2016.07.29 つらつら
この一週間も、色々あった。


通院先でのお薬が、もう一種類増えたり。


夫に、「いま、睨んでなかった?」と言いがかりを付けられたり。
私は、物理的に離れようと、
居間の隣の寝室で過ごしていただけなのに(それも30分程度)、
どうも夫には、
私が嫌がらせをしたように思えたのかどうなのか・・・。




体調が悪くて寝込む日もあった。



相変わらず、ワーク本には着手していない。
”買っただけで満足” してるのか、どうなのか・・・。





ブログに書こう書こう、と思う日も何度かあったけど、
頭の中に瞬時に浮かんできたことを、
そのまますぐに文章に出来ればいいんだけど、
私のネット環境が、そうさせてくれない。



やっぱりPCしか持ってないのって不便だなぁ・・・・。


またその話かいw





世間はポケモンGOの話で溢れてるけど、
私には無関係な話だな・・・。
たぶんスマホ持ってたら絶対にやってたとは思うけど・・・。





2016.07.22 暖簾に腕押し
一週間ほど前に、
「CRAFT」という本を買った。
【ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)/著】


他の方のブログで、
CRAFTの存在を知ったのが切っ掛けだった。
amazonで色々と調べた結果、
値段が比較的安くて、本が薄そうな物にした。



本が届いてすぐにザッと中身を見た。
項目にチェックを入れたり、
文章を書き込むための空白ページも沢山あり、
”こりゃ大変そう・・・”
と感じて、そのままになっている。



”それだけ夫の飲酒問題を
真剣に考えてない証拠なんじゃないの?”

”買っただけで満足してんじゃないの?”


・・・と思われそうだけど・・・。



真剣に考えてないわけではないけど、
直ぐにワーク本に取り掛からないというのは、
私の危機感が不足してるからなのだろうか。



先日カウンセラーの先生に、
「貴女にとって、”依存”は、”悪”なんですね」
と言われた。
同じことを3か月くらい前にも言われた。


なんだかよくわからないんだけど、
依存と依存症って同じじゃないと思うんだけど・・・。



カ 「(ご主人が依存症だと)誰かに言われたの?
   それとも貴女の判断?」


私 「診断は受けていません。
  でも仕事に行く日でも午前4時から飲むとか、
  仕事が休みの日は5時6時から飲み始めて一日中飲む、
  休肝日が全く無い、
  この一年、寝室で寝たのが10回程度で、
  居間で酩酊状態で睡眠というのは、
  私から見ても依存症にしか見えないです」



”殴る蹴るも無く、暴言もなく、
毎日仕事に行っているようなら、問題はないのでは?”


・・・とカウンセラーに言われたわけじゃなかったけど、
下種の勘繰りなのか、
私にはそう受け取れてしまった。



夫の飲酒について、あのカウンセラーの先生に話すと、
いつも淋しさとモヤモヤを残しながら帰宅する。
その後も数日間モヤモヤしている。



3か月前も、そんな感じだった。
だから私はあの先生に、夫の飲酒について話すのをためらう。



結局のところ、

”本人が(病院に)行く気がないのに、
貴女がやきもきしててもしょうがないでしょ”

ということなのか・・・。



カウンセリング前日に、
ある無料電話相談所に掛けて、
夫の飲酒問題について話を聞いてもらった際、
「相談者の家に来ていただくというのはありますか?」
と聞いたら「ありますよ」と言われた。



その辺りの話を翌日、少しだけカウンセラーに話したら、
「本人(うちの夫)が望みもしないのに、来訪だなんて」
と少し強めの口調で言われた。


なんで私がたしなめられるんだよ・・・orz




結婚していた頃の姉は、
毎年一回のみ海外旅行に出かけていた。
一週間から10日ほど家をあけるので、
飼っているペットの餌やりと水が必要で、
いつも私が留守宅を任されていた。


姉夫婦宅の、
小ぎれいに整理整頓された家(広くはないけど、
私からすると快適)で過ごすのは、
実家で両親と息苦しく暮らしている私にとっては、
親の束縛から逃れられる嬉しい日々でもあった。


当時の私の勤め先がたまたま、
姉夫婦の家から徒歩で10分以内の所にあったので、
出勤もとても楽だった。
実家では殆どやらない料理も毎日作ったり。


当時は喫煙者でもあったので、
整理整頓されている姉の家の6帖で、
親の目を気にせず煙をくゆらせながらテレビ鑑賞。


解放感一杯だった。




でも今考えると姉は、
私が親と暮らしている息苦しさを知っていたので、
足元は見られていたと思う。


”私ん家に泊まって好きに過ごしていいよ。
でも私ん家の可愛いペットの世話をしてね”
というような。


でも当時の私は・・・・


留守宅を任すのは、
別段うちの両親のどちらかでもよいはずなのに、
「敢えて」私に頼んできている



「親から逃れられる空間を与えてくれているイイ奴」


・・・・などと思っていた。




しかしながら姉は、
アレコレと細かい「指示」が多かった。

「コンクリート壁の結露が酷いから、
除湿機の水は一日に二度必ず棄てて。」

とか、

「ペットのご飯の空き箱はコレコレこうやって棄てて」

とか、
今思い出せるのはこのくらいだけど、
もっと沢山の指示が、
A4大の紙に2~3枚びっしりと書いてあった。


そして私が実家に帰宅すると、
旅行から帰ってきた姉から大抵、
クレームの様な電話が掛かってきていた。


「ニラ使った?
使うのはいいけど、冷蔵庫がニラ臭くて
匂いがなかなか取れない」

「蛇口がきちんと締めてなかったみたいで、
ポタポタ垂れてた」


・・・などなど。


他にも色々と言われたと思うが、今は思い出せない。


私は私で、
先述のように普段から実家で料理もしないくせに、
姉夫婦宅に泊まる時だけ、
気取って調子こいて慣れない料理をしたもんだから、
色々とミスも多かったようなのだ。



また、生活全般についても、
今よりも更にだらしがなく無知な事が多かったから、
「臨時独り暮らし」もマトモに出来ていなかったのだと思う。





料理に関しては、
たぶん、親元から離れた生活をする中で、
”たまには自炊してみようかな”
という気持ちが私の中に湧いたのかもしれない。


でも料理をすると、必ずと言っていいほど、
先のように姉からクレームの電話が入ってくるので、
そのうちそれが嫌になり、
留守宅を任されている間の料理はしなくなった。


姉は、自分が苦手な料理を、
自分の妹がやるのが、
おもしろくなかったのもあったのかな(想像)。


だからいちいち難癖つけたかったのかな。



姉は、数年前にうちの夫へ、
自身が借りる賃貸の保証人を頼んできた時もそうなんだけど、
人に何か物を頼む時は、
物凄く低姿勢で逆に気持ち悪いくらい。


件の留守宅を任される時の電話もそうで、
毎回低姿勢で頼んできていた。


でも頼み事が終了した後は、
また上から目線の態度に戻っている。



昔も今も同じ。









2016.07.11 過去ログ
先日、自分の過去ログの整理をした時に、
自分でも「これは参ったな」と思った。
あまりにも日記の一つ一つが長文すぎるし、
一個の日記に別の話が幾つも絡みあってて、
本当に「とっちらかっている」という状態。
自分自身で、目で追うのも大変だった。
今さらながら、自分のブログの書き方の酷さを痛感した。

これから先、自分が出来るかどうかわからないけど、
今後はああいう、とっちらかった書き方は
できるだけしないようにしたいな。。とは、
一応思った。



2016.07.07 疾しさ
5月末に、胃カメラの後に風邪と同様の症状が出て寝込んだ時。

一度だけ、夫が妙な行動をしたのが今でも引っかかる。


以前も書いたことがあったけど、、
夫が、たまに寝込む私の体調を気遣うことは、
とても少ない。


なのに、5月末に寝込んだ際のある朝、
私が布団から起きて寝室から居間に行くと、
居間にいた夫が急に立ち上がり、
「薬のむ?」などと言いながら、
薬箱から風邪薬を出して、
わざわざ一回分の錠剤を私に差し出した。


私は、
「あぁ、いいよ、ありがとう」
と遠慮した後に台所に行き、冷凍庫から保冷剤を出したりした。


夫の行動は大変異様に見えた。
起床して薬を飲もうとしてなかったのに、
わざわざ箱から錠剤まで出す。
結婚して◎◎年経つけど、初めてのことだった。


夫の行動は、あれからも私の頭の中に残り、
時々浮かんでは消えてゆく。


そして独身時代、実家にいた頃の私の行動と重なる。

実家で料理を殆どしない自分の疾しさから私は、
母が玉ねぎを切っている時「だけ」、
ダッシュでティッシュを二枚ほど取り、
洗面所で濡らして母に差し出した。
(「目が玉ねぎで痛いかもしれない」というところから)


一応、母は「ありがとう」とは言っていた。


あんな時だけ母を気遣うふりをして、
点数稼ぎのように濡れたティッシュを持っていったって、
母親にはバレバレだったろうな・・・。



いつもしないような行動で、
ああして風邪薬を渡してくる夫を思い出す度に、
”夜中から朝まで居間で、
また何かコソコソと隠し事でもしてたのかな?”

・・・と、短絡的に私は考えてしまう。







2016.07.05 眼科にて
三回目の通院。
二度目の眼底検査。
来月にまた、二度目の視野検査がある。


とても混む病院なので、早めに出かけた。
診察開始時間まで待合室で座っていた。


ふと視線を感じたので、そっちを見ると、
斜めの方角3メートルほどの位置に座っている高齢の女性が、
何故か私の方を見ている。


私はその人を1秒ほど見て、すぐ眼を逸らした。


その後は、そちらを見ないようにしていたけど、
2度ほどその女性からの視線を感じた。


頭の中では、”何か御用ですか?”
という言葉が浮かんでいた。



無意識なのかわからないけど、
あのように視線を送ってくる人を見ると、
父親と母親を嫌でも思い出してしまう。



私の行動を監視するように見ていた父。
出先で、他人を上から下までジロジロと見ていた母。



私が異様に、他人からの視線を気にするようになったのは、
うちの両親が原因なのではないか?という疑惑を
ずっと持ち続けている。