◎門科へ行く翌朝の起床が早いので、前夜は午後10時には床に就いた。
ところが夜中の3時頃に目が覚めてしまった。


少し喉が痛く感じられ、居間で風邪薬を飲んでからまた床に就いたが、
寝坊ができないことと、メイクの時間が取れるかどうか気にしていたからか、
やっと眠りに着いた時、凄く変な夢を見てしまった。


誰のお葬式なのかわからなかったが、自分も含めて周りも喪服で、
母も居り、母の実妹2人も一緒にいたのは憶えている。


ただ、母と叔母たちの年齢が若かった。おそらく私が20~30代の頃の年齢ぐらい。


お葬式には、夫も、父親も姉もいなかった。


私は「メイクをしなきゃ」焦ってバタバタしており、
道具を入れていた紙袋を誰かに盗られたか間違えて持っていかれたようで、
更に焦っていた。


しかし母も叔母たちも周りの人たちも、此処から別の場所に移動するということで、
すっぴんで紙袋もみつかっていない私は、ただただ焦るだけだった。

寝覚めが悪かった。


お陰で、6時に鳴ったらしき目覚ましを止めてしまったようで、起床が6時半。
45分後ぐらいには出なくちゃならず、
更にはイレギュラーなことも起きてしまったため、
結局メイクをできずにマスクをして顔半分を隠して病院に出かけた。



「その白内障手術、待った! 受ける前に知っておくこと」
をネットで薦めていた人がいて、
通販で取り寄せて、まだ読み始めたばかり。
第一印象は、読みやすそう。


手術のことは(まだ)考えていないが(失敗したら怖いし)、
若くはないけれどまだ体力のある今のうちに、
処置をしておいたほうがいいのか・・・・と悩む。


万が一、見え方の悪さでつまずいて転倒、最悪な場合骨折したら、
白内障 + 身体の故障で、余計に気持ちが落ち込む。


加えて、そういった怪我をして自分が動けない(動きが鈍くなった)時に、
夫がいるかどうかも断定できない。何が起こるかわからないんだし・・・。


独り身になるかどうかも不明だし、私が先に逝くかもしれないけど、
「もし独り身だったら?」・・・ということを考えると、
やっぱり手術はしておいたほうがいいのだろうか・・・とも考えてしまう。


ただ夫は、今回の白内障云々に関わらず、以前から手術反対派で、
普段の夫婦の世間話でも、
「俺が倒れたら手術しなくていい」

とか、

「やっぱりネ・・・身体を無理にいじんないほうがいいんだよ・・・」

とか、何を根拠に述べているのか不明だが、そういうことを言っているので、
私の白内障の手術のことも、もし話を持ち出したら絶対に反対しそう。
おそらく夫婦喧嘩に発展するだろうな・・・。


そもそも、私が眼科で診断を受けた日の夜に少しバトった時だって、
「手術したいって言ってんの?」と少し声を荒げて言っていた。
”手術なんてしないほうがいい”という意見が垣間見えた。



白内障に罹ってしまったからか、それとも別の理由があるのか不明だけど、
昨日と一昨日、PCを起動していなかった時は何もなかったが、
その前の日(月曜)と今日、ネットをしている時に、
左まぶたが痙攣する症状が起きている。
月曜日は上まぶた、
今日は下まぶただった。





※追記※

先週メンクリの院長に言われてから、
ブログに書こう書こうと思っていてすっかり忘れて更新してしまい、
たったいま思い出したので(汗)。

実は、白内障と診断されてから、二日後に別の眼科で診てもらった。
セカンドオピニオン(診断結果は同じだけど・・・)。

それらの2軒の眼科も、そして通院先のメンクリの院長も、
「白内障は白髪みたいなもんですから」と言っていた。


なんで判で押したようにみんな同じことを言うんだろう?


白髪と白内障って・・・・不快感が全然違うと思う。
そりゃ、白髪は不快じゃないかというと不快な方だ。
ただ、白髪は染めれば解決されるものであり、
白内障は罹ると二度と見え方が戻らないわけで・・・。


「白髪みたいなもの」と言っておけば患者の気持ちが上昇すると思ってるんだろうか。


先日やっと◎門科に行ってきた(´∀`;)
本来なら9月中。
実に一か月遅れぐらいの訪問。
以前と変わらず小康状態。
「手術するほどではないポリープ」から悪い方に進行していない模様。
ここは、”あぁ良かった” と感じるべきなんだろうなぁ・・・。


◎門科に行く日は起床が早いから毎回面倒かな・・・。
早いっつっても6時だけど、私にしてみたらそれはそれは早い。
普段は7時~7時半の間ぐらいなんで。


早めの起床&化粧の時間の余裕があるか気にしていたからか、
寝覚めの悪い夢を見た。


◎門科の帰り道にスーパーに寄って買い物をして、
帰り道にチャリをこぎながら、
なんだろう、急に頭に浮かんできたのが「フェフ姉さん」だった。
先日録画してあったものを観た時に笑ってしまって(ガンバレの気持ち含む)。


きっと自分に元気がなかったのだろう。気分をアゲたかったのかもしれない。
帰宅して遅い食事を摂りながら、また録画したものを観てしまった。

2018.10.16 情報収集
ここのところ、白内障について毎日のようにググっている。
白内障と診断された日の日記

しかし、知りたい情報をなかなか得られない。
「-手術」とググッても、「・・・なんだかなぁ・・・」という検索結果。
自分の検索の仕方が悪いのだろうか。
医者からは「まだ手術するほどではない」と言われたのだから、
手術を予定していない人のブログなどを読みたいのだが・・・。
生前、病だらけだった母親の病歴。
病名や症状は時系列ではないが、病気ばかりの自分の不安も含めてメモ。
(なお、40代半ばより前の、若い頃の疾病などは、
本人から聞かされたかもしれないが、私は記憶に残っていない)



◎50歳前(48か49の頃)◎

心房中核欠損症 心房中隔欠損症 の手術で3~4か月入院。








◎50代前半~60代前半ぐらい◎

歯科通院多し




脳しんとう(?)で一度倒れる。
朝、出勤前の支度をしていたら、台所から「バターン!!」と大きな音がして、
びっくりして目を向けたら、母親が両目を開けたまま仰向けで倒れていた。
泣きながら何度か叫んだ。そしたら母親は我に返って目覚めた。
倒れて気を失った自覚はあったらしく、自身にも言い聞かせるように、
「だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・」と言いながら起きた。
あのとき私がいなかったら一体どうなっていたか・・・。
確かこのころは姉は結婚して実家を出ていた時で、父も宿直で会社に泊まっていた。





医者から糖尿を告げられ、塩分と糖分の食事制限。
自分用の、食事制限中の食事と、
私(と、家に居る時の父)の分の食事と両方を作っていたので、さぞかし大変だったと思うが、
私はこの時もヒトゴトで、母親の手伝いなども一切しなかった。






帯状疱疹





「カレーを食べると胸やけする」と言い、食べられなくなった。




「頭が熱い、熱い」と言い、氷水を入れたビニール袋を、
頭頂部に乗せている時がよくあった(季節失念)。





下腹部の痒み(糖尿によるもの?)




頭部を小刻みに揺らしているのを何度も見た。
本人に自覚はないようで、
私が「また揺れてるよ」と言っても「あら?そう?」で終わっていた。
(どちらかと言うと、私の言い方はマウンティング&指摘に近かった^^;)








◎60代半ば~70代半ば◎

胆石の手術。


歯科通院も続く。


ヒザの痛み
両膝の痛みが強くなり、料理以外の家事は全て父がやっていた模様。
整形外科にも、薬を取りに父が出かけていた。

もちろん膝の状態が酷いため後に手術をしたと思うので仮病ではないだろうが、
永らく家の中のことの殆ど(子育ても全て)を押し付けられていた母からの、
父への仕返しのような気もする。










自分の身辺に気を配れなくなっている様子を何度か目にした。



両目の手術。
(前回の私の白内障の日記でも書いたけど、
母親の手術が緑内障か白内障だったのかも憶えていない)




電話で会話中に無反応な事がしばしばあった(脳梗塞が近かった?)。




注意力の低下(上記に似た感じ)



・膝の手術  → 手術成功  → 
一週間後に退院の予定 → 院内で脳梗塞発症 → 数か月後に脳梗塞で死亡



2018.10.11 白内障
いつも以上に暗い内容・・・。





2週間ぐらい前から、片目だけが若干ぼやけて見えていた。
「急に」訪れた感じだった。
(もしかしたら徐々に徐々に・・・で、ドカン!と来たのかもしれないけど・・・)



3週間前まで、生活に支障のない程度で使えていた眼鏡なのに、



「片側のレンズだけ、突然見え方が変わった(視力が低下した?)」



・・・というような感じの、ぼやけ方。



真っ白ではないけど、やはり不快で。








9月下旬に、もう一方の目が、軽症の結膜炎に罹った。
(その時はまだ、もう片方の見え方は普通だった)



その結膜炎は3日程度で治った。




その時お世話になった眼科に行き、


「結膜炎は治ったんですが、もう片方の目が、
一週間ぐらい前から急にぼやけてきました」


と伝えた。




「眼底検査をしたい」と言われたが、
2時間半後のメンクリ予約の旨を話すと、
「検査時間が掛かるので来週にしましょう」
と言われて検査は一週間後となった。




検査までの一週間、やはり不快な感じで過ごした。




随分前に買った、再度観たかった映画のDVDがあったんだけど、
観る気が起きない・・・。




テレビ画面に目を向けている時が、一番「ぼやけ感」を感じる。




依存症ならでわの言い訳かもしれないが、
PCでネットをしている時は、テレビ画面に目を向けている時ほど、
さほどぼやけ感を感じない。




見え方がこうだったから、控えていたのではなく、
たまたま年賀状ソフトの件やら、夫が週末から3連休だった事もあって、
4日間全くネットはしていなかった。
(年賀状ソフトを使ったのでPC画面は見ていた)




眼底検査の前夜に、網膜剥離と緑内障と白内障について、ちょっとだけ検索した。



私は未だに、生前の母が、緑内障と白内障の、
どちらの病名で両目を手術していたか憶えていない。



そのくらい知識が低く、他人事だと思っていたし、
電話で「手術したわ~」みたいな事を言われても、
「ふーん」程度だった。




網膜剥離と緑内障と白内障の事を検索するも、
今の自分の症状を軽視していたところがあった。




眼科の待合室で、緑内障と白内障のパンフレットを眺めつつも、
それでもまだ軽視していた。



「この今のぼやけ方は、目薬をさしてたら治る程度のものかもしれない」

などと勝手に思い込んでいた。




なので眼底検査後の診察で、機械に顎を乗せて先生に診てもらっている時に、


「あー。両目とも白内障ですね。片方は進んでますねぇ・・・」


と言われた時も、あまりショックではなく、


「白内障は白髪のようなものです」


と説明された時も、


「・・・あ、そうなんですか」


と答えた。






ところが、



「(今の)見え方は、このままで変わらないんです」


と言われた時に、そこで初めてショックを受けた。


「・・・え。そうなんですか・・・」と。




前夜、もっと突っ込んで検索しておけばよかったし、
待合室でパンフレットも熟読しておけばよかったが、



「白内障は手術しないと治らない」


「ぼやけて見えるのは点眼薬で回復しない」


「点眼薬は白内障の進行を遅らせる程度」


ということを知らなかった。






生前の樹木希林さんが、
「あるとき目が覚めたら、左目が真っ白で絶望した。
明日死ぬならいいけど、生きていかなくてはならないわけだし」
という様なことを話していた映像を思い出した。



私の症状など、希林さんの症状の辛さの比較にもならないけど、



”これからずっとこのような見え方なんだ・・・。”

と思うと、やはり物凄く気持ちが落ち込む。



「手術しましょう」
とも言われなかったので、現状このままだ・・・。





アダルトチルドレンは、
「ゆっくり待つことが苦手」
と訊く。



先生の言う、


「目薬で暫く様子を見てください」


の「暫く」が、「永遠」のように感じられてしまい、とても辛い。



進行を遅らせるだけで、見え方が良くなるわけではないのだから、
目薬を使ってても無駄なんじゃないか?



・・・と思えてしまう。



ただ、使わなければ早く進行するらしいので、それはそれで非常にまずい。





どこもかしこも病気ばっかり・・・。
きちんと通院しておらず放置している箇所が幾つもある。




この十数年、健康だったことが無い。



メンクリ含めて、身体のどこかしらが常に故障していて、
いつも通院している。



もううんざり。



自業自得と言われればそれまでだけど・・・。




不摂生。
運動しない。
ネットばかりで目を酷使。



若い時とは違うんだから、
もっと自分の身体を労わらなければならないのに、
逆のことばかりしている。



過信が、今後も自分を苦しめるのだろう。




今日なども、朝の8時頃から10時半頃まで、
ずっとネットをしていた。
白内障のことを検索して読んだりもしたが、
病気に無関係な所を読んでいる方が長かった。



現実を受け入れられなくて逃避行動。



昨晩も白内障のことを検索していたら、夫に、
「調べて読むと却って不安になるでしょ?
読んで ふーん、そうなんだ・・・で終わらないでしょ?」
と言われた。



更に、
「アレじゃないの?
真っ暗(寝室)の中で、画面(iPod)見てたでしょ。やめろ、やめろって何度も言ったのに」



と言われて、



「だって眠れないことがあるんだもん」


と最初は普通に答えたつもりが、


”なんでこの人に色々と言われなきゃいかんの?”


と思ったら段々ヒートアップしてきて、ハゲしくは無いが少し言い合いしてしまった。








家の中で過ごしていて、時々ほんの一瞬だけ片目をつぶってみる。



家の中でだったら、眼帯をしていたほうが、まだ楽なんだろうか。



でも、両目とも白内障なんだから、
まだマシな方の片目だけで過ごしていたら、
そっちの方も悪化してしまうかもしれない。


やはりダメか・・・。





生きてても辛いことばかり。



落ち込む気持ちを引きずりながら、眼科の帰りにスーパーに寄って、
食材を買ったついでに、何故かプリンを一個購入。
少しでも気分をアゲたかった。



でも家でお昼を食べた後に、プリンを食べて、
「おいしー(ノ∀`)」
と思ったけど、それだけで終わり。



楽しい気分が長続きしない。





前回の日記で浮かんで来なかったこと。

・・・の続き。

前回9月30日に更新後、
翌日に浮かんできたので、
ブログに予め下書き保存しておいた。



★父親から鉄球を投げつけられる夢★

1~2年ぐらい前だったと思うが、
そんな夢を見た。

父親が物凄い形相で、こちらを睨みながら、
母(と私)に、バレーボールの大きさぐらいの鉄球を
ガンガン投げつけてくる夢を見た。

その形相は、
過去に何度か書いている、
10歳の時に平手で一発叩かれる直前の、
あの父親の顔そのものだった。

トラウマっぽいのかな・・・?(´д`;)

投げつけられる鉄球は、
不思議と私達に当たっておらず、
母と私が血を流すとか、
そこまでの描写はなかった。

母は横座り。
私は母の横に立っていた。

嫌な夢だ・・・。
もう二度と人の夢の中に出てこないで欲しい。

ちなみに、父親が私の夢の中に出てきたのは、
憶えている限りではこれが初めて。
母親や生前、一度だけ、死んだという仮定で
夢の中に出てきたことがある。





★にきびの話★

今度は母親からの言葉による嫌がらせに関して。


私が実家で両親と暮らしていた頃、
何度か同じようなことを母親に言われた。
(いま思えば、父親が仕事で不在の時ばかりだったような?)


母親が脈絡もなく突然、
にきびの話をしてくるのではなく、
母親と私の、何かの会話の延長線上だったと思うが、


私が全くにきびが出ないことに対し、


「(にきびが出ないのは)子供だからよ」

とか、

「幼いからよ」

などとよく言われた。


父親がにきびが出なかった体質だったらしく、
その事も含めて言われることもあった。

「お父さんもにきびが出なかったから似たんじゃない?」

とか。

(だから父親が仕事で留守の時を選んで、
私に嫌な言葉を投げつけてたのかね?)



私は医者じゃないからわからないが、
にきびが出ない人は、成熟していないのだろうか?

おそらく母親の勝手な固定観念だと思うのだが?



母親は、自分の亭主が好きではなかったからだろう。
過去ログ「血液型で判断」

の話と同じだ。



うちの母親は、
自身のストレスを発散できればそれでよかった。

短気でカッとしやすい自分の亭主には言えないので、
ストレス発散の標的を私にして、
上から目線でバカにしたように吐き出せば、
スッキリしていたのだろう(たぶん)。


しかし、その「スッキリ」も一時的で、
すぐにまた次のイライラ&モヤモヤが訪れる。
いつまで経っても、
自分の娘(私)への言葉の暴力は止まらない。


イライラ&モヤモヤは、全て周りのせい。


いつでも自分の、
モヤモヤ&イライラした感情の開放が最優先。
それで自分の娘が傷つこうがなんだろうが、
お構いなし。





なんだか中途半端な終わり方になってしまったが、
親に関する話は今回はここまで。



一昨日から着手中の年賀状ソフト。

昨年11月の日記「年賀状ソフト」

また今年もこの季節が来た。
でもさすがに、昨年一か月以上悪戦苦闘したからか、
今回は少し戸惑った程度で、なんとか進められている。
レイアウトはほぼ決まってきているので、
後は文字の大きさや色、配置などを整えて印刷するだけ。

はぁ~助かった・・・・(´∀`;)



明日は眼科で眼底検査。

〇門科は今月中。 ( ← まだ行ってないのかよ )



ヾ(´・ω・`)ではまた