小学生・中学生の頃に、
何故か図書館で借りる本は、
圧倒的に動物が主人公のもの。

人間が主人公の本ってあまり読まなかったなぁ…。

刑事コロンボも、
まだ読む年齢でもないのに借りてきて、
読まずに図書館に返却ってことばかりしていた。
(コロンボのドラマを両親が見ていたから、
気を引きたかっただけ?)

十五少年漂流記とか、
赤毛のアンとか、
有名な本を今まで全く読んだことがない。

動物モノであっても、
まともに読まずに返却することも多かった。

母は読書が好きだったらしく、
家に「どくとるマンボウ」が何冊かあったり、
あとはミステリーやら文庫本が何冊かあった。
父はそういった物は読まなくて、
専らゴルフやスポーツ雑誌。


母からは、

「あんた、ぜんぜん、本を読まないのねー」

「本を読まないから言葉を知らないのよ」


…などという、お決まりの「あざけり」もあり、

「私なんか、本を読み過ぎて、
学生時代なんか先生に怒られたわー」


などと上から目線でよく聞かされた。



「読まずに返す」と似ている行動は、
現在でも続いている。


「録画しても見ない(或いは殆ど見ない)」
「せっかく借りたDVDを、観ないで返却」
「せっかく買ったDVDなのに観ていない。
(或いは殆ど観ていない、触りだけ観た、など)」

「せっかく買ったCDなのに聴いていない
(或いは殆ど聴いていない、聴いたけれど全部じゃない、

「一枚のCDから好きな曲しか聴いていない」

などなど。



十年前くらいまでは、
お気に入りのCDが沢山あるにも関わらず、
全部の曲を頻繁に聴き、
もちろん、買ったDVDも買った当日に観るし、
録画したものも必ず観ていた。


歳なのか、なんなのか理由はわからないが、
だんだん面倒臭くなってきた。


だったら、
録画しないことだし、
借りないことだし、
買わないことだ。


それでも自分の中でバランスが取れず、
今でも失敗を繰り返している。


それとも買い物依存症?




仕方がないので自分から父に折り返しの電話をかけた。





※本当は心の中で、
もしこれで私から掛けなかったら、
不機嫌そうに、或いは、少しイカった口調で、
電話を掛けてくるかもしれない・・・という恐怖心が出た事は本当だ。
やはり私の中でずっと、
”親父は短気、カッとしやすい、小さい頃に平手て殴られた”
という恐れが残ってるんだと思う ※







ボケてきたのか、
それとも、
自分の娘(私)に見捨てられる不安から、
精神的におかしくなってきてるのか、
それとも、1月からずっと、
私が父に電話を掛けていないという既成事実を、
「無理矢理」作りたいのか、
開口一番、父は、ものすごく変なことを言っていた。



父 「◎◎◎(夫の実家の県名)に行ったのー?」

私 「・・・え?」

父 「こないだの大型連休に、◎◎◎に行ったのかと思ってさー。

私 「…大型連休?…いつ?」

父 「3月20日って祝日だったじゃん」

私 「なんで大型連休なの? っていうか土日って、
   うちのダンナさんは普通に休みじゃん。」

父 「こないだ電話した時にいなかったからサー」

私 「こないだ?・・・・きのうネ(少し溜息)」   ← 私もボケてる。23日(月)なのに。

父 「いやいや、もっと前」




私が推測するに、
父の思考は、きっとこんな感じかもしれない。


”アイツ、電話かけてこねーなー”
”アイツ、俺のこと無視してるな”

     ↓

娘にほっとかれている事実を認めたくない

     ↓

認めたくないので、 ”ダンナの実家に行っているのかな”
などと勝手に思い込む(「思い込みたい」)。

     ↓

そして電話での会話で。

父「いやいや、もっと前」
(”それだけ俺は何日間もほっとかれたんだ、と被害者ぶりたい)





以前にも何度かあったが、
私が電話を全くしない間に、
痺れをきらして(?)親父から電話があった際(留守電に)、
こう、なんというか、
やはり、罪悪感を植え付けさせるような口調なのだ。
”高齢の親をほっといていいのかよ?” 的な。


実家に置きっぱなしになっている、
CDの事を訊かれた時に、
「あぁ、それ、捨てていいよ」

・・・と言ったら、

「捨てていい、って?! <◎><◎>カッ」

・・・という風に、父の口調が変わった。




父の表情がどうたったかも想像できる。
口をとんがらがして、
目も、かっぴらいてんだろうな。
あの口調と声は、
私が実家に居た時に、よく耳にしていた声だ。
「憮然としている」というかね。


それに、私が自分のCDを「捨てていい」と言ってるのに、
なぜ父が憮然とするのか、それもおかしい。



やっぱり「出る」ね。
カッとしやすいところが。
ふとした時に。


普段は押し込んでんかね。
昔よりは丸くなったのかな、と近年は思うこともあったけど、
やはりそうでも無いのかもな。



去年、父が、
自分の家の鍵を紛失した時の事件を、
いつか書かなくちゃいけないんだが、
こん時の電話での、親父の口調が、
今まで耳にしたことのない、物凄く威圧的な声だった。


この辺りの話はカウンセラーにも話したことがある。




夫から帰るコールが入ったから、ここまで。






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親は私を殆ど褒めることがなかった。
貶すほうが多くて、褒めることは僅か。


なかなか、自分を褒めるって事ができない。


「よくやったね」
「えらかったね」
「がんばったね」

そんな言葉を、
親からも他人からも殆ど掛けられたことがない私は、
自分にも、どうやって声かけをしていいかわからない。

自分が嫌いだというのに、
そんな自分を褒められない。



◆3月24日(火)加筆


父の話もあるが、姉の話もある。

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正月に私の家に来てから三か月経ったが、
父から電話は無い。


電話が来ないことは、今の私には助かっていることなのに、
逆に気味悪く感じるのは何故だ・・・。
いや、掛けてくる予定はゼロなのだが、
いつもだったら、痺れをきらして、「元気なのかな、と思って」
などと、若干のイラつき(苦笑)を声に滲ませて
電話をかけてくるのだが。





実は、1月のいつ頃だったか、姉に電話をしてしまった。
私が「機能不全家族に育ったのではないか」と、
確信にも似た疑いをもちはじめた数日後だったと思う。


いま思えば、
いちいち姉に電話をしたことも失敗だった。


私は姉に電話をして、
何をしてほしかったのだろう?
自分の家庭環境のことに気づいてしまい、
テンパっていたのは間違いではない。


しかし普段から、
姉には電話など掛けない私だ。
向こうからも掛かってこない。


今や、母の法事の時しか会わない姉と私だが、
実は、母が数年前に病気で倒れた際に
姉と私は病院で会ったが、
その時が「8年ぶり」という、仲の悪さだったのだ。


こんな姉妹なのに、私は何故、
姉に電話をしてしまったのか・・・。
電話で私は姉に、
「わたし気づいちゃったよ。うちって機能不全家族だよ」
と言ったと思う。


これって姉に対する上から目線で、
「教えたがり」の気持ちだったんじゃないだろうか。


更に、
「わたし、下手に◎年、カウンセリング受けてたわけじゃないからさ」
などと、またしても上から目線で言った。


そして「うち(実家)って皆バラバラじゃない?」
とも言った。


あと、父が幼少期の私を平手で殴った時の話も振り返った。


そんで、もっとバカなのが、
「お父さんへの文句をガーッと無◎の小さいノートに書いて送ろうかと思っちゃったよ」
とまで喋った(超お喋りだね・・・)。

すると姉は、
「やめてよー!(お父さんイライラして八つ当たりで)飼い猫を殺したりしそう」
などと言っていた。


今おもえば姉もやはり、
父の短気な性格を周知しており、
私が余計な物(ノート)を送りつけることで、
実家の飼い猫に被害が及ぶことを
懸念していたのかもしれない。


過去にも書いたが、
怒るとカッとなって、何をするかわからない父親だからだ。


姉は姉で、
「お父さんってさ、お母さんの悪口いうじゃん。私あれが駄目」
と話し、
私も激しく同意して、
「亡くなった人(母)のことを、毎回毎回電話で悪口言ってて、
私もうホントにうんざり」
と力を込めて言った。



”亡くなった人の悪口を言う”
という点では、今の私がおんなじ事してる…母の悪口書きまくってるし…。




あるドラマで、
「共通の敵は、人を幸福にする」
という言葉があったが、
あの電話の時の私たち姉妹は、
まさしくそうだったかもしれない。


私達は、
「父を嫌い」
という気持ちを共有することで、
その電話の時だけかもしれないが
「ハッピー」になっていたと思われる。


小学生~中学生辺りの時も、
同じようなことを数年間していた私達だった。
父のいないところで、
姉妹で父の悪口を言って結束を固めていた。


でも、結束なんて現在、全然固まってない。
仲の悪い姉妹のまま。


しかも私が「機能不全家族だった」と言ったところで、
姉の反応は、


( ゚Д゚)ぽかーん


・・・だったのだ。


ACのことを知らない人に、
機能不全家族だナンだと言ったところで、
そりゃぽかーんだよな・・・。







体罰と折檻と、どう違うのだろう?

自分が子供の頃には、
こういう家庭は結構多かったのだろうか?

私の場合、幼少期は粗相関係で怒らたことが、
多かった気がする。


いま思い出せる事件の一つは、
6帖のカーペットの上で放流(汗)してしまい、
風呂場に入れられて、
扉を開けられないようにされた。

怒られてベランダの外に出されて扉を閉められたり。

私の場合、このように、
トイレ、もしくは、風呂場またははベランダなどの、
「締め出し」が多かった。


トイレのすぐ横が洗面所で、
壁に備え付けのタオルホルダー(ダサイやつ)があり、
そこにタオルを引っかけて、
トイレのドアノブに結んで、
私の方から開けられないようにする、という感じだった。

うちの父親は、育児を母親に押し付けてたから、
これらの折檻は母からのみだった。。

父は職場での宿直もあり、
家にずっといる仕事ではなかったが、
母が、父がいない時を選んで、
折檻を私に与えていたか、
それとも父が家にいる日でもやっていたのかも、
思い出せない。

そして、
仮に、父が家にいる日であっても、
母からの折檻を、
父がフォローしていたかどうかも思い出せない。


(まぁ・・たぶん父もフォローしないだろうな。
どこか過去ログで書いたけど、
常に「お前が悪いよ?!」と母に加担してばかりだった)




姉が締め出しを食らっていたのも、
憶えてないんだよなぁ・・・・。
締め出しされてたの私だけなんだろうか???


風呂場に締め出された時は、
たぶん一回だけだったような気がしている。
粗相をして、怒られて、
風呂場の扉を開けられないようにされたもんだから、
やはり、子供心に、
「放出して身体が汚い」などと思ったのだろう、
たまたま、ぬる~い水が湯船に入っており、
服も下着もそこで全部そこで脱いで、
湯船の中に入った。


暫くして母親が風呂場に様子を覗きにきて、
「あらっ、アンタ風呂入ってたの?(笑)」って感じで、
ちょっと笑っちゃってたというか、
湯船に私が入ってるからびっくりしてて、
母は湯船にすぐ点火して、私はそのまま入浴した。


でも笑っている場合じゃないんだけどね・・・・・。
もし冬とかだったら大変な話だ。
子どもなんだから、「冷たい水」よりも、
「お◎◎こ漏らしちゃった」
「お母さんを怒らせた」
という方に意識が強く行ってて、
たぶん水でも湯船に入っていた気がする(私なら)。





2015.03.20 医者依存?
たまたまさっき、民放の情報番組を見ていて、
海外のママブロガーが、
他人からの称賛や注目を浴びたいがために、
自分の息子に高濃度の塩分を注入し、
殺めてしまったというニュースをやっていた。


母親は「ミュンヒハウゼン症候群」
という病名らしい。
アメリカでは年間600~1000件ちかくの症例もあるとか。


しかも日本でも、1998年に症例があった。

ミュンヒハウゼン症候群(ウィキペディア)


・・・まさか私、これに罹ってないよなぁ・・・。
まぁ、なんでも病気と位置付けるのも、
私の悪いところなのかもしれないが・・・。


常にどこかしら
身体的な病気を「敢えて」(?)もっている。
それは「不摂生」として片づけてよいものなのか。

それとも、やはり、医者や病院への「依存心」なのか。

それとも上記のような精神疾患なのか・・・。


私は、もう永らく 「薬を飲まない日」がない。
毎日常に何かしら服用している。
それは、 医者から処方されている毎日服用の薬であったり、
無駄な(?)咳込みが稀にあるために市販の薬を飲んだり。

胃酸が出て気分が悪い時にパン◎ロンを飲んだり。


また、何十年も、ベ◎ぴ気味だったり、稀にげ◎だったり、
安定もしていなかったので、
二年くらい前に一時期、
ボ◎ギノー◎や、ビ◎フェ◎ミン止瀉薬を、
常にストックしてあった。


しかし、この一年くらいだろうか、
コーヒーを飲むようになったら、
ベ◎ぴがだいぶ軽減してきたので、
最後に買ったのはいつだったか忘れたが、
それ以降買っていない(ストックはそのままだが)。


まぁ、本当は、
コーヒーに頼らずに出来たほうがいいんだろうけど…。
(ちなみにコーヒーは、大きめのマグカップ利用で、
一日に2~4杯程度)


「薬を飲まない日はない」 ということは、
何かのきっかけで、
全く薬を服用しない日が数日続いた場合、
薬の脱離症状などが、やはり起こるのだろうか?

精神科の薬などは、
急にやめると副作用がある、とは訊くが・・・。

もし、精神科の院長に、
「そろそろ薬を飲むのをやめてみようか?」
と言われたら・・・。
私は、どう思うだろうなぁ・・・。

物凄く不安感が押し寄せるような気がする・・・。


やっぱり、薬物依存にも罹ってるのかなぁ・・・。



2015.03.16 一瞬で健忘?
今朝の、夫の言葉。
つい10分くらい前まえで記憶していたのに、
急に思い出せなくなった。
今だけかもしれないが。

ただ、私の近頃の、
優劣感をむき出しにした「主張」や、
”私は気づき始めたぞー” 的な、ウンチクなどに、
夫は嫌気がさしてるんだろうな・・・と思った。


それはさておき物忘れについて、
”ちょっと(この年齢では)早いんじゃないかな・・・”
と自分でも思うことがある。
この3~4年で急激に物忘れが多くなった感じがする。

数日前には覚えていた単語(ドラマや映画の名前でも、
俳優・女優の名前でも)が、
何故かすぐ出てこなかったり、
その逆もある。
”このあいだ出てこなかったのにな。
今はスルッ・・と出てきたワ”
みたいな。



2015.03.16 ヨーモー。
きのうからやっと、
ヨーモーフェルトを、またやりはじめた。
久しぶりに数時間やった。
ちゃんとできあがるかどうか不安。
直立モノって初めてだから・・・。





2015.03.11 持続できない
ヨーモーフェルトを、やめるつもりは全くない。

自分の目が、
現在よりももっと見づらくなったり、
手が思うように動かせなくなったり、
そういった老化が酷くなるまでは、
ずっと続けられたら…とは思っている。

現在は本当に、
ヨーモーに触る時間が減ったが、
一度やり始めると、やっぱり楽しいと思う。

ニードルという針が、
ぶすっ!と刺さって、「イテッッ!」となることもあるが、
それでもやめずに続けている。

しかし、ヨーモーフェルトをやっていても、
悩みは多々ある。
趣味のことなのに、深く考えすぎるのも、
私の悪い癖なのかもしれないが・・・。

楽しいと思う時もたくさんあるが、
一年に何度か、
全くヨーモーフェルトに触らない期間も結構ある。

続けられないのは、
「インターネットから逃避するための材料」
としてヨーモーフェルトをやっているから、
続かないんだろうか。

色々と理由をつけて、
ヨーモーフェルトから離れているんだろうか。

「楽しい」と思っているはずなのに、
その「楽しい」も、
本当に楽しいのか、
そうじゃないのか、
自分のはっきりとした感情がわからないことがある。