私が20代後半に実家を出て、夫と結婚前に一緒に暮らしていた頃は、
親からの監視もなく、気も楽で、吸いたいだけ煙草を吸っていた。


別段それを悪いとも思っていなかった。


・・・というのは「開き直り」で、
本心はやめたかった。
でもたぶんやめられない段階に来ていたと思う。



喫煙していた頃の自分は、

「親に隠し事をしている」
「悪いことをしている」


などの自責の念が物凄く強かった。



特に、実家へ行く話が挙がった時が大変で、
隠蔽工作することばかりを考えていた。



●どの服を着て行くか事前に決め、クリーニング屋に出す。または洗濯。

●帽子やカバンなどの布製の物を、ファブリーズ  →  太陽にさらす

●日常つかっている煙草の臭いがしそうな物は、実家に持っていかない。


むろん、こんなことをやったぐらいで、
染みついた煙草の臭いはそう簡単には消えないのに、
とにかく「何かしなければ・隠さなければ」
という焦りの気持ちで一杯だった。



そして、実家に行く当日の朝は、必ず朝シャン。



夫は現在もそうだが、自身の吐くケムリに関して全く配慮がない人なので、
私がせっかく朝シャンしてきても、目の前でぷかぷかやっていた。
(私の親や、自身の身内に対しては、煙草の煙に関する配慮を見せるのに、
私に対してだけは、目の前で平気でぷかぷかする・・・・)



私が実家へ行く当日、
化粧や身支度などを終えるまでの間に、夫が喫煙すると、、


●実家に着て行く服は、出掛ける直前に着る。それまでの間は部屋着を着用。


●夫が目の前でプカプカしていたら、頭からバスタオルを被ってケムリを回避。
(無駄な悪あがき)


●実家に持って行くカバンや持ち物などは、喫煙不可の奥の部屋に退避させておく。


・・・今、こうして書いていると、
ほんとに笑っちゃうくらい、呆れるくらい、
隠ぺい工作しまくりボンバーだね…( ̄▽ ̄;)



そして私自身も、いつも、
「めんどくせぇなぁ…」
と思いながら隠ぺい工作をしていた。



もし私が現在でも煙草をやめていない中、実家に行く日があれば、
今でも同じように隠ぺい工作を続けていると思う。



両親は煙草を吸わない人間だったので、
煙草の臭いにはとても敏感だったと思う。
父は職業柄、煙草の臭いに慣れているようだったが、
特に母は喫煙者をとても毛嫌いしていた。


依存症って・・・
なんというか・・・、
さっきの「めんどくせぇ」で思ったんだけど、
今さらながら、本当にめんどくせぇ事が一杯あると思う。


常に家の中に置いておくことに神経を使う。
必ずストックしておく。
煙草が切れることに恐怖を感じる。
強迫観念。



たまに「シマッタ!買い忘れた!」
って時に、
外が大雪であろうと大雨だろうと買いに行く。
「めんどくせぇなぁ…」
と思いながらも買いに行く。



私のネット依存だって、変なこだわりのお陰で、
バカみたいな数のフォルダやファイルがある。
整理しても追い付かない。
尋常じゃないくらい多いので、どうにもならない。


消したくても、消すのが怖いファイルやフォルダも沢山。
下手に消して、PCが動かなくなっては困るので、それも恐怖。



めんどくせー・・・と思ってもやめられないのが、
依存症なのかな。



煙草をやめられたことで、隠ぺい工作もしなくて済んで、
その点はとても気が楽になった。
煙草にお金を遣わなくなったことも、とても大きい。



時々思う。
永らくひきこもっている自分。
PCの前に座っている時間が長い。
これでもし、今も喫煙者だったら、
煙草代だけでとんでもない金額になっていたと思う。



最終更新 2016年7月6日


何処で買ったかも忘れた、お惣菜の、にしんの塩焼き。

今日どこにも出かけてないし、
オカズも何もなかったので、
にしんの塩焼きを冷凍してあったことを思い出し、
レンジで温めて食べた。
(買ったのは先月の初旬だった ←付箋紙に日付を書き入れてあった)


・・・あまりおいしくなかった・・・・・・(-_-;)
私は魚は結構スキだが、これは魚臭い。
レンジで温めちゃったからかな?


きっと、買った時にすぐ食べたら
美味しかったのかもしれない。


棄てるのは忍びなかったが、
あまりにもまずかったので、
「もういいや・・・」と半分だけ食べて、
残りは捨てた。


このとき、いつもの私なら、
”食べ物を粗末にした”
”買った時にすぐに食べないからこういうことになったんだ”
などなど自分を卑下して、
自分自身で気持ちを急降下させてしまうけど、

急に何を思ったのか、

「どうせ、うちの親も大した人間じゃないんだし、
私もいい加減な人間だから、食べ物捨てちゃうのはしょうがないよねー」



・・・などと開き直った。


もちろん、食べ物を棄てるのはいけないことだけど、
少しでも開き直りをしないと、
また自己否定の塊りになってしまう。


とりあえず、
うちの親は大したことない

…というのは間違ってないと思うw



あのあと暫く私は、

”うちの親は大したことない、私もこんな人間なんだからしょうがない”

・・・などと、まるで呪文のように、
脳内で繰り返していた。




2015.10.26 自虐的
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2015.10.26 やる気が出ず
最終更新 2016年7月5日


ここ一週間~10日ほど、
何かこう、馬力が出ない。

本当なら昨日(日)か一昨日(土)のどちらかでも、
床のモップ掛けをする日になっていたのに、
何もやらず…。

今日もやる気がおきない。


そもそも金曜日から
なんとなく調子が悪かったような感じがする。
精神科とコー◎ン科の、病院ハシゴをして、
くたびれたのかナンなのか、午後は4時間以上寝ていた。

夕食の後、皿を片づけることもせずに、
そのまま居間で寝てしまって、
気が付いたら午後11時。
こんなことは、今の自分だと珍しい。

皿のこすりあう音が台所に響いて、
ご近所に反響する(ここの建物って
ボロだから)可能性があるので、
皿洗いは翌朝に伸ばした。


土曜日も、
朝、6時前に目が覚めて(だいたいいつも通り)、
居間に来たのに、
また眠ってしまって気が付いたら10時をまわっていた。

そして午後も寝た。

次の日の日曜日も土曜日と似ていて、
目が覚めて居間に来たのに、
また寝てしまって、
目が覚めたら8時半頃だった。

そしてまた午後も寝た。 ← パンダかよ


今日、実は夫が飲み会で帰りが遅いので、
本来なら今日、
おかずを作る日(我が家はだいたい連続二日間が、
同じオカズになるので)なんだけど、
夫が夕飯を家で食べないから、
たぶん私自身の食事も、
どーでもいいもので終わると思う。

台所に立って自分の食事のための料理をするわけでもない
気分的には、正直ラクなはずだ。


なのになんだろう?
この、今日のような快晴で、
気持ちは逆に塞ぎこんでいる…。


先週の(金)の通院で、薬が一種類増えた。
ワイパックスを永らく処方してもらっていたのだが、
それを、毎日の朝と夕の食後に、
一錠ずつ飲むことになった。


このワイパックスって・・・確か眠くなるよな?
それが原因なのかな・・・。
このやる気の無さは、ワイパックスが起こしてるのかな…。

やる気が起きない・・・・というより、逃避???


金曜日の通院で、院長先生に言われた内容についても、
必死に思い出そうとしているのに、
思い出せない…orz orz

でも確か、

「本を読んだり、ブログを見たりするのはいいんだけど、
それらをそのまま鵜呑みにして
自分に当てはめるんじゃなくて、
オリジナルになんちゃらかんちゃら・・・」


・・・と先生が言っていた気がするのだが、
やっぱり詳しく思い出せない~~ (´;ω;`) (´;ω;`) (´;ω;`)


以前から自分を悩ませていた、
院長先生を30~40分拘束してしまう診察室での長話しは、
金曜日の診察で、とりあえず避けることが出来た。
ストップウォッチを持参した。
診察での話は10分くらいで終えたと思う。


ダルイので、これから寝室で横になるです。



最終更新 2016年8月31日



いま考えると、
私は本当に図々しい子だったと思う。
図太いというか、大ばか者というか。
誕生会に自分が招待されてないんだったら、
”嫌がられてる” 
くらいはわかるんじゃないかと思う。


ところが私は、
”嫌われていたから招待されなかった” 
というのを認めたくなかったんだろう。



クラスメイトの他の子たち数人が、
主賓の子の家に招待されているのに、
私が呼ばれていないことが凄く嫌で、
「行きたいな~。誕生会行きたいなぁ~」
というような言葉を、
主賓の子に、教室ですり寄って(キモ…)、
招待を強要した。


主賓の子は、折れて私を招待してくれて、
めでたくお呼ばれを受けることになったのだが、
教室で、一言その子から何か言われた。
”料理が一人分ない” 
とか 
”ケーキが一人分ないけどいい?”
とか、そんな感じだったかもしれない。


その主賓の子と私は、元々仲が良かった。
性格もとてもよかった子だったと思う。
それが何故、招待を受けないほど嫌がられたのか、
何が原因でそうなったのか、私も憶えていない。


おおかた、私が失言をしたり、
その子を不快にさせる言葉を沢山行ったのだろう。


招待された先での、その子の誕生会の様子は、
どうだったか全く思い出せない。


とにかく自分が招かれざる客だったことしか覚えていない。



------ 一部追加 -------

「覚えてない」じゃなくて、
「都合の悪いことは思い出さないようになっている」
としか言いようがないかも・・・。


先日、たまたま昔の写真を眺めていたら、
前述の誕生会の主賓の子と、私と、他2人の、
家庭科実習中の写真が出てきた。


「他2人」のうちの1人は、私が虐めた子だ・・・。


生前の母親の話によると、
私はその子がクラスメイトから虐められているのを、
庇っていたらしい(記憶にない)のだが、
一転して虐めるようになった(勿論私は、
その子を虐めていた事を自分の母親に極秘にしていたので
多分知らなかったと思う)。

私は、その子を虐めたことをちゃんと覚えている・・・。
一度や二度じゃなかった。

おそらく主賓の子も、
私が同級生いじめをしていることを知っていたんだろう。

そんな人間が、誕生会などに誘われるわけがない。

誘われなくて、当たり前。


自分が他人を虐めていたくせに、
虐められた側になると、途端に物凄く被害者ぶる。


それが私という人間。


30代前半の頃、
趣味絡みの知人から、
大勢の人がいる前で、手痛い嫌がらせを受けた。
それにより今でも自分の心の深いところに、
トラウマが残っている。


世の中はうまくできている。

他人を虐めてきたぶんだけ、
返り討ちにあうようにできているのかもしれない。




最終更新 2016年7月6日


小学校1~2年の時にクラスメイトだった◎◎ちゃん(仮称Pちゃん)とは、
一番仲が良かった。
母親同士も仲が良かった。

そのPちゃんに対し、私はいつしか、
何気ない会話の中で、

”え~~??Pちゃん、知らないのぉ~~?”

・・・などと、現在で言えば上から目線のマウンテン発言をしていた。
悲しいかな・・・自分でもなんとなく、
その発言をしたことをぼんやり憶えている・・・。


しかも、一回とか二回とかじゃななかった気がする・・・。


その一番仲が良かったPちゃんと私は、
どうやら最終的には仲が悪くなって終わってしまったようだった。
「え~~?Pちゃん知らないのぉ~?」
という発言が切っ掛けで仲が悪くなったのかも憶えていないし、
そういった発言の前から、
すでに友達関係が破綻していたのかも思い出せない。


ある日、家で母から
「あんた、Pちゃんに、 ”知らないの~?” って言うでしょ?
それ、Pちゃんが嫌いだったみたいよ」


・・・と言われた。


なんとなくぼんやりと憶えているのは、
Pちゃんが、お父さんのお仕事の関係か何かで引越すことになって、
Pちゃんともう会えない状況が近づいた時か、
或いはPちゃんが引越した後に、
母からそう言われた気がする。


私は、Pちゃんに最後のお別れをした記憶がない。
私がPちゃんに嫌がられていることを母から知らされ、
お別れをしにいかなかったのか、
それとも他の理由があったのか、
全く覚えていない。


そもそも母は、
私がPちゃんにしていた「その発言」を、
何故に知っていたのか。

Pちゃんのお母さんから伝わってきたのか。
それとも何か他の方法で伝わってきたのか。

そこのところを知ろうとしても、
母は死んでいるし、もうわからない。
逝ってなくても、
母本人も憶えてないかもしれないし、
仮に憶えていても「知らないわよ」だの「覚えてないわよ」
だのとシラを切りとおすだろう。


しかし母は、
自分の子供がそのように言われたら、
傷つくであろうことを想像できない、
変な人なのは間違いないかも。


「▼▼さんと、◆◆さんは、アンタが邪魔だったんだってサ。
二人で仲良くしたいのに、
いつもアンタがくっついてくるからイヤだったんだって」



これは過去ログでも書いた、
母の私に対する別のお節介な言葉だけど、
そんなこと、いちいち子供に言う母親っている?

モラハラだよ、モラハラ。

私を大切に思っていたら、
あんな言葉は出ないと思うし、
あんな言葉も
あんな言葉も
あんな(略


夫にこういった類の話をすると、
夫が自分の過去を掘り起こすのが嫌だからなのか、
「親は親だよ」
などと切り返されてしまうんだけど、


私は本当に、
親から、心から愛されていなかった。
それをまだ、受け入れきれていない自分がいる。



2015.10.23 発想の転換
最終更新 2016年7月6日


今日、行きつけの美容院に行ってきた。
美容師さんに、
「3週間~一か月分の献立を、
いつも半日から、丸一日かけて考えているので、
毎度毎度疲れる」
という話をした。


「スーパーへ行って、その場で食材を見ながら献立を考えられない」

「毎日献立を考えるのではなく、
いつも2~3週間分、一度にまとめて考える習慣がある」

「そのために、
献立を考えることがどうしようもなく憂鬱である」

「献立をまとめて考えるのは、
他の日にちや時間を、インターネットに充てたいための行動であること」

・・・などなどを美容師さんに話した。


そしたら美容師さんが、

「それって、
夏休みの宿題なんかを先にやって、
あとは思いっきり遊ぶって事と、
おんなじですよね?」




・・・・・・・( ゚Д゚)
そういう考え方があったか!!



「ででむしさん、
ふつう、2週間も3週間も献立を考えるのって
大変なんだから、それって凄いことなんですよ?」

・・・と美容師さんに言われた。


自己否定の塊なので、
すぐには考え方を切り替えられないが、
とりあえず、
”夏休みの宿題を先に片づけて、あとは思いっきり遊ぶ”
という考え方は、わかりやすかった。



いつも、PCの画面の向こう側(文章&文字)に触れるか、
家の中で夫としか会話をしていないという、
外界の人々と接する機会が殆どない自分なだけに、
今日の美容師さんの話は、とても有り難かった。




2015.10.23 あいさつ
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最終更新 2016年7月5日


今日、買い物の帰り道に、高齢の女性が、
身体を「くの字」に曲げて、
両手を地面につけた体勢で、
起きられない状態だったのをみかけた。
「大丈夫ですか?」と、自転車を止めて近寄った。

それと同時くらいに、
そばを通った子供連れの若いお母さんも、
「大丈夫ですか?」
と自転車を止めて近寄った。

慌てた様子で、
女性の背後から来た男性も駆け寄り、
「立てますか?」と声をかけ、女性をゆっくり起こしていた。

先の若いお母さんは、
「歩けますか?」
など、色々と女性に話しかけていた。


女性は、
「買い物で使っている
滑車の何か(私は聞き取れなかった……)が取れた」
というようなことを言っていた。

すると若いお母さんは、
「滑車が滑って使えなくなってるって事なんですか?」
など、即座に女性の言わんとしていることを理解していた。

結局のところ、その女性は、
何事もなかったように、サササッと足早に立ち去った。
(なんとなくバツが悪そうな感じに見えた…)

若いお母さんも、男性も、私も、
みな散り散りになって立ち去った。


私、ただ最初の
「大丈夫ですか?」の声を掛けただけ・・・・・・・・・・・。
口ばっかりで、女性の身体を起こしもしなかった。


通り過ぎればよかった……。
本当は助ける気なんかなかったくせに。
見て見ぬふりして通り過ぎたら、
自分が嫌な奴に思えて後悔しそうだったから、
女性に近寄っただけ。


私なんか、他人と喋るのも怖いくせに、
その女性の対応なんて、
本当は心の底では、
”面倒なところに出くわしちゃったな・・・・・・” 
と思っていた。

”もし歩けないとかなったら、
家まで連れて行かなくちゃならないんだろうか”
とか、そこまで考えてしまった上に、
”どうしよう…”
と思ってしまった。


偽善者。


若いお母さんは、私の帰り道と同じ方角の、
だいぶ先を自転車で走っていたけど、
途中、信号待ちで止まっていた。


私は、恥ずかしくて恥ずかしくて、
速攻で若いお母さんの後ろを通り過ぎて、
いつもなら自転車から降りて昇ってゆく坂なのに、
早くその場を立ち去りたくて、
久しぶりに自転車を立ち漕ぎして坂を昇って行った。


家に帰ってきて荒れた。
帰宅直後にベランダに行き、
洗濯物を急いで入れていたんだけど、
隣の子供の相変わらずの、
バタバタバタバタバタ…という足音が何度も聞こえてきて、
カーーーーーーーーーッッッ!!!
・・・・・となって、
いつもは静かに閉めるベランダの扉を、
思いっきりバチーーーーーーン!!!!
・・・と閉めてしまった。


ヒステリー。
隣の子供と足音に八つ当たり…………。


サイアク。




最終更新 2016年7月6日


以前、
機能不全家族と気づいたとき
というタイトルで日記を書いた。

この「機能不全家族と気づいたとき」
と同じ日だったか、翌日だったか覚えていないが、
そう日にちは離れていなかったように思う。
その時に、「別の感情」が、ふっと湧いてきたのだった。


確か
「私、離婚していいんだ…」
だったか、
「私、離婚できるんだ…」
のどちらかだったか、
このような言葉がパッと頭の中をよぎってしまった。

よぎったあと、すぐ消えた。

以上の話に関して、
ずっと怖くて、このブログに書き残すのを
無意識に避けていたと思う。

でも、
”もしかしたらこの先…”
という感情は、
頭の中で考える回数はとても多くなった。

皿を洗ったり料理をしたりしている時も、台所で、
「リコン」の三文字がよぎることも増えた。

”このまま一緒にいても…”
と、ついきのうも思ったりした。

「あの時」によぎった感情が、
「私の本当の気持ち」なんだろうか。

私は、無意識に離婚したがっていた?