昔から、
はっきりしないことに対してモヤモヤするのが多い。

心の中で、
「自分は120%否定された」と決めつけている。

誰かの文章を読んでも、
遠回しで自分に対して書いているように思ってしまう。



ボタンの掛け違い。

もしかしたら、私の取り越し苦労かもしれない。

でもそれを確かめる方法もない。

次に行くしか無いのかな、とも思う。
またシミを一つ、作ってしまった(かもしれない)。。。


いつになったら私は、
円滑な人間関係を進めてゆけるのだろう。

幼少期から散々繰り返している人間関係の問題で、
ヘトヘトになりながら今まで生きてきて、
これから先もまだまだ続くのだと思う。。。

うんざり。

原因が育ちだった、ということがわかったからって、
それがなんだというのだろう。

親に土下座してもらうのでもなく、
自分でなんとかして生きていかなくてはいけないなんて。


生きるのがとてもしんどい。







以前、年に一回程度行われる(法事除く)、
父親と姉と夫と私の4人の食事会が行われる話を書いたけど、

今年の分(?)が先日行われた。


会食が原因だったのか不明だけど、
会食に行く3日ぐらい前から体調があまりよくなく、
会食の後も体調が思わしくない。
昨日は早朝覚醒もあった。


早朝覚醒の後、そのまま朝まで布団の中で、
ずっとソリティアをやっていたが、
その一方で、会食中の父親の言動を嫌でも思い出し、
それについてネットで調べたい欲求が頭の中を占めていた。


でもわざわざ布団から起きて、ノートPCを立ち上げて接続して・・・
という力も出なかった。


事細かに様子を吐き出したい欲求が満々なのに、
全て打とうとしたら、おそらく2時間ぐらいかかりそうで、
今日もまだ体調も回復してないので気力が出ない。


私のブログは長文が凄く多いので、
やはりというかなんというか、
流し読みされている方も多いようだ。


とりあえず今回はかいつまんで書いて、
気力があれば、後からまた詳細を打つか、
箇条書きだけで済ませても大丈夫と自分が思えば、
そのままにしよう。

(すでにここまでの前置きでも長いのだが・汗)



●飲み物が4人分集まったら、父が、
「えーと、今日は!雨の中お集まりいただいて!」
などと勝手に食事会の挨拶を始めた。
(夫から食事会の話を持ち出したのに、
最終的には主導権を握って、
自分が開催したことにしてるという・・・)



●父親から会食中に手鏡を渡された(姉も渡された)。


●「え?なんで?手鏡?・・・自分の顔をよく見ろ、ってか?(苦笑)」
と言ったが反応なし。
聞こえないふりをしているのか、
歳で耳が遠いのでマジで聞こえなかったかのどちらか。




※(貰っておいてナンだけど)何の変哲もない手鏡。
模様も何もない。
表面が全部、白のプラスチック製の、手鏡とスタンドが一緒になったやつ。
だからこそ「・・・・?なんでこんな物を?」と不思議に思った。
ネットで調べてみたら、似たようなやつで千円もしない物があった。
なんだかテキトーに何処かの店でみつけて買ったような感じ。※





●選挙の話題になった時に、
「お父さんは〇〇党(入れるん)でしょ?」と言ったが、
その反応もなし。



●散々ブログで父と姉の悪口を書いておきながら、
全く口程にもない態度の私だった。
鍋から、それぞれの小鍋に取り分けたり、普通に笑ったり。
(このことを、ここのブログで書くのがとても恥ずかしくて、
正直に書くかどうか迷った。
「口ばっかりねー」って思う人がいるかもなぁ・・・と思ったり・・・)

逆に向こうの二人からは取り分けなどは全くなかった。
ただ食って飲んでるだけ。
姉に至っては夫にお酌を一回もしてない(いつものこと)。
前回のふぐ料理店でもそうだが、
基本、父と姉は、夫と私に取り分けるという頭が働かないのか、
それとも年上だからと威張っているからやらないのか・・・。





●会食前々日辺りから、
”姉に、ここのブログを実は見られていて、
会った途端に何か言われたら・・・”
と若干の恐怖心があった。

 → 気づいていない模様




●会食二日前に父から電話があり、
開口一番、私は「どうしたの?」と言った(めんどくさそうな声で)。


父「◎◎◎くん(夫の名)、ビール飲む時チーズ食べる?」


私「「あぁ、なんか、ときどき自分で買ってるよ」


コントロール対象のうちの夫に、
物を上げることを前提にチーズを買ったか、
自分のために買った物が余ったのか、
話が長いので聞き流していて憶えてない。



私「(当日は)雨だし傘さしてるし、荷物になるから要らないよ?」


父「でもバスと電車を乗り換えたらすぐ駅だし、傘殆どささないから」


私「いいよ、いいって。片手に傘もって足元も悪いし。」



そしたらいきなり、

「まな板がどーのこーの、お父さん、トマトを切る時どーのこーの」

と話が急展開してマシンガントークを始めた。



結局のところ、まな板の上に乗せる「何か」を私に渡したいので持っていく
・・・という話だったみたいだけど、
これも「大丈夫。要らないよ」と答えた。




★感想★
父親が自分をシカトしていたかもしれないが、
”あんなことに負けてはいけない”
と思いつつ、
いつもと若干違うような態度だったので、
どうしても気になってしまった。


まだまだ境界線が引けていないのだと思う。


また、姿見は別としても、
鏡を贈り物として送るのはどうなのだろう・・・という
想いが私の中にあるので、
もしあの手鏡を、嫌味で贈っているのだとしたら、
こんな暴挙をそのままにしていてもいいのだろうか、とも思った。


早朝覚醒して朝まで布団で横になっていた時も、
”もう食事会なんて、いいんじゃないんだろうか。
私はもう随分、(一応)父親を立てて食事会に行ったよ・・・。
もう勘弁してほしい・・・
嫌味で手鏡を贈るような人とメシを食う必要がどこに?” 
と、ふと思ったりもした。



でも、その手鏡の件も、
私の邪推というセンも否定できないので、
結論を急いでもいいものかどうか考えてしまう。
実際には手鏡を送り返したいが、それもできない。


(送り返すのはヤメて、不燃物のゴミの日に出すか・・・)



もしも仮に、鏡を嫌味の材料として贈ってきたのだとしたら、
たぶん、あの電話で、
チーズとまな板を断ったのが原因の一つであるかもしれない。
他は、おおかた、

”年老いた親を一人実家に残して、電話も掛けてこないし、家にも来やしない”

などの今までの怨念も込めているのだろう。


自分の娘(私)が小さい頃には、愛情をたっぷり与えなかったくせに、
嫌な目を沢山与えてきたくせに。
自分が年老いて弱くなると、途端に被害者ヅラ?
おかしいんじゃないの?



かいつまんで、とか言いながら、
全然かいつまんでない(汗)。
長くなりました(汗)。


おしまい。


2017.10.16 遺品の行方
母親が生前、買い物依存症のごとく、
洋服や装飾品を買いこんでいた辺りの話を、
過去に、ここ で書いた。


現在、私の家には、
母親が生前来ていたコートやジャケット等が10着ほどある。


ネックレスや、イヤリング、ブローチなども結構ある。
当時、無印良品のケースまでわざわざ買ってしまい、
後生大事に納めてあるという現状。


ACに気づく前の話だったので、こんなに持ち帰ってきてしまった。
今では多少、後悔している。


もしACに気づいた後だったら、絶対に引き取ってなかったか、
引き取っても1着程度で終わらせていたかもしれない。
(この「1着程度」でも引き取るというのが、また私の甘さでもあるかも)


そんな殊勝なことを言いつつ、


特定のネックレス × 1本と、
木製で出来たネックレス × 1本と、
ブローチ × 1個


・・・は、なんだかんだでたまに使っている。

( ↑ 後悔とか言ってんなら使うなよ)



今春に、ぼんやりと、
”そろそろ何処かに売り飛ばしたいなぁ・・・”
と思い、2~3軒のサイトにメールや電話で問い合わせしたけど、
未だに遺品は置いたままだ。


「遺品整理」で検索すると幾つかのサイトが出てくるけど、
故人の家の整理や片付けが主体で、

「遺品(洋服など)だけを引き取ることは弊社は行なっておりません」

という回答も来た。




また、ある人には、

「遺品は、よほどの物(新品同様&有名なブランド物)じゃないと
引き取ってもらえない」

と言われた。


そこで初めて、

”廃棄以外で、遺品って引き取ってもらうのが難しいんだ・・・”

と知った。


母の遺品は、
洋服も装飾品もノーブランド(たぶん)。
洋服のサイズも全く合わないので私は着用できない。
もうゴミ同様になってしまっている。




当時の姉は、母親の遺品に関して、
金品ばかり(腕時計など)で、なおかつ、
持ち帰りのしやすい小物だけを選んでいた。
それも素早く。


それを目の前で見ていた私は、
”ほんとうにゴーツクな奴・・・”
と思った。
洋服は一着も持ち帰っていない。



このまま(無料で)引き取り手がみつからなければ、
ゴミ捨て場に捨てることになる。


私は、心の何処かで、

”ゴミ捨て場に捨てるのはどうなのだろう・・・”

などというストッパーみたいなのが働いているから、
なかなか手放せず今も置いたままなのだと思う。


捨てるにしても、おそらく、
先ほどのネックレス含む3品と、
私自身が、見た憶えのある母のジャケット1着は、
手元に置いておきそうな気がする。


たぶん母の遺品全てを手放せないと思う。


悔しい。


完全に母を棄てきれてないのが悔しい。





あと、ちょっと面倒なのが夫。

3か月ぐらい前だったか、
うちの母親の遺品を処分しようと思う、というような話をした時、

「なんで処分すんの?」

と、ムッとした声で言われた。



繰り返しになるけど、
ほんと、ACに気づいた後だったら、
そんな面倒な服を引き取らなかったのだが、
家で保存中にカビが生えることを懸念して、
合皮のコートをクリーニングに出してしまったのだ。
しかも結構高かった。
クリーニング代だって夫のお給料から出している。


夫には、そのこと(合皮のコート)が記憶に残っているのかもしれない。



廃棄するにしても引き取ってもらうにしても、
申し訳ないけど、夫には事後で行こうと思う。
実行する前に話すと、
またあれこれ言われてしまうと思うので。




母親の遺品が洋服ダンスの3分の2ぐらいを占めていて、
私自身の服が収納できないでいる。
母が亡くなってからだから、
その状態がもう5年以上続いてしまっている。



本当になんとかしなけりゃな・・・。





書き直し:2017年10月16日

生前の母親は父に内緒で、
結構な数の洋服や装飾品を買っていた。
(父は全く知らなかったらしい)


私も遺品を見て感じたが、
一個一個は高価じゃないように見えたが、
”溜めこんだなぁ・・・”と思うような数だった。


私が両親と暮らしていた頃の団地は、
とても狭かったので、
あそこまで母の持ち物を収納できなかったと思う。


私が団地を出て夫と同棲を始めた後、
両親はもう少し広い別の団地に越したので、
母親が物をガンガン買い始めたのはそこからかもしれない。




現在、うちの父親も、
「お金」で人を支配下に置こうとしている。
私の姉に対してもそうだし、
夫も、ひっかかりそうになった。



私も、夫が働いて稼いでいるお金の
ありがたみを感じておらず、
会社勤めからドロップアウトして専業主婦になってからも、
年に数回もコンサートに行っていた。


コンサート会場で売られているグッズや、
通販やレコード店で発売されるCD、DVD、
掲載誌なども購入。
あるとき、自分は年間で、
音楽関係でどのくらいの遣っているのか計算してみたところ、
専業主婦としてあり得ないような金額だった。


しかしながら、その結果を見て、
「私ってダメ主婦だな・・・」と自己完結しかしないで、
いっこうに物を買う頻度を減らすこともなかった。


夫からも
「(コンサートに行く回数を)少し減らしたら?」とも、
何度も言われていた。


夫も過去に何度か、
お金絡みで、私たち夫婦の家計を圧迫した。
私はそれがトラウマとなり、
今では100%夫を信用できないし、
”どこか誤魔化しや嘘があるんじゃないか?” 
と思ってしまう。
現在も、全くお金絡みの問題がないわけじゃない。



夫が私に強く
「コンサートへ行くこと自体を禁止」
と言えないのは、
上記のお金絡みの問題を抱えているからというのも
あるのかもしれない。



夫の母も、夫の兄弟の「お金」に関わる話を現在もっており、
兄弟も過去に金銭に関わる大きな一件があって離婚。
夫のお爺さんと叔父さんにもお金絡みの問題があった。


偶然ではない引き寄せの法則。


そして現在の私は、ACを自覚するもう少し前から、
コンサートへ行く回数も激減し、
関連雑誌も全くと言っていいほど買わなくなった。
会場で買う物もパンフレットだけだったり、
そのパンフも買わないこともある。


購入する物がかなり減ったと感じているし、
”元の自分(散財する自分)に戻りたくない”
という気持ちからか、自制しているところもある。


でも夫と同じで、
完全にお金の問題を消滅できているわけではないし、
自制が効かないことも、まだまだ多い。


キャラメルの事もそうだし、
羊毛フェルトの事にしてもそう。
(作る物を決めて、その色の材料の羊毛まで購入しておきながら、
約2年ぐらいほったらかしにしている物もある)




(自分の外出への弊害を除いて)
他人が、様々なイベントや、
通常のチケットよりも高いコンサートへ
難なく行っている様子をネットで見かける度に、
自分の現状と比較してしまう癖は、なかなか治せない。


そして、時々、
”金がすべてじゃないなんて 綺麗には言えないわ”
などと、言い訳まじりに、
人の作った歌詞を借りて鼻歌で唄う。



”お金があったら・・・・”
という思考は、
毎日ではないけど、いつも自分に蔓延っている。



一年に1~2回ぐらいは、
「もし1億円当たったら」
と仮定して、買いたい物、買い替えたい物、欲しい物を
羅列してノートに書いている。
それはもう夥しい数。
欲望の塊。



2017.10.16 雨女
やっぱり私は、まだ、
親のことを出しきってないのかなぁ・・・。
先日また新たに、生前の母親の言葉を思い出してしまった。

「アンタ(私)が出かける時って必ず天気悪いのね!」

「アンタが出かける時って雨ばっかりね!」



別段、怒って言っているのでもないけど、
小馬鹿にしてる感じ。
私は母親のイライラ発散の的。



その母親の言葉に対して、
私はなんと返していたっけかなぁ・・・。

「うるさいよ!」
「またそれ?」
「(雨ばっかりって)そんなことないんじゃない?」

ぐらいは言い返してたんだろうか。

思い出せないなぁ・・・。 (← こればかり)



「仮に、私が出かける時に雨が多いとして。
それが何かお母さんに迷惑かけてるの?」

ぐらい言えたらよかったんだけどなぁ・・・。
(そんな風に冷静に言い返せていたら、
今のような仕上がりになっていないかも)



書き直し:2017年10月16日


自分の記憶を辿ると、
私が最初に捕われた「依存症」は、糖分に対してだと思う。
飴にはまるようになったのが高校生から。


私が高校生の時に母親が病気で入院した。
11月か12月に入院し、正月もいなかったと思う。
(一回だけ外出許可が出て家に帰ってきたことはあったが)


蛇足だが、その、母親が一時帰宅した途端に放った言葉は、
「(家の中が)スッチャカメッチャカじゃないの!」
だった。
父親も姉も私も、掃除&片付けが嫌いだったのでビックリしたのだろう。
(そう言う母親も掃除が得意ではない)





母親の入院中、私は袋入りのミルキーを非常によく買っていた。


学校に行く途中だけだったのか、
それ以外も買っていたか忘れたが思い出せないけど、
ほぼ毎日か、または2~3日に一回×一袋を
買っていたかもしれない。


アルバイト禁止の高校で、
親の小遣いだけが全てだった自分は、
そう頻繁に飴を買えない。


なのでミルキー代は、母の入院中、
父親が2~3日ごとに生活費として家に置いてゆくお金から遣っていた。
(父親は毎日家にいない仕事だった)


父親は一回につき、
どのくらいの生活費を置いて行ってただろう・・・。
憶えてないけど、1万とか2万とかそんな感じだったろうか。

そこからミルキー代をバンバン遣っていた。


父親は、家に置いてゆく生活費のチェックをしていただろうか。
私は内心「父だったらバレないだろう」などと
馬鹿にしていたこともあったかもしれない。


本当に記憶が飛んでて詳細が不明なので自分でもモヤつく。
憶えていないことだらけ。

(ACだと、過去の嫌な記憶を無意識に押し込めてて、思い出せないことも多いらしい)。


一度ぐらいは父親に、
「なんか(お金の)減り方が早いねぇ」
ぐらいの嫌味を言われたかもしれないが、
それも思い出せない。


とにかく私は、ミルキーを買いたい放題だった。
おそらく、
”今日は買うのをやめとこうかな”
と思ったこともなかったんじゃないかと。

歯止めが効かない状態だった。


買ったミルキーは、全てを自分で食べるのではなく、
登校後にクラスメイトに配ることがメインだったような・・・。
(もちろん学校にお菓子なんて持っていってはいけないので、
校則をバッチリ違反していた・汗)


高校に入ってから、やっと特定の友達が出来て、
6人グループの中の一人だったし、
クラスの中の誰かと
揉め事を起こしているわけでもなかったんだけど、


おそらく、
初めての母親の長期入院で気持ちが不安定だったのと、
”人から嫌われたくない”
という強い気持ちが混ざり合って、
飴に突進(依存)していたんじゃないかと・・・。



今回の文章を打ちながら、

”私、家でミルキー食ってたかな・・・”

と思い出そうとした。

なんとなく、家では食ってなかったような気がした。
家でもガンガン食ってたら、
父親にも姉にも何か言われてたかもしれないけど、
言われた記憶がないので、
学校で配り切って、家では食ってなかったのだと思う。



・・・と思ったら、物凄くタイミングよく
ミルキーのCMが流れてきた(;´∀`)





過去に購入してきた物(順不同)。

●ミルキー

●フリスク

●ホールズ(レモン?)

●梅のど飴

●のどにスッキリ

●ノンシュガー紅茶茶館

●ダイエットココア飴

●キシリクリスタル (各種)

●温かしょうがのど飴

●永谷園生姜部ののど飴(販売終了)

●ヴィックスドロップチェリー
(50スティック入りのサイズばかり購入)


●生姜糖(一口サイズでキューブ型)




他にももっとあったと思うけど、思い出せるのはこれくらい。



現在は、

●塩キャラメル  
●ドライフルーツ
●落花飴 (時々)


●ヴィックスドロップ「グレープフルーツ」か「グリーンアップル」。
のふつうサイズ。
(胃のムカつき&気持ち悪い時&風邪)



その塩キャラメルは、
家に必ず、最低でも一袋をストックしており、
強迫観念が働いている(過去の他の飴も同じ)。


そういう点で、ニコチン依存症やアルコール依存症と全く同じ。





余談だけど、
20代初めぐらいの頃のデート(夫ではない)の時に、
とても具合が悪くなった時があって、
食事も喉を通らないほど調子が悪かった。
帰り道、彼の運転の車中でホールズを食べた時に、
その気持ち悪さが軽減したことがあり、
その辺りから、
”気持ちが悪くなったらミント系の飴を食べる”
というように自分の中にインプットされたんじゃないかと思う。

だから今でもヴィックスがやめられないのだと思う。

さっき、台所で洗い物などをしている時に、
何故か、ふと頭に浮かんできてしまった、
過去の母の言葉。


”どういう時に、そういう発言をするのか”
というのは無かったけど、
時々私に、
「バッッッカじゃないの!?」
と言うことがあったな・・・。


思い出せない(無意識に思い出さないようにしている?)けど、
もしかしたら母は、
姉にはそういう言葉を放ってなかったんじゃないだろうか。
母と姉が、ゴチャゴチャ口げんかをしていた記憶がないんだよな・・。
(思い出せないだけかもしれないけど)

私は母とよくバトってたけど・・・。


いま読み返している本にも書いてあったけど、

自分の周囲に好きな人と嫌いな人がいるように、
親から見ても、
かわいいと感じる子どもと、
それほどかわいいと感じられない子どもがいるものです。
大部分の親は、
この感情を自分のなかだけにとどめておこうと努力します。
しかし、ちょっとした行為の中に、
子どもは親の心理を読みとります。
夫を受け入れることができない母親に育てられた、
ある中学生の女子は、

「あなたは父親似、お姉ちゃんは母親似」

と母親に言われるたびに、

「自分が母親に受け入れられていないと感じた」

と言います。




上記の中学生の話は、
私の過去ログの「血液型で判断」となんとなく似ている。



親から愛されてなかった娘(ででむし)。

自己憐憫まっしぐら。


もう、だいぶ、
毒親に対する呪いの言葉を吐いてきたんじゃないかと思っていたけど、
まだまだ残っているのかもしれない。


2017.10.06 昔の古傷
現在、夫は、一か月にどれくらい、
会社帰りに飲みに行ってるだろう?

一時期、飲みに行く回数が
凄く減ったと感じたことがあったが、
この一年ぐらいだろうか、
チョイチョイ増えてきているような気がする・・・。

「お客さんと」
だの
「会社の同僚と」
だのと色々・・・。


また、この半年ぐらいは、
客先での仕事が昼前に早く終わった場合、
会社には帰らずそのまま直帰にして、
我が家から、そう遠くはない居酒屋などで、
飲みながらノートPCで
仕事(本当に仕事をしてるかは謎)をするようにもなった。


家で帰ってきて飲みながら、
ノートPCを拡げて仕事(らしき事)をすることも多いんだけど、
居酒屋でやるのと、家でやるのと、
何が違うのだろう?

ただ
”昼から外で飲む”
というシチュエーションが
楽しくてしょうがないのかもしれない。


というか、そもそも、
会社の人たちは知ってるんだろうか。
会社の人たちは、うちの夫が、
午後も客先にいると思ってるんじゃなかろうか。

それとも、
わかってて目をつぶってんのかな・・・。



つい先日、
夫の契約先のカード会社から電話があった。

男性「〇×カードの☆☆と申します。
***(夫の名)さまはご在宅でしょうか」

私 「・・・仕事に行ってますけど・・・・」

男性「そうですか。
では、急ぎの用事ではございませんので、
また改めさせていただきます」

と言って電話は切れた。


カード会社からの電話というだけで、
昔の古傷が痛む。
ドキッとしてしまう。

”まさかまたカードキャッシング??”
と咄嗟に思ってしまった。



だいぶ昔のカードキャッシングの時の用途は、
「飲み」と言っていた(本人:談)。

飲みで20~30万って、
相当飲み食いしたか、
気前よく奢り続けていてカネが底を尽きて、
カードキャッシングに手を出したか。

詳しく話そうともしなかったので、未だに謎。


また、この当時はパチンコ&パチスロにも
よく出かけていたので、
「飲み」だけじゃなく、
こっちの方にも遣ったのだと思う。




どうしても頭をもたげてしまう不安材料。

飲みに行く回数が増えているとすると、
一体どこからお金を捻出してるのか?

 

最低でも十年は、
給与明細を見せてもらっていない。

なので夫が毎月、どれだけのお金を、
自分のポケットマネーにしているのかも
私は全く知らない。


昔は「見せてよ」「イヤだよ」
とモメることも多かったが、
もう私も言わなくなって、半分諦めている。


二人で暮らせる充分なお金は、
生活費として毎月、手渡ししてくれている。


人によっては、
”それで充分じゃないの”
と思う人もいるのだと思う。



ただ、やっぱりね・・・。

返済日に手元にお金がなかったらしく、
私が家に保管していた生活費を、
うまいこと言って全額持って行っちゃったとか、
「(カードキャッシング)もうしないから」と、
私の前で涙を流して言ったのに(滅多に泣かない人)、
またカードを使ったとか。


(完全に病気だよね・・・)


そういう過去があったので、
どうしても拭えなくて疑心暗鬼になってしまう。


私にとっても、とてもとてもショックなことだった。


嫌になって離婚する人もいるかもしれない。


離婚しなかったのは、
やっぱり共依存だからだと思う・・・。




毎日毎日、夫を疑りながら生活してるわけじゃないけど、
ふとしたことで思い出してしまったりして、

”あぁ、私は全然、解消できていないな”

と改めて思うわけで・・・。




超・よっぱらった声でカエルコールが来たので、
ここで急いで打ち止め。



2017.10.04 どんより
ひとつ前の記事と無関係かもしれないけど、
おとといぐらいから、あまり調子がよくない。
何度も泣けてしまったり。

AC自覚後、一年ぐらいの時にも、こういうことはよくあって、
理由もわからず涙が出てくることが多かった。

きのうから、悲しい歌や曲ばかり選んで聴いている。
まるでわざと涙を誘っているみたい。

泣きたいのに涙が出てこないのか。
そっちのほうがなんだかヤバイ気がするけど・・・。


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