不摂生などもあってか、
消化器官が丈夫でなく昔から色々とあるもんで、
どうしてもこういう話題は時々出てしまう。

2週間前、某病院にて、
糖尿病に罹っているかどうかの検査をしたが、
今日、その結果が出るので病院に行ってきた。

幸い、糖尿病には罹っていなかったが、
やはりというかナンというか、
母親と同じ病気になる危険性を孕んだ病名を言われたのだが、
それが「高脂血症」。

「薬を飲んだほうがいい状態です」
というような事も言われてしまった。

もちろん、科が違うため、今日の病院では、
そのための薬は出してもらうことはできない。

やはり、ぐずぐずしていてなかなか行こうとしなかったツケが来た。

原因は不明だが、
一週間くらい前に突然、下腹部の調子が悪くなった。
ちょうど一週間前、月曜日の夕方からは寝込んだ。
夕ごはんを食べる気力も体力もなく、
翌朝まで起きなかった(夜中にト◎レに一回だけ行ったかな?)。

私は、今日の病院で触診をお願いしたく、
そのように診察室でも話したが、
先生には華麗にスルーされた(汗)。

なんというか、口ごもっているような感じではあったが、
二度ほど、
”それはうちの科じゃない”
”消化器科には行ったんですよね?”
・・・ということも言われた。

私の「自発的に治そうとしない姿勢」
に気づかれてしまったのか、
なんというか・・・少し、院長の態度や口調が、
前回までとは違って、
突き放したように思えてしまった。

”うちの科はもう関係ないよ”

・・・と言われているように感じた。


「どうしますか?お薬は今日は持っていきますか?」
と聞かれたので、
まだ症状が完全に落ち着いているわけではないから、
飲み薬だけ2週間だしてもらい、
暫く様子見となった。


"もうたぶん、あの病院には行けない(行かない)な・・・。
でも、あの系統の病院、
この近辺、そんなにないのに、どうしよう・・・。
もしまだ症状が長く続くようだったら、今度は何処へ行こう・・・”


帰り道、そんなことを考えながら自転車を漕いでいた。



今日の医者にダメ押しで言われた。
「今回の結果(悪玉コレステロール値が高かったことや、
中性脂肪も高かったこと、
総コレステロール値も高かった事)は、
ぜんぶ、消化器のほうですから」
と。


とにかく来月10日まで腹痛が酷くなりませんように・・・。
今週から長期連休に入る所が多いだろうから、
痛みが酷くなったら非常にマズイ。


腹痛の痛みのレベルを5段階で分けると、
最高潮の痛みが5(十数年前の婦人科系の痛み)、
殆ど我慢できる程度が1とすれば、
今は1から3の辺りを行ったり来たりな感じだ。
先週の月曜日は「4、時々3」くらいだ。


なんで急に、
腹痛がよく出るようになったのかわからないが、
「ザ・ガ●ド錠」は最近飲み始めた。
でもこれが原因かどうかわからない。
それに、整腸剤なのに腹痛を併発するなんてあるんだろうか?


3週間くらい前から、
毎日ではないが、今までにはない回数で服用している。
その薬の合間には、たまに「パ●ラク●●」も服用していた。

昔からガ◆が凄く多く、
しかも、もんのすごく臭い上に、
一回出始めると、まるでクセになったかのように出続けるため、
「いい加減ガ◆を減らしたい」
という気持ちが強くなったため飲み始めた。

「ザ・ガ●ド錠」は、
2~3か月前にも少しだけ服用したのだが、
結果を早く求めすぎたのか、いくらも飲まなかったので、
「今度は少し、長い期間飲んでみよう」と思った。

あと、そのブログ主の責任にするのでは全くないが、
やはり、人によって効果の出方が異なるようで、
そのブログ主は「一か月くらい服用してやっと効いた」
と書いていたのもあって、
「私も続けて飲んでみよう」と思った。


10年掛かりつけの病院からは、
散剤の胃薬のようなものを、長期間だしてもらっているのだが、
この薬では、
私のガ◆は止まらないようなのだ。
(そもそもガ◆止めの為に処方してもらったのではないが・・・)

この辺りの、
既製品の薬を何度か服用したことも、
来月、キチンと話さなくちゃならないな・・・。


たぶん、間違いなく、
胃カメラ検査に話が及ぶだろう・・・・。
もう後戻りできない。
もう逃げられない。


今までにも何度か、胃腸科の院長先生に、
胃カメラを薦められてきたのだが、
私が、過去の(別の病院の)胃カメラ検査により
トラウマがあるのを院長先生も知っており、
私がどうしても気が進まないため、
先生は無理強いしなかった。


その胃腸科での胃カメラ検査や結果などの話は、また改めて。






2015.04.27 父の実妹
この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請
この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請
2015.04.21 飼い猫への罪
久しぶりに、夫の前で泣いてしまった。


テレビで、認知症になってしまったワンちゃんと、
泣く泣く施設に預けた夫婦の話を見ていて、
泣けてきてしまった。

私は恥ずかしい。
このご夫婦のように、動物を愛していない。

「動物の中で猫が一番スキ」と思っているが、
そう思うことすら許されないんじゃないだろうか。

小さい頃から猫と一緒に暮らしてきたが、
私はマトモに世話をしたことがない。

両親にも時々
「可愛い、可愛いって言うばっかりで、世話をしない」
と言われてきた。

猫のシモの世話もエサも、いつも親に押し付けてきた。


夫と同棲を始めた20代後半の頃に、
私は一度入院した事があったのだが、
その最中に、
飼い猫が一匹、天国に逝ってしまった。
老猫だった。
確か16年くらい生きていたと思う。

晩年は、その猫に、とても可哀相な事をした。
歳をとっていたせいか、
何故か私だけに甘えてくることが多かった。

母は、その猫を昔は可愛がっていたけど、
年老いたらあまり好きじゃなくなっていた。
(他に若い猫も2匹いたので、
そちらばかり可愛がっていた)

しかし私は、それこそうちの母親が私にするように、
その老猫に対し、
可愛がる時とウザがる時とミックスさせていた。

もちろん、殴るなどの暴力は一切していないが、
ウザがる時は、
「あっちへ行って」と、
強い口調で言ったりしていた。


母親も、
先の若い猫には可愛がって対応するのに、
その老猫に対しては、
たまに「ばばあ」と言っていた。

エサを欲しがった時にも、
「ばばあ!さっき食べたじゃないの!」
と言ったり・・・・。


私は、前述の通り、
結婚前に夫と同棲を始めたことで、
実家に帰らないことが多くなった。

母からも先のように疎まれていたから、
老猫のことを心から可愛がってくれる人間が、
家の中にいない状態だったかもしれない・・・。
姉は嫁いでいたし、
父は宿直で留守が多かったし・・・。


私が入院先の公衆電話から実家にかけた時に、
「◎◎◎(猫の名前)死んだわ・・・」と母が言った。
(いま考えると、この母親の言い方がちょっとねぇ…。
なんというか「自然」じゃないんだよね…。
「ドヤッた言い方」というか…)


朝、母が6帖間に行ったら、
息を引き取っていたらしいのだ。


病院の公衆電話の受話器を握りながら涙が出た。


しかし、
”あの子にとても悪いことをした”
・・・と思えるようになったのは、
そこから数年後のことだ。


うちの父親も現在、二匹の老猫を飼っているが、
冗談にしても、時々、
「あー早く死んでくんないかな(笑)」
と言うことがあるらしく、
それは姉から電話で聞かされたことがある。
「お父さんったら、猫たちのこと、
”早く死んでくんないかな” なんて言うんだよ?」
と私に、少しおかんむりな声で言っていた。

確かに私も何度か、父から聞いたことがある。
「まだ元気なんだよー」
「お父さんが先に死んだらどうしようと思ってサー」など。



私は、あの老猫を看取ってあげられなかった。


いや、もしかしたら、
私なんぞに看取られないでよかったのかもしれない。

冒頭のテレビを見ながら、
”あの子は、
うちの実家みたいな、
私を含めておかしい人間たちのいる家に住んでいて、
幸せだったんだろうか”

そう思ったら、
あの子に申し訳なくて申し訳なくて、
泣けてきてしまった。
夫は、黙っていた。


今も涙が止まらない。


◎◎◎ちゃん、ごめんね。
本当にごめんね。
馬鹿な飼い主を赦してほしい。


私が、少し前に読んだ書籍に書いてあった文章。

”怒っている人は、困っている人”。


夫がたまに言っている、
「攻撃は最大の防御」という言葉も思い出した。
(そう言っている夫がそういう状態であることに、
自身はまだ気づいていないと思う)


あと、冒頭の本にも書いてあった、
”怒りをやめることで、自分が負けた気持ちになる”。


「引くに引けない」というのは、あるかもしれないからなぁ…。


できれば怒りたくない。

でも、私みたいなチンケな悩みで怒るんじゃなくて、
もっと、人としての尊厳を傷つけられた場合に、
怒らざるを得ない人だっているわけで。


怒ることは、悪いことじゃないと、
冒頭の本でも書かれてある。

人は何故、怒るんだろう?

もっと何度も、繰り返し、
冒頭の本を読まなくちゃだめなのかな?
いやぁー、それは出来ないわ(汗)。
かいつまんで読むくらいならアレだけど…。


それに、少し前に、
過去にファミコンの件で父がガンガン怒鳴った話を書いたけど、
あれを「困った人」だとは、
私はどうしても思えないね・・・。
哀れに思うことも無理。



フクロウのことについて検索していて、
ふと思い出した。

映画「ファインディング・ニモ」
が日本で上映された頃、
カクレクマノミを飼いたい人、飼う人が多かったそうだが、
今はどうなのだろう・・・。

(もちろん、きちんとした飼育状況で、
カクレクマノミを飼っている人もたくさんいると思う)

フクロウの喫茶店(「ふくろうカフェ」という名前は、
とあるお店が登録商標を出しており、
他のお店は使ってはいけないらしい)が、
何年か前から、国内にたくさん出来ているらしい。

私も実は先日、
tw内の画像を見て「可愛い!」と思い、
いつかヨーモーフェルトで
作ってみたいと思ったのだが(もちろん、リアルなフクロウは
私にはとても無理なので、簡単にデフォルメした姿の)、
やはり、きちんと飼育している人にとっては、
「可愛い」というだけで広まってしまうと
困惑するところもあるようなのだ。


”ちょっと、作るのは考えようかな・・・” と思ってしまった。


随分昔、
猫に実際に触れられるお店に一回だけ行ったが、
ああいったお店も、
猫にとってはストレスなのかな・・・。

そもそも猫って、人間に触れられるのは、
そんなにスキじゃないしな・・・。
(都合のいい時にだけ人間にすり寄るが・笑。
またそこがイイんだけど)

フクロウの話からズレたが、
猫は可愛い。
罪だ。



2015.04.15 りあるねこ
リアル猫ヘッド展。
一瞬、「行きたい!」と思って、
”どうしようどうしよう・・・”
などと呟こうと、途中まで打ったけど、やめた。

主宰(?)の方のブログを読んだら、
被り物を被ることが可能、と書いてあり、
twでもかなり拡散していたから、

スマホ片手に行列  →  人が多い  →  尻込み

・・・という結論になり、諦めた。

どういう風に作られているのかを目にしたかった。
大人数で、ニードルをツンツン刺して作ったんだろうか。
それともお一人の手で作ったのだろうか。
中が空洞って、どのようになってるんだろう。
興味はある。



そういえば、いま、
ふと思いだしたので書き残しておきたい。

父親や母親や姉や私の誕生パーティーのようなものを、
節目節目で、家でやっていたかどうか思い出せない。

幼少期の頃の話だから覚えていないのか。

父親が普段、
ずっと家にいる仕事ではなかったからなのか。

だから、小さな誕生会を家でやったとしても、
母、姉、私の三人だったとか?


・・・あ。
でも、写真が残っていないような気がしてきた。
家族四人なり、父不在の三人なりで、
ケーキの前で撮った写真がない???

たぶん、一枚もない。
いや…なんだか、
白黒の写真で一枚あったような、
なかったような???


20代の頃、自分の友達が、
「家族の誕生日はいつも皆でお祝いしている」
と話していた時、
”ずいぶんと皆、仲がいいんだな・・・”
と思ったのと同時に、
”ずいぶんと家族ベッタリな感じだな・・・”
などとも思ったような記憶もある。


私が実家にいた頃、
母の日も父の日にも、両親の誕生日にも、
プレゼントをあげていなかった記憶がある。
(一度もあげてなかったどうかは思い出せないが、
確かに毎年あげるということはしてなかった)


母が誕生日のケーキを買ってきてくれたことは、
小学生の頃にはあったかもしれないが・・・・。
そこらへんがよく思い出せない。


やっぱり、よく幼少期とか若い頃の記憶が
抜け落ちてるなぁ・・・。




2015.04.13 某CM
某スーパーのCMに出てる農家のおっさんの言葉。

"手助けしてやった分だけ帰ってくる
子供と同じですよ” 

最近、このCMの、
この部分にイラッとしてしまうのは私だけだろうか…。

もう、ここのところ全てが「一事が万事」な私は、

”あぁ、日本人には、
こういう考え方の人間ばっかりいるから、
こういうコマーシャルも平気で流れるのかな”

などと思ってしまう。


子供って、
手助けしてもらったら、
親に何か返さないといけないの?


いつも思うのだが、
依存症に全く無自覚で、思いのままに過ごしている人間と、
依存症だと自覚していながらも、それを治そうとしない人間と、
どっちが罪深い(????)のだろう?


後者のほうが罪深いのだろうか。
”わかってんなら治していけよ” 的な。


前者だと、

”無自覚なら仕方ないな” 

となるようなことでも、
後者だと途端に、周りの目が厳しく感じられるのは何故なのだろう。


”厳しく感じられる” のは、
自分だけで、
周りはナンとも思ってないのかもしれない???