2020.03.26 進歩なし
隣人がご挨拶に来た。


前回大失敗したので、今回は頑張ろうと、
2年前の近隣からの挨拶の話

ドアを開けた直後に、
「どうも、お待たせしました~!」
と笑顔で出ることができたが、そんなものはほんの一秒ほどで終わった。


お相手がお名前を名乗り始めた途端に緊張が走り、真顔になってしまい、
顔がひきつるのが自分でわかった。


こういうのって相手にはバレバレなんだろうな・・・。


またしても
「変な人だったね・・・」
「なんかヤバそうじゃね?」
と思われてるかもしれない・・・。


泣きたい・・・orz orz orz




前回から今回まで、
進んで外に出たり、人と会ったりしているわけじゃないのに、
「今回は笑顔で対応しよう」
と思うのが大きな間違いで。
そんなこと出来ると思っている自分が図々しい。



ゲームの、自分の最大HPが「1」のくせに、
「500」のことをやろうとしているのと同じかもしれない。




あまり自分をジャッジするのはよくないのだが、
どうしても卑下してしまう。


来月中旬頃に、
またしても二軒の病院に連れていかなくちゃならない・・・。
今度は胃腸科と泌尿器科。



泌尿器科では、3か月に一度ホルモン注射をしてもらっているが、
ローテーションの問題で、いつも夫がその病院に連れて行っていた。
姉と私は初めて。



その注射は毎回7~8千円かかってるのだが、
果たして本当に必要なのかどうかは謎。
毒父は、医者に対して盲目的なので、
勧められるままに注射をしてもらっている可能性もなきにしもあらず。





また4~5時起きだろうな。
疲れるな・・・。



一週間に一度の頻度で通院同行してるわけじゃないし、
端から見たら「なんでそんなんで疲れるの?」かもしれないが。



「大変さ」は、人それぞれ違うので・・・。





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会社員でぶどり 1・2・3巻



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新型コロナウイルスの感染を避けるため、
毒父を病院に連れて行かずに家で待機させ、
夫と私の二人で、
いつもの胃腸科内科と、電車を乗り継いで補聴器店へ行ってきた。



それでも朝5時起床。
(化粧をしなければあと3~40分は多く眠れるのだが・・・)



まず毒父のいる実家へ行き、
保険証と診察券とお薬手帳と財布と補聴器を預かる。
再びバスに乗って駅まで戻り、駅前の胃腸科へ。



代理で処方箋を貰いに出向くことを事前に病院に報せていたためか、
受付で診察券を出したら2~3分もしないで呼んでもらえ、
処方箋を渡された(はやっっ!)。



いや~~~。
早くてラクだなぁぁぁぁ(ノ∀`)うれしなき
いつもこんなだったらいいのに・・・。
毒父を連れて行き、血液検査だの尿検査だの問診だのと色々あると、
いつも確実に2時間待ち。






調剤薬局で薬を貰い、次は補聴器店。
30分ほどで綺麗にしてもらえた。



この補聴器店は、私は行くのが初めて。
駅から店までの道順などを私も知っておいたほうがいいという話になり、
今回、夫に教えてもらうのも兼ねて出かけた。



補聴器はだいたい3~4か月単位で壊れている。
前回夫が補聴器を店にもっていったのは昨年の12月だった。
(壊れるというか、どうも耳垢が詰まっているようなのだが・・・)



その12月の時に夫から店員さんに、

「義父本人から補聴器を郵送でお店まで送らせていただいて、
清掃・調節などをしていただいて返送してもらうことは可能ですか?」

と聞いたところ、対応できると言っていたそう。



一日のうちで、病院に行ったり、
店に行ったりとあちこち動くのも大変なので、
出来れば郵送でやってもらいたいとも思う。
確かに店までの行き方を教えてもらいはしたけれど・・・。


(ただ、発送はヘルパーさんに郵便局からお願いしないと駄目だが、
毒父が一人で補聴器の箱詰めなど出来るかが謎)



そうでないとキリがない。
日常は補聴器任せで、「聞こえりゃいい」という感じ?
自分の耳のメンテナンスなどほったらかし。
(高齢で手元もおぼつかないだろうし、あまり耳の中をいじりたくないのだろう)



でもその度に補聴器が壊れて店に持って行って・・・となるとしんどい。
しかもわざわざ一度、毒父の家まで行って補聴器を預かり、
それから店へ・・・となるので手間だ。





甦った(?)補聴器と、薬を持って実家に戻る。




この日の前日に、ケアマネさんからメール。
デイサービスでの帰宅時間に関する毒父からの要請(というか文句?)の話と、
「いつ車椅子から歩行器に変えてもらえるのか?」
という、これも毒父からの文句&ワガママに関する内容。


今年の1月6日(月)の、毒父の通院同行の日記では書かなかったが、
実はこの1月6日、毒父が四つん這いに転倒した。



1月6日、病院の診察が全て終わり、姉と私は、
畳んで病院の出入口に置いていた車椅子を広げたりしていた。



目と鼻の先の調剤薬局に、

「お父さん先に行ってるね」

と毒父が歩き出した際 ( ← 性格が、超せっかち)
姉も私もすっかり油断してしまい、そのまま一人で行かせてしまった。



姉と私は調剤薬局の方角に背を向けていた形だったため気づかず、

「ぉぉ~ぃぃぃ~~(おーい)」

と、か細い毒父の声が聞こえて、姉と私は慌てて駆け寄った。



毒父が

「ベルトの後ろを持って持ち上げてくれ」

と言い、私はそこを掴んで引き上げ、姉は前から毒父を支えて起こそうとしたが、
立ち上がるまで1分ぐらい掛かったかな・・・。
高齢のジジイでも70キロ超えてたら、そりゃ重いよ・・・orz orz orz



骨折などはしておらず、左ひざを少しすりむいただけで済んだ。
手持ちのバンドエイドを貼っておわったからよかったようなものの・・・。
この件では私も本当に痛感した。
まだまだ毒父は一人で外出などは無理だと。



これが毒父の現状。
なのに本人に自覚がなく

「歩行器ガーーー歩行器ガーーーー」

とケアマネさんやデイサービスの人にアホなことを言う。




家でのリハビリも全くやらず、
テレビばかり観て、甘いもの食べて、揚げ物も食べて、バクバク食べて、
食べて、食べて、食べて・・・・。
「俺はもう一人で外出できる」
と過信する。
1月6日、胃腸科の院長先生に、
「一年間で12キロ痩せたんですね」
と言われたぐらいで調子に乗る。




この「調子に乗る」というのが、毒父の場合は非常に危ない。
ますます過信してゆく。
(12キロ減では足りないんだよ多分・・・)




四つん這いに倒れた詳細はケアマネさんにメールで伝えてある。



あんな状態では、デイサービスの理学療法士の人が、
毒父に歩行器を使わせることを了承するわけがないのだ。



しかも散髪店に、無断で単独外出した件もある。
過去記事:怒鳴り合い





あの調子だと、

「一人で歩行器を使って外に出ては駄目ですよ」

と周りから言われても、
言われたことを聞かずに一人で外に出そうだ。



現段階では、毒父の独断では、
外出できない&誰かが必ずついていなければ駄目だということを、
毒父本人がわかっていない。
(わかっているかもしれないが、それを認めたくない。
「外出する・しないは俺が決める」と思っている)




今回、出先から実家に戻ってきた際、
前述のケアマネさんからのメールの内容をかみくだいて、
夫が毒父に説明した。
私はそばで静観していた。




私が話すと、事態をややこしくするかもしれないのと、
毒父に優しく諭すことができないので、
険悪な雰囲気になる可能性もあるためだ。



それに毒父は、私の言うことなど耳を貸さない(私を下に見ているので)。



けれど、夫の話すことは「聞こう」という姿勢を見せる。
(それでも、耳の痛い話や面倒な話になると、
相槌をしなくなったり、
「えぇー。えぇー」
「あぁ。あぁ。」
しか言わなくなったり、
補聴器の聞こえの悪さを盾にして聞こえないふりをする節がある)



夫も仕事上、色々な人と対話をしているので、
毒父が話を聞き入れていない状態の時は、
「見ていてなんとなくわかる」という。




はぁーーーー。
たいそう面倒なジジイだよ!全員集合! 




おわり! (急に??)





2020.03.05 自分は自分?
自分が、他人のアカウントに対して「いいね」を押下した瞬間、
100単位でグーン!とカウントアップすることがある。

100単位じゃなくても、10個いきなり上がったりとか。

どちらも私には羨ましい限り・・・。

何かを発信すれば、
最小でも必ず1個は共感してもらえる人には、
わかってもらえないだろうな・・・。


「共感してもらえなくても、自分は自分」

そう思えるようになるには程遠い。



2020.03.03 ひとづきあい
ときどき
「第一印象」
について考えてしまう。
それは何故か、台所で立って、
料理や皿洗いなどをしている時に思い浮かぶことが多い。



そういう点で言えば、
あの時の、越してきたご近所からの挨拶時の私は「0点」。
おそらく私の印象は最悪だったろうなと思う・・・。




・・・と思っているのは私だけで、
実はそうでもない?
被害妄想が強くてメンヘラだから、そう思ってしまうだけなのだろうか。




いくら私が、

「あの時の私は変でした」

「あの時の私はおかしかった」

と叫んだところで、人には届かない。





逆に、過去に私が、

「あいつって最悪」

と感じた人間に関して、当事者が

「あの頃の私はこうだったけど、今は違う」

と言ったとしたら、
私はそれを信じるのか?
いや、信じないし、「信じたくない」と思うだろう。
私に勝手に「最悪の烙印」をつけられた相手は、
永遠に私の中で「最悪」のまま。







第一印象の話とは違うが、


・小学3年の時にいじめてきたクラスメイトの男子二人。
・同じく小学3年の時に総スカンにしたクラスメイト全員。
・庇いもしなかったその時の担任。
・小学4~6年の時の担任。
・頬を(軽く)叩いたり、左手の甲にアザが残るほど叩いたピアノ教室の先生。
・姉と一緒になっていじめてきた隣の兄弟。
・中学の時に「特に」いじめてきたクラスメイトの男子。
・私を肩叩きした会社の上司( ← ダメ社会人だったので自業自得だが)

(・・・・・etc。思い出せないだけで他にも多数いる)




・そしてうちの親。
・余計なことを親に言った母方の叔母。
・実家に来るといつもおせっかいしてきた叔母。
・「猫がいるから」という理由だけで結婚式に来なかった叔父。



これらの人々の行為を水に流せる?




流せるわけがない。




じゃあ、他者が私を今でも嫌いと思っていたとしたら、
仕方なくそれを受け入れなくてはならないのだろうか。
学生時代と、社会人になってからと、
インターネットが普及してからのネット友達を含めたら、
私と喧嘩別れした人が沢山いる・・・・(-ω-;)




やはり、ACによくあるらしい「白黒思考」なのか、

「嫌い」か「好き」

しかない。

殆ど、

「最初の頃は仲が良かったのに、段々険悪になってサイナラ」

・・・というパターンが多い。
とても極端すぎる。
中間として、
「細々と緩く長く交流する」
ということができないのだろうか。





もしかしたら、自分の友達との付き合い方が歪んでて、

「最初は仲が良かった」

というのも、実はそうではなくて、
上下関係が確立していて自分が下の立場だったとか、
相手に迎合していたとか、様々に絡んだものがあり、
「段々険悪になってサイナラ」というのも、
「なるべくしてなったこと」なのかもしれない。



上下関係でいうと、いつも私は「下」だと思う。



先日も別件で、そう思った。
音楽の趣味関係で30年以上の付き合いのある友人で、
以前から頻繁にメールをしあっていたが、
ここ十年ちょっと、友人の仕事や生活が忙しく、
メールの間隔があいてきていた。
私も以前は頻繁に送っていたが、今は年に5回あるかないか。



そして、

「私は、この人からのメールに対して、返事をしなかったことは多分ないな・・・」

と思った。

でもこの十数年の間、相手からスルーされることは時々ある。

上下関係が出来てるんだなと思った・・・。

相手は、

”私がスルーしても仲は続く”

と思っているかもしれない。

だけど私は怖いので、返事をスルーすることができない。
スルーしたら相手が拗ねて、交流が終わるような気がする・・・。






「緩く長く」で言えば、年賀状だけの付き合いの、
例の高校時代の友人4人もそうなるのだと思うが、
それも疲れてきているということは、
もう私は4人と、年賀状の付き合いもやめたいということなのだろうか。
普段から全く、電話もメールもしあわないような状態で、
二十数年も会わないで、
果たして友人と言えるのだろうか。





いつまでもしがみついていないで、
次に行けばよいのかもしれないが、
普段から家に引きこもってばかりいる自分は、
この4人以外とのクラスメイトとの付き合いも全くないので、
4人との交流を絶ったら、学生時代からの友人は一人もいなくなる。




メッキが剥がれた、
「学生時代からの友人」というメダルのようなものを、
首にぶらさげていたいだけなのだろうか。




大袈裟なのかなぁ・・・。
考えれば考えるほど沼地にはまっていくようだ。