amazonで頼んでいた本が今日、届いた。


「対人恐怖症に本は効果がないと主張するカウンセラーが
あえて書いた対人恐怖症の本」

という、ちょっとタイトルが長い本だけど、
著者が現役のカウンセラーさんで、
ご本人も永く対人恐怖症で悩み、克服されたそうだ。


まだ最初の数ページしか読んでいないけど、読みやすい。


私は遅読なので、
これからゆっくりと読んでいこうと思う。


カバーが無くて、
これから先、病院の待合室などで読んでいると、
なんの本を読んでいるか他の人にバッチリわかってしまうので、
家にストックしてあった絵柄の綺麗な紙袋を解体して、
ブックカバーを作った。


・・・と、こういう風に、
”なんの本を読んでいるのか他の人にバッチリわかってしまうので”
という考え方が、そもそもイカンのかもしれない(-ω-;)
(”誰もお前の読んでる本なんか気にしてねーよ” と・・・)









以前、なかなかやめるのが難しかったドライフルーツ


ついさっき、冷蔵庫の中に入れっぱなしにしていた、
生姜のドライフルーツを一個だけ食べてみたら・・・。


・・・・・辛い!



”こんな辛いのを毎日バクバク食ってたのか”


と自分でビックリしてしまった。


あまりの辛さに驚いたので、
たぶんもう食べない気がする。


もし食べるとしても、また何か月も先かも。
(その頃には思い切り傷んでるかも?)


・・・というか、いま賞味期限を見てみたら、
去年の9月になってたんだけど、大丈夫か?私 Σ(´∀`;)


また腹痛&激痛が来たら凹みそうだ。
(この一か月以内に2度の激痛が参上)





4日間、ネットをしていなかった間、
家事以外で何をしていたかというと、
惰眠をむさぼるか、
テレビを見ながらヨーモーフェルトで物を作っていた。


ヨーモーフェルトは、
ニードルという専用の細い針を使って、
ヨーモーを刺し固めて行くという根気の要る作業で、
私は単なる丸型の纏め方も下手で時間が掛かる。
(始めてから3~4年経つのに未だに下手くそ)



自分としては、”ここの段階まで仕上げたいのに・・・”
と思っているのに、


”あぁ、そろそろひじきを水でもどしておかなきゃ”
”あぁ、人参を細かくきってひじきと和えなきゃ”
”あぁ、お米とがなきゃ・・・”
”あぁ、今日のオカズ、ちょっと手間が掛かるなぁ・・・。
献立、失敗したなぁ・・・・”



・・・などの「横やり」が入って落ち着かない。
どっしりと腰を据えて作ることができない。


以前お世話になっていたA医院のA院長先生に、
”ヨーモーフェルトも嗜癖”
・・・というようなことを言われたことがあって、
一瞬、
”・・え?ヨーモーフェルトが嗜癖?”
などと、自分の聞き間違いかどうかはっきりしなかった件があり、
次回の診察で訊ねようと思っていたら、
私のほうがすっかり忘れてしまってそのままになってしまった。



夢中になっていて、
途中でしなくちゃならないために、
ヨーモーフェルトをストップすることで、
自分がイヤ~~な気分になるのなら、
今の私にとって、ヨーモーフェルトは、
日常の、やりたくないことから逃れる為の、
材料でしかないのだろうか。





一つ前の記事で、
「朝から94件のメールを受信してどーたらこーたら」
という内容の日記を書いた。


その94件のメールを受信しつつ、
今日中に読みたいと思うブロガーさんのブログや企業のサイトを、
一個一個ブラウザのタブに読み込んで、
タブが全部で十数個。


その十数個のタブを開いたまま、
外出の荷物チェックをしたり、
掃除、洗濯などをやって、
再びPCの前に戻ってきたら、もう午後2時をまわってしまった。


”このブラウザの人、何時間も滞在してる。
気持ちわるぅ~~い(><; )”


・・・と、もし解析結果などで感じている人がいたら、
申し訳ないなぁ・・・と思う・・・。


結構、タブを開きっぱなしで
PCの前から離席することが多いので・・・。




4日間、全くネットをしていなかったら、
受信メール数が94件(個人メールは全くなし)。
(曜日や時期によっても変わる)


試しにメールソフトの受信フォルダー数を数えてみたら、
147だった。


ただ、年に一回のみ通知や、
年に数回だけ送ってくる企業もあるし、
滅多に使用しないフォルダーもあるので、
年間通して使用しているフォルダは、
せいぜい半分程度だろうとは思うんだけど・・・。


”じゃあ、使わないフォルダーは削除しなさいよ”
・・・と、もう一人の自分が言うんだけど、
「ベッタリ」という感じで、
なかなか削除に至らない。


自分の個人メールのフォルダーなんて、
もう何年も交流のない人の物もたくさんあって、
サッサと消してしまえばいいのに、
それも消さない。


・・・というか、
先方のメルアドが変わっていて、
もう交流不可能の人もいるかもしれない。
”メルアドが変わった報せを送ってこない”
ということは、
「それまでの間柄」
と思っていてもいいと思うのに。


年内中に、もしかしたら
こちらのメルアドが変わる可能性があるから、
その時にお知らせメールを送って、不達で戻ってきたら、
個人メールフォルダや、登録メルアドを、
一気に整理しようと思う。。。



(逆に、もし自分のメルアド変更がなかったら、
またそのままになるって事だよな・・・^^; )





※2015年8月に書いて途中でやめて、
下書きのままだった日記です※



私自身も妙に感じていたおかしな行動が一つあった。


「その行動」は、
社会人になった20代前半くらいから始まっていたと思う。
特に顕著に現れてしまうのは、通勤の電車内。


そして、それは、
上着を着用する秋冬~春先のまだ寒い頃に多かった。


上着のポケットの中に突っ込んだ左手の指先が、
小型ポータブルプレイヤーの音量つまみに、
常に触れている状態。


人は、他人がイヤホンで聴いている音楽が何であるか等、
気にしちゃいないと思う。
そう思っているのに、
音量ツマミに触れる癖が治らなかった。


車内で混みあっている時には音を極力小さくする。
身体の隙間も殆どないような混雑の時は特に。


何故なら、
もし怖い人が隣に立っていて
「シャカシャカ音がうるせぇんだよ!!」
とキレられたら怖い・・・・と思っていたからだ。


だいぶ昔、車内で「音楽の音がうるさい」と言って注意したら、
相手が殴った事件があったと思う。
その一件は常に私の頭の中にあった。


なので車内で混みあっている時は、
普段以上に神経質に音量ツマミに触れっぱなしだった。


反して、音を大き目にすることも何度もあり、
それは車内があまり混んでいない時や、
ドアの脇に立っている時などだった。


自分がどんな音楽を聴いているのか、
他の人間に「聴かせたい」と思う、
おかしな強い願望があった。


承認欲求なのだろうか?
”注目を浴びたい” というような?


それにしてはちょっと病的というかナンというか・・・。


以上のような行動を、
会社勤めを辞める30代半ば頃まで続けていた。


現在は、引きこもりなため電車に乗る回数も減ったけど、
たまに乗る時は、やぱり今でも、
常に音量つまみに指先が触れている状態だ。






つい2年くらい前までは、買い物の時でも、
常に「申し訳なさ感」が私の中にあった。


私の母親と同じくらいの年齢の人、または、
母親の年齢に近いくらいの人が、
「◎◎◎円でございます」
「ありがとうございました」
と丁寧な言葉で接してくる。


相手は仕事だからそうしているのに、
自己肯定感の低さからか、
”自分のような人間にこんな風に接しなくていいのに・・・”
とすら思っていた。


でも、逆に店員に失敬な態度をされたら、
180度感情が打って変わって、
帰宅途中や帰宅後の家でも暫く悶々としていた。


それは今でもそうで、
そう頻繁ではなく、考えに考えた挙句、
メールか電話でクレームを入れる。


ものすごく極端。
黒か白か。







うちの両親は二人揃って声が大きかった。
小・中学校の頃から本当に嫌だった。
特に声の大きい父親とは、
”できれば外出したくない” と何度も思っていた。

(10歳の頃から父と不仲になったので、
小学校1~3年の頃は、まだそこまで思っていなかったかもしれない)



家族で旅行やら何やらで出かけた際、
些細なことで両親がもめだした場合でも、
人目もはばからず口喧嘩。


いいオトナが、自分の感情の抑制もできずに、
出先で言い合いして醜態を晒す。


母親と言い合いしている時の父親の顔も、
イヤでイヤで・・・(´д`;)
そしてお決まりの大きな声&ダミ声で喋っていた。


密集率が高い電車などは、私にとっては針のむしろ。
周りの人が両親をじろじろと見ているのがわかると、
私まで人からじろじろと見られているような気分になり、
とても恥ずかしかった。



しかも私は父親に顔が似ているので(姉よりも)、
”あらー、あの子、お父さんそっくりねww”
と周りに思われているかもしれないと、
そんなことも異様に気になった。


今の若い子だったら、例え小学生であっても、
マスクをすればいいとすぐに気づくかもしれないが、
当時の私は賢くなかった・・・。



今でも外出先で、誰かが大きな声で会話していると、
たとえそれが喧嘩ではなくても、
「えっ?」という感じで声のする方をみてしまう。


もう今はさすがにそんなことはないけど、
携帯電話が流行り出した頃なんて、
デカい声を放ってる人の声にビクッ!として、
”なんだ、携帯か・・・”
と思うこともあった。


私は過去に一度だけ、
外出先で姉と激しい口喧嘩をした事があったが、
場所は沢山の人が歩いている駅の地下コンコース。
あっちはどう思っていたか知らないが、
私は努めて冷静に話していた割には、心は激高していたので、
逆に他人からの視線が全く気にならなかった。


「声」の話とは違うけど、
今でも電車に1人で乗った際に、
周りの視線を病的に気にするのは、
幼少期の頃のM外出先や電車内での両親の言い合いが
起因しているんじゃないかと思っている。




あともう暫くしたら、外出先で数日間過ごす。
遊びや趣味のことではないので、
出向くことは必須となっていて、取消しはできない。


電車の中で長い時間缶詰め状態になる。
久しぶりだ・・・。
大丈夫なのか私・・・。


今はまだこうして悠長にブログで書いていられるけど、
出かける日が段々と近づいてきたら、
また胃のあたりがゴニョゴニョしてくるのだろうと思う・・・。


普段、自分の家で自由に使っている物と同じ物が、
現地にあるとは限らないし、
仮にあったとしても、
自由気ままに使用・・・というわけにはいかない。
使う時に、いちいち承諾を得ないといけない。


自由に使えないというほんの些細なことが、
私にとっては大きなストレス。
でも準備万端で整えようとすると、
どうしても大荷物になってしまう。


”向こうで買えばいいや”
と気楽に考えられない。
そもそも、
その「一声」もとても言いにくいのだ。
「すみません、何々と何々が必要なんで立ち寄りたいんですが・・・」
的な感じで。



正直、もう2~3週間前から落ち着かない。
”早く終わってくれ”
と、そればかり思っている。





2016.09.11 30度の台所
うちの台所は、
夏はむちゃくちゃ暑く、
冬はむちゃくちゃ寒い。


回避策として、
冷凍庫に溜めてある保冷剤1~3個をスカーフでくるみ、
首の付け根あたりに当ててグルッと頭に巻いてても、
その場しのぎでしかない感じ。


2年くらい前から100均で買った温度計をぶらさげてるけど、
30度に届くことも多々で、外に居るのとあまり変わりがない。


台所ではないけど、
風呂場のシャンプーすらも生温くなっていることがあって
気持ち悪い。


相当、外の気温に影響を受けやすい物件のようだ。


居間のエアコンの冷気が全く台所まで届かないという、
この家の構造に腹が立つこともある。
でもこの家を選んだのは自分達なので、
”変な物件を掴んでしまった” と思うしかない・・・。



それでもきのう、炊事中にふと、

”なんでこんなに汗をだらだら流してやってるんだろう?”


”台所に立つ時間は短くないんだから、
私はもっと快適に過ごしてもいいはずだ”


・・・と思った。



でも具体的な解決策が全く浮かばない。
引っ越ししか。

そんなもん、即・解決の話じゃない。