2016.01.26 自虐的
最終更新 2016年7月4日


思いつくままに書く日記。

最近あまり、
ことこまかに書かなくなってきた。
書いても鍵付の限定日記にしたりとか。

人の目が気になる。
”ここに辿り着いた人に、どう思われているか”

そのくせ、
ランキングを見ては、
”また下がってる…”
と意気消沈する。

だったら、
前みたいにランキングから外れたらいいのに、
それもしない。

更新しないと、上昇しない。
少し日にちをあけると途端に下がる。


なんのためにブログをやっているのかも、
わからなくなってきている。


ブログって、人が訪れてナンボ?

それとも、
誰が来ようと来ないと、
書き続けていられる人もやっぱりいる?

アクセスして10秒以内で立ち去る人って、
たぶん読んでないよね。

長文ばかりの日記だったら、
読む気も失せるのだろうな…。

たまに私の日記が短文な時があるけど、
割合で言ったら長文の方が多いしね・・・。

私もそれ(斜め読みで立ち去る)をやることが多い。
自分はそれをしているのに、
他人には「ちゃんと読んでくれよ」と求めるのか?


昨年、行きつけの美容師さんが励ましてくれた。

「ブログなんて、テキトーでいいんだと思いますよ^^
私なんかもFacebookのいいねなんか、
”あ、ハイハイ、押しときましょうねー”
って感じでボタン押してるし^^」



最近思うんだけど、
「アダルトチルドレンに気づいた」とブログで掲げてしまうと、
途端に「見る目」が厳しくなる人っていないかな?


「気づいたんなら進んでゆけよ」的な。
「ああ、コイツは全然ダメだな」的な。


気づいてない人の場合なら、
”気づいていないならしょうがないよね…”
”これからだよね”
と思える?


私の知っている人で、ACの自覚があるのに、
それをブログに書かない人がいる。
(書く書かないはその人の自由)


このブログに一度来て、おそらくそれきりの人って、
プロフィールにも私が書いている通り、
”参考もクソにもならないから来ないんだろうな…”
と思う。


あと、”引っ張られる” とかね。
私のネガな文面に。
私は他人を引っ張ってるつもりは全くないんだけど、
読む人によって変わるのかもしれない。


ブログ全体を非公開にすることも可能なんだけど、
意気地なしの自分は、
さすがにそれは出来ないので、
今後は、気分次第で、
鍵付きの非公開日記にすることが多くなるかもしれません。


・・・とまあ、こんな風に書いても、
何十人も読んでるわけじゃないんだから、
”ご自由にどうぞ?”
って感じなんだけど・・・。


正直、
恥ずかしくなってきてるんですね、自分自身が。

前から恥ずかしい奴でしたが、
この何か月か特に。



ACと気づいて一年経ちましたが、
どんだけ進めてるんだ?・・・・と思うと、
本当にアリの涙ほども進んでいなくて、
その割には、自分が読んでいる本からの引用文を
長々と書いてドヤったりして。


まるで、
進めていない自分を、
言い訳しているみたい。

机上の空論ばかり書くし。


引きこもっている自分がイヤで堪らないのに、
引きこもっているうちはいいけど、
そのツケがマジで後からドーンと来るかもしれないのに、
外に出ようとしない。
「楽だな~。部屋はあったかいし」
・・・で、そのまんま。


この分だと春になるまで、
早朝さんぽもやらなさそうです。
昨年の11月で止まってます。


今回はこの辺で。






2016.01.22 精神科通院歴
(以前の中身から書き換えました)



初めての精神科通院は20代後半で、
勤め帰りから通いやすい病院を探し、
週一ぐらい通った(あまりよく憶えていない)。
もちろん通院の事は親にも誰にも言わなかった。


半年ぐらい通っただろうか。
もうそれも思い出せない。



通った原因は憶えているが、
それは今でも、自分の汚点と思っているのと同時に、
消してしまいたいくらいの嫌な出来事なので、
たぶん奥に押し込めてしまっているのだと思う。
こういうのも掘り起こさないと、ACの回復は見込めないのだろうか?
だったら嫌だなぁ・・・(-_-;)




でも、たった半年とは言え、
精神科に通いながらも仕事を続けていたので、
いま考えると、よく勤めをやめなかったなぁと思う・・・。
昔のほうがガッツがあったんだろうか。
(「若さ」で乗り越えられたのかな)



過去に、一時間一万円のカウンセリングを受けた事があったが、
やはり一か月で4万というのは、とても家計を圧迫していた。
そのため一年間で終了した。

自助ミーティングに通うも、こちらも一年で行かなくなった。
時々休むことはあったけれど、
それでもまぁ一週間に一回、よく通ったとは思う。
現在のほうが、週一の外出もキツイかも(汗)。




過去に、精神科のドクターショッピングを、
3回ほどやっている。


今じゃ考えられないが、
以前は精神科の薬にも抵抗があり、
指示された薬をちゃんと飲まない事も多かった。



そのため、

「それじゃあ通っても意味がないしね・・・」

というようなことを、院長先生に言われてしまい、
通院が途中で終わったこともあった。


でも結果的に、この院長先生のところでは、
その後10年間お世話になった。


この先生の病院内で、
一名の先生がカウンセリングをやっており、
ここでも8年お世話になった。
保険内で済み、安かったので有難かった。
たぶん、カウンセリング代が高かったら、
こんなに8年も通い続けられなかったと思う。。


物事が続けられない、好きなことしか夢中になれない自分が、
初めてやり通したことかもしれない。



過去に、メールカウンセリングもやっていただいたことがある。
それぞれ違う、二名の先生にやっていただいたけれど、
うち、一人の先生からは、匙を投げられてしまって失敗に終わった。



最後に、何故、
10年間もお世話になった精神科から、今の精神科に転院したのかと言うと、
確か過去ログに書いたかもしれない(書いてなかったらすいません^^;)。


ただ、通院9年目に入った辺りから、なんとなくボーッと、
”もしかしたら別のところに移ったほうがいいのかな”
ということを考え始めていた。




それで、現在の精神科との相性はどうかというと・・・。
2016年1月から通っているので、
現時点(2019年10月)で約3年8か月お世話になっているけど、
まだ相変わらず手探り中。
色々と思うところはあるけど、
でももう別の所への転院はさすがに疲れるかな・・・。
年齢の面でも肉体的な面でも、もうしんどい。



精神科以外の通院に関しては、別カテゴリーに書いています。



終わり。

最終更新 2016年7月4日


B医院の通院で、カウンセラーの先生が、

”あなたの年齢で(ACに)気づくのは珍しいね?
割と、十代とか二十代とか、若い頃に気づく人のほうが
多いように思うんだけど…”

と言っていた。


何故、自分がこんな年齢になってから気づいたのか。
たら・ればだけど、
私としては出来れば30代前半か、
30になる前に気づきたかった・・・という想いがある。


結果論になってしまうけど、
子供がいなかったことが幸いだったというべきか・・・。
もし子供がいたら大変だったろうな・・・。


カウンセラーの先生は、
高齢だが、静かな物腰でとても優しい感じだった。


今回は、たまたま、
冒頭のようにACの話に触れてくれたが、
前回の初診でB医院のB院長先生が言っていたように、
カウンセラーの先生も、
ACについて継続して話を聞いてくれるわけではないと思う。


二週間後にまた、
院長先生の診察とカウンセリングの予約を入れてきた。


なんとか早く終結させたい(無理だけど・・・)。
仮に一か月に二回、カウンセリングを受けたら、
一か月で約5千円かかってしまう。


今年は色々と物入りで、
生活上に関わる大事なことでドッとお金が減る。



溜息しか出ないなぁ・・・。



2016.01.22 無題(訂正)
最終更新 2016年10月24日



ブクマをしていて、ここに来ていた人は、
きっと誰もいなかったんだな。
みんな、ランキングから飛んできただけ。
ランキングのカテを変更したら、
途端に人が来なくなった。

所詮、私のブログなんて、こんな感じ。
誰からも興味をもたれない。

みんな大嫌い。




2016年1月当初は、
ヤケになって上記のようなことを書きましたが、
訂正いたします。


また、もし、ご気分を害された方がいらしたら、
申し訳ありません。


しなしながら私の心の中の、
こういった卑屈な感情は全く消せていないので、
今後こういったヤケっぱちな気持ちが起きた時の日記は、
その日記だけ非公開にいたします。




最終更新 2016年7月4日



ピアノ教師の思い出。
以前にも何度か書いてるけど・・・。



”まだ書き足りないのか?” って感じで・・・(; ̄ω ̄)ゞ


マジで怖かったな…。
ピアノの譜面に、赤いサインペンで殴り書き。
「イチトオニイトオサントオシイトオ!!!」
って。
譜面の枠外に大きな字で書く。
怒って書いてるから、字も下手くそ。


私のほうもバカなもんだから飲み込みが悪くて、
その教師をイライラさせることも多かったと思う。


「何度言ってもわかんないのね、アンタは!!」
「ばっかじゃないの?!!!」


・・・などと怒りながら、
赤いサインペンを譜面台にポン!と投げるように放って、
呆れたように背もたれにバサッと寄りかかる姿が浮かんでくる。


何故か(?)上下黒の服装が多かったような印象がある。
黒いTシャツに黒のスパッツとか。
そのイメージが強い。
髪は肩すれすれのボブ。


・・・それにしても、ひでぇ先生だったと思う。


”そんな先生、イマドキどこにでもいるよ?”
と思っている人は、
たぶんここのブログを読まないかもしれない。

「私には」 キツかった。
あの先生に出会わなきゃよかった、とも思う。



最初はオルガンだった。
毎日通っていた幼児教室の先生が、
同時にオルガンの先生をやっていた。
すっごく、やさしい先生だった(*´∀`*) ほわぁぁぁん


オルガンからピアノを薦めたのが、
この優しい先生だったのか、
それとも、我が家(私)の方から
「ピアノをやりたい」と言い出して、
それでピアノ教師を紹介してもらったのか、
その辺りが曖昧。、

そして
”オルガンに慣れてしまっていると、ピアノに切り替えた時に、
鍵盤を叩くチカラが出ない”

という話をしていたのは、
優しい先生の方からだったんじゃないかと思う。

とにかく我が家ではオルガン一台を破棄し、
ピアノ(グランドピアノじゃないやつ)を購入した。
アップライトピアノっていう名前だと、この歳で初めて知った(恥)


あの優しい幼児教室の先生(オルガンの先生)は、
あのピアノ教師が、
もんのすげーーーーーおっかない教師だって事は、
知らなかったのだろうか・・・。


あのピアノ教師は、
躾にも厳しい先生だった。
挨拶を忘れると、やり直しをした。
何度か爪を切るのを忘れてレッスンに行き、
爪切りを渡されて
「そこで切って」と指示された(庭に面した廊下)。


また、レッスン中に、
自分の娘(2~3才くらい)が甘えたくて足元に寄ってくると、

「●●●(娘さんの名)ちゃん!後でお風呂場ね!
いいの???
後でお風呂場よ?!!」

とまた怒鳴った。


おそらく、お風呂場に閉じ込めるとか、
そういう意味合いだろうと思う。


娘さんが怒られてると、
私が怒鳴られているようで、いつもドキドキした。
声楽家出身だから、声がでっけーんだよね…。
だからなのか、怒る時の声も超でかい。


あの人は、常に、
ピリピリピリピリとヒステリックに怒っていた。


前の日記でも書いたけど、
一度だけ平手打ちをされたことがあった。


私が、何度ピアノ教師に指摘されても、
指示通りに引けなかったことが原因だったと思う。
イライラがピークに達したのか、平手が飛んできたのと同時に、
何か言葉を放ってきたと思うけど、
その言葉は思い出せない。


”平手打ちするほどのことでもなかったんでは・・・?”
と、高校生くらいになってから思ったこともあった。


レッスンをやめて数年経ち、20代の頃に、
「あの先生、妊娠中だからイラついて怒ってたのかな?
と思ったこともあったけど、
妊娠してなくてもイラついていたので、
たぶん慢性的なイライラ?・・・と思った。


この話は過去ログでは書いてなかったけど、
風邪で一回レッスンを休んで、
練習が暫くできなかったことがあり
次のレッスン日に、ピアノ教師の前で弾けなくてボロボロだった。


そしたら確か、

「どうせ仮病だったんでしょ」

みたいなことを言われて、
レッスンの後、帰宅して母親にチクった。

そしたら、珍しく母にしては私に同情(?)してくれたのか、
直接先生に電話をしてクレームを言っていた。
「嘘じゃありませんよ、うちの子ほんとに風邪でしたよ」
みたいな感じで。


記憶が曖昧でもう思い出せない。
母のほうから、
「ピアノ、やりたいのね?」
「続けるのね?だったらピアノを買ってあげる」
などと言われたのかどうか。

それとも母親が強制的にピアノをやらせたのか。


過去ログでも「やめさせなかった母親も同罪」
と書いてしまったが、
もしかしたら、
やりたい、と言い出したのは私のほうで、
「言い出したなら最後まで」じゃないけど、
それが理由で母親が私のピアノを
やめさせなかったんだろうか…?
あんなに毎回レッスンで、
怒られてる、泣かされてるのを知ってるのに。


母親に「やめたい」と何度直談判しても、
「ダメ」と言われてやめさせてもらえなかった。


これも過去ログでは書いていないが、
実は姉はピアノのレッスンをやめさせてもらえたのだ。


これは私が成人を過ぎた頃に母親から聞かされた話だが、
当時の姉は相当精神的に参っていたらしく、
夜中に起きて、夢遊病者のように両親の寝室にまで行き、

「お母さん・・・私、ピアノやめたい・・・」

と言ったらしい。

危険を感じたらしき母親は、
姉がピアノのレッスンをやめることを承諾した。


けれど私が何度か「やめたい」と言っても
受け入れてもらえなかった。


「お姉ちゃん、やめさせてもらえたじゃん。
なんで私だめなの?」

というようなことを言ったと思うが、
「ダメ」の一点張りだったと思う。


私だって相当、精神的にボロボロだったのに・・・。
夜中に起きてきて直訴したことの方が
「重症」だとでも言うのかよ・・・。


母親の「見栄」もあったのか?
”上の娘は仕方ないからやめさせるけど、
下の娘までやめさせてしまうと・・・”
みたいな。


私もバカだったよなぁ。
後日談を母親から聞かされてる時に、
色々と母親に質問できるチャンスだったのに。


レッスン毎回のように泣かされていたこと、
厳しくて嫌で仕方なかったこと、
誰が最初にレッスンをやらせたか、
私からの希望か、それとも母親か・・・等々。
(まぁ、訊ねても本当の事を言うかどうかは謎だけど・・・)


たぶんバカな私のことだから、
母親から姉の話を聞きながら、
「ふーーん、そんなことがあったんだ」
という程度で終わらせたと思う。


ACに気づいていなかった、というだけで、
こんな大事な場面を逃してしまうとはな・・・。
もう母親が死んでるんだから真相も聞けやしない。


もしかしたら、姉も、
”ここまでやらないと親はピアノをやめさせてくれないだろう”
と見越して、
わざわざ夜中に起きて言いに行った・・・という、
手の込んだことを姉がするかどうかはわからないが、
とにかくアイツは

「イチ、抜-------けた♪」

となったわけだ。



ちなみに、レッスンで叱り飛ばされていたのは、
私だけではない。

とても巧くて優秀な生徒がいて(私と同じ学校の同学年)、
その子以外はたぶん叱られていたと思う。

私のレッスンの日に、
私の前の順番でレッスンを受けていた子も、
やはりガンガン怒られていた。



最初、姉と私はレッスンの曜日が同じだったのだが、
このピアノ教師は、
すぐに私達姉妹を別々のレッスンの曜日に変更した。
とりたえて教室でうるさく騒いだなどの
落ち度もないのに。


やはりむちゃくちゃ神経質なピアノ教師だったんじゃないか?と思う。


今頃どうしてんだろうなぁ、あの先生。
もう70代くらいになってると思うけど。

会いたいとも思わない。



自身が30代くらいの時にピアノ教師の仕事をしていて、
教室の生徒をやたらに叱り飛ばしていたことって、
70にもなると忘れるのかな・・・。


憶えたまま生きててほしいと私は思う。
出来れば後悔もしてほしい。


そんで、あの時と人格が変わってないんだったら、
ピアノ教師なんか今もやっていてほしくない。
私みたいに、
ほぼ毎週のレッスンで泣いてたような子を
作ってほしくないと思う。

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2016.01.18 魂の家族
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最終更新 2016年7月4日


なんだったのだろう…。
あの眠さ・・・というか、
ただ単に「眠い」というんじゃなくて、
やっぱり、「閉塞感」に近い感じのような・・・。
動く気が失せる、やる気がおきないというか・・・。

テレビを点けてるのに、
それをボーッと見ていることもできず、
ときどきちゃぶ台に突っ伏してしまったり・・・。

朝は、いつものように6時半過ぎに起床し、
夫を見送る間の約一時間あまりも、
やっぱりやる気というか動く気力がなかったな・・・。
布団から居間に移動したというのに、
居間でまた横になっていたし・・・。

夫を見送った後、午前8時過ぎから午前11時頃まで
ずっと居間で寝ていた。
鬱なのか、
それとも更年期障害なのか。
それとも何か身体の病気なのか。

”こんなの鬱じゃねぇよ”
とか、
ここ読んで思う人もいるのかもなぁ・・・。


2016.01.14 意味
最終更新 2016年7月4日


また前と同じ。

だんだん、
「ランキングの上位に上がるにはどういう書き方をしたらいいのか」
という考え方が染みついている中で、
ブログを書いている。

いったい、誰の為のブログなんだろう??

ブログって一体、誰の為にやるんだ?

でも「読んでもらってナンボ」だよね?
殆ど読んでもらえていないのに、
一体なんのためにやるんだろう???


”リアルで嫌われている人は、結局、ネットの世界でも嫌われる”
という書き込みを、
何年も前にネットで目にしたと思うが、
本当にそうかもしれない。

一人相撲して。
有言不実行ばかりの毎日。

毎回毎回、暗いことしか書かない。

ランキング自体からの解除はしないままでいておいて、
ランキングからだけ外れようかなぁ・・・。





2016.01.13 反応ナシ
最終更新 2016年7月4日


夫が帰宅した時には台所でメシの支度をしていたので、
それが一段落した時に居間に行った時に、
夫に、私の携帯所有の話を少しだけしてみた。

でも夫からは全く反応がなく、
無言で立ち上がり、
着替えの下着を持って脱衣所へ。
そして風呂。

夫が去った後のちゃぶ台の空き缶を
手に取ってみたら、空だった。
一本飲むのが相変わらずはぇぇな…(ヽ´ω`)
(帰宅してから15分程度しか経ってない)


酒が入ってるから、
こっちの携帯電話の話なんか
どうでも良かったのかナンなのか。
または、面倒な話なんか、したくないか。


んーー…。

結局、月々の支払いだの、
携帯購入代だの、
自分の身に降りかかってくるってのがイヤなのかな?

「もし万が一」
の時の事なんて全く考えてなさそう。

アナタはいいよね?
会社から支給されてるガラケーがあるから。

私に何かあったら・・・・って事なんか、
まるで考えてなさそう。


そればかりか、
「ひきこもりの専業主婦で、なんで携帯が必要?子供もいないのに???」

・・・って思ってそう。

そこまで言わなくても、
それに近いことは言われたことがある。
「だって、ずっと家にいるのに必要ないでしょ」って。

なのに、ある時は、この間書いたみたいに、
「俺、買ったら駄目なんて言ってないよ?(笑)」

と言う。


一体どっちなのか?????


はぁぁぁぁぁ。
いつになったら携帯を持てる?
ガラケーより今はスマホって時代だっつーのに、
そのガラケーすら使ったことないってなんなの私?


もう一生もてないのかな?
「持ちたきゃ働けよ」 って話なのかな?