2015.06.22 諸悪の根源
2015年6月時点では、
ここのブログの「毒親・母カテゴリー」日記の数が、
「父親」より少ない。

どちらかと言うと私は、
父への恨みや憎しみの感情のほうが強く、
”なんであんな人とお母さんは結婚したんだろう…”
と思っている(いた)くらいだった。


しかし実際の我が家での暴言は、
母のほうが圧倒的に多かった。
父は子育ての殆どを母に任せており、
また、父も宿直で2~3日泊まり、家で2~3日休むなど、
不定期だった。
俄然、母との接触のほうが多かったから、
暴言に接する機会が母のほうが多かったのかもしれない。


(うちの両親がともに子育てをしていたら、
暴言の数が倍になっていた可能性もある)



あるブログに書いてあった(一部改変)

「愛がない。
母は子育てに必要なことはしているが(メシ、学校へ通わせる、物を与える)、
そこに愛がない」

「情緒的に見捨てられている」



もう母親に文句を言いたくても死んでるし、
どうしようもできない。
父に文句を言うのも無理。


私の怒りは何処へ流れてゆくのだろう?














どこかで読んだが、
ACは、
感情?生活?とにかく「不安定な人」に
心が惹かれやすいそうだ。


ポジディブで順風満帆な人だと、
ネガティブで自己肯定感が低い自分と
比較してしまうからかもしれない。
うまく行きにくい場合もあるかもしれない。
友達同士でも恋人同士でも。


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どーでもいいけど、
今日、すんげー更新しすぎじゃね?
これで5個目だよ…。
馬鹿ですか…orz orz orz




2015.06.22 よかった。
◆2015日6月22日(同日)に加筆。

自分の場合は、
たまたま「ヨーモーフェルト」だったが、
やっぱり、何かしら趣味は
もっといたほうがいいんだなと思った。


そうでなければ、
朝から晩まで(おそらく電車に乗っている時も、職場での昼食中も
何処でもそうなんだろう)携帯ゲームにはまっている夫の様子に、
耐えられなかったような気がする。


去年の秋まで受けていたカウンセリングの段階の中で、
ヨーモーフェルトに出逢えたことは、とても大きい。
ネット以外に趣味ができた、ということが、嬉しいかもしれない。
本当に、2000年か、2001年くらいから、
今の夫の携帯ゲームのはまり方よろしく、
寝ても覚めてもネットだったから…。


初めて「趣味です」と言えるものが出来た気がする。
今までは「音楽鑑賞」と、
履歴書に書いたり、
人に伝えたりしていたが、
心の中で、
”音楽鑑賞・・・・?”と、
もやもやしたものがあった。


音楽鑑賞は素晴らしいことなのだと思うが、
私の場合は、純粋に「音楽を聴く」の他に、
それにまつわる物を、
たくさん買い込む事が多かったのだ。


それ(買う事)に対して、
やめられない自分がいたため、、
常に自責の念のようなものがあった。


兼業主婦の時は自分の給料で購入していたが、
社会からはドロップアウトしてからは、
全て、夫のお給料から買っていたのだし・・・。




中学生の頃に、家でよく、
フェルトでアップリケとか、
小さいマスコットなどを、たまに作っていた。

その「フェルト」が、「ヨーモーフェルト」に変わったのだと思う。


中学生の頃の趣味に近い場所に、
歳をとった私が、戻ってきたのかもしれない。






2015.06.22 みんなのうた
この半年くらいだろうか。
N◎Kの、みんなうたを見てる時に、
時々泣けてきてしまって困る…。

これは、歳のせいなのか、
それとも別の理由がそうさせるのか、
わからないが・・・。



◆2015年6月22日追記




・・・確かに、ベランダや建物下で吸うことなく、
部屋の中でスパスパやるような人(夫)が家にいたら、
購入する家具の色は、
仕方なく暗めの色にするしかないよな…。


姉が以前、結婚当初に住んでいた私の家に
遊びにきた後日に、電話で、
”あんたの家って、結婚した夫婦の部屋じゃないみたい”


…などと言ったのも、
家具の色が黒だのこげ茶だのばっかりだからってのも
あるんだろう。


夫のことをアレコレと書いたが、
私もこの当時は喫煙者だったし、
全く気遣う吸い方などしてなかった。


そこには、「ダンナも吸ってんだから別にいいや」
という甘えもあった。


夫がタバコをやめない限りは、
我が家ではパイン材の家具や
明るい色の家具は購入できないだろう。



夫は、自分の実家に帰った時も同じだ。
親や親戚に気遣うこともなく、
家の中でスパスパやっているし、
逆に、実家の身内や親戚に、
「煙いから外で吸ってきて」
とも言われないのだ。



※ちなみに私の親や姉は非喫煙者で、私だけが喫煙者だった^^;




私の実家に来た時の夫は、どうだったかと言うと、
上記の通り、私の実家は私以外が非喫煙者だったのだが、
やはり、来客のために、
灰皿の一つは実家にも置いてあって、
夫は結婚当初は、その灰皿を使ってスパスパやっていた。


しかし、いつ頃からか、
うちの親の前で煙草を吸わなくなった。
うちの両親の前だと、
息がつまるからかナンなのか理由はわからんが、
外に出て一服するようになった。


自分が先に食事が終わり、
私がまだ食事中の時でも、
夫は目の前でスパスパと吸っている。


まぁ、心底、
私は夫から好かれてはいないのだろう^^;







2015.06.22 味方
「味方」ってなんだろうな…。

~goo辞書より~
〔友人〕a friend
〔支持者〕a supporter
〔同盟〕an ally

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以前は、
”どんなことがあってもダンナの味方だ”
などと思っていたが、
今は…どうだろう…。


自分がACと気づいてから、
夫の考え方に一貫性がないことや、
諸々のことが透けて見えてきてしまって、
私がそれを受け入れていないから、


夫の身に何かあった時に、
私は夫を擁護するとか守るとか、
そういう方向に考えが行かないかもしれない。


最終的には、
”いろんな考え方の人がいて、
いろんな人がいるのは当然”
というような考え方が出来るのが目標だが、
一体そこまで何年かかるか…。


大した回復の努力もしてないし、
机上の空論ばかり言っててもしょうがないけど・・・。











2015.06.20 使いづらいPC
このパソコン、
ほんと、動きが悪いワ。


おおまかなブログ設定のほうで「コメントしない」にしてあるのに、
各々の記事で、何故か、
コメントを入力できるようになっていて、
それを直すのに今、手間取ってしまった。


FC2ブログの広告を読み込む時にも一瞬固まるし、
カーソルが変な方向に踊ったり、
画面もいったんフリーズしたりする。


アドオンで、
広告を非常にする物も以前、入れてはみたものの、
ネットサーフィン上で、
ある支障が出てしまったので、外してしまった。


カーソルが踊る件も、
対策をとってみたけれども未だに改善していない。


買い替えるのも難しい。
買い替えたら、もしかしたら、
今のこのパソコンの使用上の悩みは、
ほぼ解決すると思うが…。







2015.06.19 相談されない
昔から、ただ漠然とだけど、
”私って、友達から、悩み事とか相談されないなぁ・・・”
と思っていた。


”なんか、相談するのって、いつも私からだよな…”
とも。



・・・・いま考えてみたら、そりゃそうだよ。


だって、私自身がしっかりしてない。
友達(他者)に頼りっぱなし。
悩み相談をするのは、いつも私ばかり。


私に、何を相談したところで、
答えを貰えるわけじゃないことはわかっていた人たちは多かったと思う。
だから相談されないんだよね。




人に頼って、先方から助言を貰っておきながら、
「でも」
「だけど」
ばかり。


一体なんのために人に相談してるのか…。
他者のアドバイスも受け付けない、
でも自分の悩みはモヤモヤは吐き出したい。


他者を、愚痴のゴミ箱代わりにしていたら、
そりゃ、他者から相談はされなくなるよね。


自分が、親のゴミ箱(愚痴や不満の吐き出し)になってたから、
無意識に、自分の友達を、
自分のゴミ箱代わりにしていたんだろうね。


でもそれを、
「実は、親にされていたことを
代わりにやっていました、テヘペロ」
と告白しても、
理解を示さない人のほうが多いだろうな。
”親にせいにするの?”
みたいな。










2015.06.18 主張
父が仕事休みで家にいる際に、
母と私が口げんかをおっぱじめた時には、
父は必ず母に加担し、
「そうだよ?!お前が悪いよ?!」
と言っていた、という話は何度か過去に書いたかもしれない。

私の主張や叫びなど聞いてもらえなかった。


しかし、たった3回だったが、
何故か父や母が、
私の発言(怒りながら)に全く反論しなかった事があった。


母は生理痛の経験がないようだったが、
私は生理痛が重かった。
ある時、私がいつものように、
「痛い、痛い」と言っていた時に、

「そんなに痛いんだったらト◎レに行ってくりゃいいじゃない」
と言われて、私はカッとなり、


「そんなんで痛いのが取れるんだったらト◎レに行ってるよ!!」

と言った。


それに対して母の反論はなかった。
いつもだったらそこから、
母の反論が何かしらあり、
水掛け論の口げんかに発展するところなのだが、
この時は無かった。

そして私に反論された際に、
母は少々びっくりした顔をしていた。




二つ目は、
何の番組か忘れたが、私がテレビを見ていて、
母が皿を洗っていた時に、
「お母さん!なんで時間があった時に皿洗わなかったの?!
洗い物の音でうるさくてテレビが聞こえないじゃん!」


・・・・というような事を言った時、
母は私を見て、またビックリした顔をしていた。
そしてやはり、母からの反論はなかった。

(人によっては、
「だったらてめーが、
時間に余裕のある時に、母親に代わって皿くらい洗えよ」
と思う人もいるかもしれないが^^; )





三つ目は父の場合。


稀に、実家のビデオレコーダーが壊れることがあったが、
そのビデオレコーダーを頻繁に使っていたのは私で、
父はたまにゴルフ番組を録画する程度、
母は小難しい家電に疎く、使うことは皆無だった。


ビデオレコーダーの上は飼い猫の寝る場所にもなっており、
おそらくだけど猫の毛が入りこんだりすることが、
故障の原因の一つにもなっていたかもしれない。


私としても、乱暴に使用していたわけじゃなかった。


当時は、近所の電気屋に修理を頼むことが多かった。
テレビが壊れた時もそこに頼んだし、
家電量販店が多かった時代ではないので、
我が家はその「電気屋サマサマ」なところがあった。




ある日、ビデオレコーダーの録画機能が、
少し故障気味となった。、
絶対に録画が失敗するというのでもなかったが、
録画してみないとわからない、みたいな状態で、
私は大変録画したい番組が控えており、とても困っていた。


言った言葉は曖昧だけど、
「(いつもの)電気屋さんに修理頼んでくれない?」
みたいなことを母に言ったのだと思う。
父も仕事休みで家におり、すぐ近くに居たけど、
二人とも私の主張をスルーした。


私もすでに働いていたんだし、修理を親が頼まないなら、
「私が修理代を出す」と言ってもよかったのだと思う。

しかしなんでも依存的で、親べったりだった私は、
「とにかく電気屋に頼んで?
録画したい音楽番組が控えてるから故障してると困る」

と訴えた。


修理に頼んでも、
半日か一日そこらでレコーダーが直って戻ってくるわけじゃないし、
ある程度の日数が必要なので、私はとても焦っていた。


しかし状況は変わらず。
父親も母親も首を楯に振らなかった。


その時に私は、
泣きながらブチ切れた(言った言葉は憶えていない)。



父がそんな私の顔を見てびっくりした顔をしているのは
ハッキリ憶えている。


しかしその時のことを思い出してみても、
何故、父も母も、
あの時修理を頼むことを拒んでいたのか、
私には今でもわからない。


ただ単に、意固地になっていただけとか?
”娘の頼みを断固として拒否する親” に自己陶酔?



そりゃ、私を下に見てるんだから、
やすやすと首を縦に振らないよね。
しかも、人の言うことに首を縦に振ることを、
イコール負け、と思っているような人たちが、
話を呑んでくれるわけがない。




怒りながら泣く私のことを、
父は、 ( ゚Д゚)ぽかーん・・・とした顔で見ていた。

自分の娘が、録画できないからと言って、
まさか泣いて怒鳴るとは思いもしなかったのかもしれない。





いま思い出せるのは、この三つくらいだなぁ・・・。
私の怒りというか主張が両親に通った、
たった三つの出来事。





2015.06.18 先伸ばし
ただいまネットサーフィン中なんだが、
ちょっと思い出したことがあったので、
忘れずに残しておこうと。


そう頻繁に思ったわけじゃなかったけど、
昔、”なんか死にたいな…” と思ったことは何度かあった。

死にたい理由は忘れた。


何歳くらいの時だったろう。
中学?
高校卒業後以降?
20代?
思い出せない。



そういう時に、決まって私は

”…あ、そうだ。来月、コンサートが入ってたんだ”

”そうだ、再来月にはあのコンサートが入ってたんだっけ”

などと思い出し、思いとどまっていた。


”死にたい” と言っても、
そんなに深刻じゃなかったかもしれないし、
原因も、親がらみのことか、友達とのことなのか、
それすらも思い出せないが、
とにかく、コンサートの事を思い出し、
生きようと思ったことだけは憶えている。


そんなことで
死ぬのを思いとどまれるなら、
やっぱり、そんなに
深刻じゃなかったのかもしれないが。