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最終更新 2016年7月1日


過去ログで、炊飯釜を買い替えた話を書いた が、


やはり、ご飯がおいしく炊けているというのは
気持ち的にもとてもいい。
うちは5kgの中でも一番安い米しか買わないんだけど、
炊飯釜を買い替えただけでおいしく感じる。


古くなってたからか、
大事に使わなかったからか不明だけど、
前の炊飯釜では、この2年くらいは、
たまに噛み砕けないくらいの、かったーーーーいご飯が、
白米の間に紛れてることがあって、
そのたびに「ゴメン、固いごはんが混じってるかも・・・」
などと夫に「言い訳」することも多かった。


買い替えにより、気を付けなくちゃイカンのは、
白米が巧すぎておかわりしそうだ、ということだ(^▽^;)


7~8年くらい前からになるが、
ちゃんとしたダイエットというわけでもなんでもないのだが、
白米の量を茶碗の半分くらいにしている。
炭水化物を多く摂りすぎている自覚があったので・・・。


でも我流なので、
こんなことしてても綺麗に痩せてゆくわけでもないし、
却って身体にはあまりよくないかもしれないし、
本当のところ、正しいやり方なのかどうかわからない。


たぶん、心のどこかで
「太りたくない」という気持ちが働いていて、
それを茶碗半分の白米にすることで、
「少しだけダイエットしてる・・・・・かも???」
などと自分に言い聞かせているのだと思う。


それは、うちの親の、
「健康に気遣っている”ふり”だけをしている」
と似ている。


ちゃんと自分で、
それなりに研究(??)しているわけでもなく、
”テレビでやってたから”
とか、
”新聞に出てたから”
とかいう理由で、
一応やってはみたものの、全く続いていない。

本当に身体に気遣ってたら、
母親はもっと長生きしてたんじゃないかと思うのだ。


散々、夫と私の旅行土産に、
ケチつけて(しょっぱいだの甘すぎるだのと)。
面倒なのでそのうち、
土産は持ってかなくなった。
何をあげたって文句を言ってくるからだ。


母の満足する土産など、
世界中探してもどこにもない。
ただ単に人(娘である私)にケチつけたかっただけだ。
自分より立場の低い私に。


父もテレビで、
トマトのリコピンが身体にいいらしいと知ってから、
「トマト買ったんだよ~」
とか、
醤油に含まれる塩分を計る道具を買ったらしく、
「これこれを計ったら、
〇gも塩分があって、どーのこーの・・・・」


あれから一年ぐらい経ってるけど、
間違いなく、
トマトも食ってないし、
醤油の塩分も計ってないだろうなぁ・・・。



はぁ~。
ヤダなぁ、ブレブレで。
親の嫌なところばかり似るんだよ・・・。





最終更新 2016年7月4日


(とても長文です。ご注意ください。)



うちの実家って、一般的に見ても、
そんなに裕福な家庭じゃなかったんだろうなと思う。

「学校行かせてもらえてたんでしょ?!」
「雨風しのげるだけの、狭くてもちゃんとした家があったんでしょ?!」

・・・という反論を持つ人は、
たぶんこのブログを読んでないだろうと思うので書いてしまおう。


父は父なりに懸命に働いていたとは思う。
「宿直」と、「家に居る」が、
2~3日ずつぐらい入れ替わる生活をしていた。

ただ、そういった仕事のサイクルのため、
母に子育てを押し付けていた事は間違いない。
(母の死後、父本人が
「お母さんに子育ては全部任せてたわけなんだよ」
などと平気で私に言うくらいだから)


父が、酒を飲みたいが為に突然会社を休んで家にいた
・・・ということは(たぶんだけど)無かっただろうと思う。
その点は、うちの夫とは違うかな・・・。

(わからないよ?確かじゃないけど。
幼少期の記憶が幾つもすっ飛んでるから
「たぶんそうだろう」というだけで、
もしかしたら本当に飲酒目当てで休んでたかもしれないし)。



私の実家は、
とーーーーーーーーーっても狭かった。
築◎十年の古い団地。

6帖と4帖半と、
丸くてデカい食卓テーブルを置いたら、
ほぼスペースがなくなるほどの小さい台所と、
風呂場とトイレと玄関。ベランダ。


子供部屋なんてナシ。


いちおう私ら姉妹が寝てた部屋が6帖だけど、
その6帖に、姉妹の勉強机が一つずつと、アップライトピアノが一台。
押入れがあり、二人分の布団を押し込んでいる。

私ら姉妹が寝る時に、
6帖に布団を敷くと部屋は一杯一杯。
ピアノのペダルの部分に、
布団の下の方が触れるか触れないかぐらいだった。


姉が嫁いだ後、
姉が小学生から遣っていた机は破棄したので、
スペースが結構あきそうだったのに、
何故か、引きだしが5個ほどついた平ダンスが
デデデーーーン!・・・・・と登場した。


それは新しく買ったタンスだったが、私のではない。
殆ど母の物で、若干父の物が入っていたくらい。
(いちいち引き出し全部あけて確認はしてないけど、
私の物は全く入れてなかったので、
両親専用のタンスであることは自ずとわかった)


そのタンスのために、
私が寝る&自分の時間を過ごす6帖が
狭くなっていた(姉が嫁いだから、
実質私だけの部屋になるはずだったのに・・・)。


母親は掃除しろだのナンだのうるさかったなぁ・・・。
自分こそ洋服の管理もできてなかったくせに・・・。
根本的に片付けも苦手だったのに、
自分の娘には口うるさく掃除掃除とうるさく言ってきて・・・。


4帖半は両親の部屋(寝室)だったが、
セミダブルのベッドが一個あり(両親の)、
他は背の高い箪笥が一個(これは殆ど
父の背広やらが入っていたと思う)、
引き出しが幾つかある1m20cmくらいの平ダンスが一個、
あと、確かカラーボックスも1個か2個くらいあったかな。
もう一個くらい小さ目の収納ボックスもあったかも
(父の雑誌やレコードがギューギューに入ってたと思う)

もーーーとにかく、
その4帖半も狭くてギッチギチだった。



一戸建ての家に住んでる同級生や、私の友達数人なんかは、
「自分の部屋にテレビがある」
とか、
「・・・え?うち、テレビ三台ぐらいあるよ?」
とか、
「うちは一個一個の部屋にエアコンあるから・・・」
とか。


みんな、「え??なんで???」という感じで返答するのだった。


私からしてみたら、ハッキリ言って羨ましかった。
一家に、テレビが三台あるなんて、
考えられなかった。


実家は、エアコンもテレビもVHSデッキ(当時)も、
全て一台ずつしかない家だった。

エアコンも、とっくに周りの家などは
当たり前のようにあったのに、
確か本当にだいぶ経ってから
「やっと買った」という感じだった。


だからそれまでは、
夏は、ずーーーーーーっと扇風機と、
冬は灯油ストーブのみ。

エアコンをやっと買った理由は、
母は何度も「飼い猫のため」と言っていた。


エアコンを買うのに、何か理由が必要だったのか?
なんなんだ?うちの親は。
「猫が可哀想なんだもの」
とか、
「猫が暑そうで」
とか
「猫が寒そうで」
とか。

そんなことばかり母は言っていた。


ちなみに私は、動物の中で猫が一番好きだ。
だから、
「猫のためにエアコン買ったのが変」
「猫のために電気カーペットを買ったのが変」
と言っているわけじゃなくて、

「うちも、必要だからとうとう買ったわーーー」
…と言えばいい話じゃないのか?

猫を理由に、
エアコンや電気カーペットを買った、と
電話で話すうちの母親に、
いつも笑って返していた私だったが、
いま思えば本当に謎だ。

何故、母にとって、エアコンや電気カーペットを買うのに、
いちいち「理由づけ」が必要だったのだろう?


ほんとうに、
うちの実家があまり裕福ではなかったのは、
何が原因だったのだろう。



浴びるほど酒ばかり買っていたという父でもなさそうだし、
母親が幾ら洋服を買ってると言っても、
収納できるにも限度がある。


なんであんな狭い団地に
住まなくちゃならなかったんだろう?
うちの実家だけじゃなく、
当時、あそこの団地に住んでいた人はみな、
「狭い」
と思いながら過ごしていたんだろうか???


昨年読んだ本の何処かに書いてあったが、
親と過ごしていて、心が満たされている人は、
たとえ金持ちじゃなくても、「心が満たされている」ので、
何も不自由を感じない


・・・というようなことが書いてあった。


私は満たされていないので、
申し訳ないが、
あの団地住まいを「良かった」などと全く思えていない。
私が死ぬまでの間に、
何か考え方が変わるかもしれないが、
現時点では「全く」だ。
いい思い出が殆どない。


姉が昔、私に言っていたことがある。
「アンタか私のどっちかが男だったら、
こんな狭い家で、
男女の兄妹が一緒に暮らすのは無理だから、
サッサと二人のうち、どっちかが独立していたかもね」と。

そして、なんであんな狭い団地だったのに、
姉が嫁いで出て行った後に、
私もサッサと家を出て、
一人暮らししなかったんだろう???


・・・そう自問しても、
もう過去にも同じようなことを書いているので、
正直しんどいが、


精神的にも経済的にも
自立できていないバカ娘(私)が、
一人で暮らせるわけがないのだった。


私には、
6帖間と台所を仕切っている、
アコーディオンカーテンの開閉の権利すら、
あまりなかったかもしれない。

閉める権利があったのは、着替える時ぐらいだったと思う。


私が実家に居た、二十代の半ばすぎまで、
父親から(母からも)、
私のプライバシーが殆ど保たれていない状態の中で、
私は過ごしていた。


台所の食卓で父は、
いつも変な身体の向きでテレビを見ていた。
左に顔を向ければテレビ。
右に顔を向ければ、
自分の50cm横に6帖。

私が6帖で何をしてても、
全ての行動が父に見られてしまう環境だった。


たまに、「着替えるから」と言って、
アコーディオンカーテンを閉めて、
「しめしめ…」と5分以上そのままにしていると、
カーテンの向こう側の食卓テーブルから、

「なんで閉めてんだーーーーー」

・・・と父のダミ声が聞こえてくる。


また、扇風機にしても、
灯油ストーブにしても、エアコンにしても、
全て6帖に置いたり設置してあったので、
アコーディオンカーテンを閉めてしまうと、
台所の食卓にいる父も母も、
暑かったり寒くなったりしてしまうせいで、


私が着替えと称して、
アコーディオンカーテンを閉めていると、
また5分ほど経ってから、

「なんで閉めてんだーーーーー」

「おい、暑いぞ」

「なんで閉めたままにしてんだ。寒いじゃないか」



・・・という父の声が、
アコーディオンカーテンの向こうから聞こえてくる。


そこで私の、
ほんの一瞬の「父からの監視の遮り」は終わってしまう。



プライベートもヘッタクレも無し!!!!
地獄だった!!!!!


”常に親に見られている”
という圧迫感があった。

父が宿直で留守の時だけは、
私が「たまに」アコーディオンカーテンを閉めても
母は何も言わなかったが、
ただ、飼い猫を理由にして、

「あんた、アコーディオンカーテン閉めるのはいいけど、
この子(猫)たちが通り抜けできなくなるから、
少し開けるわよ」


と言って、常に猫が出入りできるくらいの
隙間を作っていた。


猫は身体が柔らかいんだから、
アコーディオンカーテンの下側から
自由に出入りして抜けていけるのに。


確か、そう反論したこともあったと思うが、
「(猫が)可哀相じゃないの」
とかナンとか言い返されて終わりだったと思う。

あの隙間から、
たまに母は、6帖に一人でいる私が何をしているか、
監視していたような気がする…。

”気がする”
と書いたのは、
私は、うちの父と母からの「監視」や「視線」から逃れるために、
6帖にいる時は、
両親に背を向けて座っていたからだ。
本を読む時でも。

自分の仕事が休みの日に、
父が家に居る日がガチンコしてしまった時は、
6帖で小さいテーブルを引っ張り出して、
背を向けて座って、
そこで友達に手紙を書いたり、
ワープロでドット絵を打って遊んでいたり、
ヘッドホンをして音楽を聴いていた。


しかしそれで
私のプライバシーが保たれているわけじゃなく、
実家の6帖は、母が洗濯物を干すために
ベランダへ出る時の通り道となっており(4帖半からだと狭くて
ベランダに出られない)、


私がプライベートな手紙を書いている時でも、
「ちょっと入るわよ」
という母の声と同時に、私の横を通り抜けて行くので、
私が「何をしているか」は、母に丸見えだったと思う。


やっぱり私はバカだった。
今さら「たら・れば」を言っても仕方ないが、
やっぱりサッサと家を出るべきだった。







2016.02.23 上まぶた
今日も今日とて、
泣きっぱなしでとても疲れた。
目が重い。




最終更新 2016年7月4日


先日、カウンセラーに、
いつものように夫の依存(飲酒)についての話をした際、

「でもご主人、外には働きに出てるんでしょ?」
「世の中、”依存” って事に厳しい人も結構いるけど・・・」


・・・と言っていた。


他には、
ちょっと曖昧で一語一句憶えていないが、
絵を描く人や、
そのほか、何かの趣味の話を例にして、
それらのことも「依存」と言っていたと思う・・・。

ふと思い出したのだが、数か月前、
12月までお世話になっていた「A医院のA院長先生」が、
私の趣味のヨーモーフェルトに関して、
一瞬「依存」と言ったような気がした時があった。
それを次の診察で聞くはずが、
聞くのを忘れてそのままになっていた。


私は、冒頭の、
B医院のBカウンセラーのカウンセリングを受けて、
先日でたぶん4回目くらいになると思うが、
初めて、
”気持ち、きつめに言われたかも?”
と感じた。


あまりよく憶えてないのだが ( ← なんで重要なところをいつも忘れるのよ・・・・orz)
いつも物腰が柔らかい、
優しいカウンセラーの先生だけに、
少し言い方が微妙に違うだけで、
「私には」変化と受け取れてしまった。


それに、
依存症の家族として悩んでいる人間に対して、
「(嗜癖者は)働いてるんでしょ?」
と訊ねるのは、どうなのだろう??


私は、
”あまりわかってもらえてないのかな?”
と思った。


仕事に行ってるから、なんだってんですか?

”仕事に行き、
妻を養ってるから、
酒ぐらい家で飲んでもいいんじゃない?”

・・・って言いたいのかな?あのカウンセラーの先生は。

それともそれは、また私の悪い癖で、
早合点・思い込みなのかな?


私はカウンセラーに、

「夫が自分で買って飲んだ後の、6本入りの紙ケースを、
いつも粗大ごみの袋に放り込むだけで、
何十枚溜まっていっても、そのまま。
新聞紙のように一枚一枚畳んで結ぶとか、
紙袋に入れるとか全くやらなくて(ゴミ捨ての規制アリ)、
いつも私がやっている」

・・・と言っても、同意してもらえてなくて、

”それくらいやってあげたら?”
じゃないけど、そこまでストレートじゃなかったけど、
それに近い返答をされた。


私は、
「嗜癖に関わることなので、
本当は夫自身にやってもらいたいんですが・・・。
でもそれを言うと、
私こそ、インターネットをするお金を、
自分で支払っていないので、夫に大きなことが言えないんです」
というようなことを言った。


「そういうの(嗜癖に関わることを自身で)って、
●●先生(過去に一回一万円×一年通ったカウンセリング)は、
仰ってた?」


・・・と聞かれたので、
「いえ、違います」
と答えた。

※一回目のカウンセリングの時に、このカウンセラーが、
「●●先生のことを存じ上げています」と言っていた。



私、カウンセリング、やらないほうがいいんだろうか?
また揺れ出してきた。



次回はどういう風に切り出そう?
困った・・・。



2016.02.22 料理ギライ
最終更新 2016年7月29日 


20年選手の炊飯釜が、
半年くらい前から調子が悪く、
炊いた翌日の保温がもう効かなくなってきているようなので、
新しい炊飯釜を夫婦で買いに行った。


その後、二人でファミレスに入った。


(蛇足だけど、炊飯釜購入に関しては
二つ返事でオッケーを出すのね・・・^^; 
他の物だとお金を出し渋ったり、
なかなかオッケー出さないのに・・・)


夫は以前よく、
ここのファミレスに来ていたという。
そして、メニューの中のある料理を指し示し、
「これは美味しいよ、保証する」
と明るい声で言った。


夫が ”保証する”
なんて言葉を発するのも、
珍しいな、と思った。


続けて夫は
「以前、なんの番組か忘れたけど、
ここの店の人気料理一位、とか出てた」
とも言った。


ここのファミレスは駅から少し遠い。
私が、
「ここまでわざわざいつも来てたの?」
と聞いたら、
「一時期、はまってコレばっかり食ってた」
と夫が言った。


何故夫が、夕食を食べに
ここのファミレスに来ていたかというと・・・。


結婚当初から数年(5年間ぐらい)、
全くと言っていいほど、私は料理をしなかった。
(この辺りの事はブログの何処かで書いたかも・・・)

その後、10年程は、
以前とは変わって作るようにはなったが、

それでも
”何か、作る気が起きない。
献立を考えるのも億劫で面倒・・・。
買い物にも行きたくない、外に出たくない・・・”

・・・という感情に苛まれ、
10日に2~3回ぐらい、
夕食作りを休みたくなる時があり、
そういう時は夫に、会社帰りに外食してきてもらっていた。

その外食する場所の一つが、
冒頭のファミレスだったのだと思う。


だけど、
たとえば「お米だけ炊いて、オカズは出来合いのもので」
などの、
夫が家で夕食を摂る方法は、
他にもあったはずだ。


だけど私は、料理を作らないくせに、
プライドだけは高いのか(今もそうだけど…)、

”旦那にスーパーの惣菜を食べさせるなんて”

という変な意地があったのと、


”どうせ私が作らなくても、
外で自由にメシ食いながら
酒が飲めるんだからいいよね”



などと、自分が料理をしないことの言い訳に結び付けていた。

ぜーーーーーーんぶ、言い訳。
自分がネット三昧したいが為の。



確かに作る気が起きなかった、
憂鬱な気分だったのが理由だけど、
だったら自分の身体を休ませるとか(本当に具合が悪くて
床に伏せていた時もあったけど)、
家での過ごし方は他にもあったと思う。


しかし、自分の身体を休めるわけでもなく、
インターネットをする時間に充てていた。

風邪ひいててもタバコを吸うのと同じ。



夫が外食先で一人でメシを食いながら、
おそらくビールを数杯のみ、
これもおそらく、
店内のテーブルでノートPCを拡げて仕事をし、
家に戻ってくるのはだいたい0時近く。

それまで私は、悠々自適に、
自分の時間に充ててネットをしていた。




現在、夫の帰宅はとても早い。
そういうサイクルになってから、
2~3年くらい経つだろうか。

夫の帰宅は結婚してから十数年間は、
ずっと遅かった。
午後9時だったら、まだ早いほう。
そこから、すぐに食べるのではなく、
まず夫は夕食前にビールを3~4本開けるので、
そこから一緒に食べるとなると、
だいたい午後11時くらい。


まぁ・・・・。
その夫の遅い帰宅も、
本当に仕事で遅かったのか、
パチンコしてて遅くなったのか、
絶対にシッポを見せないので、
今でもわからないままだけど・・・。


私は私で、
そんな遅い時間に帰宅する夫を待たずに、
サッサと自分だけ先に食べてしまえばいいのに、
「先に食べるのはちょっと…」
とか、
「やっぱり二人で食べたい」
などと、夫に遠慮&いい人間のフリをして、
夫の帰宅時間ギリギリまで、
インターネットをする自分の時間に充てていた。


現在の私は、
夕方になると気分が落ちてくる。

”あぁ・・・夕食の支度を始めなくちゃ・・・”
と思う。

でも以前の自分のように、
10日に2~3度、夕飯作りを休むことは、
今はしていないけど、
そのように悠々自適に過ごしていた期間が長かった分、、
未だに、夫の帰宅が早いことに対して
慣れていないらしい。


そればかりか
”自分の時間が削れている”
などと被害妄想も抱いている。


働いてもいないし、
朝、夫を見送った後は、ぜんぶ自分の時間なのに??

それでもまだ足りないなんて、
どんだけ私は、ゴーツクBBAなんだろう?



話は冒頭のファミレスでの一件に戻って・・・。

夫がそのファミレスで食べていたという料理を、
二人で頼んで食べた。
確かに旨かった。

しかし、夫があまりにも、自然な会話のように
「こればっかり食ってた」
と言っていたことで(特に私に自責の念を与えるような
言い方はしていなかったと思う)、

私自身は、
自分の恥ずかしさを思い知ることとなった。
(↑夫を責めているわけではなく)


夫はどう感じて、
そこのファミレスで度々、
その料理を食べていたかは、わからない。

「一人で好きにメシ食うのも気楽だな♪」
酒も飲めるしイイネー」
と思っていたかもしれないし。


でもたぶん、
私だったら耐えられなかったかもしれない。


”なんで結婚してんのに、
ファミレスでメシ食ってんだろ?”
と。


あーあ。
書いてて、また落涙かよ…。


私って汚いよなー。
泣いてごまかしてるみたいで。




2016.02.19 一杯一杯
最終更新 2016年7月4日


もう最近、自分には、
夢も「チボー」もないな、と思うことが多い。

このまま一生、
精神薬を飲み続けて、
いま以上に身体のあちこちにもガタがきて、
そのうち身体面が重篤で入院したとしても、
旦那にも殆ど来てもらえず、
友達も来ることもなく、
亡くなる時は、
病院関係者に看取られて死ぬのかな、とか。


でも10年先も、
夫と一緒にいるかどうかもわからないしね・・・。


自分ひとりで食べていける自信も貯蓄もないんだし、
ゴタク並べてる場合じゃないけど、
だいぶ前にも書いたけど、
あまりいい未来は、
うちら夫婦には、ないような気がする。


夫も、脳に関連する持病を抱えているのに、
更に脳にダメージを与えるような、
飲酒、喫煙、携帯ゲーム(及びパチンコ)。


そして私だって夫の事は言えない。
朝メシもきちんと食わないし、
一食目がお昼とか午後2時とかがザラ。
メシも食わずに何をしてるかと言えば、
インターネット。
PCの前に座りっぱなし。


たぶん、傍からみたら、
夫の「病んでる感じの携帯ゲーム熱中」
と、
「私がPCの前に座りっぱなしでネットをやっている姿」
と全く大差ないと思う。


しかも朝メシだって、
人には見せられないような食事ぶり。
”どうでもいい。腹が満たされれば”
という感じのメニューなのだ。

この私の生活ぶり。


落涙してきたのでここで終わり。



アホか、自分で書いといて落涙かい。



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2016.02.16 張り切り過ぎ
最終更新 2016年7月4日


このひとつ前に書いたように、
寝覚めが悪い期間が続いている為か、
身体がダルいし、
隙あらば布団を敷いて寝てしまいたい欲求に駆られる。

今朝も例にもれず、
嫌々、溜まった洗濯物を洗濯機で回して、
干している途中で夫の出勤を見送り、
心の中で、
”あーもうめんどくさい、やりたくない”
と思いながら、

大量の洗濯物の続きを干して、
二回目の洗濯物を回している間に、
PCのデスクに座り、机に突っ伏して休んでいた。

”もうこのまま寝ちゃおうか…”

という悪魔の囁き(?)が聞こえる。

だるい。
とにかくだるい。

正直いまも、寝てしまいたい欲求がある。
(午前11時前なのに)

モップ掛けもしてないから、
フローリングの汚れが肉眼で見える…(-ω-;)


”どうせやったって、誰かが褒めてくれるわけじゃないし”

そういう意識が私の中に蔓延ってるから、
やる気も起きないんだろうか。
他者から褒めてもらうことをやめ、
自分で褒めることがACの回復らしいけど…。

とりあえずは、
あんなに面倒だと思ってたのに、
よくあの大量の洗濯物、ぜんぶ干し終えたよ。
よくやった。

そして、久しぶりにモップ掛けをした。


掃除しながら思った。
”どうせ掃除したってしなくたって、
大して変わらん。
私もそうだし夫もそうだけど、
二人して依存症バリバリで、
脳の病気になりまくってんだから、
正常な人の感覚より鈍くなってるんだし、
部屋が綺麗だろうか汚なかろうが、
死にゃしないからどうでもいいんだよ・・・。”



・・・とこのように、
一生懸命、掃除をしたくない「言い訳」を探していた。


今日、掃除&洗濯と、
しゃかりきになってやってしまったが、
もし明日が通院の日じゃなかったら、
モップ掛けは明日に延ばしたかも・・・しれないな…。
(もしくは、延期にしたぶん、またやらない可能性も・・・)


疲れたから、
あともう少ししたら横になろうと思う。






2016.02.16 寝覚めが悪い
最終更新 2016年7月4日


寝覚めが悪い原因はなんだろう。
去年の12月か、
今年に入ってからか憶えていないけど、
とにかく朝の寝覚めが悪い。


昨晩ちょろっとググってみたけど、
「コレ!」という回答は得られなかった。


寝すぎなのか、なんなのか。
それともどこか身体の病気なのか。


「早寝早起き」をするようになって、
たぶんもうすぐ一年近くになるだろうか。

早寝早起きをする切っ掛けとなったのが、
つべで精神科医が公開している動画を見てからだった。

しかし私の場合、ただ
「早めに寝る」を実行しているだけ。
(以前は朝も6時台に起きて割と快調だったが、
起床時間のズレが生じてきた。
それについては後述)



以前お世話になったカウンセラーに昨年、
「質のいい睡眠」と言われたことがあった。


「質のよい睡眠とはどういうものなのか」
と訊ねればよかった。


果たして現在の私はどうか・・・と考えると、
冒頭のように「寝覚めが悪い」と言っているのだから、
「質のよい睡眠」ではないように思う・・・。


あとわたしは、
自分がどれだけ睡眠を取ればスッキリし、
どのくらい多く寝てしまうと「寝すぎ」になるのか、
それも自分でわかっていない。


現在の私の就寝時間は、
午後9時~0時の間。
午後10時台が一番多いかもしれない。


眠くて堪らない時は、午後9時半までの間に眠ることもある。
もっと早いと9時前とか。


冒頭のように、
「寝覚めが悪い」と感じ始めた辺りから、
めざましのベルが鳴っても起きられなくなっている。
めざましの時間は、いつも同じ時間にしているが、
鳴ってから止めてしまって、
それでまた眠ってしまう。


次に目が覚めると大抵午前7時~7時20分の間。


寝覚めが悪くなってから、
夫が寝室と今の間の襖を開ける音で目覚めたことが
3回か4回ほどあったと思う。
まるでその「襖が開く音」が
めざましのような感じ(とりたてて爆音ではなくて普通)。


(↑ 実は過去の私がこうだった。
いつも自分で起きられなくて目覚まし時計も止めてしまい、
夫が出勤する直前の、居間と寝室の間の襖を開ける音で目覚めていた)



そういった上記のような、
だらしない起床をしていた頃と比べたら、
雲泥の差だとは思うが…。


でもまたいつか、
そういった昔の自分に戻ってしまいそうで怖い。


半年前くらいまでは、
午前6時や6時半に起きることが多かった。
稀に早過ぎて5時台なんてことも結構あった。


その、早く起きた時間は、
自分の趣味の時間(ヨーモーフェルト)に当てていた。


少しは
”順調だなー。
やっぱり早寝してるのが効いてるのかな(*´ω`*)”
くらいは思っていたのに・・・。


夜に早めに寝ても(午後9時頃とか)、
朝がもっと早めに目が覚めるというのもでなく、
たっぷり9時間寝てしまって午前6時起きとか、
逆に、いつもより少し遅めの午後11時頃に寝たとしても、
少し早めの午前5時に目が覚めてしまったり、


とにかくもう睡眠時間がバラバラなのだ。
一定していない。
自分の睡眠と、
自分の睡眠時間がコントロールできない。



これらの話は、
明日の通院(B医院のB院長とBカウンセラー)で話そうと思う。