
手が出てくるかもしれないと思うと怖かった。



もう約一年ぐらい実家に帰ってない。






2016.10.24 眼鏡
書こう書こうと思って、
いつも忘れてしまっていたこと。
(そういう時は大抵、外出先か、家事の最中か、
PCの電源を入れてなかった時かも)


20代前半くらいから、
ゆっくりだけど視力が下がってゆき、
20代半ば~後半では眼鏡が必要となった。
働いていたので眼鏡を買い、職場でも掛けていたが、
家では、自分の視力が下がったことや、
眼鏡を買ったことも内緒にしていた。


特に母親に、
自分が眼鏡をかけるようになったことを、なかなか言えなかった。


”視力が下がったと告白したら、母親をガッカリさせるだろうなぁ・・・”
などと思ったり、
あれこれガチャガチャ言われるのも面倒くさいと思っていた。


職場からの帰り道、
某駅のホームで電車を待つ間に眼鏡をはずし、
そこから家まで約1時間かかるので、ずっと裸眼でいて、
何食わぬ顔をして家に帰っていた。
”1時間あれば、鼻に付いてる眼鏡の跡が消えるかな”
と思っていたのだ。


現在のように、眼鏡を掛けていないと、
テレビも見えないという状態でもなかったので、
会社の休みの日も、家では裸眼でなんとか過ごしていた。



いま思えば、
私の眼鏡の話を知った時に、
母がショックを受けようと、
母が自分でどうにかすることであって、
それを私が気に掛けたり心配する必要はなかったのだと思う。




私は今まで、両親を自分の家に呼んだことがなかった。




父は、夫と私の結婚当初の賃貸アパートに、
引っ越しの手伝いで一度来たきりだった。



その次に引っ越した、10年住んだ賃貸には、
父も母も一度も呼んだことがなかった。
(過去ログにあるけど、一部の部屋が汚部屋)




なので母に至っては、私の結婚生活を実際に見ていないまま逝っている。




夫は、

”親を、自分の家に招くのは、当たり前なんじゃないか?”

…という考え方の人だったので、
私としてもキツかった。
ちょっと責められる口調で言われることも、ままあった。




いま思うと、その、

”子供は親を家に呼んで当たり前”

という常識も、
夫の家庭環境や育成環境から得たものなのではないかと思う。





でも夫だって、自身が独身時代の頃に、
ものすごい汚部屋に住んでいて(遊びに行ってびっくりした・汗)、
たぶん、向こうのお母さんを呼んだことは一度もなかったと思うのだ。
その前に住んでいた賃貸の二軒にも、呼んだことがないと思う。



だったら私のことも言えないよね・・・・。





閑話休題。



私が親を呼ばなかった理由は、「過去の喫煙」のことが大きく絡んでいる。



ちなみに姉に対して一度だけ、
結婚当初に住んでいた賃貸に呼んだことがあるが、
あの当時は、私達夫婦が揃って喫煙者だったこともあり、
ヤニが目立ちにくい黒の家具を選んでいた。


後日、姉が電話で

「アンタん家って、なんだか、結婚してる夫婦の部屋って感じじゃないね」

と言った。


”女性らしい部分が部屋に無い”

ということを言いたかったのだろうか?




そりゃ、しょうがないよね(開き直り)。
私ら当時は夫婦ふたりして、ぷーかぷーか喫煙してたんだから、
白や明るい色の家具は買えないし置けないもん。






ってか、うちの姉って、ああいう余計なひと言を添えるところが、
うちの母親ソックリ!!(怒)







2016.10.17 反応が同じ
私の友人3人について(3人とも関連のない友人たち)。


喫茶店や飲食店で、
私と二人で対面している際、
話の途中で、視線や顔を別の方へ向けたり、
”心、ここに非ず” という反応を、
何度かしていたことがあった。


思い返せばそれは、
私が、相手と ”会話を楽しむ” ということをせず、
マシンガントークを繰り広げていたからだと思う。
(当時、喋りっぱなしだった事は、少し自覚していても、
それを止められない、止める頭がなかった可能性アリ)


共通していない友人たちなのに、
”人間って、話がつまんないと、
あのような素振りになるんだな・・・”
と思っていた。


そして当時の私は、3人のことを、
”会話中に目の前で、知らん顔をする友人”
とインプットしていて、
”どうせ本当は私と会いたいわけじゃないのだろう”
などと被害者ぶっていた。


更に当時、雑誌かテレビか忘れたが、

”自分の話を聞いていない相手の意識を
自分の方へ向けさせるには、
突然に喋るのをやめてみると、
不思議と相手がこちらを向く”

・・・・というような話を目(耳)にし、
先の友人3人の時に実際にやってみた。


私が、ガーッと喋っている途中で、
ピタッと喋るのをやめてみると、
本当に、顔をこちらに向けたのでびっくりした。


でもまぁ・・・そんなことをして、
相手の意識を「無理矢理に」私に向けさせたって、
それは一瞬だけのこと。
私の話の中身がつまらないことには変わりない。


こんなんだから友人関係も長続きしないし、
10年どころか何十年も会っていない人も沢山いる。