(一つ前の記事からの、なんとなくの続き)


”父は嫌いでも、母とはなんとなく上手くいけている(???)”


・・・・と「思い込んでいた私」は、
夫と同棲を始めるまで、
ずっと両親と3人で暮らしていたんだけど(姉は結婚)、
それでもやはり、
自分でも知らない心の奥底で、
針先程度のストレスを、毎日感じていたからなのか、
別の何かに心を向けることで、
くぐり抜けようとしていたのかもしれない。



「音楽」を、
逃避の材料にしていたかもしれないと思うと、
それぞれのミュージシャンに対して、
大変申し訳ない気持ちになるけど・・・。


特にミュージシャンが異性の場合だと、
もう疑似恋愛まっしぐらで、
その人しか目に入らなくなったり。
そして、雑誌やテレビや、
ファンクラブの会報で語られる、
その人の言動は全てオッケー牧場。


どんな小さい記事でも切り抜いてスクラップしたり、
CDショップでしか入手できないフリーペーパーを求めに、
わざわざ一時間以上かけて出かけたり。
(当時の、この「情熱」が、ある意味羨ましい。
今の自分じゃ考えられない。
そんな理由でわざわざ電車で外出なんて)



音楽に不随した雑貨(グッズ)などの買い物などにも
目を向けまくっていた。
その辺りの話は過去ログで書いたかもしれない。


そういった音楽にまつわる雑貨「以外」の、
ごく普通の雑貨もよく買っていた。


(後に忘れられる雑貨。
家の中にあることすら忘れ去られる雑貨)




私は買い物依存症だ・・・(-_-;)



今は、件のミュージシャンに対する情熱も
だいぶ落ちてしまったので、
購入するものが圧倒的に減った。


それでもまだ片鱗は残っていて、
買ってから3年経つのに、
まだ封を開けていない音楽DVDなどもあるし、
去年の11月~12月にかけての、
服飾にまつわる購入なんかも、もろ買い物依存症。



どこかで読んだけど、
買った物を、家族に知られないように隠したり、
買った事で自分を責めたり後悔する場合は、
買い物依存症の可能性があるらしい・・・。




いちいち伴侶に「買ったよ」と言わなくてもいいかもしれないけど、
買った事に対して後ろめたさを感じているうちは、
やっぱり私は、買い物依存症なんだろうと思う。
買って観ていないDVDがあるなんて、
自分のカネで買ってないから、
そういう愚行ができるんだよね。




”別の何かに心を向けることで、
くぐり抜けようとしていたのかもしれない”

とは冒頭で書いたけど、
だからと言って、散財していいことにはならないし・・・。







2017.06.29 狡猾な母
うちの母親はズル賢かった。



先日の「サンドバッグ」と少し関連するけど、
自分の夫(私の父)と結託して、
二人揃って私を責めたり叱ったりする時もある一方、
たまに、私が思っていることを、
代弁(?)するような感じで、
父に文句まがいのことを言うこともあった。
(ただの、自身の「イライラ発散」の場合も
あったかもしれないけど)


「状況」により、
自分の都合がよくなる側にまわっていたと思う。



父の方は、
私側に付くということは皆無だった。
(なにせ10才から20代半ばぐらいまで仲が悪かったので)


私は、父が飴を、
音を立てながら食べるのが物凄く嫌いだった。
とても大きい音がしていた。
舌の上に乗せているであろう飴を、
上顎で弾いて(?)食べているのか、
「ペチャッペチャッ」と鳴らしながら食べていた。


あと、近所のことも考えずに、
演歌のレコードの音量をでっかくするのもヒヤヒヤしていた。



音量に関しては、
私は実際にぼやいてたかもしれないので、
母がそれを聞いていた可能性が高いけど、
飴に関しては母に何も言ってなかったので、
もしかしたら私の知らない間に、
”イヤだなぁ・・・” と私の顔に出ていて、
それを母が読み取ったのかもしれない。



母「お父さんって、なんで飴を、
そうやってペチャペチャ音を鳴らして食べんの?」


母「(親の寝室まですっ飛んでって)
ちょっと。お父さん、(レコードの)音!大きいわよ?」


短気な父のことだから、
そこから夫婦喧嘩になるかと思いきや、
飴の食べ方と、レコードの音量に関しては、
特にもめてなかったのが不思議。



”母が私の気持ちを代弁してくれている”
などと勝手に思い込んでいたバカな私は、
母が父を前述のように注意すると、
凄くスッキリしたのを覚えている。

”もっと言っちゃれ!言っちゃれ!”
みたいな。




私はバカだったねー。
母は、私の味方なんかしてなかったのに。
ついつい、
”父とは仲が悪いけど、母とはそこまで仲が悪くない”
と思いながら実家で生活していた私。



私を味方して、庇ってくれるような人だったら、
10歳の時の、例の父からの平手叩きの時に、
母は私を庇ってくれてと思う。

庇うどころか父と結託していた。



なんだか、ほんと、
いま思うと最悪な両親だったなぁ・・・。
せめて、一方の親がマシだったらよかったのに。






2017.06.27 サンドバッグ
最終更新 2017年6月27日


私が実家にいた頃、
両親は結託することが多く、
絶対に私の味方をしてくれなかった。
前にもそれは書いたけど。


私はサンドバッグ代わりにされていたのだと思う。


たぶん、うちの両親は、
当時から仲が凄くいいというわけじゃなく、
でも二人で一緒になって、私を叱ったりすることで、
仲が良くなったように錯覚してたのかもしれない。




例えば、AとBという人間がいたとして、
AとBはあまり仲が良くないのだけど、
二人の、ちょっとした会話の中で、
互いが「C」という人のことを嫌いだということがわかった途端に、
A「え?あなたもそう思ってたの?」
B「じゃあおんなじだね!」

・・・とかなんとか言って、
盛り上がることがないだろうか。
そこからいきなり仲がよくなったりとか。


嫌いな人が一緒だとわかると、話が俄然盛り上がる・・・。
よくありそう・・・(-_-;)



うちの母親が、父親に、
或いは、父親が母親に、
「ででむしの話も聞いてあげたら?」
・・・というようなことを言っているのを、 
一回も聞いたことがない。


何か私が失敗したり、やらかすと、
まず母親が怒りだして、
そこへ必ずと言っていいほど父親が「加担」する。

「そうだよ?お前が悪いよ?」

と。



穏やかそうな口調に聞こえるが、とんでもない。
いつもの、私が大嫌いなダミ声で、
強い口調で言うのだ。



母親と私のやりとりを、
ちゃんと聞いてるわけでもないのに(酒が入ってるし)、
自分の感情に任せて、
「お前が悪い」と言っているような、そんな感じがあった。


当時の私も、
”ちゃんと話を聞いてないで、ただ横から口出ししてるな・・・”
と何度も思ったことがある。


姉が嫁ぎ、
両親と私の3人で暮らしていた時のほうが、
「お前が悪い」
とか言われる回数は多かったんじゃないかと思う。


10才の頃から、父親と仲が悪いんだから、
私の味方なんて父親がするわけないわな。
これ幸いとばかりにガミガミ言っていたのだろう。



私が家を出りゃよかったんだよね・・・。
それならまだ傷も浅くて済んだかもしれない・・・。


でも自分に全く自信がなかった。
自信が無いのは今もそうだけど、
経済面も精神面も全く自立できていない。
この状態は20代の頃から変わらない。


母親には、そんな私の弱点を把握され、
足元も見られていたかもしれない。
”この家から出て一人暮らしなんかできっこないわよ”
と思っていただろうに、
「一人暮らしでもしたら?」と何度か言っていた。
白々しい・・・。


うちの夫も、うちの母親と考え方が似てるかもしれない。
”あいつは貯金ゼロだし、
俺と別れたら暮らしていけないだろうな”
みたいな・・・。



20代当時の自分と、今の自分とを比較して、
たった一つ、クリアできているとすれば、料理だろうか。
(完全なクリアではないけど。
作るのが精一杯すぎて、汚料理だし・汗)


私が20代の頃に、
「一人暮らしの自信がない」
と思った一番の中心は、
ただただ「料理」だった。

経済面だって、
貯金もしてないし、1人暮らしなんて全く無理な状態なのに、
何故か私の頭の中に一番強くあったのは、
「料理が殆どできない」であり、
それが私の死活問題だった。






私が男だったらなぁ・・・。
母親に加担した父親に対して、
「横からうるせーんだよ!黙ってろ!!」
とか言って、
「なんだと?!」などと言われようが、
逆にブッ倒してたかもしれないけど、
短気な父親に対して強く言えなかった、あの頃の自分・・・。
手が出てくるかもしれないと思うと怖かった。



もう約一年ぐらい実家に帰ってない。