書き直し:2017年10月16日


自分の記憶を辿ると、
私が最初に捕われた「依存症」は、糖分に対してだと思う。
飴にはまるようになったのが高校生から。


私が高校生の時に母親が病気で入院した。
11月か12月に入院し、正月もいなかったと思う。
(一回だけ外出許可が出て家に帰ってきたことはあったが)


蛇足だが、その、母親が一時帰宅した途端に放った言葉は、
「(家の中が)スッチャカメッチャカじゃないの!」
だった。
父親も姉も私も、掃除&片付けが嫌いだったのでビックリしたのだろう。
(そう言う母親も掃除が得意ではない)





母親の入院中、私は袋入りのミルキーを非常によく買っていた。


学校に行く途中だけだったのか、
それ以外も買っていたか忘れたが思い出せないけど、
ほぼ毎日か、または2~3日に一回×一袋を
買っていたかもしれない。


アルバイト禁止の高校で、
親の小遣いだけが全てだった自分は、
そう頻繁に飴を買えない。


なのでミルキー代は、母の入院中、
父親が2~3日ごとに生活費として家に置いてゆくお金から遣っていた。
(父親は毎日家にいない仕事だった)


父親は一回につき、
どのくらいの生活費を置いて行ってただろう・・・。
憶えてないけど、1万とか2万とかそんな感じだったろうか。

そこからミルキー代をバンバン遣っていた。


父親は、家に置いてゆく生活費のチェックをしていただろうか。
私は内心「父だったらバレないだろう」などと
馬鹿にしていたこともあったかもしれない。


本当に記憶が飛んでて詳細が不明なので自分でもモヤつく。
憶えていないことだらけ。

(ACだと、過去の嫌な記憶を無意識に押し込めてて、思い出せないことも多いらしい)。


一度ぐらいは父親に、
「なんか(お金の)減り方が早いねぇ」
ぐらいの嫌味を言われたかもしれないが、
それも思い出せない。


とにかく私は、ミルキーを買いたい放題だった。
おそらく、
”今日は買うのをやめとこうかな”
と思ったこともなかったんじゃないかと。

歯止めが効かない状態だった。


買ったミルキーは、全てを自分で食べるのではなく、
登校後にクラスメイトに配ることがメインだったような・・・。
(もちろん学校にお菓子なんて持っていってはいけないので、
校則をバッチリ違反していた・汗)


高校に入ってから、やっと特定の友達が出来て、
6人グループの中の一人だったし、
クラスの中の誰かと
揉め事を起こしているわけでもなかったんだけど、


おそらく、
初めての母親の長期入院で気持ちが不安定だったのと、
”人から嫌われたくない”
という強い気持ちが混ざり合って、
飴に突進(依存)していたんじゃないかと・・・。



今回の文章を打ちながら、

”私、家でミルキー食ってたかな・・・”

と思い出そうとした。

なんとなく、家では食ってなかったような気がした。
家でもガンガン食ってたら、
父親にも姉にも何か言われてたかもしれないけど、
言われた記憶がないので、
学校で配り切って、家では食ってなかったのだと思う。



・・・と思ったら、物凄くタイミングよく
ミルキーのCMが流れてきた(;´∀`)





過去に購入してきた物(順不同)。

●ミルキー

●フリスク

●ホールズ(レモン?)

●梅のど飴

●のどにスッキリ

●ノンシュガー紅茶茶館

●ダイエットココア飴

●キシリクリスタル (各種)

●温かしょうがのど飴

●永谷園生姜部ののど飴(販売終了)

●ヴィックスドロップチェリー
(50スティック入りのサイズばかり購入)


●生姜糖(一口サイズでキューブ型)




他にももっとあったと思うけど、思い出せるのはこれくらい。



現在は、

●塩キャラメル  
●ドライフルーツ
●落花飴 (時々)


●ヴィックスドロップ「グレープフルーツ」か「グリーンアップル」。
のふつうサイズ。
(胃のムカつき&気持ち悪い時&風邪)



その塩キャラメルは、
家に必ず、最低でも一袋をストックしており、
強迫観念が働いている(過去の他の飴も同じ)。


そういう点で、ニコチン依存症やアルコール依存症と全く同じ。





余談だけど、
20代初めぐらいの頃のデート(夫ではない)の時に、
とても具合が悪くなった時があって、
食事も喉を通らないほど調子が悪かった。
帰り道、彼の運転の車中でホールズを食べた時に、
その気持ち悪さが軽減したことがあり、
その辺りから、
”気持ちが悪くなったらミント系の飴を食べる”
というように自分の中にインプットされたんじゃないかと思う。

だから今でもヴィックスがやめられないのだと思う。

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