2019.08.29 上か下か
先日の毒父病院同行の日記   で書き忘れたこと。


病院の待合室にいる時。
たまたま、毒父の隣に座っていたのが私だったので、
話しかけられてしまったが、


毒父 「診察室に入ったら、 ”いつもお世話になってます” って言うんだよ?」

でで 「・・・・(-_-メ)  当たり前じゃん」 



まぁ、確かに50過ぎていても、あり得ないほど子供だけども、
言われなくても解っていることを、敢えてああやって言われると、
当たり前だがカチン!と来る。


完全に子ども扱いだしバカにしている。



あの毒父は、自分の現状を受け入れていないのだろう。
自由に動けない自分が嫌で仕方がない(たぶん)。
おむつをしていたからいいようなものの間に合わないこともあるらしい。
高すぎるプライドをへし折られる日常なのだろう。


どうにかしてプライドを保っていたいので、
娘に対して上から目線で物を言ってマウンティング。


思考が、
「上か下か」
しかない。


くだらない・・・。



こういう話も、ちゃんと記しておかなければいけないのだろう・・・。


先日の、病院2軒の同行  の翌日、毒父から電話があった。


電話があった当日は、どう言われたか覚えていたのだが、
今はあやふやになってしまっている。


しかし、とにもかくにも、毒父から電話で礼を言われた。



電話を切ったあと、不覚にも

「くっっっっ!(つД`)」 

と一瞬、目が潤んでしまった。



「娘二人に車椅子を押してもらって嬉しかったよ」

とか、そういった言葉だった気がする。

声も弱弱しく、いつものダミ声ではなかった。




毒父の言葉で、怒り以外の涙が出たのは、いつ以来のことだろう。


・・・というか今まで生きてきて、
毒父がらみで、感動や喜びの涙を流したことは一度も無いかもしれない。
毒母から何かしてもらって泣いたというのもなかったと思う。
山岡久乃が亡くなった時に私から電話をかけ、
母娘二人して会話しながら涙声になったとか、そういうのはあるが・・・。




潤んだ目を急いで拭き、夫に「くそじじいから礼を言われた」と告げると、

「そういうのは素直に受け取っておかなきゃね」

と言われた。




・・・でも素直に喜べない自分がいる。


先日あれだけ色々と私ら姉妹に言っておきながら、
感謝の気持ちが湧くというのがちょっと信じられない・・・。


”何か裏があるんじゃないか?” とか。


”たまたま「言いたかっただけ」という「気分の問題」” とか。


”某局の24時間テレビを見て触発されたのだろうか?” とか・・・。



または、毒父が実妹に電話をかけ、通院同行の話をした際に、
「兄さん、◎◎(姉の名)ちゃんと、ででむしちゃんに、
お礼ちゃんと言った?(笑)」
と促されたとか。




電話が掛かってきた日丸一日と、
翌日26日にヘルパーさんが実家に行く時間帯まで、
なんとなくモヤモヤしてしまった。



あんな電話を掛けてきて、「らしくなかった」ので、
何かよくないことを起こしてないだろうか?・・・という勘繰りまでしてしまった。


両手の痺れを診てくれた胃腸科の先生の診察結果と、
眼科の診察結果のどちらも、


”完治しない”
”現状のまま”


という結果だったので、
私たち姉妹が思っている以上に、もしかしたら本人は、
かなりのショックで悲観的になっているのか?とか・・・・。




そうこうしているうちに、後日また腹立たしいことに遭遇して、

「心配して損した!!あのクソじじいーーーー!!ヽ(`Д´)ノ」


・・・となるのかな?



予定では今月は、もう私は毒父に会わない。
夫が今度の土曜日に、補聴器の件で実家に出向くことになっている・・・。


2019.08.24 身体も心も
予想通り。



しかも実家に着いたら、

「眼科にも行きたい」

と言い出す始末。
今朝、片目が見えなかっただのなんだの。
目薬をしたら治っただのなんだの。
ゴチャゴチャゴチャゴチャうるさい。


さらには、

「眼科、行ったほうがいいかな」

と人に訊いてくる。




えーーー??!!
今日、胃腸科だけじゃないのーー??!!
眼科もだって??
冗談じゃねーよーーー!!




こころの叫び






「行ったほうがいいかな」
って・・・・。

もしここで、今日行かなければ、
また別の日に誰かが連れて行かなくてはならなくなる。


そして今日行かなければ、また
明日だの明後日だのに、
我が家か姉に電話して、

「片目がサーーーーーーーうんぬんかんぬん」



・・・などと、

”俺、不安で堪らないんだよどうしてくれるアピール”

をするのだろう。




とてもとてもとてもとてもとても嫌だったが、眼科にも連れてゆくしかない・・・。



うーーーーーー!!
お昼ごろには家に帰りたかったのにーーーー!!゚(゚´Д`゚)゚。







かなりガッカリしながら、仕方なく家を出発。



心配していた、家の出発方法(車椅子操作方法ふくむ)は、
無事にクリアできた。


タクシーの乗車も、なんとかできた。


ラクだったのは、
足台を毒父が自分で、たたんだり出したりしていたことと、
車輪のロックも、たまに自分でやることがあったので、
その点は助かった。



問題は、それ以外。




私が車椅子を押していて、姉がサポートしていた時、
病院の自動扉を開けるだけなのに、


「ほら!◎◎!(姉の名)」


と声を荒げていた。



開けてもらうだけなんだから、カッとする必要がどこに?


あの言い方・・・。
もう少し低姿勢になれないのか?






他には、
自分だけが理解していることを主語も無しに言うので、
こっちは 「はぁ???」  となった。


胃腸科から眼科への移動の際、
私は眼科の場所はわからないが、毒父は知っていた。



「カンカンカン!と音がしたら行くんだよ?!」


※行く  ← どっちの方向へ進むのか言わない

※カンカンカン  ← 踏切のこと



私が車椅子を押しつつ右折しようとしたら、


「違う違う!向こうに渡んの!!」




だったら最初っから

「踏切が鳴ったら、その隙に向こう側に渡って」


・・・・って言えばいいのでは?



なんでいつもああやって
エラそうなの???








挙句の果てには、これも予想通りな言葉を言い放ってきた。


「◇◇さん(ででむし夫)は上手だよ」


「■■さん(デイサービスの人)上手だよ」




だからなんだ????!!!





すかさず姉。

「当たり前でしょ!あっちはそういう職種だよ?!」






どこまでも、私ら姉妹を
コケにしたいようだな。




そのくせ、自分が待合室で黙ったままでいるのが辛いのか、
くだらないことを話しかけてくる。
こっちが持参した書籍を読んでいても話しかけてくる。


「お父さん、いま、コレよんでるから」

と言ったら、ようやく話しかけてくるのをやめた。





しかし、そのあとも折に触れて、ベラベラベラベラ話しかけてくるので、
途中から寝たふりをした。
(姉は何度か船を漕いでいた)



ベラベラ喋ってんの、お前だけだよ。周りはみんな静かだ。






今日は検査で、朝メシを食わないまま病院に来たせいか、
午前10時前ぐらいから、

「腹が減った」

とうるさい。




その後も何度となく、
食い物がらみの話をしてくる。

「病院から帰ったら駅の何処何処で食べる?」

とか(これについては2~3回言っていた)。




その度に、姉も私も、首を横に振ったり、

「今日は食べないで帰る」

と言っているのに、人の話を聞きゃしない。



とにかく自分が、腹が減りすぎて仕方ないので、食い物がらみの話をしたがる。



お前と少しでも一緒の時間を過ごしたくないから、
私達は食べずに帰りたいんだよ。
それがわからんか?






それに、

こっちも5時起きで!!

なんも食ってねーんだよ!

お前だけじゃねーんだよ、食ってねーのは!!

(もっと言えば、姉は4時起き)




姉は私よりだいぶ前に実家に到着し、
私が事前に送ってあった紙を見ながら、
車椅子の操作方法を確認していたらしい。





さんざん人を下に見ておきながら、
その下に見た相手を更に利用しようとする。
自分の空腹を紛らわしたいので、その話を聞いてくれる相手として。






だいぶ前に書いたけど、
母親の入院先に行った時も同じ。
私たち夫婦が到着して、まだ10分も経ってないのに、
先に病院に来ていた毒父は、腹が減ってしょうがないのか、

「もう帰るよ」

と言い出した。
こういったことが2~3回あった。
私たちが

「えっ?いま来たばっかりなのに?!」

と言っても聞き入れず。
ACに気づく前の話なので、私は言い返しもせず、毒父に従ってしまった。





食い意地が張ってる上に、
今日も言いたい放題、やりたい放題。




いくら娘相手でも、
「暑い中、付き合ってもらっている」っていうアタマがないの?



・・・まぁ、そういうことをぶつけても無駄か。
だからああいう仕上がりになってるわけで。



病院内で、人に席を譲ってもらっても、
その人に「ありがとうございます」も言わない。
言うのは姉と私だった。



イヤだねー。
よく生きてきたね、ああいう性格で、80過ぎまで。




雨が降らないからよかったようなものの暑い日だった。
そして大嫌いな人間の付き添いで。



帰宅も午後3時だった。
もうグッタリだ。



もう付き添いは御免だ。






2019.08.23 ダルい。。。
どうも20日(火)あたりから調子が悪い。
測っても熱は無いが、なんとなく身体に熱が籠っている感じ。
でも汗が出ていないわけでもなく。
昨日はほぼ一日布団で横になっていた。


今はだいぶマシになっているが、まだなんとなく本調子ではない。


夫に「土曜日(24日)のプレッシャー?」と言われたが、
それもアリかもしれない。
行きたくない気持ちが病気を寄せ付けているのかもしれない。


でも毒父の検査が入っているので、行かないわけにもいかない。
姉には車椅子の使用方法や、
注意事項などを書いたレポート用紙を数枚送ってあるが、
とてもじゃないが姉一人だけでは無理だと思う。
それは私一人だとしても同じ。


どれだけ夫が飲み込みが早いかがわかる。
すでに2回、単独で毒父を車椅子に乗せて連れて行ってるのだから・・・。




今日の10時半頃に、毒父から電話。
またしても着信を見てウンザリ。
明日会うまで言葉も交わしたくないのになんの用事だろう?

18日(日)の電話での喧嘩以来だ。


毒父 「電話くれた?」


・・・・・まただよ。
なんなの?
この「いま電話した?」とか「電話くれた?」ってやつ。
今まで何度となくあるんだけど。

お前となんかできれば喋りたくないんだから、
本当に急用以外電話するわけねーだろ??




でで 「電話してませんよ」

毒父 「・・・・・・」      ←   補聴器の故障?それとも老い?

でで 「もしもし?(-_-メ)」

毒父 「もしもし」

でで 「電話してませんけど??? (イラッ) 」

毒父 「明日、何時頃に来る~~~?」  ← 人に訊いておいてスルー

でで 「8時頃ですよ」

毒父 「8時頃ね~。わかったぁぁ~~~よろしくね~~~」


私が病院に付き添うの嫌なくせに。何がよろしくねだよ。




明日やったら、もう二度とやりたくない。


でも今後も付き添わなくちゃいけないんだろうなぁ・・・・( ノω-、)


それに、私や姉がやらなければ、
毒父は、夫にばかり付き添いを求めるだろう。
夫の身体ももたない。


あんな毒父に付き添って、私になんの得がある?


自分の思う通りに人を動かせて、
やれ低血圧だ、やれ手が痺れるとか症状を言えば、
周りが心配してくれてチヤホヤされて(ケアマネさんやヘルパーさんや、
デイサービスさんや、ででむし夫)。


数時間、毒父と過ごさざるを得なくて、
行きたくもない病院まで連れて行って。
私にとっては不快になるだけ。
いいことなど一つもない。



明日は5時起き。
馬鹿くさい・・・・。



本当に早く逝ってほしい。
解放されたい。

吐き出したい行為は、悪くないかもしれない。
そうしなければ自分の中に怒りが溜まってゆくだけ。
ただ、ブログに書いて、
本当に溜飲が下がってるのかというと、そうでもない。
暫く経ってから、また同じネタで怒りが蘇ったりする。
キリがない。
今日も2個の日記をあげるのに、2時間以上かかってしまった。
大事な自分の2時間を、毒父のために使ったのと同じだ。
これではいけないと思いながらも、止まらない、止められない。
後から読み返して、あの時はこうだったとか、
あの毒父が何日に電話をかけてきたかとか、
記録として残してあると「たまに」便利に思うこともある。
でもそれだけのような気がしてしまう。
ひとつ前の日記で、

医者じゃない人(ででむし夫)に、症状の見解を求めようとする、
毒父の話を書いた。
(ただ自分が安心したいだけのワガママ)



優しくするとつけあがる。


ででむし夫が、毒父の話を聞くタイプなので、
依存心が強いうちの毒父は、べったりもたれかかる。


夫が断りにくいかもしれないのを、毒父が利用している感じがする。



以前ブログのどこかで書いたが、
毒母が亡くなってしばらくしてから、
毒父からの電話が多くてウンザリしたことがあった。
まだ私が、自分がACだと気づく前のことだったが、
それでも私は昔から父を嫌いだったため、本心は電話に出るのがいやだった。
でも断り切れなくて仕方なく対応していた。



多い時で、一日に4回も掛かってきたこともある。
電話を切って30分後にまた掛かってくることも幾度かあった。



私もその当時、今よりもっと体調が安定してなかったため、
電話で喋るのすら辛い時もあった。
特に、胃がむかむかする時などは誰とでも話すのがきつい。



私の体調が安定していないことは、毒父には伝えていたが、
それでもお構いなしに電話を掛けてくる。



以前、電話に出た途端に、
「(体調は)大丈夫なの?
お父さん、朝おきたら、
いつも、ででむし大丈夫かな~って思ってんだぁーー」


と言われた事があって、そのとき私は、

”うそばっかり・・・・。口ばっかりだな”

と思った。



本当に心配してんなら、電話の回数を抑えることぐらいしそうなのに、
自分が底なしの寂しさに耐えきれなくて(本人自覚なし)、
「自分ガー」「自分ガー」で電話攻撃をしてくる。




さすがの私も辟易しはじめ、
一回目は仕方なく電話に出るが、嘘も方便で、

「私このあと出かけるから、電話かけても取れないからね?」

と言い、複数回の電話の予防線を張る様になった。



そのうち何度か、電話がきても出なかった。



ある時などは、電話に出るのが面倒で居留守を使い、
少ししてから掛け直して、

「ト◎レで踏ん張ってたんだよ」

と嘘をついたことがあったが、


「お前、夜にするの?」

と言われたのを凄くよく覚えている。
まだACに気づいていなかったから、
それが毒父の歪んだ固定観念だと解るのは
それから暫く経ってからのことだった。





私の他者への対応も、とても毒父に似てしまっていて、
永らくうちの固定電話のベルが鳴らないのも、
昔の友人や知り合いには、
私が電話魔であること、
話が長くてくどいこと、
それらがインプットされているからだと思う。


「あの人にとっつかまったら大変」
と思われるからだと思う。


メールが来ないのも同じで。
「あの人のメール長文で凄く嫌だ」
と思われているのだろう。
現在のブログでも変わらず長文であるwwwwwwww




毒父も、
私の家か、姉の家に電話するしか、話し相手がいないのだと思われる。


入院時にお見舞いに来てくれた方も数名いたが、
本当に好かれてるのか謎で・・・。


あの毒父はマジで、人付き合いがうまくいってねーなと端から見てて思う。
入院時のリハビリの先生に対する態度も問題だし、
プロ野球の事務所に試合結果に対しての、
クレーム電話を掛けるとか、やってる事がいちいちおかしい。





人付き合いとは別の話だが、
生前、毒母が「やめときなさいよ」と制止しているにもかかわらず、
気になって体温計で熱を測ってしまい、
結果を見て「あぁ・・・・・」と余計具合が悪くなるタイプ。


怒鳴り散らしたり大声を上げる割には、気が小さい。
というか、そういう人は、気が小さいのだろう。
大きく見せようとして虚勢を張る。



囲碁も将棋もやったことがなく、そういったお仲間がいない。


両手の痺れの話だって、
いちいち、ででむし夫に聞いてもらおうとせず、
誰か仲のいい知人に電話を掛けて話を聞いてもらえば、
それで済んでしまう可能性だってある。


昔の勤め先の同僚の方々かわからんが、
汚部屋掃除をした時に、かなりの数の集合写真をみつけた。
”よくいろいろと出かけてんなー”
と思った。


あれだけ色々な所に出かけて、行楽地などでの集合写真も沢山あって、
誰も毒父に連絡してくる人はいないのだろうか?


・・・まぁ、いないから、我が家か姉に掛けてくるのか。


見栄を張るのでだれかれ構わず奢った可能性もある。
(それで自分の首を絞めて、現在の口座残高になった可能性も?)



人とうまく付き合えないから、カネで人を縛っておこうとする。


そして、カネや物をあげて、
相手からの見返りを求めるという身勝手な人間なので、
何かしてあげても周りがワイワイ自分を持ち上げてくれなければ、
”なんだアイツら!”
などと怒ってお付き合いはそのまんま・・・になることもあるかもしれない。



毒父の実妹の娘夫婦(3人で同居)が、お酒が好きだということで、
毒父が一年に3回ぐらい、数年続けて、お酒を送っていたらしい(姉:談)。
私も、汚部屋掃除の時に、送り状を2枚ほどみかけた。


合計金額も書いてあり、何万・・・ということもなかったが、
1~2万だったような記憶がある(送り状は捨ててしまった)。


そして、これも姉からの話だが、
お酒を送っても、今まで一度も、
その実妹の娘夫婦からお礼の電話一本も来たことがないという。
いつも毒父の実妹が代わりに電話をかけてきているという。
それで、
「もう送らない!」
と毒父が怒っていたらしい。



馬鹿みたい。






夫も、
「一回も電話しないのは礼儀として、どうかと思う」
と言っているし、私もそれは「うーん、そうだよな・・・」とは思うが、


勘のいい人なら、

「なんでこんなに毎年、一年に3回も送ってくるんだろう?」

と逆に怪訝に思うかもしれない。
(ただ、それが、お礼の電話をしない理由にはならないが・・・)


それに、
毒父が一年に3回送っているとすると、
一年に3回も、
「ありがとうございます」と毒父に連絡が必要で、
それも面倒臭いだろう。




人にお金や物を送って、ありがたがられるのがデフォなので、
相手からの反応がないと、
イコール、その人に「ダメ」という烙印を押すのである。


エラそうにwwwww







そして、

”自分は、いつも正しい。
周りが間違っている。”


なんで周りの人間が離れていくのか考えないアタマ。


この数年の間に、実妹の家に日帰りで行ったことがあるようだが、
一度だったのか数回だったのかわからんが、
過去、私への電話で、
毒母の悪口を何度も何度も言っていたようなのと同じことを、
実妹宅でやっていれば、
実妹はどうかしらんが(仲がいいため)、
娘夫婦は「・・・・・・・・」ってなっても別に不思議ではない。



せっかく食卓を囲んでいるところで、
亡くなった伴侶の悪口を延々と聞かせられたとしたら、
周りは堪らんな?



そういえば毒父の入院のお見舞いに行った方の一人が、
後日の電話で、
「(入院しても元気そうで)毒舌が快調で(笑)」と言っていた。


愚痴&悪口と、毒舌の境界線はどこだろう?(-ω-;)



というか私は、毒父のことを毒舌家と思ったことは一度もない。


ケアマネさんから連絡が入ったのは8月6日だった。

その日デイサービスに行った際、毒父が、

「8月3日から両手が痺れている」

と言ったらしい。
しかし生活できないほどではないとのこと。

「大事を取って今日の入浴は中止し、ベッドで横になってもらっている」
とケアマネさん。


更に、
「もし悪化するようでしたら明日病院に・・・」

と言われたので、

「すみません、明日は私、通院なんですよね・・・」

と言って断った(メンクリに予約済みなので無理)。



「それでは今日、念のためにお父様にお電話していただけますか?」

と言われしまい、
渋々ながら夕方6時頃にでも掛けようと思ったら、
毒父のほうから電話が掛かってきた。


毒父「今日、誰かから電話あった?」

でで「あぁ、ケアマネさんから電話あったけど。」

毒父「なんて言ってた?」



(なんでいつもこうまわりくどいんだろう?)


でで「両手が痺れるとかなんとか。
夕方に電話してあげてくださいって言われたから、
こっちから掛けようと思ってたんだけど」


そしたらいきなりまくしたてる毒父。
私の大嫌いな、あの毒父特有のダミ声で。

「8月3日からねーーー。
両手が痺れるんだよ。
ででむしは、なんでだと思う?」



でで「わかりませんよ、私は医者じゃないんだから」
などと、井戸おやじのような口調で言ってやった。
(井戸おやじ=モヤさま参照)



毒父「明日ね、かかりつけの胃腸科に電話で聞いてみようと思ってね。
この痺れはなんですか、って」



”・・・・勝手にしてくださいよ、もう”


でで「そうね」

毒父「じゃあな」




・・・・なんのための電話だったんだ?
俺の両手が痺れてますアピール?



”電話して聞いてみようと思ってる”
と自己解決してんなら、
いったいなんのためにこっちに電話をしてきたのか?



・・てか、「ででむしは、なんでだと思う?」

ってナニ?
バカなの?






そして毒父から、翌日7日(水)の朝っぱらからまた電話が入り、
私は通院の支度で忙しかったため、
「私これから医者に行くんだよね。忙しいんだけど」
と言っているにもかかわらず話をやめず。


「かかりつけの胃腸科に電話したら、
映像研究所ってところに予約が入れられるかどうか確認して、
また連絡くれることになったからぁぁぁーーー。
ダンナって今週の土曜日休み?」

(実際には、ふがふが喋っていてとても聞き取りにくい)


「休みですけど?」

「わかったー。じゃあな」



少ししたらまた電話がかかってきた (-_-;)


「なに?だから出かけるところで忙しいんだけど」


「あのね、今日の12時に、
映像研究所ってところが迎えに来てくれることになったからぁぁぁーーー」


「あ、そう。お世話になってね」


で電話を切った。




たぶん、私がメンクリから帰ってきてから、
午後にまた毒父から電話があるな・・・・と覚悟はしていたが、


暑い中、チャリを漕いで帰宅して、速攻で水シャワーを浴び、
やれやれ・・・と落ち着いて、遅い食事を摂っている最中に電話!!!


本当にムカついて嫌だったが、仕方なく電話に出た。


なんのことはない。
ただの事後報告。
レントゲンを撮ってもらったらしい。
しかし急を要する症状ではないとの判断があったため、
胃腸科の先生の方から
「予定通り24日(土)にいらしてください^^」
と言われて終わったようである。



私は、
「整形外科じゃなくて大丈夫なの?」
と言った(後述)。

毒父は
「いいんだよ」
と言った。

私は
”あっ。そう”
って感じだった。





8月11日(日)に夫と二人で実家に行った際、
目に見えて両手が震えているということでもなく、
普通に箸も持ってメシを食っていた。


・・・いったいなんだ???
どこが痺れてるのか?





そして、17日(土)の夕方に電話が掛かってきた。



私が最初に出ると

「ダンナいる?」

と毒父が言ったため、
夕寝から目覚めたばかりの夫に電話を代わってもらった。



5分程度で電話が終わり、私が、
「なんだった?」

と聞くと、

「全然急ぎじゃない話。」

「・・・え?そうなの?またくだらない内容?(´д`;)」


「なんか、新聞の記事で、
頸椎がやられてると手が痺れるとか書いてあったんだって。
でも俺も医者じゃないから、
結局24日(土)に病院に行って、ちゃんと先生から話を聞いて、
整形外科に行ったほうがいいのか指示を仰ぐしかないよね」


と言った。




前述のとおり、
私は7日(水)の午後に「整形外科じゃなくていいの?」
と言ったが、
それを最初に毒父に電話で促したのは夫である。


夫が毒父に、

「痺れって・・・胃腸科じゃなくて整形じゃなくて平気ですか?」

と言ったのだ。

それを遮り、
自分で胃腸科に電話して、
レントゲン撮影の手はずを整えたのは毒父自身である。






そしたらまたきのう(18日)の午後に毒父から電話。
着信を見てウンザリ。
なんで連日かけてきてんの??




でで「はい。なんですか」  ←  毎回すんげー嫌な声

毒父「ダンナ、いる?」

でで「なに?なんの用?}

毒父「大事な話」

でで「うちの旦那さん、寝てんだけど」 ← 大嘘w



毒父「寝てんの?じゃあまた後で掛けるよ」

でで「なに?両手が痺れるとかの話?」

毒父「そう」


でで「なに毎日電話してきてんの?
お父さんサー!!
私言ったよね?
両手が痺れるって言ってた時に、 
”整形外科に行かなくていいの?”って。


毒父「え~~~?」  ← イラついてそうな声


でで「そんとき、”いいんだよ”、って拒否したよね?」


毒父「お父さんそんなこと言ったっけ」


でで「整形外科だったら、もっと詳しくわかってたんじゃないの?
でもしょうがないよね、24日の胃腸科まで待つしか。
うちの旦那さんに何を話すの?!
話を聞いてもわかんないよ?
医者じゃないんだからサ!!」



毒父  「わかった!!」   ← 逆ギレ



私は毒父から怒鳴られるのかという考えが起き、
急いで自分から電話をブチッ!!と切った。



電話の後、15分ほど、動悸が止まらなかった。
すでに会話の後半から心臓がバクバクしていた。



以下の全ての日程で、
両手の痺れのことを話していたわけではないが、
最低3回は痺れの話を挙げていたと思う(対応は夫が多い)。



-----今月初旬から今まで、毒父から電話があった回数-----

8月2日(金)・・・・・9:52
8月6日(火)・・・・・17:19/ 19:31
8月7日(水)・・・・・8:51/8:59/14:49
8月11日(日)・・・・ 7:40
8月14日(水)・・・・ 9:59
8月16日(金)・・・・ 8:41/16:42
8月17日(土)・・・・ 17:30
8月18日(日)・・・・ 15:38

--------------------------------------------------




・・・・一日に2~3回。
そして3日連続とか。


いい加減にしてくれよ!







今回の口喧嘩で、
24日(土)に姉と二人で毒父を病院に連れて行く際に、
仕返しで色々と言ってくるような気がしてしまう。




11日に実家に行った際、
車椅子を前にして、夫に使い方を教えてもらった。




・・・・すんげー自信がない・・・・どうしよう・・・(-ω-;)




一応、下手くそな絵で車椅子を描き、操作方法なども書き足した。


・実家の出発時と帰宅時の、玄関でのサポートと、
玄関に着ける車椅子の位置や操作。



・停車したタクシーのドアに車椅子を寄せて、
そこから毒父をタクシーまで導く時。



・タクシーから毒父に降りてもらい、車椅子に乗せる時。



・病院の出入口や、院内で待つ場所(他の人の邪魔にならないように)。



・調剤薬局の出入口、同じく中で待つ時。


・段差があった場合、そこを避けて、
車道からタクシーに乗車することにあるが、果たしてできるのだろうか?




車椅子のロックを必ず忘れないようにしなきゃとか、
毒父が転倒しないようにサポートしなければならないとか、
タクシーに乗った際、姉か私のどちらかが助手席で、
どちらかが後部座席右側に乗ることになるんだが、
後者の場合、後ろから走って来る車に気を付けて乗るとか、
他にも気を配らなくちゃならないことが多すぎて、
キャパシティーオーバー・・・・( ノω-、)



毒父が着席しづらくなるので、
車椅子に座る時には必ず足台(フットサポート)をしまい、
毒父が着席したら足台を出して毒父に足を乗せてもらうってのも、
うっかり忘れてしまいそう・・・。


あと、必ずクセとして叩き込んでおかなくちゃならないのは、
車椅子の車輪のロックとか・・・。



先月、車椅子の使い方を全く知らなかった夫は、
タクシーの運転手さんに教えてもらい、
2回目の通院同行では、かなり使い方がこなれていたらしい・・・。



夫は「簡単だよ。流れとして覚えておけば」
などというのだが、
やはり脳の造りがぜんぜん違うんだよ・・・。
あっちは頭いいもん・・・。





他には、懸念していることがある。心が折れそうな件が。


”娘二人は車椅子を押して歩くのは初めてだから、
色々と不慣れなところがあっても仕方ない”


・・・・などと思えないのが、うちの毒父だ。





つまりは、姉にも私にも、
最初から「エキスパートぶり」を「期待」するだろう。



なので、こっちが車椅子の操作を間違いまくった際に、

「そうじゃなくて!」

とか、

「違うよ、そうやるんじゃないでしょ!」

「ダメだね~~~!!」



・・・とか言いそう。



鬼の首(鬼なんてイイもんじゃないけど私は)を取ったように、
ガミガミ言ってきそうな気がする。

20代にもこのようなことがあった。
ここぞとばかりにガミガミ言われたことがある。
ファミコンと父の怒号



「ダメだね~~」こそ言わないまでも、
姉と私のいない時に、ででむし夫に対し、


「やっぱり◎◎さん(ででむし夫)じゃないとダメだね。
■■(姉の名)とででむし、ぜんぜんだめ。
車をロックするのもすぐ忘れるしサ~~~。
椅子ごと倒れるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ!!!」




・・・・とか言いそう・・・・。



しかも、うちの毒父って大袈裟なので、

話を 「盛る」 んだよな。





毒父にとって、ででむし夫は必要な人なので、
ででむし夫を持ち上げるためなら、娘二人への悪口も平気で言う。




このあいだから24日のことで頭がいっぱい・・・。



姉なんか使い方なんて全く知らないから、
24日当日に私が手際よく姉に教えなくちゃならない。



ってか、当日は検査があるので家でチンタラしてられないんだが・・・。
教える時間なんてあるのだろうか?



車椅子の使い方についての不安がないのか、
それとも軽めに考えているのか、姉からは今のところ全く連絡がない。



それとも私が使い方を把握しているから、お任せしようとしているのか・・・。



車椅子を操作しなくても、
家を出る時に、車椅子に毒父を着席させるために、
毒父の両脇から腕を差し込んでサポートするとか、
帰宅時に歩行器を毒父の目の前に持ってきて歩行器を支えるとか、
それなりにやることはあるにはあるのだが・・・・。



あーストレスで頭がハゲあがりそう・・・・





【正当な要求、あれから】

結論から言うと、11日に行った際、毒父に要求しなかった。


実家へ出発する際に、私が18,000円の話をすると、やはり夫が
「よしなって」と言うので理由を聞いたところ・・・・。


私たち夫婦は毎年、
母の日にはプレンゼントを送っていたが(義母にも)、
父の日に送ったのは確か1~2回だけだった。


そのことを夫が持ち出し、
「母の日にはあげてたのに父の日にはあげてなかったんだからさ・・・」
と言った。


義母にも毒母にも、母の日には毎回、
だいたい2万ぐらい遣っていたので、
夫からしてみれば、
”お義父さんに殆どあげてなかったんだから、18,000円ぐらい・・・” 
という感じなのだろう。



しかし私が解せないでいると、
「わかった、じゃあ、あっち(※)から取りなよ」と言った。


ちなみに、夫が毒父に、
「プレゼントしますよ」と言ったのかどうか夫に聞くと、
そんなこたぁ言っていない、とのことだった。



※過去に書いたかどうか忘れたが、
数年前に毒父から100万を預かった。
私ら夫婦と姉と毒父での食事会に、毒父が持参した札束であり、
料理を囲みながら、毒父が、ででむし夫に渡したものだった。
夫はすぐに
「いえ、僕じゃなくて、順番で言えばお義姉さんに・・・(´д`;)」
と言ったが、
毒父は
「いやいや!いいんだよ!」ど遮った。



毒父から見れば、
”役に立たない&信用できない娘二人に百万円の大金を渡せるか!”
っつー感じだったのだろう(たぶん)。



もちろん手を付けることなく、我が家で保管していたその百万も、
毒父の入院費や退院後の介護費用&生活費に遣い始めたので、
現在60万ほどに減っている。
夫は、18,000円は、
この残高の60万から取ればいいのではないか・・・と提案したのだった。
あくまでも、直接毒父に返金を要求するのは控えさせたいようである・・・。


(葬式代として遣おうと思っていた大金から出さなければならないほど、
現在の毒父の口座残高はかなり不安なものになっている。
あのクソじじいは今後どうするつもりだったんだろう?
こっちが預かった百万がなければ大変なことになっていたと思う
もちろん年金は入ってはくるのだが、それにしたって遣い過ぎだと思う)



私ももう、毒父に18,000円のことを言う気はなくなった。
ただ、大金は大金なので、
やはり後から返してもらおうと思う(60万から)。



上記の延長線上で、夫から持ち上がった話。

「お義父さんの性格で言えば、
”貰ったら必ずお返しする。お返しする際の金額もそれ以上”
なんでしょ?
でも今回はそうじゃない(毒父自ら18,000円の話を出さない)から、
こっちに返したくないんじゃないの?」
と言っていた。



・・・そういえば毒父はそういう性格だった。
貰った物は必ず返す(しかもその倍以上の額で)。



相手が「こんなに要らないのに・・・」と恐縮することも考えず、
自己満足のためだけに相手に高いお金や物でお返しする。



しかもお返ししたり物を贈った(送った)際に、
相手から丁寧なお礼の電話や文書を貰うことを期待する。
もしそれが全く無かった場合、一人で怒りだして、
その相手にはもう二度と物を贈ったりしなくなる。

「ありがた迷惑」と「~~べき思考」



何が信念だよ。
信念もへったくれもあるかよ、あのじじい。
わしら夫婦から掃除機代とカミソリ代とタオル代を
立て替えてもらってるの忘れてんの?
それとも覚えてんのに忘れたふりしてんの?




自分の懐が潤っている時は大盤振る舞い&散財。
カネが少なくなったら出し渋り?


ごーつくじじいめ!!






別段すぐやらなくちゃいけない用事もないし、
毒父に会えば会ったで不快になる。
24日に姉と二人で毒父を通院先に連れていく大仕事が待っているので、
その日まで実家に行くのは控えておきたいと思っていたが、
夫は明日の11日(日)に実家に行くと言う。
(夫も、特に用事があるわけではなく、毒父の様子見)


「もしででむしが明日行くんなら、
車椅子の使い方を教えときたいと思ったんだけど」
と言われた。


実家で済ます用事を5個ほど書いて、むりやり用事を作った。
「いや、(私も)行くよ。18,000円徴収しないといけないから」
と言った。


すると夫。
「やめとけよ」   ( ← 口調は普通 )

「なんで?正当な要求じゃないの?」

夫、返答なし。
そして夫はパチへ出かけて行った(たぶん)。



なんでだろう?


もしかして私がその場にいなかった時とかに、
父と毒父との間で18,000円の話が上がって、
「ああ、あれ(掃除機他)はいいですよ。プレゼントします。」
などと夫が言ってしまったとか?


私が改めて毒父に返金を要求すると話のつじつまが合わなくなるから?



実は昨日の夜に18,000円の話を挙げて、
「安い金額じゃないからやっぱりちゃんと返金してもらったほうが
いいと思うんだよね」
と言った時も、夫は返答せずに無言だった。


なんか・・・明日当日、実家に行く前にまたダメ出しされそう(-ω-;)


カード会社からメールで、請求額のお知らせが届くのだが、
その中にあの18,000円も入ってると何かモヤモヤする・・・。
”なんで自分らが使うわけじゃない物の支払いで18,000円も?”
みたいな・・・。