先週の通院同行の日。


毒父宅に行くと、すでに姉は到着しており、開口一番、


「(お父さん)また腰が痛いんだってサ。いまコルセットしてるんだって」


と言った。



私は

”またか・・・”

と呆れた。



そして、私の想いを代弁するかのように姉が続けた。



「一日中、ずーーーっとテレビばっかり観て、
部屋の中で軽い運動とかもしてないんだもん。
そりゃ調子悪くなるよ」



毒父は、聞こえているのか聞こえていないのか黙っていた。




腰痛のせいで昨年5月に入院したが、約一か月弱で退院した。
その後から最近まで、完治とは言えないまでも緩和していたはずだ。



それなのにまた腰痛・・・・。



食生活の乱れでまた体重が増え、腰の骨を圧迫しているのではなかろうか・・・。








現在、定期的に行っているのは胃腸科と泌尿器科。


それなのにまたそのうち、

「整形外科に行きたい」

と言い出すのだろうか・・・。



だって、腰痛なんてこのまま放置していても自然治癒なんてしない。



通院場所が増えれば、通院同行の回数もまた増えてしまう。



本当に勘弁してほしい・・・。








このところチェックできていなくて見れていないのだが、
先週実家に行った際に、ほんの1分程度だったが、
レシートが貼られているノートを見た。
(買い物に出かけたヘルパーさんが、その都度レシートを貼り付けている)



同じ飴を一度に、6~7袋買っている履歴があった。



ヘルパーさんは週に3回しか来訪しないので、
毒父が個数をヘルパーさんに指定しているのだろうが、
それにしても6~7袋って・・・。
「あるだけ買ってきて」とでも言っているのだろうか。



入院前、汚部屋掃除で実家に行った昨年の5月の時も、
食べた後の飴の包み紙が幾つも転がっていたし、
未開封の飴も何袋かストックしてあった。





私が以前、飴をよく食べていた時の買い方とおんなじ・・・。
さすがに6~7袋は買わなかったが、一度にだいたい3~4袋買っていた。



うちの母親も生前、飴を数袋買ってストックしていた。



恐ろしいほど、よく似ている毒親と私・・・。
(姉はわからない)








他の買い物履歴ももっとチェックしたかった。
おそらく数か月前と、なんら変わりはないだろうと思う。



何か月か前にレシートをコンビニでコピーして自分の家に持ち帰り、
買い物内容をチェックしたことがあるが、
「アゲモノ」が4~5個あったり、
ソフトケーキなどの甘い物もしっかり買ってあった。
甘そうな菓子パンを幾つも買っていたり・・・。




ここには細かく書ききれないほど、
「食生活、乱れてんな・・・」と思える買い物の仕方をしていた。





これは私が口を出す内容ではないが、過去のレシートを見ても、


”一度にこんな大量にヘルパーさんに買ってきてもらってんのか”


と思う。




毎回あまりに大量だったため、私はてっきり数か月くらい前まで、
ヘルパーさんと毒父が一緒に買い物に行き、
ヘルパーさんが持ちきれない分は、毒父が車椅子の膝上に乗せていて、
二人で買った物を持ち帰っているのかと勘違いしていた。




少しは買い物を頼む数を加減しろよ、と思う・・・・。
性別はわからないが、
実家に来ているヘルパーさんは多分みなさん女性だと思われるが、
あんなに物を頼んだら持ちかえるのが大変だろ・・・。



いい気になってバンバン頼んでんじゃないよと思う。



幸水だか豊水だかわからないが、あんなでっかい梨を、
いったい一度に何個、頼んで買ってきてもらってんだろう?
一個だけでも結構重い。




しかも、以前から書いているように、

「高い物はいいもの」

という 馬鹿な固定観念  を抱いているので、

どうせ、ヘルパーさんにも、

「売り場で一番値段の高い梨」

とでも頼んでいるのだろう。







ちゃんと生活できていない私が、
毒父に大きな事を言えるのだろうか・・・と思うことも度々あるが、



あんな食生活を続けていれば、身体に負担は起きてくると思う。



いくら退院後に腰痛が緩和したとは言っても、足腰ピンピンというわけではないし、
再び腰痛が出たことで、今までよりも一層、
家の中で動くのがしんどくなるだろう。



ケアマネさんからのメールによると、最近のデイサービスでのリハビリも、
腰痛のせいで動けず見学ばかりしていると言う。



どんどん悪循環・・・。








よく、テレビの向こう側の人や、ネットなどで、


「歳をとるって素敵なこと」


と判を押したような言葉を見聞きすることがあるが、
私は全くそんな風に思えない。



うちのあの人たち(毒父・毒母)を見ていると、
歳をとるって、ちっともいいことではないなと思ってしまう。



あの人たちのどこを見れば「歳をとることは素敵」と感じられるのか。







先日のブログで「疲れた」と書いたが、毒父の通院同行をすると、



「生気を吸い取られている感じ」がする。



帰りの電車の中での、自分の状態を思い出すと、まさにそれ。



なのに、生気を吸い取ってるくせに自分はまだ立派な親だと思い込んでるのが笑える。






姉を呼ぶ時に「ほら、〇〇〇!(姉の名)」と、
杖の頭の部分で姉の手元などを軽く叩くのを何度か目にしたことがある。



(杖ではないが過去に、毒父の入院先の病室から夫と私が中座した時、
ベッドに座っていた毒父が姉の腰のあたりを、拳でグイッと押したのを、
姉から聞かされたことがある)





杖は、アンタの重い身体を支える為のものであり、自分の娘を呼ぶための道具ではないんだよ?



実家と通院先の往復ともに、近づいて指で押すのが面倒くさいのか、
杖の先でマンションのエレベーターのボタンを押す・・・というより突く。
それも「ゴン!!」と強い音がするぐらい。



いつも、 ”そんなに強く押したらボタン壊れるで?” と思う。




この間、バスに乗った直後も、
「ほら、ででむし、こっち(に座って)!」と、座席を杖の頭でコンコン!とやったので、
「杖でコンコンやらない」
と窘めた。
(聞こえていたかどうかわからん)




手癖が悪いなぁ~~~・・・・。




そのうち、今よりもっと癇癪おこすようになったら、
平気で杖の先でどついたりするんじゃないの?





どうしてあんな人間なんだろう?



なんであんなに性格が悪いまま80数年も生きてこられてるんだろうねぇ・・・・。






片足のつま先でも(介護に)踏み込んでしまうと、そこから逃れにくくなる。
親と縁を切らない限りは。



失敗したなぁと思う・・・。



でもあのとき。
実家近くの包括センターから電話がかかってきてしまった昨年の5月。
私は本当はどうしたらよかったのだろう?



「親と仲が悪いのでこちらは知りません」
と言えばよかったのだろうか。



私は機転が全く効かない奴で、後から「こう言えばよかった」と思うことが非常に多い。



なので、「親のことはこちらは知りませんので・・・」
などと咄嗟に出てくるはずもなく。



「(実家の)お部屋の中を、人が入れる状態にしてください」



と言われ、



「はい・・・わかりました・・・」



としか言えなかった。



あの時から全てが始まった。
包括センターの、あの一本の電話から、私の生活は変わってしまった。



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